家族旅行 二日目、エルダンとの対面
馬車の扉が開かれ、予定通りに御者が階段を馬車にかけてくれて……戦斧をしっかりと握った私は、助言役を務めてくれるというエイマを肩に乗せて、出来る限り堂々と……ちゃんと出来ているかは正直、自分では全く分からないのだけども、それでも出来るだけよく見えるように胸を張りながら馬車を降りていく。
馬車が停まったのはどうやら、かなりの広さの大通りのど真ん中であるようで、大通りの脇には大きくて立派な白石作りの建物が並んでいて……そしてその大通りに、私達の馬車を遠巻きに囲うようにして、多種多様の姿をした人々の姿がある。
その町並みと人々の姿をよく見たいのと、それとエルダンの屋敷は何処なのだろうかと周囲を見渡したくなるのだが……その気持ちをぐっとこらえて、今は予定通りに事を進める方に集中しようと、馬車へと視線を向ける。
そうして静かな、落ち着いた表情で馬車から降りてくるアルナーの手を取って……街の光景に見惚れて段取りを忘れてしまったのか二人並んで一緒に、満面の笑みで目をキラキラと輝かせながら馬車を降りてくるセナイとアイハンの手は、仕方なくアルナーと二人で取って。
そうやって私達が馬車を降りると御者は階段を外し、扉を閉じ……そして私達のことを馬車の前方……大きな石造りの要塞のようなものがある方向へと案内してくれる。
するとそこには武装をしていたり、豪華な服をきていたりする人々がずらりと横一列にならんでいて、その前に異様にめかしこんでいるジュウハが立っていて、更にその前に一人の青年が立っている。
背がうんと伸びて随分と痩せてがっしりとして、見違える程に成長したその青年は、その目を見るに間違いなくエルダンで……これまためかしこんで、服そのものは以前のままに、肩には立派なマントをかけて、腰には宝石の散りばめられた鞘を下げて……これまた宝石をはめ込んだ腕輪なんかも付けている。
御者に案内されるままにそんなエルダンの前へと移動した私達は『後のことはエルダンが上手いことやってくれる』らしいので、何もせずに待機しようとする……のだが、すっかりと段取りを忘れてしまっているらしいセナイとアイハンが、周囲の人々がざわめいているのもあって構わないと思ったのか、結構な大きな声を上げてしまう。
「格好良いー」
「きれいー」
それは一体何を指しての言葉だったのか。
とにかくその声は周囲の人々の耳にも届いてしまったようで、ざわめきが一瞬で静まり、なんとも言えない間が生まれかける。
すると咄嗟にエルダンが前へと足を進めてきて、セナイ達以上に大きく、何処までも届くのではないかというような声を上げる。
「お褒め頂きありがとうございます!
救国の英雄のご息女にそう言っていただけるとは光栄の至りです。
メーアバダル公におかれましてはお変わりないようで―――」
その声はいつものエルダンの声ではなく、言葉もエルダンらしいものではなく。
だがまぁ、人前なのだからそういうこともあるかと気にはせずに、エルダンが口にする格式張った挨拶を静かに受け止める。
長く続いた挨拶が終わると、満面の笑みとなったエルダンが手を差し出してきて……私がそれに握手で応えると『おぉぉ』と感嘆の声が周囲から上がり、誰が始めたのか拍手なんてものまで巻き起こる。
ただ挨拶をしただけのことでそんなことをされてしまっても困るのだがなぁと、そんなことを私が考えていると、エルダンの後ろに並んでいた人々が動き始め、その背後にあった要塞の方へと足を進めて……同時に要塞の大きな扉が、ゆっくりと開かれていく。
「積もる話もありますし、続きは我が屋敷の中で致しましょう。
どうぞ、こちらへ……」
その音にも負けない声でそう言ったエルダンはそのまま私達を案内し始める。
この要塞がまさかエルダンの屋敷だったとは……と、私が驚いている中、アルナーが視線を後ろに向けて馬車と、繋がれた馬達のことを気にしたのを受けて、側にいた御者が慌てて馬車の方へと向かい……それを受けて安心したらしいアルナーがこちらに向かって頷いたのを受けて、私達はエルダンの後を追いかける形で、門の向こうへと足を進めていく。
するとその途中でジュウハが私の側へと近づいてきて……「久しいな! 戦友!」と胡散臭い笑顔で声をかけてくる。
「……久しぶり、相変わらずだな、お前は」
私が返したその言葉には相変わらず胡散臭いなとか、相変わらず好き勝手やっているんだなとか、そんな意味が込められていて、その意味をしっかりと読み取り、理解したらしいジュウハは、僅かに笑顔を歪ませながら、私の横に並んで傍目には仲が良さそうにも見えなくはない態度で、私と一緒に足を進めていく。
「元気そうで何よりだよ。
