旅行のために
・イルク村(メーアバダル領)の周囲解説。
メーアバダル領には草原が広がっていて、その半分をディアス、もう半分を鬼人族が領有している。
北にはまるで壁のように横たわる大きな山があり、南には岩塩鉱床のある荒野、西にいくとペイジン達の国があるらしい。
東に行くと森があり、その向こうが隣領、エルダンが治めるマーハティ領。
マーハティ領から更に東に王国領土が大きく広がっており、王国領土のやや東寄りの中央に王都がある。
王国領土はひし形のように広がっていて、マーハティ領はその左角部分に位置している。
取引を無事に終えたペイジンは、エリーに頼まれて書いた手紙を大事そうに両手でしっかりと抱えながら『またすぐに来ますでん、どうかどうかお元気で』なんてことを言い残し、帰っていった。
またすぐに来るというのは商売関係ではなく手紙の返事を届けるためなんだそうで……なるべく早く向こうの偉い人達に届けられるように尽力してくれる、とのことだ。
国境のことにしても関所のことにしても、今後の商売のことにしても、余計な揉め事が起きないようにペイジン達の国としっかりと話し合っておく必要がある訳で……上手くことが進んでくれることを祈るばかりだ。
幸い手紙の書き方に関しては幼い頃から両親や伯父さんから教わっていたというか……今も伯父さんからあれこれと教わっているので、向こうの偉い人達が読んだとしても問題の無い内容になっている……はずだ。
そして新たな領民となったセキ、サク、アオイの3人だが……全く問題無く、まるで以前からイルク村に住んでいたかのように、ここでの生活に馴染んでくれていた。
明るいと言うか調子が良いと言うか、何事にも前向きな性格をしているようで……ユルトという新しい家のことも、今までとは違った内容になっているだろう食事のことも、一緒に頑張っていくことになるイルク村の皆のことも前向きに受け入れていて、笑顔を絶やさず元気に挨拶をする3人のことをイルク村の皆もまたすんなりと受け入れていて……ここに来てまだ一日しか経っていないというのに、何ヶ月も一緒に暮らしていたかのような態度となっている。
そんな3人は当分の間、エリーの下で王国での商売の仕方や商売をする上で気をつけていくことを学んでいくそうで……エリーのことを『エリーの姉貴』と呼んで慕っている。
一度だけ兄貴と呼んでしまってエリーが憤怒の形相を浮かべるなんて騒動もあったが……すぐに3人が謝罪の言葉を口にしたため、大事にはならずに済んだようだ。
ともあれそうして取引が終わって倉庫の中がいっぱいになって、村の皆も買いたいものを買えてほくほく顔で、新しい領民もイルク村にすっかりと馴染んでくれて……春になってやるべきだったこともあらかた片付いて。
そうなったら次にすべきは隣領への旅行の準備で……旅行に行く私とアルナー、セナイとアイハンとエイマ、フランシスとフランソワと子供達と……ついでに同行し商売に関して教えたり学んだりする予定のエリーとセキ、サク、アオイは、翌日からその準備で忙しくなることになった。
旅行と聞いて私は、適当な服と数日分の食料と水、それと金と戦斧でも持っていけば良いだろうなんてことを思っていたのだが……領主が他所に、隣領に行くとなるとそう簡単にはいかないそうで、それなりに見栄えのする服を着る必要があるし、馬車が誰のものか分かるように大きなバナーで飾る必要があるし、場合によっては同行者も着飾り、馬までもが着飾り……それなりに立派に見える、領主らしく見えるようにする必要があるんだそうだ。
隣領の領主は仲の良いエルダンだからそこまで気張らなくても良いだろうと思っていたのだが、隣領の人々だけでなく行商に来ている他所の者が私達を目にすることもあるし、あまりに酷い格好で行ってしまうと私達だけでなくエルダンの評判にまで悪い影響が出てしまうかもしれないらしい。
思えばエルダンがこちらにやってくる時も、それなりの人数で立派な馬車で、しっかりとした服装でやってきている訳で……それに応えるという意味でも変な格好をする訳にはいかないようだ。
と、そんなことを広場で……あれこれと説明してくれているエリーの言葉に耳を貸しながら考えていると……エリーが更に言葉を続けてくる。
「まぁ、お父様の場合は平民の英雄ってことであえて普段の格好で行くというのもありかもしれないわね。
