ある男の栄達
・登場キャラ紹介
・リチャード・サンセリフェ
サンセリフェ王国第一王子、青年、人間族。さらさらとした銀髪、銀色の瞳で目は切れ長で鋭い。
直属の部下に老齢の騎士や、ナリウスなど。
ディアスの下でしごかれた経験があり、その時に食べたディアスの雑な手料理の味を未だに覚えている。
・ゴードン
かつてディアーネに雇われていた傭兵隊の隊長、中年、人間族。
あの後傭兵業界の老人達に謝罪をし許されはしたが、良い仕事を貰えなくなり、苦渋を舐めていた。
それでも部下は一人も逃げ出さず全員が残留、人望はある様子。
――――王都 リチャード王子のダンスホール ゴードン
忙しく慌ただしく、寝る暇も無かった収穫と納税の秋が終わったリチャード王子のダンスホールは、比較的静かな落ち着いた空気に包まれていた。
ダンスホールとは思えない程の数の書類棚が並び、同じ数だけの机と椅子が並び、並んだ机の上に山のような書類が置かれていたのはもう過去のこと。
書類棚も机も必要最低限のもの以外は片付けられて……広く、少し寂しくなったダンスホールを暖める為に、暖炉の薪が爆ぜながら暖かい空気を吐き出している。
とはいえ全く忙しさが無くなったかと言うとそうではない。
納めさせた分だけ金貨銀貨を国庫から吐き出さねばならず、何処にどう投資すべきか、どこをどう開拓すべきかを見極めなければならず、豊作の村、凶作の村のバランスをどうやって取るかの判断を下す必要がある。
そういった事務処理を、雪が溶けて様々なことが動き出す春までに終わらせる必要があり……リチャードは黙々とそれらに向き合っていた。
本来こういった作業は王宮の大臣や内政官……官僚達の仕事なのだが、今の王に仕える旧臣の面々は帝国の繋がりが疑われたり、汚職が疑われたりで任せることが出来ず……王宮を掌握しつつあるリチャードとその配下達がそれらの代役を務めていたのだった。
「摘まむ程度の汚職ならば見逃してやったのだが……どいつもこいつも限度を知らない馬鹿ばかり。
貴族だろうが旧臣だろうが、そこまでされたなら首を断つしかないと何故分からないのか……呆れて物も言えん」
大きな執務机に向かい、ペンを走らせ書類を片付けながら呟いてきたリチャードに対し、その前に全身を緊張させながら立つ、傭兵隊長のゴードンは何故自分なんかがここに呼ばれたのかと、何故そんな話を聞かされているのかと、困惑しながら言葉を返す。
「……なる、ほど。
それでその……リチャード様、自分なんかに用事ってことは、また戦争か何かですか?」
「違う」
それなりに考えての精一杯の言葉をあっさりと両断されてしまい、ゴードンはなんとも言えない苦い表情を浮かべる。
暖炉の煤や灰で汚れていた赤色混じりの金髪を綺麗に整え、顎全体を覆う髭もそれなりに整え、知り合いの商人に上等な絹服を借りまでしてきたゴードンだったが……まさかこんなナヨナヨした格好で処刑されてしまうのかと震えて……悔しさからか拳をぐっと握る。
そんなゴードンの様子に気付いているのかいないのか、ペンを走らせる書類に目を落としたまま、ゴードンのことを一瞥もしないリチャードは……予め用意していたらしい丸められた一枚の紙と、革袋に入った何かをゴードンの手元目掛けて放り投げる。
握った拳を慌てて開き、それらをしっかりと受け止めたゴードンは……どういう訳だか、わざわざ封蝋までしてあるその紙を、首を傾げながら見やり……リチャードを見やり、その背後に控える老齢の騎士や、赤い髪の女性や黒い髪の女性……リチャードの配下達のことを見やり、老齢の騎士がくいと顎を上げて『開けろ』と促してきたのを受けて……首を傾げたまま紙と革袋の封を解き、それらの中身を検める。
「……は?
