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第28話 趣味と仕事が一緒になるとモチベーションが徐々に上がりにくくなる

歴史ジャンル月間1位になれました。皆様のおかげです。ありがとうございます。

これからも面白いと思っていただけるよう頑張っていきたいと思います。

 美濃国 稲葉山城


 春も半ばが過ぎた。今年は大きな戦なしで田植えが終わったので人々の表情は明るい。本願寺との関係から浅井とは少し不穏だが、逆に言えばそれくらいしか問題は存在しない状況だ。本願寺と朝倉の対立はかなり根深いらしく、京の帝も公方様もなんとかしようと必死らしい。高田派の関係があるといってもこちらに矛先が向くことはないだろう。


 年明けに父は稲葉山城を拡張・改修すると言っていた。職人を抱え込む専用のくるわも造るらしい。石鹸とガラスについてはそこでやる予定となっている。製法はいつか漏れるだろうけれど、可能な限り秘匿していきたいと言っていた。


 石鹸といえば、これも油・海藻・木箱などの調達目途が立ったのでいよいよ量産が開始された。材料を混ぜる工程を大鍋で一気に行うようになったが、混ぜる作業(鹸化けんかの工程だ)で量が多すぎて大変と言われてしまった。作業が滞りやすいのは困るので足こぎの撹拌かくはん設備を模型で作り、木地師に作ってもらった。自転車の要領でこぐと歯車が噛み合いながら縦回転を横回転に変え、大鍋内部にある羽根のない攪拌機を回すのだ。


 そう、羽根のない攪拌機。球状の先端部に空いた穴で撹拌するアイディア商品だ。横から下にГ字に穴が空き、撹拌棒が横回転すると穴が水流を作って石鹸の原料が撹拌されるのだ。これ考え出した人は天才じゃなかろうか。液体の流れはムラができにくく、石鹸の鹸化もスムーズに進む。ある程度反応が進むと攪拌機から手作業に移せば変に固まることもない。


 この撹拌作業が大人3人のローテーションでできるようになって一気に大量生産が可能になった。ハーブの方が足りないくらい作ったので、その分はハーブを入れずに柑橘類の皮を使って匂いをつけた廉価版として木箱なしの和紙包装で売ることにした。それなりの身分の武士にこちらは人気が出つつあるらしい。木箱付きは公方様とかそれなりの大名、堺の商人やお寺などで使われているそうだ。


 夏ごろに猫車に続いて大八車も試作してみた。結構な大きさだったので木地師の仕事が少し余裕のできた夏まで手が付けられなかったためだ。

 かなり頑丈に作ったが、井ノ口の町でさえ道がある程度デコボコしていたため全然制御ができなかった。おまけに車輪は1日でダメになった。翌日、父に徹底的にダメだしをされた。


「道がならされていれば、お前の言うとおり使えたであろうな。」

「では、道を整備しましょう。」

「愚か者。道なぞ整備したら攻め込まれた時困るであろう。美濃はまだ安定には程遠い。そんな自ら敵を招くが如き事をその道具のためにやるわけなかろう。」


 うーん、信長が美濃・尾張・近江あたり抑えたらその時に提案し直すか。気の長い話だ。まずは無病息災でその時を迎えなければ。


 ♢


 美濃国 大桑城下


 秋が近づく頃、太守の土岐左京大夫頼芸様に命じられた碁会を開いた。周辺の国人を招き、太守様を主催者とし世話役を斎藤の家でやる形だ。稲葉良通殿・大沢正信殿・明智光安殿など、有力な国人が挙って参加してくれた。鷲巣六郎光敦様や土岐八郎頼香様といった土岐一門も結構参加して、作法について京から逃げてきた法華宗(日蓮宗)の御坊様を指南役に和やかに行われた。ちなみに高田派は多芸で抗争が激化してて来られないそうだ。残念なようなほっとしたような。彼らが来たら指南役も別の人にしないとダメだったし仕方ない。


「ふむ、話には聞いていたが新九郎殿はまこと碁が上手ですな。」

「そうであろうそうであろう。」

「右京亮、そなたは逆に教わっている側であろう。何故偉そうにしておる。」

「太守様、新九郎は深芳野の息子ですので、それがしの甥に御座います。であれば稲葉家の碁の血筋が花開いたと言えるのではないかと。」

「言えぬわ。深芳野がわしの側室だったから碁の才を受け継いだのよ。血ではなく才が繋がっておるのよ。」


 大人は適当なこと言えて良いですね。こっちは上手いこと計算して国人の皆様に恥かかせないように終わらせようと必死です。趣味も仕事としてやると気が休まらないのが実感できる。


