それぞれの決意
――――カスデクス領、西部の街メラーンガル ナリウス
領主屋敷のすぐ側にある街一番の酒場は、今日も今日とて大勢の人で賑わっていた。
景気よく金貨銀貨が飛び交い、明るい話題が何処までも尽きず、酒場の主人も客も誰もが笑顔で、その笑顔は酒場の外にまで溢れ出して……そうして領主屋敷を中心とした、メラーンガルの中心部全体にまで広がってしまっていた。
酒場も道も、民家も領主屋敷前の広場も関係なく、人で溢れ笑顔で溢れ、何処を見ても酒樽が置かれていて、酒樽の上には豪勢な料理がいくつも並び、もうとっくに日は沈んでしまっているのに無数の灯り達がまるで昼間かのように一帯を照らし……祭りの日であってもここまで賑やかにはならないだろうという程に賑やかで……。
そんな街中の片隅で、小さな酒樽の上に腰掛けた黒髪黒目の胡散臭い人間族の男……リチャードの指示を受けて再びこの地へとやって来たナリウスは、目の前の大きな酒樽の上に並べられたいくつもの肉料理に舌鼓を打ちながら、周囲を飛び交う獣人達の会話に耳を傾けていた。
「おい、聞いたか?
エルダン様が最近になって突然、剣や槍や馬術の稽古を始めたって話。
あまりそういったことを好まれない方だったのになぁ」
「ああ、聞いた聞いた。
異様に細かった食も、稽古のおかげか人並み以上になったとかでなぁ、料理人のやつらが忙しくてしょうがないって、嬉しそうにしてたよ」
「あ~~、それでか~。
今朝、エルダン様と挨拶を交わしたんだが、顔つきが以前とは違う凛々しい感じになってたんだよなぁ……背の方もぐんと伸びたんじゃないか?」
「王様の覚えめでたく公爵様になって、マーハティって新しい家名も決まって、いよいよ腹を据えたってことなんだろうな。
景気もますます良くなってるし……全く、働きがいがあらぁなぁ」
そんな会話を耳にしたナリウスは、ハーブとニンニクを挟んで焼いた肉の塊を口いっぱいに頬張りながら「うぅむ」と唸り声を上げる。
(正直、この街の雰囲気は嫌いじゃないんスよねぇ。
飯は馬鹿みたいに美味いし、良い感じに賑やかだし、色々な獣人が混ざり合って暮らしているせいか色々なことが適当で……すっげぇ気楽で。
治安が良くて景気がよくて、その上ギルドにも好意的で……マイザーと帝国の連中に荒らさせるには勿体なさすぎるんスよねぇ。
とはいえなぁ、リチャード様の依頼を果たさないってのもなぁ……リチャード様にはこれまで散々世話になった訳で、それなりに感謝も尊敬もしている訳で……どーしたもんッスかねぇ~)
帝国と組んで何やら良からぬことを企んでいるマイザーを、西に釘付けにしたままにしておけ、とのリチャードの命令を実行した場合、この街にも大なり小なりの悪影響があることだろう。
その悪影響が長く続いてしまえば、この肌に妙に馴染む、心地よい雰囲気と空気感が失われてしまうかもしれない……と、そんな考えに至ったナリウスは、肉の塊を飲み下しながら
(本当に……どーしたもんッスかねぇ~)
と、胸中で再度呟く。
そうしてナリウスが、手元の皿の上にある肉を鷲掴みにしようとしたその時……目の前に大きな体を持った犀人族の女性が率いる、様々な姿をした獣人の子供達が姿を見せる。
犀人族の女性に背負われながら、手を引かれながら、楽しげに道を行く子供達は、ナリウスの顔を見るなり満面の笑みを浮かべて、元気にその手を振り回してくる。
(……親子? いや、種族が違うから養子? それとも近所の子供を預かってるんスかねぇ?
