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第312話 九州征伐 その7 小倉・門司上陸戦

前半は3人称です。

 豊前国 小倉


 喫水の浅い上陸用の船が次々と小倉の海岸に乗り上げていく。斎藤軍の揚陸艇として造られた、江戸時代の高瀬舟と同型の船が、船底をこすらせながら砂浜に乗り上げ兵を上陸させていく。その分、砂浜に迅速に展開した部隊は特徴的だった。砂浜での戦闘を想定して地下足袋を履き、テーピングで負荷を軽減するよう準備がされており、そんな兵が砂浜に素早く展開して鉄板などで陣地を創りあげていく。自らも大型の鉄板を運んで来た真柄兄弟は、敵からの砲撃が来ないことで一気に前線を押し上げて良いと判断した。


「行くぞ!敵の防塁を越える!」

「「おおーっ!」」


 真柄兄弟は、兵とともに大友の兵が籠っていると見られる防塁に突撃を敢行する。少し遅れて気球が上空から防塁を確認し、「行け」のサインがでる。少数の兵が残っているだけだった防塁の中に躍り込んだ一番乗りの兵は、しかしそこにいた兵を見て慌てて逃げだす。大友兵の手には火のついた導火線。そしてその先に、火薬の入った箱。


「自爆だ!逃げろ!!」


 次の瞬間、数名の斎藤兵が大友兵の自爆に巻きこまれる。全戦線が一瞬動きを止める。その瞬間、防塁の兵が姿を現し、火縄銃を発射し始めた。


「吉田図書の犠牲を無駄にするな!全力で防げ!」


 守将の戸次鑑方(鑑連弟)は叫びつつ自らも火縄銃をとって危険に身を晒す。戸次の精兵もこれに呼応して火縄銃を発射後、次々と弓矢を射かけていく。


「くっ!面倒な!」


 思わず真柄直隆が叫ぶ。自爆1発で斎藤軍の動きに逡巡がでた。どの防塁に自爆兵がいるかわからない。目前の自爆した防塁は吹き飛び、一番乗りした兵と他に数名が護衛つきの医療兵によって戦場から運ばれて離脱していくが、一番乗りだった兵は既に息がない。不用意に攻めれば自分もああなる、という恐怖は確実に突撃部隊に伝播していた。上陸戦という防衛側だけが一方的に準備を整えている戦の難しさが如実に出ていた。鉄板と木材で組まれた仮陣は問題ないが、防塁を崩しに行くのは勇気という言葉で表すには凄惨すぎる『賭け』が必要だった。

 数分後、その賭けに出た別の隊の兵が、再び自爆で犠牲となった。二ヶ所連続でこうなるともう無理である。文字通り命懸けの防衛を命懸けの突撃で破らなければならない。そう思わされた。


「流石は大友最主力の部隊。此処までやるか!」


 真柄兄弟は大花火による後方支援を要請。急遽下関から大花火が運びこまれ、その発射まで真柄兄弟は小倉海岸に釘付けとなった。彦島の大砲が小倉城を砲撃するも、そんなものでは大友兵は一切動じず、急造の海岸の防衛陣に火縄銃と火矢を注ぎ、崩そうとする動きを止めなかった。


 ♢♢


 豊前国 門司


 門司城攻めを担当する氏家直元も、小倉と全く同じ状況に陥っていた。ただ、こちらは早期に兵を退いた上で再度対岸から砲弾を撃ちこむことで敵陣の一部を無力化してから再突撃しようと計画を変更し、防塁を破壊してから進軍を再開した。しかし、そうして進軍した海岸の先には門司城の瓦礫の山。そしてその瓦礫の中に隠れている大友兵との戦いだった。瓦礫の死角から長槍が伸びる。瓦礫の隙間から矢が放たれる。先頭の兵は、鉄の矢盾を前面に立てながら進んでいるため犠牲にならないが、そのすぐ後方の兵は、不意に次々と現れる兵によるゲリラ戦法と呼んでいい戦い方に犠牲を増やしていった。木造建築物の残骸と思われた木々の中から突然10名ほどの兵が現れ、側を通過したばかりの兵に槍を突き立てることもあった。結果として慎重に慎重を重ねる進軍となってしまった氏家兵は、瓦礫の山の中に浸透するように広がっていく。そして、その瓦礫の曲がり角などを利用して大友兵が攻勢をしかける。大軍でありながら少数によって進軍を遅らせられている状況は、間違いなく門司城周辺の瓦礫が意図的に配置されていることを意味していた。何より、既に明確な建造物のない門司城は『何を以って城が陥落した』といえるかわからない状況になっていた。


 城内と思われる辺りに進軍した氏家直元もこれには困惑し、瓦礫の山の様子を見るべく近くに向かった。既にこの一帯でも敵に襲われた兵がいたため、周辺の瓦礫を崩して確認し、安全を確保したと判断しての接近だった。しかし、下を気にしすぎると上が疎かになる。近くの林で樹上に潜んでいた兵に、彼らは気づいていなかった。


