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第269話 散り際の輝き

全編3人称です。

 美濃国 大桑城


 秋も深まり、随所で稲が刈り取りを終えた頃。

 斎藤道三と呼ばれた巨人が、病に倒れた。

 昨年側室の深芳野を失い、正室の小見の方も体調が芳しくない中、本人も最後と決めた出陣を終えたことで、張り詰めた糸が切れたのだ。

 幸いにしてその時は命に別状はなかったものの、その日を境に彼は寝たきりの生活となった。


「畳の上で死ぬ事になりそうだな」


 平井宮内卿が見舞いにやってきた時、道三は笑いながらそう告げたという。


「神仏の御加護ですかな?」

「まさか。であるならば、神も仏も見る目が無い」

「御仏の生まれ変わりと呼ばれる御子息がおられるではありませぬか」

「ふん。彼れは物の怪よ。蝮の腹を食い破って出てきた、な」


 茶化すような宮内卿。返す道三は言葉遣いと裏腹に、声に険がない。


「儂は鷹を食らった蝮。そして彼れは、蝮を超えた龍よ。なればこそ、天下に静謐を齎せる」

「心残りの無さそうな御言葉ですな。もう地獄に向かわれるので?」

「莫迦を言え」


 口角が上がり、そして眼に力がこもる。


「閻魔大王に下剋上を仕掛けるなら、将も兵も足りぬわ。道利も其方もついて来い」

「もう戦は懲り懲りに御座いますぞ」


 苦笑する宮内卿は、しかしどこか楽しそうだった。


 ♢♢


 越後国 鮫ヶ尾城


 上杉平三政実は本拠である春日山を離れて前線に近い鮫ヶ尾城にいた。春日山城そばの直江津沿岸では斎藤軍の船が直江津から船が出入りするのを封じている。しかし動揺する家臣に政実は「陽動にあからさまに怯えるな」と一顧だにせず、最低限の警戒のみ置いて前線へやって来ていた。直江景綱らを残していることもあり、内部崩壊はしないという読みだった。


「新発田も本庄も伊達についたか」

「中条と鮎川は抵抗しておりますが、兵が此方に来る事は無いでしょうな」


 鮫ヶ尾城で戦っていた柿崎景家が応じる。


「動かせるのは二千もいないか」

「其れ以上動かせば誰かが寝返りましょうな」

「高柳に陣を布いているのは何者だ?」

「近江の松平と六角ですな。松平は元は三河者とか」

「三河武士か。東海道の猛者と遊ぶか」



 一方、攻め手の一隊を率いる松平勢は将兵の意識に差が出始めていた。旧来の三河武士中心で構成された古参部隊は強い警戒心で長尾上杉を見ていた。しかし近江兵を主体とした部隊はここまで連戦連勝のため、わずかに警戒心が緩んでいた。

 そんな緩みのある部隊を、政実は見抜いていた。しかし、あまりにもわかりやすく緩んだ部隊が1つあったために、あえて彼はその部隊を狙わなかった。

 狙われたのは松平の側面にいた六角家臣の後藤壱岐守隊だった。内部争いもあって前線指揮官が不足していた六角隊を率いていた後藤壱岐守は、突如攻勢に出た長尾上杉隊への対応が一歩遅れた。


「狙い易くしただけでは襲われぬか。六角を支援せよ」


 松平次郎三郎信康は即座に鳥居隊を援軍に派遣する。本来このように攻めて来る場所ではないが、万一を考えて備えていたからこその動きだった。しかし、まだ昨年初陣を迎えたばかりの彼には、たとえ備えていたとしても上杉本隊の相手は厳しかった。小島弥太郎の奮戦により、六角隊は甚大な被害を受ける。さらに、命令系統が完全に整理されていないがために、六角隊の懐に飛び込んだ部隊にはかえって六角兵が邪魔で止められなくなっていた。


「まさか長尾本隊?であれば平八郎で無ければ止められぬか!」

「殿!某が向かいますか?」

「本多隊で何とかせよ!」


 周辺から味方が集まるまでの時間さえ稼げなくなると判断した松平信康は虎の子である本多一族を六角救助に投入した。そして、それを上杉政実は待っていた。


「猛将を手放したな、若武者よ」


 猛烈な勢いで自ら松平隊に突撃する政実。「えいとう、えいとう」という声が響き、あっという間に信康の本陣に近づいていく。

 騒ぎに気付いた佐々隊が救援に向かうが、到着前に信康の隊が壊滅してしまう勢いだった。


「殿、御下がり下され!」

「四郎左衛門!次郎左衛門!」


 鳥居四郎左衛門忠広・夏目次郎左衛門吉信が決死の覚悟で政実に立ち塞がった。彼らは文字通り命を使って時間を稼いでみせた。六角・松平ともに多くの死傷者を出しながらももちこたえた結果、信康は辛うじて陣を死守した。北陸戦線や上野での戦で上杉政実の馬廻りに損害が出ていなければ彼の命はなかっただろう。

