第258話 天下分け目の榛名山 (上) 戦略的勝敗
昨日投稿したつもりで友人宅で遊んでいたため投稿できませんでした。申し訳ありません。
上野の話が続くので、三人称になります。
上野国 蒼海城
遡って6月。織田弾正忠信長改め織田右少弁信長率いる軍勢は、上野で北条・長尾上杉双方が奪い合ってきた蒼海城に入城した。
4万を超えるその大軍に、上野では動揺が広がった。既にこのタイミングで古河公方の城が北条綱成によって重囲されている。その救援を企図した佐竹義昭は小田城の反乱で小田氏政に城を奪われ、更にこの援軍として結城晴朝・那須高資らが常陸へ進軍した為、佐竹氏は常陸から動けずにいる。そして里見氏に対しては北条氏康が直々に出陣して千葉氏と共に安房へ攻め込んでいる。北条氏による攻勢で、関東には長尾上杉を支援できる勢力はもう存在していないのだ。
信長に早々と連絡をとってきたのは、金山城の城主である由良成繁であった。
「由良の、其方一度は北条についたのでは無かったか?」
信長はあえて怒気を含んだ声を出し、陣までやって来た由良成繁を問いただした。
「某の様な泡沫の領主にとって、義理人情より優先せねばならぬ物が御座います」
「ほぅ、何だ」
答えがわかっていながらあえて信長は問う。
「民を守る事、己が家を繋ぐ事。岩松の殿では出来ぬ事」
「其の為ならば、主君も討つか」
「能無き主に意味は無し。上野は、坂東は力無き者に治められる地には御座いませぬ」
権威が根づく畿内周辺とは違った価値観が坂東こと関八州の武士にはある。鎌倉武士の気風が受け継がれたために生まれた、棟梁を求めるという価値観。そして、
「本領安堵。此れが頂けるなら、某織田の尖兵として奮迅致す所存」
御恩と奉公。この考え方は鎌倉時代の歴史の教科書でその時代の特徴として教えられることだ。
しかしそれは事実ではない。これは関東武士が源頼朝に求めたものであり、そして足利尊氏に求めたものであり、そして今もなおこの関八州の武士が求めるものなのだ。
だからこそ、新しい時代を目指す信長はこれを否定する。
「知らぬ。ならば敵となれ」
「よ、良いのですか?上野が皆敵に回りまするぞ」
予想外の返答だったのか、声が上ずる由良成繁。
「構わぬ。元より全て潰す為に四万五千も連れて来たのだ」
そう。45000。信長はこれだけの兵を連れてきた。もちろん武田に見せるという意味もある。しかしそれ以上に、彼は『関東の解体』を狙っていた。北条が治める地は別にして、関八州に根づく価値観に風穴を開けるために。
「俺の家臣で本貫の地に今も居る者など殆どおらぬ。柴田は遠江に、佐々は南近江に、佐久間も大和に移った。林は若狭だし滝川は伊勢だ。松平は北近江だし、三河武士も加増された地の方が大きくなって次男三男に本貫を任せて皆三河を出て行ったわ。斎藤の家とて同じよ。日根野は越前、腹心の明智は加賀の小松、西美濃の衆も越前や加賀に領地を与えられて嫡男は其の地に移っておる」
絶句する由良成繁に、信長は畳みかける。
「何時迄土地に縛られている?何時迄源に、足利に頼っている?既に源は滅び、足利も京には居ない。古河の足利は其方達を何一つ守れぬ。そして、俺は源にも、足利にもなる気は無いぞ」
正確には源も足利も関東武士にとっては『頼る相手』というより『畿内の影響を受けないための御輿』だ。しかし、関東の棟梁がいなければいけないことを信長は揶揄した。
「もう公方も管領も終わりだ。上野は俺が差配する。文句があるなら今戦え。後になる程味方は減るぞ。今なら長尾がいるのだから」
「ほ、本心に御座いますか」
「無論」
そのまま信長は席を立った。陣幕の外に出るように動く信長を、由良成繁は言葉を失って口を魚のようにパクパクさせながら見送るのだった。
