仮設関所での一騒動 その1
・ギルドについて、現在出ている情報
ディアスの仲間達が作った、平民の互助組織。
ディアスが戦争に行ってしまってから活動を開始し、その後に王国中に勢力を広げる程に大きくなった。
商売が基軸だが、酒場や演劇など様々な事業にも手を出している様子?
組織の長はゴルディア。
加入者は分かっている範囲で、アイサ、イーライ、ウェイズ、エリー(と、まだ名前の出ていない他の子供達)
ギルドが大きくなってから加入したディアスが知らない顔も多く、アイサとイーライの子供達、ナリウスなどがそれにあたる。
――――関所にて クラウス
この日もクラウスはいつものように関所作りの指揮を執っていた。
木造ながら立派な門が出来た、門から左右に伸びる木杭防壁が出来た、門の側に立つ櫓も出来た、取り調べのための小屋も出来上がった。
井戸や厠も壁や屋根で覆った立派なものに出来たし、十分な数の馬房も出来たし、旅人を寝泊まりさせるための宿舎もそれなりの形で出来上がりつつある。
宿泊施設に関してはまだまだユルトに頼っている状況だが、それももう少ししたら必要なくなりそうで……そんな風に形になりつつある我が城をより良いものとするためにと、満ち溢れるやる気を原動力に右へ左へと駆け回りながら隣領からやってきた出稼ぎの労働者や職人達に指示を出していく。
職人達は簡単な作りの防壁や家などを作るのは得意としているが、関所という軍事施設を作るとなると知らないことも多く……その辺りの知識のあるクラウスが細かく、時に臨機応変に、この辺りの地形などを考慮した上での指示を出していて……そうした指示に対し職人達は、理不尽なことを言わず高圧的でもなく、それでいて払いの良い雇い主の言葉に素直に従って作業を進めていく。
そんな職人達の側というか、足元には犬人族達の姿があり、犬人族達はその小さな体と真面目さを活かす形で職人達の仕事を手伝っており……素直で真面目で、よく働く犬人族達のことを職人達は今日までの日々ですっかりと信頼するようになっていて……そうしたこともあってか関所作りは、和やかな雰囲気に包まれながらの作業となっていた。
そんな現場を一通り歩いて回っての指示出しを終えたクラウスは、出来上がったばかりの櫓の梯子を登っていき……そこから周囲を見渡し、作業に問題がないかの確認を取る。
右を見て左を見て、門の向こう側を見てこちら側を見て……そうやって視線を巡らせていると、犬人族の一部が何かに反応し、その耳を立てながら鼻を鳴らし始めて……そうした動きを受けてクラウスはすぐさまに道の向こう……マーハティ領の方へと視線を向ける。
出来たばかりのこの関所にわざわざやってくる人間は極僅かだ。
その極僅かの者達のほとんどが顔見知りか身内という状況で……来客らしい来客がやってきたことはまだ一度もない。
それでも誰かがやってきたとなって気をつけるべきは……意識を向けるべきは隣領側なはずで、遠くを見ようと目を細めたクラウスが警戒心を高めていると……もう少しでここまで石畳が届く予定だという、仮設の道の向こうから、行商と思われる馬車の一団がこちらへとやってくる。
「……馬車の感じからして商人、商人かぁ。
護衛が四、馬が二頭……御者が一人で……馬車の中に人はいない、かな。
……あの程度の規模で今更何をしに来たんだろうなぁ」
そんな独り言を呟いたクラウスが、ここに来たばかりの頃であれば素直に喜んでいたのかもしれないが、エリー達が行商を始めた今、全くの無用とまでは言わないがそこまでの需要がある訳でもなく……そんな程度の規模の一団を眺めながらクラウスはどう対応すべきかと頭を悩ませる。
(ただの商人なら歓迎したいところだけど……そうじゃない可能性もある訳で……。
あの護衛の質がなぁ……チンピラ同然というかなんというか、練度も装備も見るからに悪すぎるんだよなぁ。
……そんな連中を領内に入れて良いものかどうか……)
今度は口ではなく内心でそんなことを呟いて、改めてその一団をじぃっと睨みつけて……そうして頭を悩ませ続けていると、今度は犬人族達が尻尾を振りながら門の内側……イルク村の方へと意識を向け始めて、そちらから土の道を蹴る馬の蹄の音が聞こえてくる。
それを受けてクラウスがそちらにも意識を向けると……愛馬に跨ったセナイとアイハンの姿と、そんなセナイ達を追いかける形で乗馬に跨った来客、アイサとイーライの姿があり……そちらの方が到着が早そうだと判断したクラウスは、まずはそちらの方に向かうべきだろうと頷き、一気に櫓の梯子を駆け下りるのだった。
――――関所を前にして 商人
西方商圏の要であるカスデクス領改め、マーハティ領の隣に新たな領が出来上がった。
そこには名産品になるものがあるらしい上に、度々狩られているらしいドラゴンの素材が豊富にあるらしく……相応の商機があるかもしれない。
そう聞いてやってきたのはちょんと生やした口髭と大きく膨らんだ腹を揺らし、薄くなった髪を撫でながら手綱を操る……うらぶれた中年男の商人だった。
ある組織にある商機を奪われ没落し……かき集めた情報を売り払うことでどうにか食いつなぐことが出来ているようなその商人が、車軸がいやに軋む馬車をどうにかこうにか前へと進めていると……思っていた以上に立派な作りの関所が視界に入り込んでくる。
それなりの太さに作られた街道をしっかり封鎖し、迂回されてしまわないように横に長い壁をしっかりと作り……そんな街道の両脇には深い森が広がっていて、こんな馬車ではどうやっても、その関所を避けることは出来なさそうだ。
