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後話7 北条氏政の憂鬱⑬ 鉄道爆破未遂事件と龍の残滓 上

土曜日に月刊少年チャンピオン2月号発売しています。よろしくお願いいたします。

全編3人称です。

 下野国 上三川かみのかわ


 今泉いまいずみ高光たかみつは上三川の領主であり、芳賀高定と対立して宇都宮氏から離反していたために在地領主として生き残った国人領主である。その際北条綱高に降伏したため高の字を与えられ、同時期に降伏した笠間かさま左衛門尉の孫である笠間かさま長門守ながとのかみ高綱たかつなとも親交を得ていた。


「長門守、本当にそれで何とかなるのか?」

「無論。全て悪いのは益子になりましょう。そして、北条領内は未だ鉄道を通せる見込みにあらずという事になり、今泉の家が移封されるおそれも無くなりましょう」


 宇都宮方面への鉄道敷設案には、唯一国人領主で今泉領を通ることが示されていた。今泉氏には加増による移封が提案されているが、事実上の強制である。今泉氏は元宇都宮家臣という弱い立場から他の国人領主も味方についておらず、「今泉だけが犠牲になれば良いならば」という扱いを受けていた。そこに、笠間長門守からある『提案』を受けていた。


「今のままでは如何しても此処を離れる事になる。ならば、せめて」

「ええ。御安心を。常陸の山で使う発破なるてつはうを数個、使ったことにして手に入れております。此のてつはうの管理も益子の担当。誰も貴殿を疑うことはない」

「後は、例の元服の儀に合わせて……」

「ええ。人死にの出ぬ時に」

「小田原の鉄道を、爆破する」


 今泉の悲壮感漂う表情を見ながら、笠間長門守は気づかれぬよう口元を緩めた。


 ♢♢


 相模国 小田原


 玉縄への鉄道延伸工事が開始された春のある日。警戒の薄い川沿いの線路の一角が爆破された。鉱山で使用する爆薬が使用されたことから武田に調査が入ったが、武田氏は爆薬の使用歴などを春日昌元が詳細に報告したため、一旦疑いが晴れた。一方、北条家中では伊豆・常陸・下野の鉱山で使用されていた爆薬の状況確認が急ピッチで行われていた。氏政も京都から急遽戻っており、現場を視察した上で小田原に入っていた。


 北条氏親も普段は現れない会議に参加しており、事態の深刻さはそこに集まった面々と表情が物語っていた。会議は北条時長が進行役となって始まった。


「氏政様、中央は如何でしたか?」

「鉄道の事件自体は過去にもあったことは報告されております。越後の竹俣氏、備前の法華暴走、そして枕木泥棒が四件。しかし、いずれも下手人は囚われ、相応の罰を受けております」

「つまり、鉄道を害する者は何があっても許さぬというのが中央政府の意向」

「なれば尚更、我らも調べを密にせねばなるまい。此れが所以となって我らの領内に兵を置かれても困る。鉄道警察を北条家臣が務める事で合意した以上、我らがその任にあたうと示さねば」


 全員がうんうんと頷く。鉄道のおかげで安価な燃料を手に入れた小田原では、寒さによる死者がほぼ出なかった。米の価格高騰も発生せず、その恩恵が目に見えた結果、相模国内では鉄道を待望する声が現れている。だからこそ、その管理を中央政府が行うことになれば各地に政府の影響が強くなり、民衆の支持も揺らぎかねない。北条が関東を支配するために、ここは何があっても自分たちで解決しなければならなかった。


「爆薬とやらの調べはどこまで進んだか、氏忠より報告をいたせ」

「はっ、伊豆の金山用の爆薬は帳簿と在庫の確認が終わり、過不足無きこと相違ございませぬ。下野の石灰鉱山は壬生殿の尽力で中央から買った数と使った数に不審はない事を確認いたしました。保管していた壬生の家臣も、嫡男をこちらに差し出し古峯の社に誓紙を提出しておりまする」

