力比べを終えて
・用語説明
・犬人族、大型種、小型種。
犬によく似た獣人と犬人族と呼び、犬人族には大型種と小型種がいる。
大型種は他の獣人と同じくらいの体格をしていて、賢く手先が器用で様々な仕事が出来る。
小型種は大型種の半分程の体格をしていて、本能的で不器用で出来る仕事は限られている……とされていた。
そのためエルダンの下では良い仕事に就けず、シェップ氏族、センジー氏族、マスティ氏族の三氏族が新天地での新生活を求めてディアスの下へと移住してきた。
移住してきた小型種達はエルダン達が言っていたような問題を起こすことは全く無く、真面目に元気に楽しそうにディアスの下で働き……様々な戦いでも活躍し、今ではイルク村の日々に欠かせない、重要な存在となっている。
――――力比べを終えて ディアス
私とスーリオの力比べが終わると、騒がしかった中庭は一段と騒がしくなり……そこら中から様々な声が上がってきた。
アルナー達による歓喜の声、観戦していた者達による喝采の声、最後の方で本気になりかけてしまったスーリオを叱責しようとするカマロッツなどの声……などなど。
そうやって騒がしくなっていく中で、私が転んでしまったスーリオに手を差し出すと……スーリオは歯噛みをしながらもその手を取ってくれて、ゆっくりと起き上がる。
起き上がり、もう一度強く歯噛みして、そうしてからスーリオが何かを言おうと口を開いた所で……中庭の騒がしさを圧倒する大きな声が何処からか響いてくる。
「ディアス様! お見事でした!
アタクシ、こんなにも力強く、それでいて慈悲深く温かい手合わせは初めて目にしましたわ!
不調法な若造に対してもそのように対応してくださる器の大きさ! まさしく英雄の大器! 一代にして公爵に成り上がったのも納得というものです。
それに比べてスーリオ! アナタは全く何をしているのですか! 長旅で疲れているだろうディアス様を労うことなく、よりにもよってそのお手をわずらわせるなんて!
最後に見せたよこしまな態度も見過ごせません! 本来ならば厳しく罰するところですが……ディアス様がアナタに差し伸べたその手に免じてアナタには当分、アタクシの召使いになってもらいます!
召使いとして働き、アタクシから様々なことを学び……外に出しても問題のない立派な男になったなら、その時にまた改めてディアス様の下に向かい、しっかりとお詫びをするように!」
そんな大きな声を上げながらどすどすと、地面を鳴らしながらやってきたのはエルダンの母であるネハだった。
そしてネハの上げた大声の内容を受けてか、スーリオの表情が絶望に歪み、その体毛と耳と尻尾が力なく萎れる。
そうした態度はスーリオだけでなく、周囲で様子を見ていた者達にまで広がっていて……ネハの大声をきっかけにしんと静まり返ってしまった周囲の者達は、それぞれに俯いたり天を仰いだりしてスーリオに深い同情を抱いているようだ。
スーリオに対しあれこれと小言を言っていたカマロッツさえもが同情的な表情をしていて、つい先程まで厳しい顔をしていたエルダンまでもがなんとも沈痛な面持ちとなっていて……私やアルナー達がそんな状況にぽかんとする中、スーリオの肩をがっしりと掴んだネハは、にっこりと微笑んで簡素な一礼を私にし……そうしてからスーリオを引き摺りながら屋敷の奥へと歩いていってしまう。
私としてはスーリオに思う所はないし、厳しく罰する云々も必要無いと思うのだが……まぁ、他所の家のことにあれこれと口を出すべきではないのだろう。
ネハの下で働きながら色々なことを学ぶというのはスーリオにとっても良いことなのだろうし……そうやって成長したスーリオとまた力比べをするというのも悪くないのかもしれない。
なんてことを私が考えていると、静まり返った場にエルダンの声が響き渡る。
「でぃ、ディアス殿、学ぶべきことの多い見応えのある手合わせを披露していただき、本当に感謝するであるの!
お疲れのことと思うので、どうぞ用意した果実を口にしながらお体を休めて欲しいであるの!
