表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

284/375

第284話 三頭政治の終焉

 和泉国 堺


 三好義興の死は多くの人に悼まれた。堺に安置された彼の遺体の許には複数の宗派から寺ごとに弔意を示す使者が送られ、公家からも多数の弔問の使者が送られて来た。


 三好軍撤退の段階で大友軍は伊予東部で進軍を止め、その代わりに一部の兵が土佐に向かい、一条兼定の軍勢を当然のごとく打ち破った。土佐西部と中村御所を失った一条兼定は長宗我部元親に出兵を命令。しかし当主元親が三好義興弔問のため讃岐へ出ており、長宗我部家は一条兼定の命令を受けられないと拒否した。辛うじて土佐中部の猪尻湊まで撤退した一条兼定だったが、最前線で土居宗珊が奮闘する中そこで酒宴を開いたため一部家臣が激怒。津野氏などの離反を招いてしまい、一条兼定は堺に逃げこむ結果となってしまった。長宗我部元親は仁淀川を利用して何とか冬まで耐えるとのことだったが、平野部に侵入されかねない状況のため、畿内からの援軍の派遣は必至だろう。


 毛利氏からは小早川隆景が上京してきたので、義興の死が彼に伝えられた。このあたりの情報はあえて一切隠さなかった。帝は改元を決定し、義興の死を悼む姿勢を見せてくださった。改元の理由としては2月に常陸で起きた地震などを含む天災が続いたことになっているが、義興の死も裏の理由にはなるだろう。

 来年の年初をもって元号は変わる。新元号案作成は摂関家で進めてもらう予定だ。朝廷行事は公家に、行政は俺たちにという棲み分けのためだ。信長は自分なりに新元号を考えていた様だが。


 三好兄弟は安宅冬康殿も含め、全員が急遽堺に戻ってきた。九鬼水軍の支援もあり、一時的に安宅冬康殿が水軍の指揮から離れても問題ないと判断したためだ。京にいた信長も堺にやって来て、緊急の会談を行うこととなった。織田の参加者は庶長兄の信広・叔父の信光・林佐渡・佐久間信盛の5人。うちは俺と叔父の道利・十兵衛光秀・平井綱正・弟の鷲巣孫四郎龍光の5人だ。


「義兄上、すまなかった」

「良い。其方が救えぬなら、誰にも救えぬ。悔いるべきは正月に健康診断をしなかった事よ」


 憔悴しきった義兄の長慶は、この数日で急速に老いた気がする。普段は何かあった時のために3人までしか集まらない三好の五兄弟が一堂に会したのは珍しいことだ。そしてそれぞれがやはり疲れた顔を見せている。


「しかし義興こそ最も若いというのに。我の方が体は弱い。宮内様の薬が無ければ今まで生きて来れたかも分からぬのに」

「唯一の跡継ぎと負担をかけ過ぎたか」


 後悔を見せる野口冬長殿と三好実休殿。義兄長慶の男子は嫡男義興のみだった。次男実休殿は正室との子がおらず、元服している側室の男子が1人だけ。三男安宅冬康殿は嫡男信康殿が今年元服したが、次男はまだ幼少だ。四男十河一存殿は行空こと九条稙通様の娘を正室として男子もいるものの未だ元服できる年齢ではない。末弟の野口冬長殿は病弱であったため、淡路水軍の有力者であるかん氏の娘と婚姻したのが最近でまだ子供はなし。とにかく三好家は次世代が足りない状況なのだ。それが今回は裏目に出た、と彼らはみていた。俺のせいだって言われても反論できないと思っていたが。

 信長が口を開く。


「三好の皆が悔いる気持ちは分かる。いや、分かる等と軽々に言うものではないか。だが、俺も義兄上も三好にも此れからがある。我等が集まったのは其の為だ。以前の話し合いでは、我等の府に創る執政官に最初になるのが俺と式部(義興)だったのだ。此れを如何するか、三好の跡継ぎを如何するか。此れを決める事が肝要だ」