それよりも何よりもこっちの準備を急がなきゃいけないし……」
そう言ってエリーは後ろで控えていたセキに向けて手を振って、こっちに来いと無言で伝える。
するとセキが首を傾げながらこちらへとやってきて……エリーはそんなセキの頭にポンとメーア布で作った簡単な造りの帽子を乗せる。
そしてサクの腕には布を巻いて大きな手袋をさせて……アオイの尻尾はベルト付きの腰布の中に上手く隠して……そうしてからエリーは、こちらに「この意味が分かる?」とでも言いたげな視線を送ってくる。
「……いや、よく分からないな。
イルク村やエルダンのところに獣人が多く居るというのは今更なことなんだし、そんな風にしてセキの獣のような耳と、サクの獣のような腕と、アオイの獣のような尻尾を隠す必要があるのか?」
その視線に対し私がそう返すと、エリーはこくりと頷いて言葉を返してくる。
「もちろんあるわよ、獣人に対する差別意識がないのはこことお隣だけのことで……他所ではまだまだ残っている訳で。
当分はエルダンさんのとこまでしか足を伸ばさないにしても、商売をする以上は関わることがあるはずだし、変に舐められたら面倒なことになるし、こういうことは出来るだけ隠しておいた方が良いはずよ。
そもそもセキ達は王国の獣人ではなく、お隣の国の血無しと呼ばれる特別な存在なんだし……その正体が露呈するのは色々とまずいでしょう?
セキ達にとっては屈辱かもしれないけど、こればっかりは耐えて貰うしかないわね」
すると、セキ達は一瞬きょとんとしてから笑顔になって、手をひらひらと振りながら声を上げてくる。
「いやいや姉貴、俺達は全然気にしませんよ。
むしろあっちでは俺達、顔とか体とか、今隠した部分以外のとこを隠す必要があったんで、このくらいは全然平気です」
「それで商売が上手くいくってなら、オレ達は全く文句ねーです!」
「広い家に美味い飯、上等な服まで貰えて、馬車まで用意してもらったらもう、全裸で踊れって命令されても余裕ってもんですぜ!」
セキ、サク、アオイの順でそう言って……そしてアオイの発言に思う所があったのか、セキとサクが同時にアオイの頭をスパン! と引っ叩く。
するとアオイは良い音を上げた頭を抱え込んで「何すんだよー!」と抗議の声を上げるが、セキとサクは「下品な事を言うやつが悪い!」「本当にそう命令されたらどうするんだ!」なんてことを言って……そうして3人一塊となってのじゃれ合いというか兄弟喧嘩を開始する。
そんなセキ達の様子を見て額に青筋を立てたエリーは、3人を取り押さえるためにその塊へと飛びかかり……そうして騒がしくなっていく広場に、アルナーとセナイとアイハンがやってくる。
「……ま、しばらくの間は色々と隠すことになるのも仕方のないことだ。
いずれ力をつけてイルク村が大きくなって……そういった面倒な目や余計な揉め事を打ち払えるようになったなら、堂々と見せつけてやれば良い」
やってくるなりそう言ったアルナーは、自ら編んだものなのか、よく見る鬼人族特有の柄刺繍のされた、豪華な色紐を使っている上にいくつもの宝石まで編み込んでいるという随分と派手な造りの……小さな穴の空いた厚めの布を額に巻きつける。
すると額の角がその穴からすっと顔を出して……まるで角がその布の一部、他の宝石のように布に取り付けられた飾りか何かのように見える姿となる。
よく見て見ればその布の穴には、角に張り付くような形になる仕組みの布が当ててあって……そうすることで隙間が出来ないような仕組みになっている。
セナイとアイハンもまた、似た柄の大きめの布を頭に被っているというか、かけていてその長い耳をすっぽりと布の中に隠している。
セナイとアイハンは、その可愛らしい柄の布ことが気に入っているらしく、大きな仕草でぽふぽふと両手で触ってから、にっこりとした笑みを浮かべて、何かを期待しているかのような視線でこちらをじぃっと見つめてくる。
私はそんなアルナーとセナイ達に、
「良く似合っているよ」
と、そう言ってから……力をつけるためにこれからも一層頑張らないとなと、強い決意を抱くのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はこの続き……ついにやってくる家畜達となる予定です。




