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第263話 謀神の掌の上で

最初以外は三人称です。

 美濃国 稲葉山城


 尼子晴久、死す。

 2月も間近のこの時期に、わざわざ松永弾正久秀が早馬でやってきて俺に伝えた知らせは、衝撃の内容だった。

 先日元服を終えた尼子九郎兵衛尉龍久殿も、その兄である出雲守義久殿も、この知らせには呆気にとられ何も言えなかった。


「弾正、其れは確かなのか?」

「此れ迄安芸の守りに着いていた筈の乃美兵部丞(宗勝)が伊予に入りました。彼の御方が存命ならばあり得ませぬ」

「面倒な事になったな」

「豊前と筑前でも大友が出兵を始めました。杉や宗像、秋月が尼子に援軍を要請している様ですが、動きが全くと言って良い程ありませぬ」


 伊予は現在、河野氏の内紛に介入する形で、義兄の長慶が嫡男の義興を大将にして十河一存殿や野口冬長殿を率いさせて出兵している。三好に協力しているのが伊予中部の宇都宮豊綱と土佐の一条兼定だ。一方河野と連携しているのが伊予西部の西園寺氏。こちらは西園寺氏次期当主だった西園寺公高を宇都宮豊綱が5年前に討ったために反宇都宮の勢力といえる。


「来島衆が敵故、無理せず陸路も使いつつ攻めておりましたが、悠長な事を申せる状況では無くなったやもしれませぬ」

「安宅衆だけで大丈夫なのか?」

「能島衆とは話し合いを続けておりまする。只、掃部頭かもんのかみ(村上武吉)は正室に来島の右衛門大夫(村上通康)の娘を迎えておりまして」

「離縁させずに、とも行かぬか」

「難しいでしょう。殿から娘が出せるなら話も変わるのですが、妙齢の女子も居りませぬ故」


 そもそも婚姻関係を簡単に破棄するような相手だったら、それはそれで信用できないか。


「今年は越後攻めが主になる。高野山も不穏故、俺も京近くの兵は動かせぬ。信長が越後に大軍を出している故な」

「伊達は蘆名と大崎に攻め込んだと聞き及んでおりまする。東国は一度で平定迄出来そうに御座いませぬな」

「蘆名への援軍は北条に頼む事になろうな。だが北条も安房や上総・常陸を安定させねば大きくは動かせぬし」


 伊達のクーデターに対し、最上・大崎・寒河江・清水最上などが反発した。中央と繋がりが欲しい安東の若当主や大浦も同調しているが、伊達は実権を握った中野・牧野親子が葛西や大宝寺、小野寺を味方につけて攻勢に出ようとしている。大宝寺経由で揚北衆が伊達と連携し長尾上杉氏を見捨てている状況だ。彼らは自分達の頼るべき次の相手に伊達を選んだわけだ。陸奥の北部(前世でいう青森・岩手あたり)は浪岡御所の威光が強いのだが、浪岡御所の当主は北畠氏なので伊勢北畠を攻めた織田を快く思っておらず、中立を保っている。結果として南部と高水寺斯波の争いは止まらず、反伊達の包囲網は未完成になってしまった。蘆名盛氏は北から伊達領の挟み撃ちを狙ったが、逆に揚北衆が小規模とはいえ西から攻めて来る始末である。


「天下統一は難しいな」

「殿と宮内大輔様、そして右大弁様が手を取れば戦など直ぐに治まると思っておりましたが」

「誰も彼もが火縄銃を見た事がある訳でも無いし、我等の兵を何処にでも送れる訳でも無い。誰もが京を知る訳でも無い。故に京より離れる程に我等を知らぬ者が増える」

「教えねばなりませぬな。誰も殿に、宮内大輔様に、右大弁様に逆らえなくなる様に」

「其れもあるが、我等の『声』が届く様にせねばな」


 俺たちの命令が、法律が届かなければダメだ。力を見せると同時に電信・鉄道。これを目指さないといけない。これがあるから強力な中央集権体制がつくれるのだから。

 だから、今年を乗り越える。毎晩死の恐怖との戦いだ。世界でただ1人、俺だけが抱える戦い。自分の寿命を自分で知っている者としての戦い。負けられない。俺はこれからも、歴史を変えるんだ。


