第286話 長く生きることによる寿
山城国 京
毛利元就の子・小早川隆景と初めて会うことになった。信長とともに出迎えたところ、信長とほぼ同年齢の割に線が細く髭も薄い人物だった。毛利の水軍を統括していると聞いていたのでもっと筋骨隆々なイメージだったが、むしろ華奢に近い。
「御初に御目にかかりまする。毛利陸奥守が三男、小早川又四郎に御座います」
「斎藤宮内大輔だ。御会い出来て良かった」
「織田右大弁である」
一通りの挨拶と医師派遣の礼などがあって、いよいよ本題に入る。
「石見は可能であれば三好様か織田様か斎藤様に。我等か尼子殿が銀山を持てば不和の種になりまする」
「確かに。石見は安芸と出雲、その何れもが求める地ではある」
尼子と毛利の和睦にあたって、重視されたのは両者の火種の解消だ。両者が対立する最大のポイントは石見銀山という大規模収入源。事前に尼子側との話し合いでも、毛利の手に渡らないならば最悪尼子で無くとも構わない、という回答だった。こちらとしても貨幣鋳造のために銀は多ければ多いほどいい。
「では石見・周防・長門・美作を今後我等で管理するという事で」
「我が毛利が安芸・備後・備中。尼子が出雲・伯耆・因幡となるのですな」
実際は因幡の半分が山名氏の影響下なので、尼子はこれまでの6国支配から大幅に後退することになる。しかし一方の毛利も、瀬戸内海沿岸以外を失った形だ。
「浅井と筒井を滅ぼす時は尼子と我等で行う。石見等を此方に引き渡せる様支度を済ませておいてほしい」
「畏まりました。後、京に我が一門を置きたいのですが」
「屋敷は先日の報せを受けて良い場所が無いか探している。だが、今も二宮なる将が此方にいるが」
「彼の者は我が父より畿内での務めを与えられた者。それとは別に誰もが認める我が父の子を皆様に御預けしたく。側で御好きに使って下さいませ。又、その子鶴法師丸には我が兄の子吉川宮松丸他数名を側仕えとして付けます故、畿内にあるという学校に通わせて頂きたく」
やって来るのは鶴法師丸という子らしい。元就の子でまだ10歳にもなっていないとか。烏帽子親もこちらにやらせる気だろう。尼子・赤松が弱体化した隙に中国地方最大の大名として影響力を持ちたいらしい。
尼子と毛利、三好とうち、今川と織田、武田と北条、伊達と最上、一条と長宗我部。後者の方がより強い力を残せるのは何が分かれ目だったのだろうか。確かに純粋な実力の部分もあるだろうが、人の生き死にというものの影響を強く感じてしまう。尼子晴久は死んで毛利元就はまだ生きている。三好義興は死んで龍和は生きている。今川は先代の死後義元が実権を握る前にうちと織田が介入して滅ぼした。信秀殿は長く生きて信長を支えた。武田はその今川に引っ張られ、北条はうちと組んで関東の覇者となった。伊達は家督争いに加えて家臣の統制に失敗して稙宗・晴宗親子が討たれた。一方の最上は次の当主である信光殿が寒河江・白鳥・天童などを屈服させて出羽南部の支配者になった。今後伊達が総次郎龍宗の下で再興するとはいえ、蘆名や最上ほどの勢力にはなれないだろう。
「では、此れが我等三人の加判された安堵状だ。陸奥守に渡してくれ」
「確かに頂きました。石見等を速やかに引き渡せる様支度致します」
実際のところ、尼子と毛利が戦を始めた時点の毛利の所領は周防・安芸・備後だった。ほぼ何も失わずに彼らは自分たちの勢力を確立させたのだ。今後も隙は見せられないな。
♢
越前国 敦賀
龍和が戻ってきた。冬にはまだ少し早いが、向こうではもう雪がちらついていたそうだ。
やはりというか、龍和は三好義興が亡くなったという話を聞いていたからか気落ちしていた。それでも報告だけはきちんとするというあたり、自覚が出てきたと見るべきか。
「相馬とは駒ヶ嶺の南で戦となりました。騎馬の突撃は相当のものでしたが、馬防柵と火縄銃で何とか勝ちました」
「1回勝てば後は問題無かったか?」
「騎馬隊は相当な力でしたが、1度大きな被害が出れば簡単に馬を補えませぬ故」
今年に入った時点で伊達クーデター軍で戦力をまともに保有していたのは相馬氏と留守・白石の国人領主だった。牧野・中野親子は出羽の勢力圏を失ったために直属の兵力を喪失しており、実質的に兵力は相馬氏頼みだったわけだ。その相馬氏の主力である騎馬がうちとの戦で失われたとなれば、かなり無力化が進んだと言えるだろう。
「相馬から降伏の使者が来ており、冬の間に交渉を進めさせております。仮に此の交渉が時間稼ぎでも、失った馬は戻りませぬ故」
「だろうな。相馬は何と?」
「牧野・中野親子の首級と残りの戦で自らが先陣に立ち、武功を挙げねば己の首級を差し出すと」
「豪気だな」
自信があるのか。相馬氏当主の相馬盛胤の武威は南奥州では有名だ。
「白石と留守は葛西領に逃げようとしている様ですが、葛西も南部領に逃げ込もうとしているとか」
「籠城する事も出来ないのか」