 小島弥太郎を辛うじて食い止め、帰還した本多忠勝は、戦の終わった若き主のため小姓に新しいふんどしを用意するよう伝えるのだった。


 ♢♢


 播磨国 御着城


 松永長頼率いる4000の丹波兵は摂津・河内兵7000を率いる松永弾正久秀・池田勝正と合流して播磨に入った。別所氏の居城だった三木城は彼らの予想に反して一切攻めこまれておらず、驚いた三好軍は使者のみを派遣して最前線となっていた御着城に入城した。

 御着城で彼らを迎えた黒田職隆も、松永兄弟に対し困惑した様子を隠さなかった。


「何故だ?」

「恐らく、ですが。実休様が怖いのでしょう」

「重傷でも、か」

「重傷でも、で御座います」


 三好の体制が揺らいだと判断した赤松晴政は反旗を翻したわけだが、それはそれとして心の底から三好に対する恐怖心があったということになる。自分から攻めるのは損害も多く出すので避けたい赤松晴政は、佐用赤松氏の所領を攻撃している。彼らが美作に出兵している間に空き巣のような形での行動だ。

 松永長頼は心底呆れた様子を見せる。


「臆病者の癖に我等に逆らう、慮外の輩だ」

「浅井が因幡から退いたのも知らぬでしょうな。知っていても都合良く考えているのやも知れませぬ」

「美作から援軍が来るなどと浅はかな考えではあるまいな」

「尼子殿は因幡から攻め入れる程余裕は無いですからな。因幡だけでは兵が集まらぬ故」


 因幡から敵を追い出した尼子義久だが、因幡で動員できるのは2500が限界である。出雲の兵と共に伯耆を挟み撃ちができれば事情は別だが、この時代に機械時計がどこにでもあるわけでもなし、遠距離通信手段があるわけでもなし。

 浅井元政は仮にも伯耆と美作で4000を集める。備前への対処を吉川元春に任せれば、この大半は動員できる状況だ。


「毛利の狙いが読めぬ。兄上は如何思われるか?」

「出雲に攻めこまぬ毛利。石見の銀山が欲しいのは間違い無い、が。若しや、帝に任ぜられた出雲守を侵さぬ様にしておるのやも」

「となると、毛利は元から我等と事を構える気が無い?」

「伊予を大友に任せたのも、直に三好と戦をせぬ為かもしれぬな」


 可能な限り生き残る方法を模索している可能性。しかし、真相は毛利元就本人に聞かねばわからない。


「とにかく、今は播磨の平定だな。頼むぞ、長頼。此方は実休様の元へ向かう故」

「小寺殿の兵が動けるなら、今直ぐにでも攻め入ろう。兄上は兄上にしか出来ぬ事を頼む」


 こうして、秋に投入された三好兵により、赤松晴政・龍野赤松政秀は冬を待たずして美作に敗走することとなる。浅井元政は美作を完全に平定すると、雪で閉ざされた伯耆・美作を最低限の守りにし、赤松晴政の奪った上月城に進出するのだった。

来週は木曜投稿なしです。再来週は木曜投稿可能ならします。


道三の史実での没年と年齢から考えればそろそろ厳しい状況。しかも道三は自身が最後と決めた出陣を終えているので、残りは短いです。

松平はまだ2戦目なので未熟さが出ました。囮の部隊に簡単に食いつく長尾上杉ではないです。ただし、三河武士の本隊ならば一時的にでも長尾上杉の本隊を止められるのが三河武士の強さですね。


次話も三好関連の話が続きます。主人公は命の恐怖ともうちょっとだけ戦います。


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― 新着の感想 ―
[一言] 斎藤道三もそろそろ寿命か しかし、史実と異なり怖れられてはいても、蔑まれる事なく畳の上で死ねそうなのですから幸運でしょう。間違いなくきちんとした葬儀も上げてもらえますし その一方で史実の上…
[一言] ヤング家康、味噌っちゃったかな。 まぁ鬼小島が相手だし、仕方ないと切り替えていこう。
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