「これだけの腕なら、今は堺にいる法華宗の碁の上手い者を呼んでも良いかもしれません。」

「法華宗は碁の上手な者が多いと聞くな。新九郎と同い年の強者がいれば是非相手させたいものよ。」


 流石にいくら戦国時代とはいえ実力的に勝てない人もいる。アマ三段程度だった俺をそこまで持ち上げないでほしい。定石じょうせきと詰碁の経験で撹乱かくらんしても無理な相手は無理なのだ。

 陽も傾き始め指南役の御坊様が御帰りになった頃、会場の屋敷に眉間にしわの寄った人物が配下を従えてやってきた。太守様の嫡男ちゃくなん猪法師丸いぼうしまる様だ。


「おお、猪法師丸。来るのが遅いぞ。指南役殿は帰ってしまったぞ。」

「父上。鍛錬がありましたので。」

「鍛錬、鍛錬というが、土岐の家は名家ぞ。書画や和歌、将棋に碁もできねばならぬ。」


 早速二人で口論となったので、巻き込まれないように部屋の片づけを指示し始めたり自分で手伝うそぶりをしたりしてその場を離れようとして、


「見よ、そなたと左程変わらぬ新九郎も碁会で活躍しておったぞ。」


 何故そこでこちらを引き合いに出したんだ。うわ、すごい歯ぎしり。それ歯に良くないぞ。


「このような軟弱者と某は違いますぞ父上!!」

「初陣もまだの癖に吠えるでない。新九郎は既に初陣も終えておる。」

「それは父上が朝倉攻めを認めてくださらぬから!」

「未だ国内が安泰とも言えぬのに何を世迷い言を言っておる!」


 だからあおらないでほしい。あぁ、歯ぎしり。歯が欠けそうなくらい酷い音。歯並び矯正したらいいと思うよ。


「父上がそこまで仰るなら相手してやろうではないか!」


 片づけていない碁盤の前に向かうと、その前に胡坐あぐらをかいてこちらを見てくる。

 作法も何もあったもんじゃないが、座る振る舞いは流石に優雅である。


「座れ。次期当主でそなたの主君であるわしが光栄にも相手してやる!」

「お断りします。まだ御客様として来て頂いた皆様を御見送りしておりませぬ。」


 物言いも横柄だがずっと眉間に皺の寄った顔を相手に打ちたくない。囲碁は趣味であってストレスを発散するためのものだ。何が悲しくてストレスフルな人とやらねばならないんだ。


「某では相手にならんとでも言いたいのか!」


 話聞いてました?


「すまぬが新九郎よ。あの阿呆の相手をしてくれ。思い切り負かされれば目も覚めよう。」

「……太守様が仰るなら。」


 不快感マックスではあるが、やるからには本気でやってやろう。さっきまでの接待碁とは違うから覚悟しろ。


「お願いします。」

「ふん、早くせよ。」


 もう泣いてもわめいても知らん。


 ♢


「……ば、馬鹿な。」

「………。」

「こ、これは間違いだ。きっと先程の手を変えれば。」

「無理です。」

「な、な、な。」

「二十五手前には形勢は確定しておりました。その後の手は大勢に影響ありません。」

「う、嘘だ。」


 かなり前にもう勝敗はついていた。最初は意外と悪くない手筋だった。途中で後先考えない無謀な攻め手に出てきてから一気に盤面全体でこちらが有利になった。冷静にやれば後半までそれなりにった一局にできただろうに、もったいないの一言だ。


「もう終いにせよ。新九郎の言う通りだ。そなたの負けは見えておる。」

「……ちぃっ!」


 強烈な歯ぎしりと共に、盤面そのままに立ち上がって屋敷を出て行った。慌てて猪法師丸の小姓たちが後を追いかけていく。後に残ったのは俺と太守様と御傍付きだけだ。


「……すまんな、新九郎。あれも悪いだけではないのだ。そなたと比べられて焦っておるのだ。」

「大丈夫です、太守様。気にしませんので。……片付けますね。」

「……本に、そなたがわしの子であればな。」


 最後の一言は、聞かなかったことにした。

羽根のない攪拌機は液体の抵抗も少ない上、水流が容器全体で発生する為何かと何かを混ぜるのにとても画期的な機械です。羽根つきより製品が壊れにくいのもポイントです。

2013年に公益財団法人日本発明振興協会の発明大賞も受賞していますが、構造と原理が簡単なのが素晴らしいです。(製品の宣伝ではないです)


囲碁については細かく描写しても知らない方には謎な用語ばかりになりかねないのであっさり目にしています。ヒカルの碁の表現も参考にしていますが、難しいところですね。

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