♢♢
上野国 箕輪城
長野氏の居城である箕輪城では、深刻な顔をした男たちが評定を行っていた。
この城の主である長野業正が病で倒れたのだ。長野業正自身は数日で回復したものの、体力的な問題から数日中の出陣は難しいと思われていた。
「敵は既に蒼海城に入っている。周辺に集まった兵だけで凄まじい竃の火の数だぞ」
「川で連日運ばれている物資の量よ」
「其れが円滑に運ばれるのは何とも」
いつ織田軍が攻めてくるのか、そもそも攻められるがままでいいのか。彼らは連日、話し合いを続けていた。
そして話し合いが夕刻にさしかかった頃、上杉平三政実が部屋にやってきた。
「殿、昼過ぎ迄寝続けている余裕はありませぬぞ」
「夜中で無くば敵陣の近くには行けぬ故な」
「ま、まさか敵陣に行かれたので?」
「中々盛大に食糧を配っていた。近づき過ぎて銃で狙われたが」
「な、な、何を!」
「彼れだけの陣容、生涯で一度拝めるか否かぞ。見に行かずして何とする」
一同が呆気にとられる中、政実は楽しそうに酒の壺を開ける。注がれる酒は、越後で最近模造され始めた清酒である。
「渇くな、渇く。見れば見る程、酒では足らぬと思える。この時の為に、我が生涯はあったのではないか」
彼の戦意が全く衰えていないことはその場の人間にとっては希望でもあり、絶望でもあった。既に織田に接触した国人の大半は自らの存亡を長尾上杉に託した。領地替えを受け入れられない、信長の言う旧体制の遺物である。
確実に死戦となる大戦が、幕を開けようとしていた。
♢♢
上野国 蒼海城
7月。信長は莫大な戦費を惜しげもなく使い、急造の砦を複数整備していった。防衛陣地と言い換えてもいいだろう。ひたすら拠点を造り、そしてその拠点と連携する拠点を造っている。危機感を抱いた長尾上杉の兵が出てくれば大軍が動き、火縄銃でこれを撃退する。純粋に物量と火力で押し切るための戦法である。同時に北条氏もこの戦法を模倣する形で古河公方を重包囲し、同時進行で2万の大軍が里見の本拠地・久留里城を攻めている。古河公方足利藤氏は使者に季龍周興を派遣し各地の停戦を狙っているようだが、交渉も包囲の中で行っているため外部の情報が遮断されている。
「長尾は如何だ?」
「上野の国人が領内から根こそぎ兵を集めている様で」
「まぁ、大戦を一度やらねば此の儘だからな」
長尾上杉としては決戦をしなければ状況の打開は難しい。しかし織田としては決戦になって負けても砦群があれば、そして蒼海城があれば立て直せる。現在の越後や上野は農作業や経済活動がほぼ完全にストップしているが、尾張や美濃では作物が手入れされて育ち手工業で物を作り定期市が開かれている。
勝たなければ先がなく、勝ち続けなければ負けの決まる長尾上杉。少々の負けは取り返せる織田。そういう意味では、この決戦は決戦でありながら戦略的な勝敗は既についているという不思議な決戦であった。
長野業正は史実でも1561年に病死しておりますが、秋には上杉分限帳に名前はあるので活動はしていたと思われます。
とはいえあと1年で亡くなるレベルに寿命が近く、長野業正研究で有名な久保田順一氏曰く何かしらの集団感染らしいのですが感染症で亡くなる程度に体力的衰えが見られ始めたという形でこのような展開にしています。
信長得意の砦を造りまくって攻めるスタイル。これ自体は主人公も越前でやっていますので畿内では真新しさはないですが、この戦法は明確な対処方法がないのが厄介なところかなと思います。
この状況をはたして上杉謙信(本作では政実)は突破できるのか、という部分はもう書いてしまったわけですが、上野決戦最後までお付き合いください。




