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後話3 日西戦争 第4話 スペインの直江状

水曜分が投稿できず申し訳ございません。明日投稿予定です。

地図がないとわかりにくいので、CraftMAP様の地図を使って現在の状況を用意しました。ご確認ください。


挿絵(By みてみん)

 スラウェシ島 マカッサル


 博多商人・神屋紹策の息子である神屋宗湛はその時偶然にもマカッサルにいた。この地で手に入るコーヒー豆の輸入交渉のためだった。コーヒー牛乳が一部富裕層に流行しており、その栽培を行っているインドや東南アジア諸島との交渉は重要だった。

 海禁政策が終わったことで現れた明商人らも出入りする中、宗湛は将来的な業務の引継ぎも見据えた顔見せとして各港湾都市をまわっていたのだ。


「若旦那、何やら騒がしいですぜ」

「確かに、商いの声ではない声が聞こえますな」


 商売による活気とは違う、困惑したような大きな声が響いていた。マカッサルの商人の家を出た直後で、通訳も喧騒の中で何を聞き取ればいいかわからないといった表情だった。

 そこに、先ほど訪問したコーヒーの取引先で番頭にあたる責任者が宗湛の付き人に声をかけた。


「見知らぬ国の船が多数沖合に現れたそうです」

「国旗を掲げていないのか。となると、ポルトガルではないな。倭寇の残党もほぼいないはずだが」


 東南アジア全域で、日本と現地民が船に国旗を掲げる慣習を作りつつあり、ポルトガルもこれに合わせて国旗か商会旗、修道会旗を掲げていた。その慣習を知らないということは、ポルトガル以外の船ということになる。


「何かあってはまずいので、船を停めた場所までの近道を案内してくれるそうです」

「かたじけない。至急戻るとしよう」


 こうして、かろうじてスペイン船が港を完全封鎖する前に宗湛は船員を集めて脱出した。しかし、そのすぐ後、スペイン船による明船への砲撃を見て、慌ててシキホル島へ海路をとるのだった。


 ♢♢


 シキホル島


 船の形状はポルトガル船と同じものだと神屋宗湛は言った。砲撃を行っていたことと明のジャンク船を囲い、積み荷を奪っていたことも。

 篠原殿と世界地図を確認する。現状でこの一帯まで来るとすれば相手はどこか。


「スペインか、オスマンか」

「しかし、オスマンならばスラウェシに来ますでしょうか?」

「オスマンの友好国であるアチェ王国はマレー半島の西か」

「左様です。同様に、ポルトガルもマラッカに拠点がございますれば」

「アメリカ大陸から来たとすれば、スペインか」


 ポルトガルはイエズス会との関係から日本との関係は良好。台湾に公使館を置いており、周辺の状況も理解している。間違っても日本が交易をおこなっているマカッサルを攻めることはないだろう。となれば、相手はスペインに他ならない。


「しかし、スペインにそれほどの余力はあるのか?」

「新大陸の兵を派遣することは出来るでしょう。オスマン帝国に香辛料利権を握られているので、大平洋経由の航路を利用し始めたのかもしれませぬ」

「となると、主力はコンキスタドールか」


 アメリカ大陸の国家を次々と滅ぼし、植民による支配を拡大しているスペイン。蝦夷地の北で同じことをやっているといえば日本もそうだが、現地民と融和を基本としている我々と違って評判はよくないようだ。その中でも悪名高いのがコンキスタドールだ。特に異教徒に対しては厳しい態度になっている。


「とにかく、急ぎ台湾へ連絡船を派遣する。状況次第では増援を派遣してもらわねば」


 こちらまで攻めてくる可能性も考え、そう言った。しかし、篠原殿の答えは違った。


「殿、それで先に敵が攻めてきたら意味がございません。万全を期すなら先に台湾の派兵を要請すべきかと」


 その目には久しぶりに『戦国時代を生き抜いた男』の強さを感じた。今も一部の家臣にはこの目をもっている人がいる。自分が元服する頃には日本から戦争はなくなっていた。ともに学んできた篠原殿の甥である篠原長重も、そんな叔父たちの目に気後れすることがあった。


「わかった。では台湾へ救援と、食料弾薬の要請をしよう」


 そう言うと、篠原殿はにこりと笑って部屋を出て行った。戦場を知らない自分の覚悟の差が出た気がした。


 ♢♢


 スラウェシ島 マカッサル


 コンキスタドールを率いるのはギド・デ・ラベザリスである。彼は財務官として新大陸で活動していた人間で、実質的な指揮官は部下であるゴンサロ・ロンキリョ・デ・ペニャロサであった。ゴンサロはメキシコで司法警察を務めていた人物で、彼とペドロ・デ・チャベスという騎士が船団を率いてマカッサルに攻めこんだ。


