商売人エリー
・登場キャラ&用語一覧
・ディアス
主人公、人間族。ヒューバートがどんな人間か理解しつつある。
・ヒューバート
文官、人間族。常に何かを考えていないと気がすまない、長話と食事中に考え込むのが悪い癖で……食事中に考え込みすぎるとアルナーに叱られる。叱られると分かりやすく凹む。
・エリー
商人、人間族。ようやく本業に復帰出来るとなって興奮気味。
・マスティ氏族
犬人族の小型種。小型種にしては大柄で長毛、体力と膂力と耐寒能力に優れる。
・竜牙、竜鱗のマント。
アースドラゴン素材から作られた犬人族用装備、鉄を貫く攻撃力と、鉄剣を弾く防御力を有している。命名はクラウス。
野生のメーアの夫婦達の毛と、それで作った布と、私が狩ってきた狼の毛皮と。
それらを隣領へ持っていって、飼い葉をいくらか譲って貰えばそれで十分だろうと、私は考えていたのだが……どうやらヒューバートの考えは違ったようだ。
それだけでは量が足りない、商売の練習と言うには取引量が全くもって足りない。
そう考えてヒューバートは野生のメーアの夫婦達にこんな提案を行った。
『冬ということで余分な毛しか刈っていませんが、貴方達が頑張ってくれたおかげで思っていた以上に多くの毛を刈れています、更にもうひと踏ん張り……もう少しばかり生産量を増やせたなら黒字化も夢ではないでしょう。
と、いう訳で……厳しい寒さの中で困窮しているであろう、野生のメーアをいくらか……ほんの少しでも良いので呼び集めて頂けたなら、その分だけ食事を増やし、更に塩や砂糖といったおまけもつけますが、いかがでしょうか?
野生のメーアは警戒心が強いそうですが、同じ野生の貴方達の言葉になら耳を貸すかもしれませんし、駄目で元々……やる価値はあるでしょう。
ちなみにですがたくさん呼べば呼ぶ程……メーアが増えれば増える程、おまけが増えますよ』
そんな提案を受けてメーアの夫婦達は、早速とばかりにイルク村の外へと向かって、雪原のどこかにいるだろう野生のメーア達に向けて『メァー!!』との大きな声を上げて……それから三日程で、5家族、16人のメーア達が冬の間の仮住まいを求めてイルク村へとやってきたのだった。
まさかそんなにもやってくるとはと驚きながら私達は、大慌てでナルバント達に頼み、余っていた木材からユルトの建材を作ってもらい、織り機でもって織られたメーア布を外布にして、野生のメーア達の仮住まい……いや、宿と呼ぶべきか、メーア用の小さなユルト宿を量産することになった。
全部で18人ものメーア達がやってきた結果、干し草や草のチーズの消費量はぐんと増えることになった訳だが……その分だけメーア毛が手に入ることになり、手に入ったメーア毛はすぐさま洗われて、ナルバント達が作ってくれた織り機によって布になっていって……雪晒しをして汚れを落としたなら、持ち運びやすいようにと丸められて、これまたナルバント達が作ってくれた荷車へと積み込まれた。
ソリ板と車輪を付け替える前提で作られたその荷車もまた、ヒューバートが提案してくれたもので……森まではソリ板で雪の上を進み、森にある隣領への道へと到着したなら車輪につけかえて道の上を進むという、なんとも凄まじい作りとなっている。
そしてその荷車の荷台がメーア布でいっぱいになったなら……
「……いよいよ、商売の時という訳です。
幸いにして我らが領には交渉に長けたエリーさんという生粋の商売人がいます。
エリーさんに任せておけば高く売りつけてくれるでしょうし、買いつけの方も安く仕上げてくれることでしょう」
準備万端、これから旅立つ荷車を前にしてヒューバートがそう言うと、荷車の荷台の奥に腰掛けた冬服姿のエリーが声を上げてくる。
「任せて頂戴な!
メーア布だけじゃなく、この狼の毛皮もしっかりと高値で売りさばいてくるわよ!
