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第236話 万人の万人に対する闘争

予約投稿したつもりでできていなかったです。申し訳ありませんでした。

 和泉国 堺


 堺の茶室で、俺と義兄の長慶で茶を頂く。点てるのはもちろん千宗易殿だ。

 御茶請け(俺が頼んだ)と別に目の前に出されたのが今回のお目当ての品、堺銭だ。


「此れが」

「今の堺で造る事が出来る銭です」

「薄いし、文字が潰れているな」

「数を用意して流通させるのが堺の銭。公方様も帝も銭が足らんでも造って下さらぬ故用意しただけですので」


 堺銭はいわゆる私鋳銭、悪銭だ。堺は商業都市のため、貨幣不足によるデフレは最悪の状況だ。だから彼らは最底辺の扱いになるのを理解した上で低質な貨幣を大量につくって流通量を増やしてきた。西は大内・大友から東は北条領まで、この堺銭は『貨幣』として流通している。


「では、若し帝と我等が悪銭とならぬ新しい銭を造ろうとしているとしたら?」

「有り難い事に御座いますな。銭の不足は商いに支障が出ます故」

「ところで、和銅の頃に定められた銭を私鋳した罪人への最高刑は斬刑らしいな」


 義兄が俺と千宗易の会話に爆弾を投げ込んだ。


「堺の町は帝にも三好様にも逆らう事御座いませぬよ」

「そう信じているが、な」


 堺は戦国大名の支配下に入っているわけではない。だが和銅、即ち平城京遷都の時代のものとはいえ、私鋳銭に関する罰は詔で定められている。無効化を誰かが宣言したわけでもないので、屁理屈の領域ではあるが私鋳銭を理由に堺に圧力をかける手段は存在するのだ。


「となると、皆様が今進めておられる件、御協力致すのが我等堺のなす可き責務となりましょうな」

「河内の鋳物師《いもじ》、集められますか?」

「納屋と天王寺屋にも聞かねば何とも。只、時勢の読めぬ御方では御座いませぬ故」


 納屋今井宗久。武野紹鷗の娘婿であり、堺随一の豪商の1人。天王寺屋津田宗及。本願寺との交流も深い堺南部の豪商。これに千宗易の魚屋と山上宗璧の薩摩屋などが加わる。


「鋳物師が集まったら、当家で進めていた此れを使って鋳型を造って貰いたい」

「此れは、鋼、で御座いますか?」

「ええ。美濃で作った鋼です」


 金生山で採れる鉄を使った高炉製の鋼、その試作品だ。ついに試作して塊にして出すところまできた。まだまだ最適な条件を出すための試行錯誤は必要だが、転炉も小規模では成功したので、完成まであと2年ほどといったところだろう。問題は大規模な銑鉄の運搬だが、とりあえずは高炉と転炉の距離を近くしつつ温度を下げない様に道を造って転炉まで流し込むしかないだろう。事故が怖いのである程度離す必要はあるので、いっそ鍋のような容器に銑鉄を入れてコロを敷いて緩やかな斜面で運ぶか。まだまだ色々とやってみないといけないことはありそうだ。


「鋼で、鋳型を造る、と?」

「ああ。そして、其処に溶かした素材を流し込む」


 貨幣に使われる錫・鉛・銅のうち、最も融点の高い銅は1085度。鉄の融点は1538度。鋼の融点は前後するらしいが、銅よりも確実に高い。この差で鋳型(この場合金型になるはず)を冷やしつつ貨幣の鋳造を進めればいい。鋳物師の使う鋳型は粘土や砂などを使うらしく、使えば使う程摩耗して文字が潰れたりサイズが変化したりする。鋼の金型であればそれも防げるだろうという計算だ。


「明延の山から錫は採れていませぬか?」

「弾正忠様から依頼を受け、堺衆の知る山師を皆向かわせておりますが、今の所は」


 最初、信長が但馬の鉱山を確保したと聞いて俺はてっきりこれで錫も手に入ると思っていた。鉱物見本で明延鉱山といえば代表格の1つだし。ところが信長は銀と銅しか採れていないと言う。錫も出るはずといって探してもらっているのだが、現状では見つかっていない。錫が手に入ると色々と捗るので頑張ってほしい。1度でも行ったことがあれば多少なりとも助言なり出来るのだが、現状は平安時代に開山した明延鉱山は昔錫もあったらしいよという偽造書物の内容から探してもらっている状態だ。これに目途が立てば貨幣から先に手を付けられるのだが。兌換用の金を貯めている最中の紙幣より先に。悪銭を溶かしてひとまずはやっていくしかないのかもしれない。


