少しずつ成長する男達と……もう一人
・登場キャラ紹介
・ゾルグ
鬼人族、アルナーの兄。次期族長候補であり、最近新設された警備班の長として奮闘中。
・エルダン
人間族と象人族のハーフ、隣領の領主であり、とある事件をきっかけに鍛錬、勉学に励むようになり、ひたむきに奮闘中。
・ジュウハ
人間族、黒長髪の割れ顎の濃ゆい顔、ディアスの元戦友、自称王国一の兵学者、エルダンの配下として(ジュウハなりに)奮闘中。
・ディアス
主人公、今回は名前だけ。
――――鬼人族の村、ゾルグ
行商人達が村を去り、冬越えの為の十分な備えといくらかの金貨銀貨を手に入れた翌日。
ゾルグは自らのユルトの中で、金貨銀貨を指折り数えながら、目の前にあるいくつかの袋に振り分けていた。
その金貨銀貨は隣人であるイルク村の者達が倒した大蜥蜴の素材を、行商人に売却したことで手に入れたもので……素材の持ち主であるイルク村に戻す分と、その解体を手伝ってくれた者達に支払う賃金分をそうやって勘定していたのだ。
ゾルグがイルク村と交わした約定はゾルグ達が大蜥蜴の解体をする代わりに、素材の一部を受け取り、残りの素材をイルク村に渡すというものであったのだが……イルク村としては現状、無駄に大きく数が多く、邪魔にしかならない大蜥蜴の素材を必要としておらず……解体を手伝ってくれた警備班の、ゾルグの配下にあたる者達も素材よりも金貨銀貨を求めていて……話し合いの結果、素材全てを売却し、得た金貨銀貨を約束した割合通りに分ける、ということになっていた。
何日もかけて解体をし、手に入れた素材を村まで運び、行商人との交渉をし、手に入れた金貨銀貨をしっかりと勘定し振り分ける。
それらの手間を思うと、ゾルグとしては苦労の割に儲けの少ない仕事だと言えたが、出来たばかりの配下達に稼がせてやれたというのはゾルグにとって大きな利益であった。
実際、行商人との交渉を終えてからの警備班の面々の態度は以前とは全く別の、少し露骨過ぎやしないかと思えてしまう程のものとなっていて……ゾルグは警備班の長としての立場を確かなものとすることに成功していた。
(こいつには前払いしていたから払いは銀貨一枚で……こいつには全額払い。
一番懸命に働いてくれたこいつには色を付けて……素材を掠め取ろうとしたこいつは少なめに)
そんなことを考えながら金貨銀貨を振り分けていって……分け終えたなら袋の口紐をきつく固く結び、自分の取り分と、イルク村に渡す分をユルトの隅にある荷物が積み重なった一画の、奥深くへとしまい込む。
(……族長から貰う側だった時は、何で俺の分はこんなに少ないんだ、どうしてあいつはあんなに貰えるんだと不満を口にするばかりだったが、実際人の上に立って与える側に回ってみると、なるほどなぁと思っちまうな。
そしてそう思えば思う程、族長がいかに優秀だったかってことも思い知らされる……)
そんなことを考えながらゾルグは、配下の者達に渡す袋を両手で抱え持って、それぞれのユルトへと足を向ける。
(最愛の家族を王国に殺されて、それでも耐えて生きる道を選び、復讐をと叫ぶ連中を抑えながら、村の存続の為に耐えて耐えて耐え続けて……そうしてやっとディアスという『当たり』との縁を手に入れた。
隠蔽魔法と遠征班を使って厄介者の排除をすることで、多少の溜飲を下げていたとはいえ……はらわたは煮えたぎっていただろうに、よくもまぁ何十年も……。
族長の後を継ぐなら、俺もそうならねぇと……そういう覚悟を持たなくちゃならねぇってことか)
そうしてゾルグは、その手に抱えた袋の一つ一つを、配下達へと配り歩くのだった。
――――領主屋敷の自室にて エルダン
この日エルダンは、自室にてジュウハによる『授業』を受けていた。
何故領主という存在が必要なのか―――広大な領地全てを王だけでは管理しきれない為。
仮に全ての領地を王が直轄地とするには何が必要なのか―――優秀な官僚と効率的な制度が必要。
優秀な官僚を得るためにはどうしたら良いのか―――あまねく民に高度な教育を施す。
そうした内政論に始まり、文化振興や外交にまで話が及び……そうして話は軍事へと至る。
