第274話 権威と大砲
東北編、始まります。
出羽国 酒田湊
池田惣左衛門という酒田の豪商の案内で佐渡から下越を飛び越えて出羽庄内に入った。
酒田湊は本願寺派の拠点がある町でもある。そのため、本願寺派の浄福寺に昨年から下間一族が入って準備を始めていた。
酒田湊の領主・砂越氏維は本願寺と酒田商人の説得もあってこちらに協力することになった。まぁ協力しなければ10000の兵がここを囲み、文字通りの砲艦外交に移行していただろうけれど。
「宮内大輔様、食糧の運搬も滞りなく進む様微力を尽くします」
「頼むぞ惣左衛門。越後越中佐渡の海路で儲けたくば我等に其方の才を示せ」
「必ずや酒田衆が御役に立って見せましょう」
中央との強力なコネが欲しい酒田の豪商(三十六の商家がいると説明を受けている)たちはかなり積極的にこちらに協力してくれている。越中から飛騨への商圏を半独占していた塩屋秋貞も死去している。日本海側は今まさしくブルー・オーシャンと化したのだ。商圏拡大を狙う商人はこういう時権力者への協力に積極的になる。酒田の内部も一枚岩ではなかったようだが、うちの大軍と大砲を見てわかりやすくその商人たちも態度を変えた。
「大宝寺と羽黒山は?」
「羽黒が大宝寺の支配下にある限り、羽黒は此方に味方出来ぬでしょう」
三長吏と呼ばれる羽黒を管理する家臣を大宝寺氏が置いている関係で、羽黒の衆徒は自由に動けないらしい。そして羽黒を指揮できる立場にいるのが土佐林禅棟という大宝寺の一族だ。事前に連絡した段階で、真言宗が高野山主体で俺たちと不仲ということもあり門前払いされた。
「最上派の者共は?」
「最上様を守るべく山形に総出で出向いておる様で。此方に来る余力は恐らく無いかと」
「そうか。最上は天童らと争って余裕が無いであろうしな」
むしろ周囲がほぼ敵の中で頑張っているだけ最上はすごいだろう。
「其の最上様より、御一人では御座いますが宮内大輔様に御助力になればと遣わされた者が」
「戦の最中なのに、か?」
「むしろ戦の最中であるが故、其の才は生かし難し、と」
連れてこられたのは若いが眼光鋭い青年だった。側にいた奥田七郎五郎が小さく「殿、此の者、兵法者かと」と教えてくれる。竹中半兵衛もその声に扇子で口元を隠しながら小さく頷く。剣術家か。
「林崎甚助と申します。以前、父の仇討ちの際京での人探しに御尽力頂き、また、昨年末より病に罹った母の薬も用立てて頂きました。僅かでは御座いますが、奥州・出羽で宮内大輔様の御身を守る一人に加えて頂き恩返しとさせて頂きたく」
そういえば最上親子が上洛した時に人探しをしていたな。
「薬を用立てたのは出羽殿(最上義守)か御子息であろう?」
「畏れながら、母の病は宮内大輔様の薬無くして助かったか分からぬと山形の医者は申しておりました。であるならば、用立てて頂いた殿の為にも、宮内大輔様の為にも御奉公させて頂きたく」
成程。剣術家では戦だと微妙だ。槍が主体だし、さらにいえば今の最上なら籠城戦も多く彼の能力は生かせないのだろう。逆に、要人警護なら地理に明るい上剣術家にも出番がある。なかなかうまいこと考えたな。
「其方を此方に向かわせたのは誰だ?」
「若殿様で御座います」
「成程」
相当頭がキレるな。某戦国ゲームで出羽随一だった能力に偽りなしか。
「では細かい事は七郎五郎に聞いてくれ」
「はっ」
さて、まずは大宝寺を叩かねば。補給線確保のためにも、なめられないためにも。
♢
出羽国 尾浦城
大砲で城門と城壁の一部を吹き飛ばし、火縄銃で牽制しながら橋を架けて郭の1つを1日で制圧した翌日。
白装束の大宝寺当主・大宝寺義増が自ら降伏してきた。
「我等の名だけは残させて頂きたく」
「では俺の末弟と其方の一族の娘を結ばせる。幼き子と共に美濃で過ごして貰おう」
殺したいわけでもないし、変に恨みを買わないようにさっさと城を接収する。従軍して様子を観戦した砂越氏維の顔色も変わったし、ここから一気に状況を変化させられるだろう。
♢
出羽国 清水城
清水最上氏は出羽の河川水運を握る重要な一族だ。そして、最上本家と共同して今回動く数少ない国人領主でもある。
「御待ちしておりました。我等最上の一門衆として、宮内大輔様を御迎え出来祝着至極に存じまする」
「其方が此処で耐えてくれたおかげで最上殿も山形で戦えている。御苦労であった」
「ははっ」
ここに来て気づいたのが、朝廷の官位がかなり重いということだ。従三位参議という地位がものすごく重い。まるで勅使のような歓待を受ける。
現時点で降伏してきたのが小野寺家臣で最上郡の佐々木貞綱、白鳥の白鳥十郎、最上八楯の野辺沢満重らだ。小野寺氏は大宝寺の娘を正室にしているためかこちらに反発しているが、時勢が読める佐々木貞綱はさっさとこちらに降伏しており、白鳥と協力して小野寺相手に防衛を担当している。白鳥十郎は天童と血縁だが、嫁がせた一族の娘の心配をしている場合ではないと判断したようだ。
