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第247話 天の援け

全編三人称です。

 甲斐国 躑躅が崎館


 武田大膳大夫晴信は頭を悩ませていた。ここまでなんとか兵を動かさずに上杉と戦わず、北条にも助力せずに凌いできた。しかし、今年はその理由がない。北条からは今年こそ信濃に兵を出してくれと書状が来ている。実際は出兵命令だ。

 馬場信房と飯富おぶ虎昌、そして原虎胤を集めた晴信は、彼らに切り出した。


「長尾(上杉)と戦わず済む術は何か無いか?」

「昨年の如く秋に大風でも来れば口実にも出来ましょうが」


 答えるのは原虎胤。60を過ぎてもなお戦場に立つ猛将である。


「まぁ、今殿が求められる何かは御座いませぬな」

「雪は降りましたが、今は暖かくなり始めている。雪解けが早くなりそうですな」


 虎胤に続くのが嫡男である太郎義信の傅役も務める飯富虎昌。どちらも信虎時代からの重臣である。


「災害では無い方が良いな。織田の隠居が死したるを上手く使えぬか」

「太郎様の御正室に、とは思うておりましたが、其れが難しくなっただけに御座いましょうな」


 武田太郎義信は婚姻相手が定まらず困っていた。生まれた頃は今川義元の娘を、という話もあったが、その娘は現在北条が預かり、次男の彦九郎氏政に嫁いでいる。今川の娘を北条に求めれば駿河への野心と疑われかねないため、晴信もその話を蒸し返すことはしていない。


「太郎の室も決まらぬな。近場に良い相手がおらぬ」

「千葉あたりは北条との関係上悪くないのですが、娘は未だ幼く。結城の娘も同様で」

「常陸の小田は年頃の娘がいない、か。いっそ織田や斎藤の重臣あたりから貰うか?」

「北条よりは宜しいかと」


 晴信が婚姻相手について悩む様子に、傅役の虎昌は穏やかな笑みを浮かべた。あまり親子の会話のない晴信と義信だが、少なくとも家督を継がせる気だとわかるからだ。


「織田の家臣ならば佐久間大学の娘が年頃とか」

「佐久間といえば織田の重臣。大学允の官位も正式に与えられてるとか」


 飯富虎昌と原虎胤が集めた情報を話す。馬場信房も自分が越前で集めた情報を話すことにする。


「斎藤では、宮内大輔の腹心である明智十兵衛の伯父の娘が良き年頃とか」

「宮内大輔か。彼れは恐ろしい。出来れば関わりたくない」


 馬場信房の言葉に、晴信は眉間に皺を寄せる。


「ほう。意外で御座いますな」

「彼れは、何かが違う。我等とも、北条とも、全く違うことわりで動いている様に感じる。気味が悪い」


 晴信は斎藤宮内大輔義龍という男に対し、同じ時代を生きているようには思えない違和感を感じていた。それを明確に自覚したわけではないが、晴信の嫌悪感として表出していた。


「だが、だからこそ懐に何者かを送らねばならぬ」

「実は、先だって越前に向かった者の中に、舌が肥えて莫迦になった者が居りまして」

「愚かな。此処には醤油とやらも無ければ海の魚も居らぬというに」


 馬場信房が連れて行った兵のうち、甲斐に戻っても越前の味が恋しくて食が細くなった者が50名。自らの禄では舌を満足させられないため、文字通り不満を貯め込んでいた。


「其の者等を目晦ましに、胆力の有る者を選べ。真理を嫁に送る」

「宜しいので?」

「土岐の太守の子が居たであろう。同じ源の血を継ぐ者だ」


 斎藤次郎龍頼。その血筋の難しさから、唯一縁談が持ち込まれない状況だった。


「土岐の鷹の絵を継ぐ故、まつりごとには関わらぬそうだな」

「成程。怪しまれにくい、と」

「知りたいのは宮内大輔と其の周辺の為人ひととなり。然れば危ない橋を渡る必要は無い」


 晴信は個人として恐ろしさを感じながらも、斎藤と敵対する気は皆無だった。様々な同盟の要は少し聡い人間なら斎藤であるとすぐわかる。そこと敵対などありえないのだから。


 ♢♢


 2月。例年より気温の高い日が3日続いたある日。

 轟音を立てながら、甲斐側の富士山に積もった一部の雪が雪崩をおこした。

 河口湖には雪崩により大量の雪が流れ込み、湖が溢れた。

 湖の浮島に造られていた川窪寺の屋敷は増えた水によって水没し、骨組みを除いて流されてしまうほどだった。

 日蓮宗の寺が被害に遭ったことと周辺住民に被害が出たため、大膳大夫晴信はこのことを即座に北条に報告した。そして富士山の怒りを鎮めるためと称して出家し、徳栄軒信玄と名乗り家督を若き嫡男太郎義信に譲った。