 実は帝の院政開始と同時に俺たちで執政府(行政)・貴族院(立法)・大審院(司法)を新設する計画だった。執政府は総裁に弾正尹宮の伏見宮邦輔親王の第五皇子・邦信親王様を置き、執政官というナンバー2を2名設置する予定だったのだ。そしてその初代に就任する予定だったのが信長と義興だったわけだ。ちなみに貴族院の議長は近衛前久様で大審院長は俺だった。三権の長の中で明らかに俺だけ格が低い気がするだろうが俺も同意見だ。義兄長慶は院庁の実務トップとなる事で帝の許可を得ていた。しかし、義興の死でその構想は完全に崩れてしまった。


「分かっている。どれだけ惜しんでも、死者は、我が子は戻らぬのだ。今後を如何するか決めよう」

「三好の後継を先ず決めましょう。其の経験や年齢で何を任せ、誰の次に何をするかを決めねば」


 義兄長慶は憔悴していても弟4人が何とか慰めているからこうして頑張ってはいるが、少し前までの義兄とは完全に別人だ。

 三好実休殿が三好兄弟としての立場を代弁する。


「兄上と義興の血を第一とするならば産まれたばかりですが五樹いつき丸を跡継ぎとし、兄上が後見するのが妥当でしょう」

「しかし、文字通り生まれたての子なれば如何なるか分からぬぞ」


 信長の子吉法師は今年で数え10歳。流石にもう大丈夫だろうが、数え1歳という正に産まれて間もない子を跡継ぎに決定しようとするのは無理がある。前世で学んだ豊臣秀吉の2人の子供と甥の秀次の話などを(詳細までは知らないが)思うと、義兄長慶の年齢を考えればある程度の年齢でないと後継者にするには怖い。信長は若かったから最悪もう1人と言えたが、義兄にはもう1人は無理だろう。


「確かに今の段階では五樹丸殿が病弱か否かも定かとは言えないな」

「義兄上もこう言っておる。三好の皆がそうしたいと願うのは良いが、酷な言い方をすれば我等は其れを信じられる状況ではない」


 信長はある意味誰もが口にしづらいことをドンドン突っ込んでいける人間だ。いい意味で空気を読まない。俺にはできないタイプの言動だ。だからこそ敵も多くなる傾向はあるが、こういう胸襟を開いて話し合う場では議論が進む。


「別に五樹丸にするならするで良い。だが其れなら何かあった時はこうする、まで決めて貰わねば話は終わらぬ」

「しかし、我等一門の其々には兄上に出せる程子がおらぬのも事実」


 先程も言った通り、三好はとにかく一族・一門の層が薄い。一番順調なのが三男の安宅冬康殿の子供達だが、長男次男とも既に淡路水軍の頭領として修行中で、今から彼らが水軍以外になるための教育を受けるのは難しいだろう。


「嫁ぎ先から養子を貰うのは?」

「小笠原も一宮も小領主過ぎる。商家からは有り得ませぬし、そうなると宮内様の御子様だけですな」

「うちから?」

「お満の子なれば、家中も納得させられるでしょう」


 お満の男子は龍和とその下に2人だ。数えで12歳の千薬丸と10歳の栄千代だ。このうち千薬丸の千はお満が長慶の幼名にあやかってつけている。ふと横を見ると、実休殿と安宅冬康殿が俺に頷いてきた。成程、そういう話にしたいのか。


「ですが、いきなり千薬丸を当主の養子にして御家争いに万一なると困ります」

「では嫡男の無い我が養子として御迎えするのは如何でしょう?」


 実休殿が俺に乗っかって来た。つまり、側室の子しかいない実休殿の養子に千薬丸を入れる。万一の時はこの子が三好本家の当主となるが、そうでない場合は義賢三好氏を継ぐという形だ。元々側室の子は別家で活動する予定だったそうで(元服時に実休殿の『彦次郎』という名を継いでいないし)、大きな混乱はないだろうという話だ。