 轟音とともに、氏家直元の肩に命中した一撃。当然のようにその兵は討たれるが、指揮官の負傷は一時的に指揮系統の混乱をもたらした。そしてその轟音を合図に、城の敷地内各所で火の手が上がった。本来こんな状況であれば、全軍に速やかに撤退の合図が出るのだが、氏家直元の負傷によってそれが絶望的な状況となった。それでも嫡男の氏家直昌らが事態に気づいて素早く撤退の合図を出したため、大きな犠牲は出なかった。しかし、実際には大友兵は100名ほどしかいなかった門司城で、氏家隊は500をこえる死傷者を出すことになった。


 この報せに、門司湊の制圧を終えた大沢次郎左衛門は自分の中にあった慢心を感じた。どう戦っても負けはない。そういう思いを無意識にもって戦っていた。彼は義龍の姉を正室とする歴とした斎藤一門でありながら、門司の戦では失態を犯した、と後世まで子孫に言い伝える事になる。


 しかし、全体としては初日の門司上陸戦は成功していた。氏家隊に被害は出たものの、門司城は陥落。瓦礫の中からは不発となった油壷なども発見され、一連の大友の動きが計画的なものだったことが証明された。


 そして、夜。大友の将・由布家続は門司城下に隠れた兵とともに夜襲を敢行。二方向からの攻勢になったものの、斎藤方は龍造寺隊の活躍もあってなんとかこれを撃退した。昼間も合わせて1日で1000の死傷者を出す戦いは斎藤軍にとって数年ぶりのものであり、上陸戦というものがいかに難しいかを改めて全軍に知らしめるものとなった。


 ♢♢


 長門国 下関


 彦島に設置された野戦病院はかなり混雑していた。10年以上の経験がある軍医や衛生兵は多くなく、若手の軍医や衛生兵の中にはトリアージ経験のないものもいた。国内の戦争はこれがほぼ最後だろう。なければないに越したことはなかった野戦病院の混雑だが、この経験を今後に生かしてもらわないといけない。

 彼らは今後軍医学校と軍の医療部隊、そしてこの世界における赤十字規約にもとづく組織の前身に従事させる予定だ。まだ存在しない組織を、200年ほど先取りする。国際連盟もまだなので先は長いだろうが、こういう準備もしておきたいのだ。

 俺が顔を出した時の対応担当医師を見つける。彼は軽症者の治療中だった。傷口の汚れを落とすなどの基礎的な治療の様子を眺めつつ待つ。治療が終わったところで声をかけた。


「状況は?」

「殿、御待たせして申し訳御座いませぬ」

「いい。治療の方が優先だ」

「一月から二月程治療にかかる者が多く、特に骨折や火傷が多御座いまする。神経が傷ついたり、腕が千切れる様な怪我人は多くありませぬ。内腑を損傷した者は、此処まで下がれずに亡くなるので」

「そうか」


 戦場から後方へ負傷者を運ぶのも大変だ。それ専門の部隊が行っているが、戦場を駆け回るので患者の状態を細やかにケアしながら動けるわけもない。第一は、患者を連れてとにかく戦場から一刻も早く離脱すること。そこからやっと担架などを使って応急措置が始まる。だから、内臓に損傷が発生している程の重傷の場合、戦場からの離脱段階で失血死してしまうことが多い。難しい問題だ。

 新七郎とともに天幕つきの重傷者向け施設に向かう。


「今はまだ鉄砲が、大砲が戦争の標準になっていない。だが、今後はそういう時代が来る」

「この二十年で戦が大きく変わった、と稲葉様も驚いておられました」

「そうだな。火縄銃、大砲、そして俺たちだけが使う気球。だが今後は更に性能が向上した銃に大砲、気球よりも自由に高速で動く飛行機と言う絡繰りや、騎馬に代わる鉄の戦車が戦場に登場するだろう」

「飛行機、鉄の戦車。某は想像も出来ませぬ」

「だが、いずれ必ずそうなる。その時までに、衛生兵のノウハウを完成させないと」


 助けられる命が助けられる戦時医療体制も必要なのだ。ただの九州征伐ではなく、未来に向けた戦訓をのこす一戦であって欲しい。

上陸戦開始。織田が上陸した以上無理をしないという選択もありますが、東北諸将の家臣で視察に来ている人間も描写外にいるのであまり弱腰にもなれないところがあります。防塁は高さでいえば50cmもなく、穴が掘って作っているタイプなので大砲で潰そうとしてもあまり効果がありません。その分防御力もほとんどありません。ただ、敵の自爆兵は隠れています。


戸次鑑連は大友でも最も忠義が篤く、精鋭と言える部隊が揃っています。だからこそ、こういう戦術をとれるといえます。普通は無理です。彼らは大友の、戸次の未来のために死にます。ある意味、彼らが死ぬことは今後の日本にとって武士精神の強い層を削れるので悪いことでもありません。主人公が望む方向ではありませんが。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 上陸戦の厄介さというよりこの時代でありえないレベルで徹底したゲリラ戦の展開がすごいですね。 [一言] キリスト教狂いが低い水準のこの世界の大友なのでそこまで家臣の心も離れていないというのも…
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