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後話7 北条氏政の憂鬱⑬ 鉄道爆破未遂事件と龍の余波 中

月刊少年チャンピオン本日発売です。今月号はセンターカラーになっております。

田村先生の素敵なイラストをぜひご覧ください。

明日7日に漫画版単行本5巻発売ですので、どちらもよろしくお願いいたします。



挿絵(By みてみん)

 下野国 益子ましこ


 大石氏照率いる1000の騎馬兵は小田原を出発し、途中結城領で馬を代え昼夜問わずの行軍をした。約1日の強行軍で益子城下に入った大石氏照は、そのまま益子氏が一切守りの準備をしていない内に城下町の中心部に辿り着いていた。

 しかし、城下では既に戦いの声と音が響いていた。益子氏に対する沙汰が出る前に、笠間高綱が領内の兵を総動員して益子攻めを始めていたのである。


「如何いう事だ……彼の旗印は笠間の物。何故此処に。遠山、問い質してまいれ」

「はっ!」


 副将としてついてきた遠山隼人佐が笠間氏の元に向かう中、氏照は城下の慰撫をしながら援軍の要請のため早馬を出していた。戦う前に制するつもりが、相手は既に戦場にいたのだ。こうなれば1000という数はかえって微妙すぎて無力だ。両軍の動員数は1000を下回る様子はない。そのため、氏照は古河の弟・伊勢氏邦を頼るつもりだった。



 2刻(4時間)ばかり経過した頃、益子と笠間は兵を退いた。その間に帰ってきた遠山隼人佐の言葉を聞いて、氏照は頭を抱えていた。


「隼人佐が聞くところのつまり、益子と今泉の交わしている書状を手に入れた笠間が、益子謀反と判じて兵を挙げたと」

「無法許すまじと申しておりました」

「生半可に裁判を認めてきた弊害か。惣無事も謀反人に攻められては困ると言われれば兵を動かすことまで非難は出来ぬ」


 笠間氏から受け取った手紙には、今泉高光に日立の爆薬に関する感謝の内容が記されていた。氏照は中身を見ながら、隼人佐に戦っている様子を尋ねる。


「日立の鉱山から爆薬を押領したか。此れで下手人はほぼ益子・今泉と見てよさそうか?」

「其処まで物事が明快であれば良いのですが……」

「確かに。笠間氏が兵を動かすのが早すぎる、か」


 思案する2人の元に、古河から数名の騎馬が到着した。面々は風魔から派遣された『嗅ぎ』の者だった。風魔の中でも偵察や敵地浸透を担ってきた一族である。現在はその一部が中央政府で斎藤の耳役らとノウハウの共有を開始しており、陸軍特殊部隊設立への動きにも参加している。氏照は早速彼らから話を聞くことにする。


「古河で何か動きがあったか?」

「いえ、古河ではなく、上野から急使が参りまして」

「上野?」

「上野の国峰にて旧長尾家臣の小幡実貞、領主の佐竹氏に対し挙兵の由」


 元国峰領主の小幡氏は関東管領を支える名門であり、長野氏と並んで有力な国人だった。この実貞も母親が長野業正の娘だったため、上杉政実にも一時期仕えていた。早い時期に北条氏に内通していたために織田による上野侵攻で数少ない許された国人だったが、弟の実高が上杉方で戦い続けた関係で戦後に上野の北部へ移封となった。本貫地の国峰周辺を一部だけ領有しての移封という約束だったため、国峰で隠居する気だった小幡実貞は強く反発した。結局実貞は国峰を離れ、養子に新領地を譲って失踪していた。


「小幡か……一体何処に居たのやら」

「既に小田原から兵が武蔵に入っておりますが、上野まではまだかかりまする。此方に来る筈だった兵を送ったので、代わりに水戸の氏光様に援兵を願う使者を走らせておりまする」

「わかった。どちらにせよ、我らは一旦、真岡もうかに退こう。初動で後れ、兵も足りぬでは無理は出来ぬ」


 氏照は騎兵1000の一部を警戒に残して真岡で水戸の北条氏光を待つことにした。


「氏照様、では我等は」

「あぁ。探ってくれ。笠間氏を」


 風魔の面々はそのまま笠間領に向かう者と、周辺の警戒に当たるもので分かれた。情報収集に電信は使えない。関東だけは今も戦場が戦国時代と変わらない。


 ♢♢


 上野国 倉賀野


 国峰東部の生糸工場を見学した成田長親は、気のない返事ばかりしながら欠伸をしていた。北条から命じられて手工業で進められている生糸工場は佐竹氏の財政を少しだけ安定させたが、隣国である信濃ほど進んでいないため、領外に売れるほどにはなっていなかった。見学を命じた従兄弟の成田氏の当主に愚痴をこぼしながら、彼は家臣に重要な個所を確認させながら見学を終えることになった。

 しかし、国峰から帰る途中に東に見える武装した集団を遠目に見て、彼は即座に同行した部下と北上し、金井沢の碑の方面から中山道側へ抜けることでこの集団と会うことを回避した。


「長親様、何故突然……」

「いいから。直ぐに領内に戻るぞ」

「領内に、ですか!?本日は新町で泊まると長親様が仰っていたのに」

「先の者ども、旗指物も差さず遠目からでも剣呑な雰囲気だった。相手に見られれば何が起こるかわからぬ。強訴か、逃散か。巻きこまれて良い事は無い。早めに此の辺りから離れるに限る」