 ♢♢


 武蔵国 鉢形城


 春。日本各地で戦乱が再び始まる。


 藤田氏の養子となった北条相模守氏康の四男千代丸が入城した鉢形城は、上野の蒼海おうみ城と並んで北条氏の北関東における最重要拠点である。本当は上野に入る予定だった千代丸だが、長尾上杉の攻勢に対するべく蒼海城は五家老衆の多目元忠に任されている。

 そんな鉢形城に、武田からの援軍がやってきた。雪崩で今も混乱が続く中での援軍に、氏康は内心してやられたと感じていた。


「武田太郎(義信)に御座います。此度が初陣なれど、憎き長尾を打ち破る為微力を尽くす所存に御座いまする!」


 援軍500を率いてやって来たのは信玄の嫡男で、今回家督を譲られることとなった武田太郎義信だった。しかも初陣。ここ数年の激戦続きだった武田は、嫡男の初陣の機会を逸していた。


「良くぞ参られた。御助力、忝ない」

「何の、伯母上の最期を看取って頂き、塩等を安く譲って頂いている恩を御返ししたいだけに御座います」


 真面目そうな風貌と言動は信玄の子か疑いたくなるものだ。真っ直ぐすぎて氏康は直視すると眩しい錯覚を受ける程だった。信玄はそんな嫡男の性格も利用しているのがわかるだけに、尚更厄介だと感じていた。


「下野の制圧が此度の目的だ。太郎殿には我等と共に向かって頂きたい」

「必要とあれば先陣もこなす所存。存分に御命じくだされ」

「御言葉感謝致す。然れど今は下野の衆に、道案内を兼ねて先陣を任せておる故御心配めされるな」


 初陣の若き同盟の当主を死地に送る訳にはいかない。しかも災害で被害を受ける中、それでも同盟の役目と送って来た兵だ。いくら武田相手といえども、先陣を任せるなどの行動はできない。

 今回の先陣は佐野豊綱・壬生綱雄・壬生周長・長尾当長(まさなが)・結城明朝ら北関東国人たち。彼らを北条氏尭(うじたか)が率いる。

 第2陣が氏康率いる本隊。後詰を兼ね武蔵で長尾上杉・足利藤氏らの動きを見張り基本的には動かない第3陣が北条綱成・多目元忠らである。総勢37000。この規模を北条は毎年動員しているが、経済力で勝るからこそできることといえる。


「目指すは下野最後の敵地、真岡もおか城ぞ!」


 常陸に近く、川が複数周辺に存在し、天然の曲輪のある真岡城は数年前に大改築がなされた。芳賀高照・高継兄弟が下野を去った後北条相手に劣勢だったことで、宇都宮城が不安定化したためだ。宇都宮の当主が逃げ込む先として、芳賀氏の家督を簒奪した芳賀高定が整備をしていた。長年の下野動乱の中でも唯一長尾上杉方にしか所属していない城である。

 宇都宮城が既に北条方の壬生綱雄の手に落ちている以上、反北条はこの城のみとなっていた。平山城でありながら川を利用した城郭は簡単には落ちない。しかもこの城に少し手間取っていると、常陸から佐竹氏が援軍を送ってくる。佐竹の領地に近いために、より城の攻略難度が上がっている状況だった。


「此度は小田との共同作戦。此れで宇都宮を滅ぼし、下野を奪う」

「長尾(上杉)は如何出ますかな」

「宮内大輔が能登に兵を出している。全軍では来れまい」


 氏康は幻庵宗哲の問いに答えるが、楽観的に見える言葉と裏腹に険しい顔を崩さない。物量で常に圧倒しながら以前奪われた上野の城を奪い返せていないのだ。ある意味で誰よりも長尾上杉の当主・上杉政実を評価しているのが氏康なのだ。


「武田が動けぬ故、能登に彼の男が向かうかもしれんな。宮内大輔の軍は精強だ。だからこそ彼の男の歴戦の用兵が必要であろう。戦の巧みさならば長尾より上やもしれぬからな」

「彼の男か。信州一の槍の猛者」


 大名格でありながら自ら先陣を切ることもある男。60近い年齢でありながら常在戦場を続ける男。

 

 その名を、村上左馬頭義清。

東国情勢。北条優勢なわけですが、手抜きや油断は許されない状況です。

武田の災害は本当に記録が多いわけですが、実際に史実の記録通りだと戦国ゲームの甲斐は成り立たなくなると思います。


史実との変化が大きい信濃は村上義清が健在。結構な兵力を有して次回以降能登戦線にやってきます。

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