騎士? 俺が? お、俺なんかが!?」
その紙にはしがない傭兵団の隊長でしかなかったゴードンを王宮直属の正規兵『騎士』として叙任するとの文が書かれていて、革袋の中にはその身分を示す装飾のされた短剣が入っていて……ゴードンは困惑しながらそんな声を上げる。
「もう戦争は終わった、増えすぎた傭兵をそのままにしておく訳にもいかないだろう。
放っておけば盗賊になるかもしれん、暴走して戦争の火種を作り出すかもしれん。
そんなことになるくらいなら抱え込んだ方がマシというものだ。
……お前のことは詳しく調べた、戦時中は中々の活躍をしていたようだな、戦地にあっても大人しくしていた点も評価できる。
……傭兵でありながら略奪を禁じるとは、よくもまぁそれで部下を統率出来たなと感心したものだ」
ゴードンが困惑し、目を白黒とさせる中、リチャードがそんな言葉をかけてきて……ゴードンは思わず苦笑を浮かべる。
正確な所を言うとゴードンは略奪を禁止していた訳ではない。
……すぐ側の戦場で暴れているディアスが恐ろしくて、ディアスに目をつけられたくなくて、略奪をしたくても出来なかったのだ。
どういう訳だかディアスは略奪を禁止していて、禁止しているというのに上手く志願兵達を統率していて、戦死者の少なさもあってかその数は、ゴードンの傭兵団の数十倍、数百倍はあって……。
……そんな状態で略奪をしてしまったならどんな目に遭っていたことか。
噂の貴族のように玉無し刑を食らうのはごめんだと、そんな理由でゴードンは仕方なく略奪を諦めていたのだった。
「ディアーネの件でも、お前はよく自制していたようだしな……その後、わざわざ老人達の下に向かって頭を下げた点も評価出来る。
汚職に手を染めていた連中も、お前のように自らの立場を弁えていたなら別の未来があったのかもしれないな……。
……ゴードン、お前は騎士、部下達は従騎士とする。
東のサーシュス公とイザベルの下へ向かい、占領地の開発と砦の再建を行いながら……いざという時の為の備えとなれ」
そんなリチャードの言葉を受け止めて……その意味をよく飲み込んだゴードンは、恐れるのはやめて怯えるのはやめて、今日から俺は騎士なんだと胸を張り……真っ直ぐにリチャードを見て言葉を返す。
「それはつまり、イザベル様とサーシュス公を抑えろ、ということでしょうか?」
「……いや、違う。
どんな噂を耳にしているか知らないが、イザベルもヘレナも今は俺の敵ではない。
あの妹達はなんというか……妹達なりに考えて、自分好みの『良い王国』を作ろうとして派閥を作った節があってな、俺がある程度の地固めを終えた時点で、目立った動きをとらなくなり、敵対行動もとらなくなった。
……イザベルは内政で、ヘレナは文化芸術で国を良くしようとしていて、そのために邪魔な者を排除しようとしていたのだが……何処かの馬鹿が暴れた結果、その邪魔者達のほとんどが失脚することになり……結果、今はどちらも『道楽』に夢中になっている。
特にイザベルは占領地を好き勝手に開発できるとなってはしゃいでいるそうだ」
「なる……ほど。
となると、俺達は帝国への備え、ということですか。
普段はイザベル様の下で開発を手伝い……イザベル様のご機嫌取りをしながら帝国に備える、と。
……ならば一つ、お願いしたいことがあります」
「……なんだ?」
「砦についてなのですが、再建は最低限に留めて新しくいくつかの砦を作ることをお許しください。
帝国があの辺りに築いた砦のほとんどは北の敵……モンスター達を警戒してのものです。それはそれで必要なものなのでしょうが、帝国の備えとするには造りが古臭いこともあって不向きです。
ディアスが散々に暴れたせいでボロボロになっているものも多いですし、いくつかは再建せずに撤去すべきでしょう。
それらに資材を投じるよりも、真新しいしっかりとした構造の砦を、街や畑を守る形で作っておけば……敵は怯み民は安らぐはずです」
その言葉を受けてリチャードはゆっくりと顔を上げて、ゴードンのことをしっかりと見やる。
何を考えているのか無表情のまま、何も言わずにじっと見やり……口元をわずかに緩めて「ふっ」と小さく笑い、言葉を返す。
「思っていたよりも優秀なようだな、合格だ。
新しく砦を作るとなると、流石に手が足りないだろう。
その辺りに詳しい職人と、事務処理に長けている者と、それとお前が問題ないと考える傭兵を何人か、手勢として雇うことを許そう。
占領地に長期に渡って滞在する関係上、戦時に暴れすぎた者、現地で暴れそうな者は不適格だ、人選には細心の注意を払え。
当面の滞在費、砦関連の予算、それなりに見栄えする鎧と剣と格に見合った屋敷は用意させ次第に連絡する。
……その顔と体格に見合った服は、自分で用意しろ」
その言葉を受けてゴードンは、冷や汗を全身にかいて背筋を震わせる。
今リチャードは『合格』とそう言った。
騎士になれたと喜び、浮かれるのではなく、背筋を正して価値のある献策をしたから『合格』……。
もし仮に浮かれたまま何も言わなかったらどうなっていたのだろうか?
予算も何もなく現地に送り込まれていたのだろうか? それとも不合格だと叙任を取り消されていたのだろうか?
そのどちらも有り得そうなだけにゴードンは再度、このダンスホールに入った時のように全身を緊張させて強張らせる。
「はっ、騎士らしい服を用意したいと思います!
……そ、それでは、早速人選と支度をしたいと思いますので、失礼させていただきます!」
強張らせながらもどうにかこうにかそんな言葉を吐き出し……リチャードの口元がもう一度緩んだのと、リチャードが小さく頷いたのを確認したゴードンは、見様見真似の騎士らしく見えなくもない一礼をし、早速行動を開始するため……この場から逃げ出すため、踵を返しぎこちない動きで出口へと足を進める。
それに対しリチャードは何も言わず……『待て』とも『話はまだ終わってない』とも言われずに済んだゴードンは、どうにかこうにかダンスホールを脱し……王宮を出るまでは油断できないぞと、ぎこちない動きと青ざめた表情で、駆け足に近い足早で部下達が待つ宿へと向かうのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回も別視点だったり、イルク村の誰か視点だったりの予定です。




