表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

280/377

第280話 誰かに任せる勇気

 越前国 敦賀


 龍和の婚儀はつつがなく行われた。同じ摂関家からは行空(九条稙通)様、大納言三条西実澄様、権中納言正親町三条実福様、龍和の義理の兄となる三条家を継いだ大納言三条実教様(三条西実澄様の御正室の弟だ)、元関白二条晴良様、高雅(飛鳥井雅綱)様、その子権中納言飛鳥井雅教様、准大臣中院通為様、権大納言九条兼孝様、中納言一条内基様といった摂関家のお歴々が参加してくださった。

 三条の姫・美胡都みこと姫は思っていた以上に緊張していた。大舞台の経験もなく、公家との縁も父親が亡くなったため薄いからだろう。むしろ龍和の方が「戦場よりも怖くは御座いませぬ」とか言って堂々としていた。一通りの式次が終わった後の酒宴では公家の皆様に飲まされて潰れていたが。俺より強いのだろうが未成年なので勘弁してやってほしいと思い、それとなく止めに行ったら代わりにとばかりに飲む相手をさせられた。アルコール度数の低いものを用意しておき自分の盃にはそれを注ぐことで何とかしたが、龍和は彼らの分を飲んだからすぐにダウンさせられたわけだ。というか公家の皆様お酒強いわ。

 ほぼ唯一摂関家ではない参加者の、持明院基孝様と飛鳥井雅教様が俺のところにきた。


「今後鷹司家の復興もせねばならぬ。摂関家の皆様は其れがある故斎藤との縁を求めるのだろう」

「鷹司の荘園も、管理されているのは今や美濃の鷹司の地のみで御座いますからな」

「横領されたのもあるが、当主無き荘園は奪われても何処が本物か真偽が不明になるからな」


 例えば鷹司の荘園のある村があるとして、実際に管理している人間がいなくなると荘園は境界も場所も曖昧になる。仮に復活しても実りにくい田を「ここが元の荘園だ」と言われ、実りの良かった田を失うなんてことがありえるのだ。相手に元々この石高の米が納められていたと言っても、戦で荒廃したので納めようがないとかごねられるのも当たり前だ。鷹司家の荘園は事実上消滅したと言っていい。


「我等で支援は致します故」

「他にも小倉家、大宮家、大炊御門おおいのみかど家、日野家、難波家、阿野家、高倉家、鷲尾家、西大寺家、油小路家、六条家、綾小路家等、羽林家うりんけ迄でも再興せねばならぬ家は多い」

「ま、真に多いですね」

「他にも水無瀬家が子が居らぬ故養子を求めておるし、滋野井家も五辻家へ養子に出した為跡継ぎ不在だ」

「水無瀬様・滋野井様は参議の一角ですからね」

「京に残って参議の務めをしてくれている。無下には出来ぬぞ」

「行空様にも態々御越し頂いて申し訳無い位で」

「まぁ権大納言(九条兼孝)様が来ても困るしな」


 権大納言九条兼孝様はまだ数えで10歳だ。摂関家の官位がいかに上がりやすいかがわかる。当然だがこんな場所に来ても何もできないので、同じ官職の勧修寺かんじゅじ晴右はるすけ様の下、京で勉強中だ。同じく一条内基様もまだ16歳と若い。


「しかし、新婚早々出羽に行かせるのは申し訳ないのだがな」

「新婚。成程そうで御座いますな」

「だが、今奥羽の地を直に見て来られるのは彼奴だけなので」


 戦乱が残る中で東北という縁故でがんじがらめな地域を見ておく必要がある。血縁や旧習に囚われ、在りし日の権威を笠に着る者がいることを。


 ♢


 婚儀から14日後。

 婚儀に参加した方々を近江まで送ったところで木下右京大進(秀吉)に後を引き継いで、今度は龍和を越前へ見送った。

 昨年から出羽に残っている者と交代する為に8000の兵を率いて酒田湊に向かい、6000の兵を戻すことになる。龍和の軍監を務めるのは斎藤利三で、鍋島孫四郎・蜂須賀小六・日根野高吉が主力となる。既存の部隊を率いる予定の大久保兄弟を含め、次世代を多めに配置しつつ経験のある武将も配置した格好だ。また、作戦参謀として竹中半兵衛・加藤光泰が補佐する形だ。前日に伊奈波神社に参拝もさせた。主神である五十瓊敷入彦命いにしきいりひこのみことは奥羽征伐を成功させた垂仁天皇の第一皇子だ。縁起がいい(その後の讒言から討たれた部分は俺が許さなければいいだけだし)。


