家族旅行三日目 皆で市場へ
・前回登場したキャラ紹介
・犬人族の小型種 アイセター氏族の長
口元をしっかりと引き締めて、目は凛々しく、垂れた耳を覆う茶色の毛は艷やかに波打っていて、白いローブを着ている。
どういう訳かディアスを気に入り、ディアスにあれこれと話しかけている。
それなりの数の氏族達がエルダンの屋敷に滞在しているらしい。
それと今回からディアス視点に戻ります。
犬人族の小型種、アイセター氏族の長、コルムと知り合い、会話を交わし……そうこうしている間にもエルダンによる歓待が続き、そうして夜が更けていって……私達はエルダンが用意してくれた客室へと足を運ぶことになった。
エルダンの屋敷の客室は、隊商宿の部屋と基本的には同じ作りとなっていたのだけども、天井が高く、一部屋一部屋が広く、置いてある家具一つ一つをとっても高価そうな、桁違いに上等な作りとなっていた。
そんな客室について荷物を置いたり整理したりしていると、客室まで私の側を離れることなくついてきていたコルムは、鼻を鳴らし客室に問題が無いかの確認をしてから、尻尾を振りながらまた明日会いに来るとそう言って去っていき……念の為ということでアルナーによる客室の安全確認が行われ、それが終わるなりセナイとアイハンが水浴びの準備などを始めて……フランシス達も用意された厚めの絨毯の上へと移動し始めた。
今日すべきことは全て終わっていて、後は水浴びでもして着替えて眠れば良いだけ、そして客室の中に居るのはいつも一緒に暮らしている家族だけとなればフランシス達もセナイもアイハンも、エイマさえも気を緩めていて……旅の疲れもあってか、誰もがまどろみはじめてしまう。
「ほらほら、眠る前に水浴びと着替えくらいは済ませてしまおう。
眠る前に口の中と歯を洗って薬湯を飲むのも忘れないようにな」
静かな夜の中の、なんとも緩んだ空気の中、アルナーがそう声を上げて……セナイとアイハンを連れて水浴び用の一画へと移動していく。
と、その時、客室のドアが……やたらと分厚く派手な彫刻のされたドアがノックされて、私達が一体誰だろうかと訝しがる中、あの声が響いてくる。
「オレだ、ジュウハだ……ディアス、少し話せるか?」
その声を受けて私はアルナー達の方へと向いて頷き……外で話した方が良いだろうと、ドアへと向かって足を進めて……すかさずセナイ達の側から駆け出したエイマが、客室の中を軽快に駆けてピョンピョンと跳ねて……床から家具、家具から私の体へと跳ね跳んで移動し、私の肩の上にちょこんと座る。
そうしてエイマと二人で部屋を出て……アルナー達が居るからとジュウハも部屋の中に入ろうとはして来ず……いくつものランプが吊り下げられ、絨毯までが敷かれた驚く程に贅沢な廊下を少し歩いていき……携帯用のランプを手にしたジュウハがデカデカと『ジュウハ様の執務室』なんてひどい文字が書かれた看板が引っ掛けられているドアを開けて、部屋のそこらにあるランプを点灯させながら、奥へと足を進めていく。
執務室だけあって客室よりは質素で、部屋数も少なく、どうやら本当に仕事をするための部屋であるらしい。
壁際にはいくつもの本棚が並び、数え切れない程の本が納められていて……古い書物を納めておくためなのか、棚板が十字に交差する独特の形をした巻物棚もあり……羊皮紙を削ったりキャンバスに貼り付けたりするための作業机と執務机があり、そして中央には大きな絨毯が敷かれていて、そこに小さな座卓や肘置きや、読みかけの本やら書きかけの書物やら酒瓶やら、酒瓶が入っていたらしい木箱やらが無造作に置かれている。
そんな乱雑に物が置かれている絨毯の上に、なんとも慣れた様子でドスンと座ったジュウハは……私にもそこら辺に座るようにと促してきて、私が対面するように腰を下ろすと……いつになく真剣な面持ちで、わざわざ私を呼び出してまで話したかったらしい用件を口にし始めるのだった。
翌日。
目を覚まし身支度を整え、屋敷の食堂……大きすぎる程に大きい食堂でエルダン達と一緒に朝食を摂った私達は、街の見学を兼ねた買い物をするために、フランシス達はもちろん、エリーやセキ達も連れて屋敷の外へと足を運んでいた。
昨日程ではないものの人が多く、多い分だけ賑やかで、本当に多種多様な人々が散歩を楽しんだり仕事に励んだり、休日なのか談笑したり遊んだりとしていて……私達はそんな光景を見ることの出来る大通りを真っ直ぐに進んでいく。
そんな私達を先導してくれているのはカマロッツで、武器を携帯しているカマロッツの部下三人が護衛ということで私達の側についてくれていて……そしてアイセター氏族のコルムと、コルムが呼んできたらしいアイセター氏族の若者達が私達の周囲を駆け回り、目を光らせ鼻を鳴らし……カマロッツの部下達以上に張り切って、私達の護衛をしてくれている。
「馬をお買いになるのですか、馬は良いですなぁ、優しくて力強くて、あの凄まじい走りにはついつい憧れてしまいますな。
我輩としては羊もおすすめしたいところですな、羊はいいですよ、素直に言うことを聞いてくれて可愛らしくて、ふわふわで」
目を光らせ鼻を鳴らし……そうやって警戒を続けながらコルムがそんなことを言ってきて……これまでの短い間にすっかりと仲良くなったフランシスが「メァーメァー!」と声を上げる。
「ああ、なるほど、フランシス殿とその一族がおられるので羊は不要と。
