エルダンとの会談 その3
「まさか私が家名持ちに……貴族になれるとはなぁ」
エルダンの言葉に愕然としていた私が、どうにか落ち着きを取り戻してそう言うと、エルダン、エイマ、エリーからそれぞれ、
「ん?」
「へ?」
「えぇ?」
との声が上がる。
そうしてエルダン達は私のことを『何を言っているんだコイツは?』とでも言いたげな表情で見つめて来て……何故そんな表情をしているのか、その理由が分からない私は、何事だろうと首を傾げる。
すると、エイマとエリーへ視線を送り何やら頷き合ったエルダンが、3人を代表する形で私に声をかけてくる。
「えーと、ディアス殿……。
ディアス殿は既に家名を持っているはずだし、サンセリフェ王国の貴族としてその名を連ねているはずであるの」
「ん……? いやいや、私は平民だぞ?
両親は平民だったし……家名なんてそんな大げさなもの、ある訳がないだろう」
エルダンのそんな言葉に対しすぐさま私がそう返すと、今度はエリーから声が上がる。
「お父様、どういう経緯であれ領地を持ったのであれば、その時点で貴族という扱いになるのよ。
家名もちゃんとあるはずだけど……?」
「うん? んんん?
そう……なのか? いや、しかし私に家名だなんてそんな話、聞いた覚えがないが……」
そう言って頭を悩ませる私を見て、訝しむような表情を浮かべたエルダンが、
「……確かにディアス殿は今まで一度もネッツロースという家名を名乗ったことが無かったであるの。
何か思う所があるのだろうと勝手に解釈していたけれども……まさか本人が知らなかったとは、予想外であるの。
王都では周知の事実のように扱われていたというのに、まさか本人に届いていなかったとは……」
と、そんな言葉を口にする。
そうして私は……今しがたエルダンが口にした、ネッツロースという言葉を耳にした瞬間に、頭の中で切れていた何かが繋がるような感覚を覚えて……懐かしいあの時の記憶を掘り起こすことに成功して、自分の膝をバンバンと叩きながら大声を張り上げる。
「あーあーあー! そうだった、そうだった! 思い出した!
確かにこの草原に来たばかりの頃、あの役人がそんなことを言っていたな!
この草原の名前がネッツロースだとかなんとか!
……いや、しかし、私の家名だとか貴族がどうのという話はしていなかったような……?」
大声を上げているうちに新たな疑問が浮かんで来て、そうして私が再度首を傾げていると……エルダンを含めた4人全員が呆れを含んだ表情となり、口以上にその想いを語る、ややきつめの視線を浴びせかけてくる。
そんな皆の視線に耐えかねた私が、
「い、言い訳させて貰うとだな、あの時はそれどころではなかったというか、いきなりこんな所に放り出されてしまって、これからの生活をどうしたら良いのかということで一杯一杯だったんだよ。
翌日にはアルナーと出会うことになって、その件でも一杯一杯だったしなぁ……」
と、そんな言い訳をすると……こくりと頷いてくれたエルダンがその口を開く。
「……まぁ、確かに……。
その状況では致し方ないと言えなくもないであるの。
この地を開拓せよとの言葉だけで、本来受けられるはずだった人材や資金といった支援を受けられなかった上に、叙爵式も無しでは貴族としての自覚も芽生えようがないというもの。
……ならばせめて陛下のお言葉を伝えることで、ディアス殿には貴族としての自覚を持って貰うであるの」
そう言ってコホンと咳払いをしたエルダンは、胸に片手を当て瞑目し、丸暗記しているらしい言葉を読み上げ始める。
『この度我が耳に届くこととなった救国の英雄に対するものとは思えぬ仕打ちと不始末の数々、王としてとても残念に思っている。
更には我が一族までもがその不始末に関わっているとも聞き及び、恥に思うと同時に言葉を失うばかりである。
その上で、それ程の仕打ちを受けても尚、忠節を尽くし、我が心に寄り添わんとする卿の気持ちに応えたいと思い、いくつかの心配りをさせてもらった。
これで卿の心が晴れてくれることを願うばかりである』
「―――とのことであるの。
……そういう訳で、ディアス殿には公爵位と、新たな家名を名乗る権利と、三年間の免税措置が与えられたであるの。
こちらの封筒には今の陛下のお言葉と、その措置について詳しく記した文書が入っていて、こちらの小箱には公爵の地位を示す印章が入っているであるの」
そう言ってエルダンは懐の中から小さな小箱と封蝋のされた封筒を取り出し、私の方へと差し出してくる。
その封筒と小箱を受け取り……小声での「とりあえず懐にしまっておいて」とのエリーの指示に従い、懐の中にしっかりとしまい込む。
私がそうしたのを見て満足そうに頷いたエルダンが、王都に行ってどんなことをしてきたのか、王様とどんな話をしてきたかなどの細かい話をしてくれる。
私やディアーネから得た情報と、エルダン達が独自に集めた情報を使って、私が受け取るはずだった資金や人材を奪った者が居るとの確信を得た上で……そのことを王様に告発し、更に私から預かっていたアースドラゴンの魔石を王様に献上することで、エルダンにとって有利な場を整えたこと。
そうしてからディアーネの件を上手く使いながら王様と交渉をしていって……思っていた以上に交渉が上手く進み、家名だの免税だのといった権利を得たこと。
王都で様々な情報を収集して来たこと、私に関する噂を広めて私の名声を高めたこと、王都の劇場に投資して私に関する演劇を開くようにと働きかけたこと……などなど。
そうしたエルダンの話が一段落したのを見て、エイマがインクをつけた尻尾の先でもって今ほどの会話を紙束に記録し始めて……それが終わるのを待ってから、エリーがエルダンに向けて言葉を投げかける。
「……しかしそういった事情があったにしても公爵とは陛下も随分と奮発したわね?