「利三、頼んだぞ」

「はっ、御任せを」

「孫四郎、小六、徳太郎(高吉)。敵は火縄銃と大砲に慣れていない。とはいえ油断はするな。牧野と中野の親子は油断ならぬ」

「「はっ」」

「半兵衛、権兵衛(光泰)。暫く雪融けの遅い地域がある。其処では無理するな」

「物見の情報を密に取りまする」

「龍和、無理はせずとも良い。今の奥羽を確と見て参れ」

「はいっ!」


 俺の眼の届かない場所への龍和単独の遠征は今回が初めてだ。何か起こっても簡単に助けには行けないし、報告が届くのは時間がかかる。怖さはある。だが、俺がいつまでもなんでも教えられるわけではない。自力で頑張らなければならない時もあるのだ。

 しかし電信が欲しい。電磁石の出力の問題がまだ解決できているとはいえない。高野山遠征の準備の傍らで今電線の実験中だ。那古野と稲葉山を繋ぐのが目標だ。紙を巻きつつグッタペルカで保護したものだ。長距離の電気設備なので継電器も欲しい。ただ、ミ○四駆や授業でやってきた回路製作の経験だけでどこまで作れるかは未知数だ。


「行って参ります!」

「御武運を」


 美胡都姫も少し不安そうに見送る。2人が長期間離れ離れになるのは実は初めてだろう。加賀遠征の時も手紙のやりとりはできた上、姫も越前にいた。決して遠くない距離だったのだ。お満も美胡都姫の隣で不安そうにしていた。母の深芳野もこんな気持ちだったのだろうか。いや、あの人は多分もっとゆったりと構えていた気がする。


 ♢


 紀伊国 和歌山湊


 龍和を見送った後、休む間もなく紀伊に入った。和歌山湊で雑賀衆の歓待を受けていると、因幡で尼子義久殿を支援していた山名氏当主・山名棟豊殿が病死したと連絡が入った。因幡の支援体制に影響が出るかもしれない。尼子義久殿は信長の弟である織田秀孝の援軍を得ることが決まった矢先なので、今後どうするのかは不明だ。出雲に渡る予定だったらしいが、どうなることやら。


「半蔵、高野山の様子は如何だ?」

「参道の麻生津口と学文路口を中心に五つの砦を造って固めている様子。但し、内部では大事になった事で坊に籠っている非協力的な者も増えている様子」

「座主様を幽閉すればそうもなろうよ」

そもそも僧兵より普通の僧の方が多いからな。其者等が協力等する訳が無い」


 高野山の僧の大半は普通の僧だ。修行を熱心にしている僧もいれば決して熱心ではない僧もいるとはいえ、彼らは怠惰なだけでうちの連合軍と戦えるほどの気概はない。だから当然のように兵を派遣されるのが嫌だから「自分は関係ありません」という態度になるわけだ。俺の調伏降参を願う祈祷をやらせようとしたら、2,3人しか協力しなかったらしい。


「で、明確に反発した僧は神域に幽閉か」

「恐らく。三つ程の建物に閉じ込められている様だと」

「外を出入り出来る世話役の僧が良く其処まで話したな」

「接触した部下はその者から、中にいる自分の師を救って欲しい、と頼まれたそうで」

「成程。出来る限りで報いる事としよう」


 服部半蔵保長は今回の高野山出兵を終えたら引退し、子の次右衛門保元に服部党党首の座を譲るそうだ。服部党と高野山は元々縁があり、次男を送っていた。その縁が生かせた形だ。