何にしてもこんな時間に子供連れの女が出歩けるなんて……いやぁ、参った参った、降参ッス)
と、そんなことを胸中で呟きながらナリウスは、子供達にへらへらとした笑顔を返し、ひらひらと手を振り返す。
(いやぁ、しょうがない、これはしょうがないッスよね~。
才気溢れる領主様が、自力でマイザー達の存在と企みに気付いて、俺がどうこうするより早く動いたとなれば、俺みたいな小物にはどうしようもないッスからね~)
そんな言い訳を何度も何度も、しつこいくらいに繰り返しながらナリウスは、口を滑らせる為の酒瓶をガシッと鷲掴みにし、酒場の入り口にたむろしながら談笑する男達に声をかけるのだった。
――――鬼人族の村 族長のユルト ゾルグ
ディアス達との話し合いを終えて、そのままイルク村で一泊し……翌日の早朝。
鬼人族の村へと戻ってきたゾルグは、そのまま真っ直ぐにモールのユルトへと足を運び、迷惑そうな顔をするモールに構うことなく堂々とした態度で腰を下ろし、昨晩何があったのかの話を、なんとも自慢気に、武勇伝も語っているかのような態度で語り聞かせていた。
「―――と、いう訳でこの草原半分の所有権を認めるって約定と、森と街道の使用に関する約定と、飼葉の売買でお互いふっかけすぎないって約定、盗賊の扱いに関する約定、将来的に市場が出来たらそこで売買して良いって約定をまとめて来てやったぞ」
王国法が定めるところの正式な書式で作成し、公爵の印章を押印し、ディアスとゾルグがそれぞれの署名をした書類の束を掲げながらそう言ったゾルグは、モールの目をしっかりと見つめながら言葉を続ける。
「まぁ、今回の約定はあくまでこの書類までの話で、正式な手続きとかは無しだがな。
それをやっちまったら俺達の存在が奴らにばれちまうからなぁ……まぁ、それでも書式も印も本物だ。
追々……俺達の準備が整ったら、正式な手続きをして貰うって話にもなってるから、問題はねぇだろ。
そうなった際に俺達の国を興すのか、ディアスの下に入ってやるのかは……まぁ、状況次第ってことになるだろうな」
そう言って、ゾルグがモールの反応を待っていると、モールは小さく息を吐いて瞑目し……片目だけをくわりと開いて、重く静かな声を上げる。
「……ディアスとアルナー以外の連中の反応はどうだったんだい? 他の連中は賛成していたのかい?」
「あん? ……まぁ、賛成していたな。
話し合いに同席したエリーって奴は、ディアスがそうと決めたならそれが正解で、自分は支えるだけだとか、そんな感じで……エイマって小っちゃいのは、あまりにも単純かつ分かりやす過ぎる理屈で、口を挟めないとかなんとか……まぁ、そんなことを言いながらも嫌そうな顔はしてなかったな」
「……そうかい」
ゾルグの言葉に、そんな一言だけを返したモールは、ゆっくりと立ち上がり、ユルトの奥へと向かって、そこにある棚から金属の輪を取り出し、ゾルグの方へと放り投げる。
「よくやった、とりあえず一つ格上げだよ。
これで族長候補としては二番目となって……それと、アンタには今日から遠征班のうちの何人かを率いての警備班の長になってもらうよ」
「……警備班?」
聞き慣れないその言葉に、ゾルグがそう言って首を傾げると、モールは自分の席にゆっくりと腰を下ろしながら、ため息まじりの声を吐き出す。
「街道が出来て人が増えれば、それだけ揉め事が増える訳だろう?
ドラゴン達の妙な動きも気にかかるし……備えはしておかないとね。
森をある程度自由に歩けるとなったら遠征班の仕事も減る訳だしねぇ……アンタの方でしっかりと警備班の連中を鍛えて、従えてみせて、長としての風格を皆に見せつけな。
それとだ。今回の話もこれからの関係も、ディアスとアルナーが居てこそのこと……あの子達に何か面倒が起きるようなら、警備班の方で力を貸しておあげ。
……あの子達はこっちに土地を半分もくれて、アンタに手柄を立てさせてくれるような甘ちゃんだ、そこに付け込もうなんて連中が居たら、こっちで手を打っておくのも良いかもしれないねぇ」
そう言ってギョロリとした目でゾルグを睨みつけるモールに、ゾルグは生唾を飲み込みながらこくりと頷いて「分かった」と小さな声を漏らし、震える手で金属の輪をしっかりと掴む。
そうして懐の中にしまい込んでいた角細工にその輪を取り付けたゾルグは、震える手を自らの膝にバシンと叩きつけて、気合を入れ直したしっかりとした足取りで立ち上がるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回はディアスさんのお話に戻ります。