「とはいえ、但馬を使うには播磨が安定せねばなりませぬか。一事を進めるには幾つもの事を進めねばな。面倒な」

「安心致せ、義弟殿。何とか別所の主要な城は囲った。宇喜多にも罰として兵を出させたかったが、戻ってきた浦上の一門が城を奪って立て籠もっている。宇喜多は当分使えぬ」

「米が必要なら何時でも仰って下さい。紀伊を廻る船を出せます故」

「雑賀を雇った故、兵も十分。雪も幸い此方までは降らずに済んでいる。心配は無用だ」


 史実雑賀と違い、今の雑賀衆は大規模な鉄砲軍団ではない。どうやら硝石が集まらないらしく、狙撃手のいる傭兵集団といった存在だ。恐らく史実ほど恐ろしい存在にはならないだろう。雑賀孫一が怖いなら、雑賀孫一に鉄砲を持たせなければ良い、ということだ。


 ♢


 越前国 安居《あご》城


 年末。雪に閉ざされた新しく整備が進む福井に、武田氏の家臣・馬場信房がわざわざやってきた。

 丁重に包まれた壺から、塩漬けされた朝倉景鏡の首が出される。


「信濃より長尾を頼らんと我等が領内を抜けようとしていた所を見つけ、討ち果たしまして御座いまする」

「御足労頂き感謝致す。雪が融けるまで、暫し滞在されるが宜しい」

「忝い」


 馬場殿から首を受け取り、冬の間過ごしてもらう屋敷に案内する。結構な人数で来たな。朝倉残党が取り戻しに来るかもしれないということだったので仕方ないと言えば仕方ないが。



 そして翌日、呼んでいた文《あや》姫と朝倉龍景、そして朝倉家臣の前で首を見せる。全員が一致してこれを景鏡の首だと断言した。剃髪していて俺には判別がつかなかったが(そんな至近距離で会った事もないし)、彼らはかなり恨みの深そうな目で首を見ていた。龍景が、そして文姫が口を開く。


「此の、此の男が居なければ、我等は」

「戯けた事を申されますな。全ては我等が招いた事」

「しかし、文」

「其れに、恨みだけでは、目が曇ります。御爺様も常々そう仰っておられました」

「そう、だな。我等は、此の男に拘り続けてはならぬのだな。其れに、結局先に滅んだのは此の男だ」


 まぁ、恨みの根っこを考えるとうちへの恨みになりかねないので、文姫の言葉はありがたい。


「今は斎藤の下で朝倉を如何に繁栄させるか、が肝要か」


 来春からは朝倉の兵が能登に投入される予定だ。治水事業のおかげで朝倉の石高もそれなりになったので、2500ほどは動員できるはずだ。畠山からも能登の一部を譲り受ける許可を得ているので、内乱が終わり次第朝倉に渡す予定だ。


「何故人は争うのでしょう。戯けた御話」


 ぽつりと文姫が呟いた。無意識にでたようだ。しかし人は何故争うか、か。思い出すのは高校の政治経済で習ったトマス・ホッブズの言葉だ。


「例えば、だが。この日ノ本に住む全ての者が絹の服を着る事は出来ない」

「絹は高う御座いますからな。美濃でも少しずつ育てているとは伺いましたが」


 龍景が俺の言葉に続く。


「絹が欲しい者は其の少ない絹を得る可く金を稼ぐ。此れも争いだ」

「商人が少ない絹を得る為に買い集めるのも争い、となりますか」

「そうなるな」


 やはりこの龍景、かしこい。史実では朝倉を滅ぼした暗君扱い(俺の知る限りだが)みたいだが、頭の回転はかなり早い。経験さえ積めば相当の人物になれるだろう。


「故に、生きる限り争いは避けられない。米でさえ食えずに、稗や粟だけで過ごす者も居るのだから」


 その場にいる人間の過半数がようやく俺の言いたい事を理解したような表情となる。商売に例えるのはイマイチだったか。十兵衛とかすぐに理解してくれたのだが、やはり代々の名家ほどこういう例えには反応が鈍い。


「だから、万人は常に争う。只生きるだけでも、争いは無くならぬ。だからこそ、此の争いを血を流す物にしない為に強い国をつくらねばならぬのだ」


 このあたりはあくまで俺の考えだが、万人の自然権を守るためには強い政府をつくるというのが戦国時代の正解だろう。だからこそ、朝倉景鏡のような他者を犠牲にしたり自分が生き残るために他者を裏切ったりする人間はもう必要ないのだ。

少しずつ進んでいる製鉄環境。その一端が今回見える形の話です。

貨幣と紙幣関係は今後もちょっとずつ色々と進んで行く予定です。

ちなみに、明延鉱山で錫が発見されたのは1909年です。鉱脈の途中から繋がっているらしいので、山肌から錫を探している現状ではまだ見つからないです。


そして来春から朝倉家臣も能登方面へ再編した部隊で参戦していきます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >錫・鉛・銅のうち、最も融点の低い銅は1085度。 日本語も変ですが、融点が最も高いの誤りです
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