「ペニャロサ殿、この町は穏便に治めればかなり良好な税を取れそうだが、何故攻めるのか?」

「ラベザリス税務官、この地はサラゴサ(条約)で定められた神に捧げる地です。まずは神の家を建てることが大事です」

「しかし、不必要に恐れさせるのは人が寄りつかなくならないか?」

「この地に住む者たちさえいれば、我らが皇帝陛下に富をもたらすことは可能かと」


 この遠征にかかっている費用の回収を第一に考えているラベザリスは終始懐疑的だったが、長い船旅でストレスをためた船員と出世をもくろむゴンサロの勢いに押されて攻撃の許可を出していた。彼らは脱出をはかったジャンク船を一部追い込み漁のように包囲して捕縛した。一方、ガレオン船で交易に来ていた神屋宗湛の船団はポルトガル船の可能性を考えて手を出していなかった。そのため脱出に成功していた。


「中国人の船は莫大な富を載せているな」

「明は怒らないか?」

「明との交易をしているのはポルトガルです。我らは彼らと直接交易をしないと決まっておりますから」


 それに、とゴンサロは嫌悪がにじみでた顔で続ける。


「奴らはイエズス会を拒絶し、神の教えを受け入れぬ輩。知性高いなどと皇帝陛下に報告したようですが、神の偉大さを理解できぬなら疑問を抱かざるを得ませぬな」


 その言葉に、キリスト教の絶対性を信じる彼らが異論をはさめるわけもなかった。


 マカッサルに停泊していたジャンク船は過半が捕縛され、その富が没収された。多くの中国人や周辺地域の民がマカッサルから逃亡した。マカッサルを治めるゴワ王国の王であるボントランカサは都市国家から脱却を図っている最中で、十分な兵力を保有していなかった。そのため周辺のテルナテ・スールー・クタイなどの諸国家に救援を要請した。と同時に、ルソン周辺で海賊退治などを行っている日本に対しても救援を要請することや、マカッサル在住のポルトガル人に交渉を要請するなどの対応をした。ポルトガル人は即座に自分たちによる侵攻を否定しつつ、スペインとの交渉役を名乗りでたのだった。



 マカッサルの港を占拠し、中国人商人の居住地を没収したペドロ・デ・チャベスは早速フランシスコ会の人員に教会を用意するよう命じた。フランシスコ会には強引な手法に疑問を呈する者も多かったが、布教の拠点に喜ぶ(そして何より、数カ月ぶりの陸地での生活に歓喜する)人々が拠点を整備していった。

 40隻からなる遠征部隊には海路途中での死者も出ており、戦力の補充は急務だった。彼らは捕縛した船乗りなどからこの地を治めるゴワ王国のマカッサル族と対立するブギス族の情報を仕入れ、ブギス族を味方にしてこの地を征服しようと画策した。


 一方、ラベザリスはポルトガル商人と会談していた。


「この都市は自由都市だからこそこの発展を遂げているのです。今植民や領有を進めるのはまずいです」

「いや、おっしゃるとおり。私も穏便に進めたかったのですが」

「何より、日本の艦隊が来ればあの程度の数の船では勝負になりません。無理せず、近隣の島を領有してここと交易した方がいい」

「日本?イエズス会から教皇聖下に莫大な献金をしたという?」

「彼らこそ、この周辺における最大の武力です。いくつかの国は彼らと盟約を結んでいる。我らはこの地でスペインの味方をすることはありませんからね」


 その言葉に、ラベザリスは実感をもてなかった。彼からすれば同じ異教徒の敵であり、オスマンと戦うならば日本はむしろ味方すると考えていたからだ。実際、主教座設置のための献金がなければジブラルタル海戦での勝利はなかったと本国では言われていた。


「まぁ、では日本に弁明の使者を派遣するとしましょうか」


 ラベザリスはこの時点で楽観的だった。ポルトガルは既に日本と条約を締結しており、その武力と経済力・技術力の一端とともに大まかな思考と国家方針を理解していた。しかし、写真もないこの時代のまた聞き情報しかないスペインの、それも新大陸担当だった人々に、それらの知識は全く存在しなかった。

 そのため、ラベザリスは致命的な使者を派遣することになる。


『異教徒に正しい教えを広めるために新大陸よりやってきた。都市の支配が完了し次第自由に利用することを許可するので、支援を求む』


 導三はのちにこの手紙を「スペインの直江状」と呼んでいた記録が残っている。意味は伝わっていない。

本日発売の月刊少年チャンピオン6月号より漫画版の連載開始です。よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] おいおい。 ポルトガルが日本の強さと技術力にビビって大人しく布教してるのに、スペインやっちまったな。 皆殺し確定だこれ。 侍舐めすぎた。
[一言] 現地の諸部族由来(そうでないとこも含めて)による国が起こり群雄割拠状態なこの時代、色んな中小国入り乱れて国が存在するせいで現代人からすると地図があっても訳が分からない感じですね。
[一言] > 導三はのちにこの手紙を「スペインの直江状」と呼んでいた記録が残っている。意味は伝わっていない。 当時と後世の人々をけむに巻く発言酷い!
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