「では、常陸は?」

「常陸は調べが途中にて、何より遠い故返事がまだ時間がかかりまする」

「場所柄仕方ないか。だが、出来る限り急がせよ」


 そして、爆破が起こったとされる時間帯の鉄道警察の監視体制などに話が及んだ頃、大広間に小姓が入り、人物の来訪を告げた。


「何?蟠龍斎ばんりゅうさいが?」

「はっ。鉄道爆破の下手人について心当たりがあると」


 水谷みずのや蟠龍斎が小田原までやってきたのだ。会議の日を聞いて彼は急遽小田原までやってきた。


「如何する?」

「真ならば聞くべきでしょうが、蟠龍斎が何か企んでいないかが不安ですな」


 戦国の世で、上杉との戦いで負けなかった将は多くない。その中でも数百単位の戦いで退かずに戦い続けた者として、水谷蟠龍斎は関東で名を知らない人はいない人物だ。それは戦場でどこまでも働く嗅覚の鋭さが、敵の弱い場所を、相手の攻撃の気配を感じ取り、いち早く部隊を動かして対処できるためだった。


「あの男が今の時勢を読めぬとは思えぬ。此方に味方して便宜を図るよう求めるなら分かるが、我らの足を引っ張ることはあるまい」

「では呼びますか」



 能力が認められているが故の信用で呼ばれた蟠龍斎は、挨拶もそこそこに宇都宮氏忠らに促されて話を始めた。


益子ましこ信濃守殿と先日話していて、かなり鉄道を嫌がっておりました」

「勝宗か。だが、仮にそうだとしても嫌がる者は多い。益子の仕業とは言えぬのでは?」

「ここ数カ月、彼が吉良殿と文を交わしているとすれば?」

「……証拠はあるのか?」


 氏忠の言葉に、蟠龍斎は小姓に渡していた手紙を示し、一同がそれを手に取った。


「これは」

「以前、故あって手に入れた文だ。吉良から益子に渡る時に手に入れて、吉良の前の祐筆ゆうひつが当家で働いているので同じものを作って益子に渡している」

「つまり、この文が吉良殿直筆で、益子に写しを渡したと」

「左様」


 手紙を常に燃やすよう益子に徹底させていた理由がここにあった。手紙に小さな異変を感じても、燃やしてしまえば確認できなくなる。吉良の元祐筆が書いている分、細かく見なければ違いはわからない。しかも、手紙の内容も完全に同一にしている。蟠龍斎が手紙を手に入れるのは難しくなかった。


「文には鉄道敷設に反対すべく目に見える動きを為すべしと書かれておりまする。しかも、春先は鉄道の通り道になっている谷ヶ関の川沿いが雪解けで緩くなっていて、危険であることも記されておりました。如何して爆破したかは某には分かりませぬ。しかし、この文は何かしらを示唆したものかと」

「これは……扱いの難しい」


 直接爆破を指示したものではない。しかし、場所が爆破された地域なのも事実だった。


「益子殿がしたかはともかく、彼を問い質すべきかと」

「蟠龍斎の申す通りか、先ずは調べるべきか」

「某の家臣が今、益子領に繋がる街道を見張っております。何かあれば小田原まで届けまする」

「こちらからも使者を派遣しましょう。それと、吉良殿も鎌倉に使者を送り、事情を聞きましょう」


 それ以外にも様々な情報交換をして、その日は会議が終わった。

 翌日、吉良義親が鎌倉を脱出しようとしたところを北条家臣に捕まった。本人は黙して語らなかったが、数少ない吉良氏の家臣が上野と下野に脱出を図り、下野に向かおうとした家臣が捕まったことで北条氏は益子勝宗を捕縛することを決定した。


 派遣が決まった大石氏照は早馬で下野に向かう直前、早くも復旧が終わった鉄道の汽笛を聞きながら馬場で氏政にこう話しかけた。


「もう日ノ本は少々のはかりごとでは動じぬのか。暫く京に赴いておらぬが、一度見に行く必要がありそうだな」

「そうですな。此度の話が終われば、是非」

一部で予約が始まっていますが、2月7日にコミックス5巻が発売予定です。よろしくお願いいたします。

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