ジュウハが授業用にと想定した戦場を、卓上の地図や駒を使って表現し、エルダンならどうするのか、どう軍を動かすのが正解なのか、互いに意見を交わし合いながら検討していって……答えを出していく。
そんな授業を進めていく中で、エルダンはどうしても気になったことがあり、折を見てその質問をジュウハへとぶつける。
「……ジュウハ殿、先程から出題されている戦場はどれもこれも仮想のものばかりであるの。
実際にジュウハ殿が経験した戦場での検討は出来ないのであるの?」
その質問に対しジュウハはぐいと眉をしかめて……そうしてからため息を吐き出し、苦い声を返す。
「確かに実在した戦場の検討の方が意味があり、価値がある……んだがなぁ。
何しろ、オレが経験した戦場には『救国の英雄ディアス』がつきものでな、授業には不向きなんだよ。
駒でたとえるなら……そうだな、ディアスはこんな感じになっちまうかな」
そう言ってジュウハは地図の上に、他の駒の何倍もの大きさの、エルダンの側に置かれていた香炉をどかんと配置する。
「軍の士気が下がった……ならディアスを連れていけば良い。
撤退戦の殿が必要……ならディアスに任せれば良い。
この砦を落とせば優位に立てる……ならディアスをそこに放り込めば良い。
補給線の破壊も、物資の獲得も、敵将を討ちたい場合もディアスって駒を使えばそれで解決。
……オレ達の経験してきた戦場のほとんどは圧倒的不利な条件、状況で始まるものばかりだった訳だが、その全てをほぼ独力でひっくり返してきたのがあの男だ。
……これ程授業に不向きな男はいねぇだろうよ」
そう言ってジュウハは香炉を地図からどかそうとする……が、エルダンは香炉を掴むことでそれを制止し、香炉を地図上の自陣へと引き入れてから言葉を返す。
「……では仮に、ジュウハ殿が敵側であったなら、帝国側であったならこの香炉にどう対処するであるの?
というか帝国はこの香炉に対して何の手も打たなかったのであるの……?」
「……仮にオレが敵側だったなら、ディアスが敵に回った時点で降参するか、何がなんでもディアスを敵に回さないよう気をつけて動くだろうな。
それは何故か……敵に回ってしまったディアスをなんとかしようと、あらゆる手を打った連中の末路を知っているからだ。
幾度も繰り返された暗殺は、全てディアスの野生の勘で察知されて失敗。
罠を仕掛けても強引に突破するし、火計や落石計の類も力づくでどうにかするか、勘で回避する始末。
無味無臭であるはずの毒でさえ『なんとなく』の一言で遠ざけられて、高名な魔法使いを揃えての毒やら束縛の魔法の全てを跳ね除け、これまた勘で魔法使い達の居場所を察知しての捕縛。
数で圧倒しようにも、ディアスを前にするとどうしても兵士達が怯んでしまって……鍛えに鍛えた精鋭を揃えても同じ結果。
その上ディアスの周囲にはこのオレを始めとした優秀な奴らが勢揃いしていて……ま、敵に回すこと、それ自体がそもそもの間違いってことになるかな」
そんなジュウハの言葉の一つ一つをよく噛み締めたエルダンは、こめかみに指を当ててなんとも渋い表情をしてから……そっと香炉を地図の上からどかすのだった。
――――???? ???
細面の、冴えない顔をした一人の中年が、外套でその身を包みながら街道を一人、とぼとぼと歩いていた。
長い間王宮に仕え、忠義を尽くし……だというのに突然辺境への左遷を命じられて、それでも尚忠義を尽くそうとしていたその男は、第二王子の一派に騙され連れ去られ、つい最近までその力を良いように使われていた……のだが、第二王子の一派が壊滅状態に至ったことにより自由の身となり、そうしてある場所を目指して歩を進めていたのだ。
同じような立場の者達のほとんどが自らの故郷か、古巣である王都へと向かう中、その男は律儀にも左遷されるはずだった辺境へと向かって真っ直ぐに歩を進めていた。
(陛下がそうお命じになられたのだから、自分はただそれを全うするのみ……)
そんなことを考えながら男は歩を進め続ける、冬が来てしまうその前に自らの任地へとたどり着く為に……。
お読み頂きありがとうございました。
次回はディアス視点に戻ります。