お前にはエルダン様のお体のことだとか、なんだかんだと助けられてきたからな……ま、これからも一つ、お隣さんとしてよろしく頼むよ。
ああ、馬車や連れに関しては心配する必要はないぞ、そっちにはカマロッツが向かっているからな……カマロッツの案内ですぐに合流できるはずさ」
と、そう言ってジュウハは、門の向こうへと入り、大通りのざわめきがある程度聞こえなくなってきた辺りで、小声でもって言葉を続けてくる。
(新参者の人間族となると、どうしても肩身が狭くなっちまうことがあってな。
……こっちにはお前に感謝しているやつ、お前のことを尊敬しているやつ、お前のことを畏怖しているやつと色々いるからよ、ここは一つ俺様の評判のために表向きだけで良いから仲良くしてやってくれよ)
その言葉に対して私が……なんとも言えない、苦々しい気分になっていると、私達の後ろで話を聞いていたらしいアルナーが、キョロキョロと周囲を見回すセナイとアイハンの手を、迷子にならないようにとしっかり握りながら声をかけてくる。
「そんな程度のことならやってやれば良いじゃないか。
そうやっておけばそちらの御仁も当然、私達の力になってくれるんだろうしな」
するとジュウハは破顔しながら振り返り、弾ませた声を上げる。
「えぇ、えぇ、勿論、奥様の言う通り、あなた方がこちらで不便をしないように色々と気を回させていただきますよ、この私にお任せくださいな」
その声はなんともジュウハに似つかわしくないもので、言葉遣いも初めて耳にするようなもので……寒気を感じてしまった私が思わず身震いをしていると、アルナーもジュウハに負けない程の破顔をしながら言葉を返す。
「それは良かった。
落ち着いたら一箇所行ってみたい市場があったんでな、そこの案内なんかもお願いするとしようか」
行ってみたい市場? はて? 何処のことだろうか?
と、私が考え込む中ジュウハは「えぇもちろんもちろん」とか「何ならこちらで支払いを持ちますよ」なんて調子の良い事を言ってしまう。
「そうか、支払いまで持ってくれるのか、ありがたいな。
ベイヤースのような良い馬を何頭か欲しいと思っていた所なんだ……よろしく頼むよ」
続くアルナーの言葉に私が驚き、ジュウハは笑顔を強張らせる中、アルナーは「そんなことよりも」とそう言って更に言葉を続けてくる。
「ディアス、前を見ると良い……中々どうして良い光景だぞ」
その言葉を受けて私は、改めて前方へ……門を通り、少し薄暗い通路を進んだ先へと視線をやる。
要塞のようなエルダンの屋敷は、どうやら昨晩泊まった隊商宿と同じような作りになっているようなのだが……そもそもの規模が段違いで、通路の柱や壁、床や天井に施された彫刻の出来の良さも段違いで……全く別物と言って良い空間となっている。
壁や床などに使われている石も違うものを……相当に上等なものを使っているようだし、何か香でも炊いているのか、そこら中から良い香りがしてくるし、通路を吹き抜ける風までもがなんだか別物のように思えてしまう。
そんな通路を抜けると、隊商宿のように周囲を壁……というか、各部屋の窓やバルコニーに囲まれた庭……と言って良いのか、庭なんて陳腐な言葉では言い表せない特別な空間が広がっていた。
隊商宿と比べ物にはならない立派な、装飾のされた噴水があり、その周囲の木々や草花も色とりどり、見たことのないような種類がこれでもかと並んでいて……その並べ方も手入れのされ方も、驚く程に美しい。
改めて見回すと本当に隊商宿に似た造りとなっているのだが、別物というよりも別世界、比較が出来ない程に何もかもが立派で、美しくて、手入れがされていて……。
もしかしたらエルダン達は今私が感じているこの想い……驚きと感動が入り混じった感情さえも計算に入れた上で、私達をあの隊商宿に泊まらせたのかもなぁと、そんなことを思ってしまう。
そしてセナイとアイハンも私と同じような感想を抱いているようで、その目をこれでもかと丸くしていて……エルダンの屋敷のことを最初から知っていたエイマと、あんまり気にしていないらしいアルナーは平然としている。
「ディアス殿ー! こちらに来てくださいであるの!
こちらでお茶でも飲みながらお話をするであるのー!」
するとそこにエルダンの声が響いてきて……噴水側に豪華な絨毯を敷いてそこに座っているエルダンのことを見やった私達は、周囲の光景を見回しながら、エルダンの声に従ってそちらに足を進めるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回はエルダンとの会談で……エルダンの口調などについてもその中で説明する予定です。