「伊達領もそうですが、奥羽のほぼ全域で不作に御座います。最上領の米が各地で重宝されており、蘆名もかなり大量に買い込んでおりました」
経済的困窮が東北の敵の継戦能力を奪ってきた。東北一帯は稲作できる地域に限りがあるので、米を食べる層に満足に供給される方が稀だ。米以外の雑穀でさえ供給が不足する近年の冷害で、東北で最も稲作が安定している最上の地力は年々増すばかりである。まぁ、それを自分の功績的に奢るような相手ならうちも支援はしていないので、次期当主である最上信光殿の手腕と現在の東北征伐への貢献度は高いのだが。
「蘆名も何とか立て直したとの事。後は来年葛西との決着をつければ、残りは交渉でほぼ終わるのではないかと」
「成程。頑張ったな」
「ただ、蘆名の止々斎(盛氏)殿から、御願いをされました」
「ほう、何かな」
「嫡男の酒癖を何とかしたい、と」
「あー」
昨年止々斎殿が、蘆名領内に酒の流通に関する令を出した。どうやら嫡男が若くして清酒にはまったらしく、アルコール依存症の可能性があるようなのだ。若くして跡継ぎとなる男子は自分のみという状況、さらに近年は伊達の反乱軍との合戦もあり、本人のストレスも相当なものだったようだ。
「で、家臣も少々ならば気も紛れると止めずにいたら、」
「清酒だった為飲みやすく、飲酒量が増えてしまったと。うーむ」
こういう事態を防ぎたかったからうちからの流通は抑えめだったのだが、結果的に北条や織田も清酒を造りだしてしまって各地で流通しているからな。他大名家の産業については協力関係で色々と相談もするが、何かを造らないでほしいというのも難しいのだ。織田領も北条領も清酒の需要は莫大なわけで。
「で、止々斎殿は何と?」
「父上に御預け出来ぬか、と」
それはもはや精神科医の担当だが、それをこの時代の人に言っても仕方ないか。俺が知っている範囲だとヒトヨタケを使って悪酔いさせるくらいなのだが。まぁやれるだけやってみよう。そういう分野の人材もそろそろ育成していかないといけないからな。
「分かった。他には?」
「浪岡の御所様から、侍従補任の件感謝する、との書状を預かっております。後、南部からの使者が同行して来ております」
「南部の使者が?」
「ええ。其方は屋敷で」
♢
「御初に御目にかかりまする。南部家臣・石亀紀伊守に御座います」
「権中納言斎藤宮内大輔である」
「斎藤典薬頭である」
「我が主よりの書状に御座います。御一読願いまする」
南部一門の石亀紀伊守から渡された書状には、友好と贈り物、そして子が産まれないため跡継ぎをうちか織田か三好から迎えたいというものだった。
南部氏は分家が多いらしい。石亀紀伊守曰く、本家である三戸南部に八戸南部、七戸南部、久慈南部、九戸南部、四戸南部、石川南部、毛馬内南部、石亀南部といった家に分かれているそうだ。さらに安東氏に仕える南部氏もいるとか。
「其れ故、当主が亡くなると誰が継ぐかで良く揉めるので御座います。当代の大膳(晴政)は其の才覚で見事家中を纏めておりますが、本人に子が無く」
ちなみに石亀南部・毛馬内南部の当主は南部晴政の叔父にあたるそうだ。血族で領土を固めていると言えば聞こえはいいが、色々と問題も多くなる。特に今回のようにカリスマ的な当主に子がいないと、次が誰になっても揉めるのだ。
「で、畿内の血で纏めたいと」
「大膳の娘を嫁がせます故、何卒御検討頂きたく」
「家臣は?」
「子が無くば已む無しと。誰が跡を継いでも、遺恨は残りましょう」
とにかく分家が多過ぎるため、誰を養子にするかで家臣たちも割れていたそうだ。そこに去年俺が大軍を率いて出羽に乗りこみ、圧倒的な武力を見せた。
「やはり京を制する家は違うと。しかも御所様(北畠具運)も頼りにされているとなれば皆も纏まろうという事で」
「成程」
「それに典薬頭様の御正室は三条家の姫君とか。御兄弟も名家との縁が多いと御聞きしております。織田様も御嫡男は将軍家の姫君と御婚約されていると御聞きしました」
こういう時に権威が役に立つ。権威と権力を示すことで、穏便に済ませようというわけだ。相手としてもこれがまとまれば3つ4つの縁ができるのだ。足利の姫も近衛家の猶子になっている。織田は近衛と、うちは二条・一条と、三好は九条との縁がある構図だ。
「今後の奥州の平安の為、何卒御一考頂きます様お願い申し上げます」
「分かった。協議を進めておく」
子孫を残す大事さがわかる。信長だって本音は蝶姫とだけでいいと言っているが、そうも言えない状況というものがある。長生きして、子供を残す。今は前世の同時代よりもそれが大事になっている時代ということだ。五摂家だって断絶しているしね。
活動報告にも書きましたが、6月15日本作『斎藤義龍に生まれ変わったので、織田信長に国譲りして長生きすることを目指します!』が宝島社様から発売されます。
第6回ネット小説大賞受賞から3年近く経ちましたが、発売日の告知ができましたことを嬉しく思います。
宜しくお願いいたします。