(なんだよまったく……あの関所を通るしかねぇのかよ。
賄賂を握らせておけば積み荷の確認まではされないはずだが……面倒なことになったな。
辺境なら売れるだろうといくらかの禁制品を積んできたが……賄賂の額によっちゃ赤字になりかねんぞ)
そんなことを胸中で呟いた商人は、少しずつ馬車の速度を緩めていき……そうして関所の前に馬車を止めて、張り付いたような笑顔を作り出す。
そうやって商人が関所の主の登場を待っていると……関所の門がゆっくりと引き開かれ、その向こうから三人の人間がこちらへとやってくる。
一人は兵士なのだろう……見たことのない鎧を身につけ、これまた見たことのない槍を携えている。
一人は商人か旅人かといった格好をした男で……もう一人は女で。
まさか関所の主が女ということも無いだろうが、どういう訳かその女が中央に立っていて……その女と兵士と旅人のような男が頻繁に言葉を交わし合っている。
一体何を話しているのか、しばらくの間、言葉を交わし合い続け……その間黙って笑顔を作り出し続けていた商人が何か言葉を発するべきかと頭を悩ませていると、その前に数歩こちらへと踏み出してきた女が、何故だか冷たく思える笑顔をこちらに向けながら言葉をかけてくる。
「ようこそメーアバダル領へ、こんな辺境までわざわざやって来て頂けるとはありがたい限りです。
ですが残念なことに、メーアバダル領での売り買いに関しては御用商人の方と我々ギルドの方で管理するということになっておりますので……申し訳ありませんが無所属の行商の方をこの先にお通しすることは出来ないのですよ。
とは言えここまで来て頂いたというのに、そのままお帰りいただくというのもお気の毒ですので……どうでしょう、この場で、この関所建設に関わってくださっている皆様相手に商売をするというのは?
そういった形であれば我々も細かいことは言いませんので……」
御用商人、ギルド。
そんな言葉を耳にするなり商人は顔を青くし……そしてすぐに怒りで赤く染める。
御用商人……これに関してはまだ良い、こんな辺境にそんなものが居るのかと驚かされはしたが、普通は居るものなのだから文句を言う気はない。
だがしかしギルド……自分を没落させたギルド、あの連中が関わっていると聞かされては黙っている訳にはいかない。
ギルド……唐突に現れたおかしなその集団は、まず王国中の辺境地……住民が少なく、商機も少ない、いわゆる田舎と呼ばれる場所での商売を始めた。
明朗会計などというふざけたお題目を掲げ、そのお題目に則ったルールを作り、そのルールを理解できるように、しっかりとした売り買いが出来るように、簡単な読み書き計算の無料授業なんてものを開催し……商売を知らない者達に商売というものを根付かせやがった。
そうして自分達が作ったルールが通用し、遵守される商圏を作り出すと……他の商人達に半ば強制的にそのルールを押し付け……ルールを守れなければ容赦なく商圏から排除していった。
こと商売において自分達が作った、自分達のルールを強制出来るということ程、強力なものはない。
客に損をさせない、客を騙さないという、いかにも客が喜びそうな小綺麗なお題目があると尚のこと厄介だ。
その厄介さにすぐに気付けなかった自分のような商人達は後手後手に回ってしまい……その厄介さに気付いた時には全てが手遅れ……そんな商圏を広めたことにより大きな売上げを上げることになったギルドは、その一部を戦費という形で王城に寄付することで、王族との繋がりを手に入れ……その繋がりを背景に王国中にそのルールを広めちまいやがった。
更にはそこら中の学のない連中に……騙しやすい最高のカモだった連中に、読み書き計算を教えてしまいやがって……おかげでこちらの商売は上がったりだ。
各地の領主に賄賂を送り、平民に学をつけさせると反乱の危険性があるぞと説いてはみたが、ギルドの連中が教えていたのは本当に簡単な……読み書き計算の初歩の初歩だけ。
その程度では反乱に繋がることもないだろうと相手にされず、それどころか連中は王族との繋がりと自分達以上の賄賂を駆使し、各地の領主をも味方につけてしまい……そうして自分達は没落することになってしまった。
挙句の果てにまたも自分の先を行っているだなんて……。
許せない……絶対に許せない、そんな連中が商売の世界で何度も何度も自分の先を行っていることがどうしても許せない。
……と、そんなことを考えて商人は顔をどこまでも赤くするが、だからと言って何が出来る訳でもなく、この状況で何かが言える訳でもなく……そうしてどうにか冷静さを取り戻し、このまま暴れても逃げ帰っても損をするだけ、連中の言う通り、せめてここで商売をして赤字を避けるとしようと、もう一度その顔に笑顔を張り付かせて、
「であれば、そう言う形で一つよろしくお願いします」
と、そんな言葉をどうにか絞り出す。
すると目の前の女はニコリと……どこかで見たような、以前どこかで……思い出せないというか思い出したくないような場面で見たような、先程よりもうんと冷たい笑顔を、商人へと向けてくるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
アイサ達が何をしに関所に来たかなどは次回に。
その2で終わって、その後はディアス視点に戻る予定です。