なるほどなるほど、それは盲点でしたなぁ。
でしたら牛や鳥もお買いになるとよろしいでしょう、あれらもまた生活には欠かせないものですからな」
更にコルムがそう続けてきて……私は一生懸命に考え事をしながら、そんなコルムに笑顔を返し頷く。
私がそうやって考え事をしているのには理由があり……それは昨夜ジュウハからある話を聞いたことにあった。
森人、伝説に名高いらしい存在。
以前モールからも聞いたその名は、王都でもよく知られているらしく……そしてどうやらセナイとアイハンは、その森人であるらしい。
草原で畑作が上手くいったのも、若木達が順調に育っているのも、サンジーバニーを育て問題なく使えているのも森人だから、なんだそうで……ジュウハはそんな力のあるセナイとアイハンをしっかりと守り、二人が森人であることをちゃんと隠せと、そう助言してきたのだ。
二人が森人であることを知らなかった私は驚くやら困惑するやらだったのだが、二人がそういう特別な存在であるならしっかり守ってあげたほうが良さそうだと頷き、早速セナイとアイハンにそこら辺の話をしようとしたのだが……そこで同行していたエイマから『待ってください』との声が上がった。
エイマは以前からセナイとアイハンが森人であることを知っていたらしい。
知っていたからこそ二人と一緒に行動をしていて……二人が力を使う所も何度も見ていて、その使い方についての助言などもしていたらしい。
そんな話を聞いて私は、知っていたならどうして、そのことを教えてくれなかったとそんな疑問を抱いた訳だが、エイマが言うにはそれにはセナイ達の両親の遺言が関係しているんだそうで……人間族にその力を知られてはいけないという、遺言に従ってセナイとアイハンとエイマは今の今までそのことを私はもちろんのこと、アルナーやマヤ婆さんにも隠していたんだそうだ。
『いずれはこのことについてお話をする必要があるとは考えていたのですけど……今はやめてあげてください。
折角の旅行ですし、ふたりとも本当に楽しそうにしていますし……そこら辺の話はイルク村に戻ってからにしましょう。
イルク村に戻りさえすればご両親の遺言についても、なんとか出来るかもしれませんし……ふたりが迂闊なことを言ってしまわないように注意しておくとかはボクの方でやっておきますので、お願いですからどうか、この件については何も言わず何もせず……それとディアスさんは顔に出ちゃいますので、出来るだけ考えないようにもしてください』
と、エイマはそんなことを言ってきて……そしてジュウハは、セナイとアイハンにしっかり言い含めてくれるならそれで良い、そこら辺の家庭の事情は任せるとそう言って……そのついでに半笑いになりながら『この馬鹿に隠し事が出来るとは思えないけどな』なんてことを私に向けて言い放ってきた。
全く失礼な話だと思う。
色々と顔に出てしまう私にだって隠し事は出来るし……そのためのコツもある程度は弁えているというのに。
そのコツとは……ようするに隠したいことについてを、一切考えなければ良いのだ。
森人とかそういう面倒な話を全て忘れ去って、別のことを考える、ただそれだけだ。
足を一歩踏み出したなら心の中で『馬』と呟き、もう一歩踏み出しなら『牛』と呟き、『鳥』『肉』『食卓』『果物』と、連鎖的に色々なことを考えていく。
そうしながら側を駆け回るコルムに笑顔を返し、コルムの言葉を逐一受け止め、その意味を深く考え……余計なことを考えないように思考を埋め尽くしていく。
その方法は多少不自然な態度を取ることになってしまっているかもしれないが、今のところは上手くいっていて……セナイとアイハンは私よりも、周囲を行き交う人々や大通り脇に並ぶ家々や、隊商宿にあったような高い塔や、何のための施設なのか大きな壁のあるだだっぴろい水桶のような施設に視線を奪われて、あれは何これは何とそんな声を上げながらその目をキラキラと輝かせている。
後はこのまま、この旅行が終わってイルク村に帰る時まで私が頑張れば良いだけの話で……うん、そのくらいならばどうにかなりそうだ。
セナイ達とは違いアルナーはそんな私の態度に気付いているようで、色々思う所があるのか半目でのなんとも言えない表情になっているが……それでもまぁ、深く突っ込んできたりはしないし、問題無い……と思う。
そうこうしているうちに大通りの向こうにこの街一番の市場があるという広場が見えてきて、今まで以上の人の姿が見えてきて……人の声やら動物の声やら様々な音も聞こえてきて……垂れた耳をふわふわと揺らしたコルムが、広場の一画を指差しながら声を上げてくる。
「あちらが家畜の取引市場となりますな!
お金持ちか偉い人でなければ立ち入れない区画なのですが、ディアス様であれば全く問題ないことでしょうな!
奥様がご所望の軍馬も扱っているはずですぞ!」
案内役であるはずのカマロッツの出番をすっかりと奪ってしまったコルムのその声を受けて、まずアルナーが目を輝かせ、次にセナイとアイハンが目を輝かせ……セキ達も興味があるのかその目に力を込め始める。
そうして私達は、その一画……家畜の取引市場へと足を進めるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
森人関連についての続きはイルク村に帰ってからになり……次回からはアルナーの馬目利きやら購入やらになります。