「さ、左様に御座いまするか」

「念のため藤左ヱ門に先程の碑のある山の上から者共を見張るよう残してある。何かあれば伝えに来よう」

「そ、其処まで御考えとは」

「強訴ならば我らの領内まで火の粉が飛ぶやもしれぬ。久方ぶりに与力を集めねばなるまい」


 その目はいつものようなやる気のない色ではなく、危機感を抱いた鋭さを持ったものになっていた。


 武蔵国 忍城


 そして、長親の到着でどの国人領主より早く状況に感づいた成田氏は4日後に領内の動員を完了した。その頃には国峰に残っていた家臣も合流し、旧上杉家臣の残党による反乱と事態が判明していた。


「しかし、となると小幡氏が不穏で氏繁様は動けませぬな」


 軍議の場で、長親は地図を示しながらそう言った。


「小幡氏の領地は旧山内上杉氏の領地でもある勝保沢。渋川城に近く、厩橋城にも近い」

「厩橋の氏繁様も勿論、元服したばかりの弟君が城主の渋川城も心配だったのだろうな」


 応える当主の成田氏長も、状況を理解しつつあった。部隊の一部を置いてでも家族に危険を伝えようとしたのは当然である。上野の小幡氏がどう動いているか分からないとはいえ、彼らも加担している前提で成田氏は動いていた。


「古河公方の供廻りに派遣している家臣からの文によれば、下野の益子や今泉も謀反の兆しとか」

「鉄道とやらの爆破も今泉の仕業らしい。もし此れが全て偶然でないならば……」

「若しそうならば、北条家臣に必ずや其の者共と通じている者がいるでしょうな」


 長親のその言葉に、場にいる面々からまさかという声が漏れる。しかし、長親はそれをほぼ確信していた。


(下手な者が動いている。旗指物を差さぬ程度に知恵はあるが、目立たぬように説き伏せる地位も力も無い者が。目立たずに国峰を襲えれば、今頃もっと大きな騒ぎになっていた。それが出来ぬ程度の、三流の謀略家気取りが)


 ♢♢


 甲斐国 内城ないじょう


 北条家臣で最前線に20年以上いながら、最後まで戦らしい戦に立ち会わなかった男がいる。甲斐と相模の国境で、甲斐の上野原に位置する内城館。その主として20年間この地を守ってきた笠原かさはら新六郎しんろくろう親尭ちかたかである。彼は松田まつだ憲秀のりひでの次男に生まれ、10年前に笠原氏の養子となった人物である。それまでも松田氏の武将として万一武田が寝返った際の対武田の最前線を任されていたわけだが、これは北条氏の重臣である松田憲秀の次男ならば任せられるという信頼からのものだった。しかし、彼は武功を挙げる機会のなさに次第に心によどみを溜めていた。


 しかし、世も太平になった8年前、北条氏の家臣も参加する樺太探検隊が募集され、彼はそこに参加して中央政府に認められようとした。参加者の中には間宮康俊のように海峡発見に多大な功績をあげた者もいたが、彼は増穢モスカリヴォで吹雪の中木々の揺れを熊と見間違えた。彼は脇目も振らずに野営地に逃げ込んだため、北条家臣内部で笑い者になってしまったのである。


 彼の自尊心と心の澱みは目の下の大きな隈という形で人相までくらくした。父親の憲秀が古河公方を支えるために相模国を離れたため、彼の異変に気付ける者はいなかった。


「絶対に許さんぞ北条の名を笠に着ている愚か者共……!じわじわと甚振ってくれる」


 甲斐国にいたため、彼は甲州金、ひいては金に執着するようになっていた。


「此れで周囲が危険となったことで、平穏な地に住む重臣の俺が労役などに関わるのが必定。此の労役で少しずつ小田原から銭を出させ、金の酒杯を作ってくれよう」


 着服する気マンマンな黒幕は、あまりに俗物的な願いを叶えるために動きを活発化させていた。自分さえ儲かればいい、そして自分を笑った人間が戦で苦しめばいい。

 笠原の頭の中は、その程度の思考でいっぱいだった。

成田氏は長親の方針で官位呼びなどが廃止されています。もうないものに拘るなという感じで、中央政府の奨励する呼び方に準じています。一方、氏照はまだ官位とかで呼んでいます。このあたりは意識の差です。ただ、成田氏全体が開明的かというとそうでもないです。

史実でも笠原政尭(本作親尭)は任された城が戦場にならなかったために「臆病者」呼ばわりされ、その恨みもあって武田氏に寝返ったり義理の兄弟を殺したりしている人物です。今作では駿河方面が旧今川家臣で早い時期に固まったのもあり、小田原に所領のある実父・松田憲秀と連携できる場所として相模国境の上野原を任されていました。ただ、その結果彼は初陣以外出陣の機会すらなく、武家としての出世の道はほぼ絶たれていたという境遇だったりします。


<追記>

次話でも書きますが、笠原→笠間→今泉・吉良→益子・小幡、という形で人が働きかけていると思っていただければ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 必死に戦国の世を泳いできた才覚あるものと そうでないものの差が出てきてますね。 [気になる点] 富岡製糸場かな
[一言] 火のない所に煙は立たずも、火種の質と燃え広がったときの大きさはそこまで関係無いのかもしれませんねぇ…
[良い点] 五巻発売おめでとうございます!早速購入しました。 [気になる点] あれ、黒幕は誰だったの?(記憶喪失)
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