 ♢♢


 出雲国 月山富田城


 毛利元就から尼子の重臣・三刀屋みとや久扶ひさすけに送られた書状には、驚愕の内容が記されていた。


「備中一国で和議?」

「左様」


 書状を持って来た使者は口羽くちば下野守通良、毛利でも随一の重臣である。


「浅井の反乱で苦しんでおられる上に大友との戦迄手が回りますまい。我等は備中・備後・安芸・周防を得て瀬戸の海で覇を唱えたい次第」

「大友を博多にけしかけたは其方等毛利だった筈だが?」

「本来我等単独で尼子の皆様と対等にはなれませぬ故」


 悪びれることなく口羽が答える。


「三村殿と大殿は昵懇の仲。見捨てる訳にはいきませぬ。弱き者には其れ相応の戦い方が御座います」

「弱き者とはまた」


 苦虫を噛み潰したような表情で言葉に詰まる三刀屋久扶。


「庄殿に肩入れしない、其れだけで宜しいのです」

「陸奥守様が其れで呑む、とは思えませぬが」

「大殿も既に齢六十五。何時迄も戦えぬのです。先々の為にも」

「此処で戦を収めたい、と。成程」

「其れに、伊予の河野殿に助力を請われておるので、其方にも兵が要る次第で」

「畏まった。此の話、評定にて大殿の裁可を仰ぎましょう」

「忝い」


 外部に公然の秘密となりつつも尼子晴久の死を繕う三刀屋を仰ぎ見つつ、内情を見透かす口羽はその茶番を見下す心境だった。



 こうして、毛利元就の提案を元に両軍が兵を退き、備中のみ三村氏を支援する毛利兵が入る事となった和議が結ばれた。雲芸和議と呼ばれるこの和議を主導したのは代理当主を推した長門などの比較的最近尼子家臣となった勢力であり、彼らは博多の利益を強く意識している領主だった。毛利が邪魔しなければ大友に勝てると判断した彼らは幼年の代理当主の名で備中を切り捨て、対浅井と対大友出兵を主導した。


 ♢♢


 安芸国 日野山城


 3月。雪解けとともに備中の庄氏が降伏。そして尼子家臣のうち、長門・西石見の兵が豊前に上陸した。


「機は訪れた也。全軍で長門と石見へ向かう」

「和議は宜しいので?」


 答えをわかっていながら、元就に対し尋ねたのは福原貞俊。口羽と共に毛利を支える重臣である。


「和議には何年の和議か記さざる也。我等は確りと暫し長門の兵を退いた故、構わぬ」

「では、行きましょうか」

「全軍、出陣也」


 こうして周防から長門に小早川隆景ら5000、安芸から石見へ毛利元就本隊7000が出兵した。吉川元春は備中入りし、降伏した庄氏を抑えつつ宇喜多を牽制する状況となった。

 尼子内部は和議の破棄に大混乱に陥り、浅井討伐に送りこまれた10000の兵が急遽出雲へ撤退しようと動いて浅井の追撃を受け、大損害を出すなどの状況となった。

 一方の九州上陸部隊も大友兵が豊前に乗りこんだために身動きが取れなくなり、一部は勝手に長門の自領を守ろうと長門へ撤退した。豊前の尼子派である杉氏も大混乱に巻き込まれたため、大友軍は過去最高といえる圧勝で杉氏の一門を多く討ち取り、豊前制覇へ大きな一歩を進めることとなった。孤立した秋月・原田・高橋・宗像連合軍はこの後戸次鑑連の部隊に大敗し、秋月は当主が戦死するなど一気に大友による北九州統一が進むことになる。

 急遽長門に戻った将兵も統率する人間が不在だったために各個撃破され、吉見氏以外は夏までに降伏か壊滅することになる。

 尼子氏は辛うじて石見銀山周辺に防衛線を構築することができたが、状況は一気に尼子不利に陥ることになった。


「脆い也。其方が死ねば尼子は此の程度か、三郎(晴久)」

毛利元就が一気に躍動し始めます。尼子晴久がいなければ、しかも史実と違って後継者である義久が出雲不在ならば、内部を混乱させつつ自分が優位な状況だけをひたすら創ることが出来る人物です。

大友側も彼のやりたいことを把握してうまく利用しています。尼子の支援がなければ秋月や杉・宗像では大友氏はそもそも対抗できる相手ではないのです。


伊達の状況も色々な要素がからんで史実とは大きく違うものになっています。牧野久仲はこの頃が絶頂期なので、その辣腕を父ともども大いにふるっています。

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― 新着の感想 ―
[一言] 尼子晴久が死んだその隙きを毛利元就が乗じないわけがないですよね。まぁ仮に尼子家中でそれがわかっているものがいても、中心人物としてまとめられるものがいないので、どうあってもこの有様になったでし…
[一言] 道雪出できましたねー。 これは道雪か歩けるようになるフラグですかね?? 今季最強の寒波襲来だとのことです。 お身体にはお気をつけ下さい。
[一言] 元就がそんなに長く戦える訳じゃない、ってのも事実なのがまた…… 史実だとこの頃にはもうちょくちょく体調崩してる頃ですからね 尼子の場合、晴久が嫡男を外に長期間出してたのが痛恨の失敗じゃありま…
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