「例の点字による暗号文、とても良く使えました。下敷き紙の染みに見せかけて描けますので」

「裏紙を使うのは良くあるからな。只の点にしか見えまいよ」


 最近は点字が暗号代わりに使われる場面もある。使い方は現在戦場で一部の兵と耳役・服部党の内部でしか使われていない。そのためこれが暗号になっていることに気づかれない状況だ。ある程度は有効活用して良いだろう。


「坊主も真面目な者以外は此れを機に焼いても良いかと」

「人の生きる中では生きづらい者を救っている面もあるからな。無下にも出来ぬ。だが、此れからは我等の府が其等の者共を救える様になりたいものだ」


 気をつけなくてはならないのは、寺社は社会の中で生きていくのが難しい人間を受けいれる最後の【受け皿】としての存在という側面をもつことだ。前世では社会保障が充実し、生まれつき耳が聞こえなかったり脳に障害を抱えて生まれてきたりした人も生活する道は用意されていた。しかし、自力救済の色合いが強いこの時代にそういった人々が生活するのは極めて困難だ。だからそういった人々を救う(とはいえ全てのそういった人々が救える力はないが)存在としての寺社でもあるのだ。当然、弱者に寄りそう部分は人々の共感と敬意を集める。だから寺社はなくならないし、生きづらい人々を差別や迫害から守る意味でも武力と権威を求める部分はある。

 だが、だからこそ、そういう面を理解した上で【国家】としてそれを委ねたままでよいのか、という話になる。


 ♢


 春になり、山の雪が融けた頃。

 織田軍が到着し、最後通牒を高野山に行ったが拒否が示された。織田軍25000、うちが5000で計30000が高野山を西と北から包囲した。

 だが、これはあくまで見せる兵。実際の本隊はわずかな兵による夜間強襲。山の中を知り尽くした根来寺僧兵出身の者が先導する少数精鋭部隊だ。

 根来寺と高野山の結びつきは強い。根来寺の僧兵は高野山の防衛にも携わってきた歴史があり、本来両者が別々の動きをすることはまずない。だが遊佐長教の弟が根来寺の有力者となっていたために僧兵解体に根来寺は早期に応じた。結果的に、この動きは高野山の兵力を大きく削ぐ事にも繋がった。また目端の利く僧兵も根来寺の僧兵とともに高野山を既に離れている。今あそこにいるのは「そうする以外手がない」者たちだけだ。

 そんな彼ら強襲部隊には迷彩柄の着物が支給され、小回りのきく武具とランタンが利用されている。高級品として琉球経由で輸出されているものより小型で短い時間しか使えないが、指向性のある光で松明ほど目立たずに山の中を動ける。織田・斎藤連合軍が彼らの出発前から24時間絶え間ない攻撃を北口・西口の正規ルートから始めており、高野山方はまさか暗い山の中を兵が動くとは考えていない様子だ。

 さらに、彼らの行動を補佐するのが熱気球。それ自体が光源になっているので、高野山全体はぼんやりと明るい。ランタンを持った兵の光も紛れる。熱気球自体は大砲の着弾地点の観測に利用しており、大砲の精度が上がるので一石二鳥の状態だ。雨上がりで水の音も絶えず聞こえ、大砲の音だけでなく森全体から音がするのも好材料だ。


「僧兵の砦、此れで三つの破壊が完了致しました」

「良し、派手にやれ。間も無く中が大混乱に陥る」


 そして、薄明が空を明るく照らし始めた頃。

 高野山の内部から上空に向けて花火が上がった。作戦成功の合図だ。


「良し、座主様と協力者を確保した。一気に攻め切れ。信長にも伝えよ」

「はっ」


 体力的にも精神的にも防衛側は厳しい状況だ。こちらは夜の間も動いていたのは大砲部隊と一部の火縄銃部隊のみ。今攻めている兵は耳栓をつけてぐっすり夜に休んだ部隊だ。一方の高野山方は途中で交代していたのは把握しているが、一度しか交代できていない部隊は疲労が蓄積している。相手には耳栓もないので、交代した部隊が十分休めていたかは怪しい。