平民がいきなり公爵じゃぁかなりの反発があったんじゃないの?」
「エリー殿がそう思うのも当然のことであり、陛下からその話を聞かされた当初は、僕もまさか公爵とはと驚き……同様の心配を抱いていたであるの。
ところが僕達なりに調べてみたところ……驚くことに反発や反対の声は一つも上がっていなかったであるの」
「……一つも? そんなことがあり得るの?」
「それがあり得たのであるの。
現在貴族達が王位継承を巡っていくつかの派閥に分裂しているのは知ってのことかと思うであるの。
このうち第一王子リチャード殿下の派閥は、殿下がこの件に賛成の意を示しているのもあって、派閥全体で賛成の声を上げているであるの。
次に第一王女イザベル殿下の派閥は、筆頭のサーシュス公爵がディアス殿に友好的であることが影響して、消極的賛成という態度を示しているであるの。
第二王女ヘレナ殿下の派閥は、芸術肌というか変わり者が多いことからなのか、全くの無関心といった態度で……こういった件に難癖を付けるのが大好きな連中ばかりが集まった派閥、ディアーネとマイザー殿下の派閥も今はそれどころじゃないと声を上げていなかったであるの」
「それにしたって一つも無いってのはちょっとねぇ。
……貴族ってこういう政争が大好きで、理由さえあれば……いえ、理由なんかなくても理由を作り出してまで政争をふっかけてくるものだと思っていたのだけど、それは私の勘違いだったのかしら?」
「王位継承争いという何より重要な政争で忙しくしているからこそ、ディアス殿に手を出す暇が無いという訳であるの。
それにそもそも―――」
と、そう言ってエルダンはパンと両手の平を打ち合わせて……その手を開くと同時になんとも胡散臭い笑顔を作り出す。
「―――ディアス殿に政争を仕掛けて勝ったとしても、得るものが全く、何一つ無いであるの!
お金も無いし、有用な土地も無いし……貴族としての功績が全くない、つい最近まで平民だった名ばかり公爵を相手にしたなんてことになれば、名誉どころか致命的な不名誉を背負う羽目になるかもしれないであるの!
その上、陛下とリチャード殿下と、サーシュス公爵とこの僕を敵に回すというオマケ付き。
今やディアス殿は平民から公爵にまで成り上がった、平民達にとっての希望の星でもあり、下手をすれば反乱騒ぎにも繋がりかねないであるの。
……今のこの状況でディアス殿を公爵にしたのはある意味妙策というか、もしかしたら陛下は全てを織り込み済みで……そういう流れになるのを分かった上で公爵位の叙爵を決断したのかもしれないであるの」
「……あら、陛下がそこまでしてお父様を公爵にしなければならなかったなんて……一体どんな理由があってのことなのかしら?」
「陛下の立場は今、とても微妙なものとなっているであるの。
戦時中の失策の数々で王としての権威と味方を失い……存命中でもあるにも関わらず後継者争いなんて事態を引き起こしてしまったであるの。
この争いが決着し、後継者が……王位が定まったとして、その時陛下はどうなってしまうのか……なんとも微妙なところであるの。
そんな状況で僕とディアス殿という『公爵』を味方に出来たなら……あるいは隠居してこの辺境で余生を暮らすという、そういう道も選べるかもしれないであるの。
それとまぁ……マイザー殿下にディアーネという王族が迷惑をかけたことを考慮して、ある程度の爵位を与えて王族への諫言権を与えたかったのかも……であるの」
そう言って遠い目をするエルダンと、ものすごい顰め面となるエリー。
そうして二人の会話が止まったのを見て、今の会話をエイマが記録しようとする……が、エリーが全力で首を左右に振って『今のは記録しなくて良い』と態度でもって伝える。
それからしばらくの間があってから……遠い目をしていたエルダンがゆっくりと口を開く。
「そういうこともあって、ディアス殿が本来受け取るはずであった人材や、資金の再準備にはかなりの時間がかかってしまうとのことであるの。
それらを横から掠め取った連中も今となっては何処に居るやら分からないそうで、回収も難しいだろうとのこと……。
……とは言え、このまま何もしないではそれはそれで大きな問題となってしまうであるの。
と、いう訳で陛下からは、陛下の代わりに僕の方から資金や人材を融通してやって欲しいとのお言葉を頂戴したであるの。
この件にかかったお金は、公債という形にして良いとの文章も頂いているので、遠慮することなく必要な分を請求して欲しいであるの!」
そんなエルダンの言葉を受けて、エリーがその目を全力で輝かせる中……私は今までの話を噛み砕いて呑み込みしっかりと理解した上で……懸命に頭を働かせる。
そうして考えて考えて……考え抜いた私は、
「いや、資金も人材も必要ないな。
王様にもエルダンにも十分良くして貰ったし、これ以上何かを貰ってしまっては貰い過ぎというものだ。
だからエルダン、王様には私のことなんかは気にしないで良いと……再準備の方も必要もないと、そう伝えてくれないか?」
と、私なりに考え抜いて出した結論を口にしたのだった。
お読み頂きありがとうございました。
その3で終わる予定でしたが……もう1・2回は会談が続く感じです。