質としては正直微妙なところだけど『モンスターになりかけの狼の毛皮』っていう珍品なのは確かだから、どっかのおバカな金持ちに売りつけてやるわ。
なりかけのせいなのか何なのか、ひとっつも魔石が取れなかったものね……せめて毛皮で稼がないとやってられないわ!」
その言葉を受けて、荷車の最終調整をしていたナルバント一家がうんうんと頷く。
そしてその荷車の先には、荷車と連結されたマスティ氏族達の姿があり……冬服と竜牙と竜鱗のマントを装備した彼らがエリーの護衛と、荷車引きを担当してくれる。
荷車の大きさを思うと、出来ることなら馬達に任せたかったのだが……冬の今、道中で馬達の食事を確保することはとても難しい。
冬の間は、干し肉や干しパン、砂糖や塩といった軽くて持ち運びやすい食事で元気に働いてくれる犬人族達に任せた方が良いだろうということになったのだ。
今回の積荷がメーア布と狼の毛皮という、それ程重くないものだから良かったが……重い荷物となった場合は、また別の方法を考える必要があるだろうなぁ……。
……と、私がそんなことを考えていると、固い表情となったヒューバートが、エリーに淡々としながらも真剣な、力のこもった声をかける。
「何度も繰り返すようですが、最悪の場合は赤字になっても全く構いません。
メーアさん達に食事を与え、その毛を代金として受け取って……それを他領で売りさばいたらどうなるのか……その情報を得ることが何より重要だからです。
赤字になるようならその都度調整を加えて、最終的に黒字になればそれで良し……商人としては中々受け入れがたい考えかもしれませんが、どうにか受け入れてください。
自分なりに黒字になるようにと努力はしましたし、個人的な計算では黒字になるものと思っていますが……その為に無理無茶な交渉をしないよう……公爵の名を使っての押し売りなどしないようにお願いします」
「はいはい、そう何度も言われなくたって分かってるわよ。
そうやって交易が安定してきたなら……メーア布の適正価格がはっきりしたなら、アナタの言うメーア毛・布払いをイルク村に定着させるんでしょ?
……一部では既に始まっているみたいだけどね」
そう言ってエリーは、村のあちこちで日光浴を楽しんでいる野生のメーア達へと視線を向ける。
野生のメーア達はあくまでお客様であり、名付けも行わないし、必要以上の世話も行わない……のだが、当人達がブラッシングなどをして貰いたいと希望する場合があり、その場合は相応の量のメーア毛を犬人族達に渡してくれるならば、と条件付きでの許可をしている。
それはつまり、労働の対価としてメーア毛を支払っていると言える訳で……、
「ディアス様が行った金貨を配るという行為は、恩賞という意味では悪くなかったのですが、一部の方々が金貨を財宝のように扱い、しまい込んでいる現状を見るに貨幣経済を根付かせるという意味では失敗でした。
彼らには金貨銀貨よりも身近な、家や服になってくれるメーア布での支払いの方が分かりやすいはずです。
この労働をしたらこれくらいのメーア布が貰えて、それが自らの服や家になる。
そういった価値観が根付いたなら、メーア布を売るとこれくらいの金貨銀貨が手に入ると教えてやって……ゆっくりとお金のことを、経済のことを教えてやるといいでしょう。
焦ってはいけません、日々の生活の中でゆっくりと、彼らの理解と慣れの速度に合わせて教えてやる必要があります。
幸いにして隣領は温暖な気候で、冬場でもそれなりの飼い葉が手に入るそうですし―――」
ヒューバートの悪い癖である、長話がそうやって始まって……ナルバント達がそそくさと荷車から離れ、犬人族達がゆっくりと静かに前に進み始め……荷車が雪の上を走っていく。
走り去る荷車の上から、無言で手を振ってくるエリーに手を振り返し……せめて私くらいは聞いてやる必要があるだろうと、そのままヒューバートの言葉に耳を傾ける。
なんでもヒューバートの故郷である王国南東部では綿花の栽培が盛んで、綿花を持っていって食料や家畜を買うという、綿花払いが当たり前のものとして定着しているんだそうだ。
ならばメーア布でもそれが出来るはずだと考えたそうで……確かにある程度の量が手に入る、生活の根幹であるメーア布であれば、同じことが可能かもしれないし……定着したなら鬼人族との取引なんかも円滑に行えるようになるだろう。
家と服、これは人が人である限り無くなるものではないし、ある程度の価値が、重要性が保証され続けるものでもある。
それはつまり、ただ美しいだけの金や銀よりも、安定した価値があるといえる訳で……と、そうしたことをヒューバートは、しばらくの間……雪が振り始め、その頭と肩に降り積もるまで、語り続けるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回はディアス以外の視点となる予定です。
そして知らせです
まず、皆様の応援のおかげでこの作品のポイント合計が13万を突破しました!
皆様本当にありがとうございます!!
これからも楽しんでいただけるように、一段を気合を入れて頑張らさせて頂きます
もう一つお知らせです。
明日25日にコミカライズ最新話が、コミックアース・スターさんで公開されます!
単行本3巻の続きとなる、色々盛り上がる一話となっておりますので、ご期待いただければと思います!!




