冬寝間着
あとがきにお知らせがあります。
翌日。
集会所を寝床に一晩休んだゲラントは、早朝のうちに書き上げた返事と共に隣領へと帰っていった。
ぐっすりと休んだのと荷物が軽いのもあって、ゲラントは凄まじい勢いで空の向こうへと突き進んでいって……あの様子であれば鷹だとかに襲われる心配も無いだろう。
そんなゲラントが持って来たエルダンとカマロッツからの手紙に書いてあった内容の大半は、エルダンの体調に関するものだった。
順調過ぎる程順調に快癒に向かっているそうで、食が進むようになり激しい運動も出来るようになり、筋肉がついて体格もがっしりとして、成長期なのもあってか身長もぐんぐんと伸びているらしい。
エルダン名義の手紙の中にはエルダンの妻達からのかなりの量となる感謝の言葉も記されていて……そこには凄まじい熱量というか、文字から伝わってくるような強い想いが込められていた。
イルク村滞在中は口外無用との私の言葉もあって、礼を言うことが出来なかったが、エルダンをここまで元気にしてくれて夫婦の未来を拓いてくれたのだから……せめて手紙という形で感謝の言葉を送りたいと、そういうことらしい。
少しばかり大げさ過ぎるような気もするが……まぁ、良い方向に向かっているのならば、何よりだ。
他にもエルダンの手紙には街道工事の予定についてが書いてあり……向こうでは早速工事の準備が進められているそうだ。
準備が整い次第に工事が開始となり、冬までに仮設の道を通し、それを使って人や資材の行き来をさせて……来年の雪解けを待ってから本格的な街道作りが始まるそうだ。
仮設の道にはそういった使い方以外にも、冬の間の連絡用という役目もあるんだそうで……冬の間は寒さを苦手としているゲラントではなく、早馬での手紙の行き来が主となるんだそうだ。
そうしておけばいざ何かがあっても安心なのだそうで……まぁ、ここら辺のことはエルダン達に任せておくとしよう。
木を切り倒すだとか、地面を踏み慣らすとかならともかく……エリーやエルダンが言うような本格的な街道作りとなると、私の出る幕は無いだろう。
街道よりも何よりも、とにかく今は冬備えだ。
アルナーによるとイルク村の冬備えはまだまだ道半ば、これからが本番なんだそうだ。
……寒さが来てから慌てても手遅れだ、夏の暖かさが残っている今のうちに頑張っておかないとな。
「で……アルナー、次は何をしたら良いんだ?」
朝食後、洗い物や食器の片付けだとかの手伝いを終えて、竈場の洗い場でガシガシと山鹿の毛皮を洗っていたアルナーに声をかけると、その毛皮を持ち上げて見せながら声を返してくる。
「食料がある程度済んだなら次は寒気対策だな。
冬着作りにユルトの冬囲い……それとマヤ達や赤ん坊達の冬寝間着もしっかり作らないとだな」
「ふ、む……?
その冬寝間着というのはマヤ婆さん達と赤ん坊達の分だけで良いのか?」
「それは当然だろう、若い私達が冬寝間着なんてそんなもの……っと、そうか、東の方はそこまで寒くはならないんだったな、ならば知らないのも当然か。
この辺りの冬は、何もかもが凍りつくような厳しい寒さが続くのだが、そういう寒さに置かれた私達の体は、体内の血を燃やすことで寒さに負けない為の熱を持つんだ。
特に眠っている間はその熱が強くなる……のだが、生まれたばかりの赤ん坊や年老いた者達は、血を燃やす程の体力が無いせいか、朝を迎えるのに十分な熱を持つことが出来ないんだ。
そうなると命を落とすこともあるのでな、そうならないようにする為の冬寝間着が必要となる訳だ」
「なるほどなぁ。
……と、いうことはその山鹿の毛皮も冬寝間着用なのか?」
「……いや、こんなものを着ていたら体が冷えてしまって寝るに寝られないぞ」
そう言って洗いたての毛皮を、竈場の柱にバンバンと打ち付けて水分を飛ばすアルナー。
その様子をじっと見つめながら、体が冷えるとは一体? とか 鹿の毛皮なら冬に着るには最適だろうに? とか、私がそんなことを考えていると、アルナーが作業を進めながら言葉を続けてくる。
「山鹿の毛皮は昼間に風を防ぐ為だとか、雨や雪を防ぐ為に着る分には良いのだが、寝床で着るには適していないんだ。
何しろ汗をちっとも吸わないのでな、毛皮の内側で汗がたまって、その汗が冷えて……ひどい時にはそれが凍って凍傷になりかねん。
寝床で着るのならメーア布の冬寝間着が一番だ。汗をさっと吸って、すぐに乾いて、外の寒さを寄せ付けない。
大昔に冬山を登頂しようとした二人の若者が居たそうなのだが、山鹿の毛皮を着た若者は一日を待たずに凍死し、メーア布の下着とメーアの毛皮を着た若者は全く凍えることなく悠々と山を登りきったそうだ」
「……なるほど?」
よく分かったような、分からないような……目の前にある山鹿の毛皮がどうしても暖かそうに見えるせいか、アルナーの言葉がすんなりと入ってこない私が首を大きく傾げていると、アルナーは、
「……冬になれば分かる」
と、そう言って作業の方に意識を向け始める。
水分を飛ばし終えたら近くの干し竿にかけて、次の毛皮を洗って……と作業を進めていくアルナーに、私はどうしたものかと頭をかきながら声をかける。
「あー……それでだな、私は一体何をしたら良いのだろうか?
その寝間着作りをしたら良いのか? それともその毛皮洗いを手伝えば良いのか?」
「ああ! そう言えばそういう話だったな!
……ディアスにはまず冬囲いの前準備として、各ユルトの確認をしてもらいたい。
柱が折れていないか、外布に傷がないか、破けていないか、それと天窓がしっかりと閉じるかの確認だな。
全てのユルトの確認をしたら補修をしていって、それから冬囲いだ。
風と雪に負けないよう柱を木材で補強して、外布を二重にしてしっかりと縛る……訳だが、ここら辺の作業は補修が終わった後に、皆で一斉にやるとしよう」
うっかりしていたと言わんばかりの大声の後に続いたそんな説明を受けて……兎にも角にもユルトの確認をしたら良いのだなと頷いた私は、
「分かった、早速確認してくるよ」
と、そう言って倉庫へと足を向けるのだった。
そうして倉庫の奥から、ユルトの補修用にと用意していた梯子を取り出し肩に担いで……村中のユルトを一軒一軒、見落としのないように丁寧に確認していく。
屋根を確かめ、壁を確かめ、中に入って柱や床、天窓の動きも確認し、ユルトの中に住人が居た場合は、雨漏りや風が吹き込んだことなど無かったかなどの質問もしておく。
私がここで暮らし始めてから、特にこれといった大風も大雨も無く、災害らしい災害も無かった為か、どのユルトにもこれといった傷はなく、外布が破けているような様子も見受けられない。
途中で昼休憩を挟んだりしながら、何人かの犬人族に手伝って貰いながら、確認を進めていって……そうして最後に確認するのは倉庫用のユルトだ。
何だかんだと荷物の出し入れが多く、少しばかり荒っぽく使うこともあった為、倉庫の確認は特に力を入れて、しっかりとしてやる必要があるだろう。
確認の邪魔になりそうな荷物を一旦外に出す必要もあるだろうし、これは時間がかかりそうだなぁと、そんな思いと共に始まった倉庫の確認は―――その通り、夕刻過ぎまでかかってしまうのだった。