最上八楯の野辺沢満重は嫡男をこちらに差し出してきた。若いが背も高く鍛えている。しばらく奥田七郎五郎に鍛えさせることにした。
旗色が悪くなった天童氏は最上との和睦を提案したらしいが、最上義守はともかく若当主である信光はこれを機に天童と八楯の一部を潰して直轄化したいらしい。内乱状態の寒河江の支援と北部からの牽制を頼まれた。揚北衆の北上・小野寺の南下への警戒や大崎の支援もしたいこちらとしては追加の軍勢が到着するまで清水に待機したかったので快諾しておいた。
清水最上氏の当主・清水義高殿も自領周辺に援軍が来たので安心している様子だ。
「伊達の動きは?」
「蘆名との戦が激しくなっている、としか。山形の殿ならば御存知かと」
同行している伊達総次郎龍宗は伊達の状況が気になっている様子だ。内部に連絡をとり、大崎・黒川はこちらに寝返ったが、逆に大崎と対立していた葛西氏が伊達に味方し始めるという混乱状態に今はなっている。
数日後、酒田から連絡が入った。
「揚北衆が蘆名を横撃して金上右衛門大夫(盛備)が負傷か。蘆名は厳しいな」
「北条の若殿が病で寝込んでいなければ今頃蘆名に援軍が届いていたのでしょうが」
北条新九郎氏親が病気で倒れたとこちらに来てから連絡が入った。氏康殿の嫡男でまだ若いのだが、関東各地で軍を率いて連戦を続けた疲れが出たのかもしれない。一度大きな病気も経験しているので、氏康殿も無理はさせないつもりだとか。
結果的に上野安定化で北条綱成殿が、常陸安定化で北条宗哲殿が、安房安定化で十郎氏尭殿が出張っているため、大軍を率いらせる将が足りないようだ。駿河の処理で氏親殿の弟の氏政殿も忙しいらしいし、今年の北条出兵は厳しいかもしれない。
♢
夏も半ば。東北一帯では食糧不足が始まった。冷害が続く状況は東北の数少ない稲作地帯に大きなダメージを与えているので、なおさら不作が深刻だ。
そんな中でも越中から運ばれる米で食料不安がないのが酒田からの一帯であり、うちから米が供給されている地域だ。食糧の安定供給によって治安が劇的に改善していると報告がきている。
追加できた4000の兵とともに、計6000を野辺沢兵とともに大崎領に援軍として派遣した。当主の大崎義直はこの援軍のおかげで葛西氏の侵攻を防ぎ、逆に葛西領に攻めこんでいるそうだ。義直は家老とともに嫡男を派遣してきた。義直が従五位下であるということで、従三位の俺に挨拶しない訳にはいかないということらしい。ただし戦争の真っ最中だから嫡男というわけだ。
嫡男は俺の「義」の字を与えて義隆と名乗ることになった。元々将軍家からもらっていた義の字だそうだが、将軍亡き後可能ならば誰かからもらいたいと思っていたそうだ。権威が高まった大崎氏は周辺の国人にも圧力をかけ、一関一帯に勢力を拡大したい考えらしい。
「官位が此処迄重視されるのは久しぶりだな」
公家でもないのに官位が物を言うのは不思議な気はした。俺の問いに答えてくれたのは現地人であり最上から派遣されてきた志村九郎兵衛高治だった。
「我等は幕府が滅びたというのが今も信じられませぬ。京からは文物が届き、高水寺の斯波様も御健在。殿(最上義守)も羽州探題を名乗り、浪岡にも御所様(北畠具運)がいらっしゃいます」
「御所様と言えば南朝で活躍した北畠の御方か。斯波は足利将軍家の御一門。奥羽には200年前からの権威がまだ生きているのか」
「正月に先代の御所様(北畠具統)が亡くなられ、北は今も大混乱と伺って居りますが、親兄弟で争うのは世の常に御座いますれば」
「此の地は血縁が多過ぎる。故に味方になった者からの助命嘆願ばかりでなかなか進まぬ」
寒河江氏で伊達派と最上派の内乱があるというので兵を送ったわけだが、戦で勝利した当主の寒河江兼広が反乱を起こした家臣の助命を願い出てくる状況だった。
他にも白鳥氏が実は俺たちの上陸まで伊達の牧野久仲や天童氏当主・天童頼貞と連絡をとっていたことが判明。結果として、寒河江の家臣は寒河江預かり、没収した領地を白鳥に与えて領地替えで決着となった。天童氏は居城以外を失い、田植えもままならないため秋には終わるだろう。最上八楯で今も抵抗する東根・楯岡と細川直元は天童城に入り、周辺の防衛戦もジリ貧になりつつあるようだ。
「地縁と血縁、何方か切り離さねば何も変えられぬであろうな」
考え方がまだ室町幕府か、場合によっては南北朝時代だ。何とかしなければなるまい。理解している人間とうまく連携しなければ。
酒田湊から遠征軍が一気に乗り込みました。ここからまずは出羽南部に展開します。
ある程度信長の支援を受けつつ、蘆名の支援をしていくことになっていきます。