他にお疲れの方がいるようであればカマロッツに案内させるので用意した部屋に移動し、休んでいただいても結構であるの。
これからこの中庭では歓待の歌や踊り、食事なども用意させていただく予定なので、そちらを楽しみたい方はこのままこちらに待機していただければと思うであるの!」
そう言ってエルダンは手を叩き、誰かに向けての合図をして……それをきっかけに静まり返っていた場がもう一度賑やかになっていって……合図を終えたエルダンに促されるまま私はアルナー達が待つ絨毯へと移動し、腰を下ろす。
するとアルナー、セナイとアイハン、エイマの順で、
「良い気迫だったぞ!」
「ディアス、頑張った!」
「さいごの、かっこうよかった!」
「お怪我もないようで何よりです」
と、満面の笑みで……何処か得意げな笑みで声をかけてくる。
少し離れた所で一生懸命に草を食んでいたフランシス達も「メァー!」とか「ミァミァン!」とか声をかけてくれて……私は笑顔になりながら言葉を返し、そんな皆との会話を弾ませていく。
そうやって喉が渇いたらエルダンが用意してくれた果物を食べて、また言葉を交わしてと、そうこうしているうちに始まった余興、賑やかで華やかな歌や踊りに見入っていると……屋敷の方からタタタッと誰かがこちらに駆け寄ってくる。
口元をしっかりと引き締めて、目を大きな眉で隠し、垂れた耳を覆う茶色の毛は艷やかに波打っていて。
マスティ氏族達よりやや小さいくらいの体格で、丸い帽子を被り、この辺りでよく見る服を身に纏っていて。
見るからに小型種だと分かるその犬人族は、私の前まで駆けてきて、そこにちょこんと座り……そうしてからゆっくりとその口を開くのだった。
――――その様子を眺めながら ジュウハ
犬人族の小型種、アイセター氏族の長がディアスの前へと駆けていき、なんとも楽しそうにディアスと会話をし始めたのを見て、ジュウハは表情に出すことなくその内心で大きく驚いていた。
隣領の領民となった小型種達が予想していたよりも上手くやっていると聞いて……ディアーネとの騒動の際にも大活躍をしたとなって、エルダンは自らの下にいる小型種達への態度と評価を改め、隣領へいった小型種達のような活躍が出来るよう、彼らに適した仕事が出来るようにと様々な改善と努力をしてきていた。
その成果は隣領のようにはいかなかったものの確かに出ていて、小型種が小型種にしか出来ない、小型種らしい仕事が出来るようになってきていて……それを受けてエルダンは、もっと改善出来るはずだと、隣領のディアスと小型種達のようになれるはずだと、それまで以上の力を入れて改善に努めていた……のだが、どうしても上手くいかない部分があるというか、ディアス達のような信頼関係を構築することが出来ず、それ以上の改善が出来ず、その理由が全くもって分からないという大きな壁にぶつかってしまっていた。
小型種達は状況を改善しようというエルダンの動きに感謝をしていて、それに報いようとしてはいるようで、それなりに一生懸命に働いてくれていたのだが……遠慮をしているような節があり、意識的にエルダン達から距離を取っている節があり、ディアスに対する小型種のように忠実ではなく、働いてくれてはいるものの隣領の小型種達程ではなく……どうしてそうなってしまうのか、どういった想いがあってそうしているのか、当人達に聞いてみても首を傾げるばかりで明確な答えが返ってくることはなかった。
そんな行き詰まった状況をジュウハは、アイセター氏族の性格が、隣領にいった三氏族よりも頑固で偏屈だからだと、そう分析していた……のだが、今目の前でディアスと会話しているアイセターの長の態度を見ると頑固さも偏屈さも感じられず……話に聞く三氏族のような忠実さと真摯さがあり、愛嬌のある表情まで浮かべているという状態で、一体何がどうしてそうなっているのか? と、ジュウハは内心であれこれと考えを巡らせていく。
ディアスとアイセターの長は間違いなく初対面だ。
ディアスがアイセター氏族のために何かをしてやったとか、そういった態度を取るだけの理由、恩義があるということはまずありえないだろう。
客人だからそういう態度を取っている、というのもありえない話だった。
アイセター氏族は頑固で偏屈で挙げ句の果てに警戒心がひどく高く、初対面の客人がこの屋敷にやってきた際には、自室に引きこもって唸り、客人が屋敷を去るまでその警戒を解くことは無かったからだ。
酒を飲んでいるからとか、たまたま機嫌が良いからという理由もまず無いだろう。
そんな理由だったなら普段世話をしてくれている大型種の犬人族やエルダンの下に向かうはずで……真っ先にディアスの下に向かう理由が無く、そもそも彼らは酒を嫌っている。
ということはアイセター氏族がどうこうというよりも、ディアスにその理由があると考えるべきだろうか?
……ディアスという人間が小型種に好かれやすい性質をしているのだろうか?
そうだとして一体全体ディアスのどういう部分があそこまで……恩義のあるエルダンよりも好かれる理由になるんだ?
つい先程駆け寄ってきたことを思うと、その前にそうなるきっかけがあったはずで……スーリオとの手合わせが理由なのだろうか?
ディアスの強さを見て……というのは微妙な所だろう。
本気になったディアスは確かに規格外に強いが、先程の手合わせではその全力を出しているとは言い難く、普段この屋敷で鍛錬をしているエルダンやスーリオの方が、一段も二段も上の強さを彼らに見せつけているはずだ。
他に何かきっかけになるようなことと言うと……先程ディアスが見せた殺気、だろうか?
それを見て何か思うところがあって駆け寄ってきた?
……いやしかし、ジュウハの記憶が正しければ見学者の中にアイセター氏族の姿は無かったはずだ。
客人が来た際、アイセター氏族達は自室に引きこもって唸っているのが常で……今回も恐らくそうしていたはずで、だからこそ今になって駆け寄ってきた訳で……自室にいながらディアスの殺気を感じ取って駆け寄ってきた、のか?
何故だ? 何故殺気でそんなことになるんだ?
恐れたり怯えたりするというのならまだ納得がいくが……。
……と、そんなことをジュウハが考えている間にも、ディアスとアイセター氏族の長の会話は弾んでいるようで……どういう意図なのか、ディアスと長が握手なんてものをし始めてしまう。
エルダン達が触れようとしても絶対にそれを許さないのに、近づくことさえ嫌がるのに……どうしてディアスにはそれを許すのだろうか。
そんな光景を見やったジュウハはなんとも釈然としない想いに包まれてしまい、普段ならもろ手を挙げて楽しむはずの歌や踊りを楽しむことが出来ず……そうして大きなため息を吐き出すのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回は三日目に突入し……馬市場へと向かう予定になっています。
現在小説版6巻の作業がじわりじわりと始まりまして、更新が少し遅れ気味になっています。
作業が終わるまで遅れ気味の更新が続くかもしれませんが、最低でも週1回は更新するようにしますので、ご理解いただければと思います。