「そして、我が娘を正室とすれば三好一族としての立場も固まりましょう」

「安宅殿の娘御を頂けるとは、我が子には過ぎたる嫁御です」

「むしろ海育ちで礼も仁も無い故、此れから急ぎ教えねばなりませぬよ」


 軽い冗談が言える程度に安宅冬康殿は冷静だ。彼ら兄弟が協力できる限り三好の柱は折れないだろう。


「伊予攻めは一存をうちの大将とする。儂は少し疲れた故、今年は休みを貰えるだろうか」

「兄上は御休みを。冬康兄と織田の兵がいれば直ぐ奪い返して見せよう」

「頼んだ」


 少し前の野心が前面に出ていた「三好長慶」という大名は義興の死とともに死んでしまったのかもしれない。義兄が小さくなったように見える。身長で言えば元々ここにいる誰よりも俺が大きいのだが、雰囲気というか覇気がなくなった。


「で、執政官だ。俺の相方を決めて貰わねば」

「典薬頭(龍和)殿であろう」

「良いのか?」

「構わぬ。事此処に至っては我が弟達では荷が重い。義興以外、其の任は負えぬ」

「分かった。義兄上も良いか?」


 ここで執政官を出さないと、三好は三権に一切関われないことになる。院庁の長官だけでは明確に三好が弱くなる。三頭体制の崩壊になる。

 実休殿を見る。実休殿は重そうに口を開いた。俺は一時的にでも実休殿が執政官となった方がいいと事前に伝えていたのだが。


「我等では日ノ本を差配する器が足りませぬ。義興でなければ、新しき府の新しきまつりごとを先導出来る力は無かったのです」

「そう、ですか」

「御二人ならば、日ノ本を纏める事も出来ましょう。其れに、五樹丸が聡明ならば、行く行くは執政官や更に先の府の要職を目指せますので」

「分かりました」


 こうして三頭体制は三好義興という一頭の要石が失われたことで終わりを告げた。内紛などは発生せずに収まったとはいえ、今後西国の戦線にも織田の兵が大規模に関与しなければならなくなるのは間違いないだろう。

 俺自身のこと、龍和のこと、こういう部分を見すぎて義興を見殺しにしたとは言わずとも、俺の側の意識に問題があったのは間違いないだろう。信長の体調面も含めて、今後は気をつけなければならないことはまだまだあるということだ。


「信長」

「何だ、義兄上?」


 2人で京に戻る途中に泊まった大坂の屋敷で、俺は信長にこう伝えた。


「死ぬなよ」

「其れは年上の義兄上が……。いや、そうだな。気をつけよう。何か不味い部分は遠慮せず言ってくれ」


 同じ轍を踏まないようにしなければならない。


「では今年から砂糖の量は制限をかけるからな」

「今、初めて義興の死で怒りを覚えたぞ、義兄上」

史実と違い、現時点で三好実休・十河一存・野口冬長が生存しており、本来ならばこの時点で三好の兄弟は2人しかいないので長慶の心身へのダメージははかりしれないものだったと思います。

しかし本作ではその部分を支える兄弟が全員いるので何とか立ち直りはしました。ただし、親族の少なさなどが影響して三好は三頭から実質的に退場する形となります。長慶も今後正親町天皇の譲位が行われればそちらに就く予定です。ただし、三好という家が影響力を極力減らさない様に兄弟が考えた策としてこのような提案がされました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] この世界ではなくなった、羽柴・豊臣政権みたいなもんか…身内が少ない三好一門
[一言] 一応十河一存の長男(史実の義継)が1549年生まれで元服させようと思えばできないこともない年齢なんですよね
[一言] 三好で戦国のifのお話を作るうえで一番ネックになるのが義興の存在を含めた次世代の層の薄さですよね。 側室などもいたことから兄弟が全体的に子作りに向かない体だったように思え秀吉が子だくさんにす…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