 轟音が鳴り響く。片目用の望遠鏡で覗くかぎり前線に大きな変化は見られない。しかし山の中は明確に変化が生じていた。一部の僧兵が山の中を歩き回っていると伝令役の服部党から報告が入る。座主様がいなくなったのに気づいたのだろう。

 そして、山の中に潜む強襲部隊兵が弓で彼らを追い払う。当然だが交戦している兵のいる場所に座主様はいない。足止めされた僧兵はまさか敵兵と出遭うとは考えておらず、武装を殆どしていないためほぼ無抵抗で討たれていく。だが、花火の音もそうだったが、戦場の小さな音は大砲にかき消され、その情報は共有されない。そのため、誘蛾灯に惹かれるように山の中に僧兵が入っては十字の弓射で討たれていく。その状況が、伝令の忍びから俺のもとに報告されていく。


 そのうち、幾つかの宿坊に火がついた。焦った僧兵が座主様を隠していないか非協力的な宿坊と小競り合いを始め、荒れくれ者が火をつけて中の人間を文字通り炙りだそうとしたらしい。皮肉な話で、高野山を焼いたのは高野山の者自身となるわけだ。

 うちや織田の兵が到着した地域の火事は周辺へ燃え移らないよう対処が始まるが、奥まった地域では宿坊が丸ごと燃えているのが視認できるまでになる。近くの建物へ引火したり、森の一部に燃え移る。幸い、前日の雨が木々を、草を湿らせているため簡単には広がらないが、急がないと森林火災に繋がりかねない。


「急げ。聖域を守る為にも」


 足腰を鍛えた部隊が山道を小走りに駆け上がる。舗装されているわけでもない山道を走るには相当な鍛錬が必要だ。長年うちや織田で常備兵として戦ってきた兵だからこそ、相手が新しい防衛線を構築する前に攻めこんでいく。そして、命乞いを始める者、保護を求める僧、焼け出され呆然と立ち尽くす者。次々と高野山が無力化されていく。


 信長が俺のところにやってくる。


「戦にならなかったな、義兄上」

「戦などしないで済むに越したことはない。そういう事だ」

「膿だけ出すのはやはり難しかったな。仏典や仏具も一部は失われる」

「其の被害を最小限にする為に、態々雨の降る日を待ったのだからな」

「森迄は燃えずに何とかなりそうだ。火が弱い儘らしい」

「想定より朝霧が濃いからな。空気中の水分も多くて火の勢いがつかないのだろう」


 湿度が高く植物が溜めている水分量も多いので、湿った木材になかなか火がつかないのと同じ事が起きているのだろう。無理やり火がついたとしても発生する水蒸気で雲が発生しやすくなる。雨が降れば一気に収まる可能性もあるだろう。


「延焼は防がねばならぬが、戦は終わりだ。首謀者たちを逃がさぬ様にせねばな」

「座主様ももう少し兵が進めば保護出来る場所まで来ておられるのだったな。其処だけ油断させぬ様に伝えておこう」


 高野山が実質3日かからずに落ちたとなれば、武力で反発する寺社も出て来なくなるだろう。法案の草稿は政府内で確認中だし、この一戦が終わり次第寺社との協議に移りたいところだ。

高野山攻め。霧が濃い高野山ですが、だからこそ光が鈍くなり敵の視認は難しくなります。

それ専門の部隊といえど本来なら戦えるものではありませんが、寺の内部を知りつくした根来衆が敵だったのも成功の要因です。普通は無理です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 政府・・・いつできたんだ?
[一言] 色々な仕掛けの上、一気に短期間で攻め落としましたか 内部情報流出の上、内部に詳しい者までいるとなればそりゃこうなるか 何より、内部も一枚岩でない事が大きかったですね。一丸となって抵抗していた…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