第233話 戦なき争い(上)
久し振りの木曜投稿。何とか週2ペースに戻したいところです。
甲斐国 躑躅ヶ崎館
上杉が斎藤に局地戦とはいえ勝利し、能登で内乱が勃発したことが甲斐に伝わった頃から、朝倉景鏡は連日表現しようのない恐怖にとらわれ続けていた。彼自身は警備の兵の様子や空気感から何かを感じていたが、その理由まではわからない。そのため益々不安を強くし、時には牢から出る方法を模索する動きも見せていた。
そして、運命の日が訪れた。武田大膳大夫晴信が屈強な男を数人連れて牢を訪れたのだ。その瞬間、景鏡は全てを察した。
「嫌だ、未だ斎藤に、織田に何も出来ていない!」
「ならば良かったな。其方の首が、織田や斎藤を晦ます切り札になるぞ」
「何故だ!此処まで間違えずに逃げ延びたのに、何故、何故!」
その瞬間、牢の中に入ってきた男2人に羽交い締めにされる景鏡。そんな景鏡に、大膳大夫晴信は冷たく言い放った。
「なれば、其方の命は如何足掻いても此処が終わりであったという事よ」
景鏡が何かを言い返す前に、彼の首と胴は永遠の別れを迎えた。
朝倉式部景鏡。数えで享年33。
「斎藤に届けよ。此れで当分朝倉の残党探しを名目に長尾と戦せずに済む」
その死は、大国に挟まれた武田の都合に使われただけであった。
♢♢
加賀国 金沢
織田や三好の意見を聞くため、畠山当主らを京に派遣した。その間、俺は遊佐が確保した形になっている能登の末森城を支援しつつ、当初の予定通り加賀の安定化のため色々と動き回った。白山に出向いて再建の追加支援を約束したり、本願寺一揆勢を約束通り石山に向かわせる手続きを進めたり。これらに加えて越中との国境である倶利伽羅峠周辺の警備体制をつくる必要もあり、連れてきた文官武官も大忙しだった。代休は冬になるな。労働環境の悪化だけは避けたいところだ。
気づけば季節は残暑の候。しかし暑いといえる日は少なかった。やはり冷夏なのか、米の生育も良くはない。寒さに強い品種でなかったら収穫できなかったかもしれない。長尾(上杉)も越中から出てこないので、文字通り膠着状態となっていた。
そしてそんな季節に畠山当主一行が戻ってきた。松永弾正と信長が信頼する池田恒興を連れて。
「如何した、弾正と紀伊守」
「宮内大輔様に、至急京に御越し頂きたく参った次第」
「畠山の事か?此方も加賀の安定化や長尾相手の守りを固めねばならないのだが」
「赤松が厄介な事になっておりまして」
「赤松?」
「宇喜多が」
よし、わかった。絶対面倒くさいやつだなこれ。
♢
山城国 京
赤松が3つに分裂していた。当主の赤松晴政が息子の赤松義祐と不仲となり、晴政が身の危険を感じて龍野へ逃げ込んだのだ。義祐は小寺に支持されて当主になろうとしたが、晴政を保護する龍野の赤松政秀は当主健在を主張。そしてこれに当初静観していた宇喜多直家が、佐用赤松の当主・赤松政元の次男である赤松政範を担ぎだしたので混乱が更に加速したそうだ。
赤松義祐としては、正室が亡き細川晴元の娘であることから反三好の別所氏と決別し三好との融和姿勢を見せたいらしい。そのため三好に協力して動こうとした。
そんな次期当主に対し小寺・黒田の勢力拡大と別所が討伐された後、播磨に三好の勢力圏が確立するのを恐れる現当主の赤松晴政。両者が対立し始めた段階で、三好に対し惣無事を理由に訴えを正当な手続きでおこしたのが宇喜多直家という形だ。
「すまぬな義兄上。能登が忙しいのに」
「構わんよ信長。此れも間違えれば大事になる」
大津で出迎えてくれた信長とその脇に控える木下藤吉郎と共に京に入る。京では三好の義兄が待っており、まず最初に状況確認が3人のみで行われた。訴状を読み上げるのは信長の文官で若手のホープらしい村井という男だ。村井貞勝かな、ゲームで見たことがある。
「赤松当主と若殿は既に書状に連名とする状況なのだな?」
「はっ。証として宇喜多から所領の安堵状が提出されております」
その安堵状は確かに父の晴政と息子の義祐の連名で署名がされていた。つまり、実質的に両者とも既に当主として活動をしていたといえる。
「で、宇喜多は何故2人ではなく佐用殿(赤松政範)を?」
「備前が何方かに付けば優劣が生まれ、争いになると。其れは惣無事に反する故、結局は赤松の取り潰しとなり、本意ではないと」
「其れが何故佐用殿に繋がるので?」
「三つに分かれれば互いに手を出せぬ故と。其れに、自分が何方が正しいかを決める様で畏れ多い、と」
厄介なのが、最も手続き上正しいのが宇喜多直家という点だろう。息子の義祐を支援する小寺も、事態が急速に動きすぎて訴状を俺に出すに出せなかった。なにより、三好との共同出兵を準備していた小寺の重臣・黒田はそちらにかかりきりだったのだ。
宇喜多直家は信用できない。俺の見立てを信長と義兄殿に伝える。
「宇喜多の真意は赤松を分裂させ、実質的な独立でしょう」
「義兄上の言う通りだな。彼れは多弁過ぎて逆に為人が見えぬ」
信長が大いに頷く。
「野心が見える時もある。が、時折だけ。周到に隠しているだろう、本来は」
義兄の長慶は直家に接する機会も多い。まだ若い直家の様子から気づいた部分があるのだろう。
「だが、此度は難しい。当主と若当主で分かれるとなると、御成敗式目では幕府に従う者を正しいとしたが」
「御成敗式目を是とするは危険ぞ、筑前守(長慶)殿」
「そう。幕府無き天下を治めるべく我等がいるのに、其の我等が過度に式目を大事とするのは良くない」
御成敗式目の第17条には、親子が対立した場合に関する規定がある。だが、これは朝廷側と幕府側に分かれた時という承久の乱を基につくられたものだ。父親の赤松晴政はこちらに不信感もあるようだが、明確に敵対した事はない。それに、幕府はもうないのだ。御成敗式目を理由にして裁くのは幕府を肯定することになり、幕府待望論などを生む危険がある。新しい形を用意できれば良かったのだが、その作業中にこういう状況が生まれてしまったわけだ。
「播磨守護には最後父親の左京大夫(晴政)殿が任じられていましたな」
「しかし義弟よ。小寺も此れまでの功で播磨介を与えられていた筈。帝の御立場で言えば介を従える息子が正当ぞ」
尼子・陶連合軍との合戦で活躍していた黒田の上司ということで、小寺政職は現在播磨介。そこまで上位の官職とは言えないが、正当性という意味では大きい官職といえる。
「やはり三名を招集して話を聞く他無しかな」
「筑前守殿の申す通りだな。言い分も聞いて決める他あるまい」
事前に大まかに意見をまとめてしまう方が楽なのだが、結論ありきにするには状況が複雑すぎる。
嫌々ながら俺も含め3人の連名で赤松晴政・赤松政秀と赤松義祐・小寺政職、赤松政範・宇喜多直家を集めることとなった。
♢
何故か俺が真ん中に座り、両隣に信長と義兄長慶がいる状態で全員への聞き取りが始まった。
呼んだメンバーのうち、小寺は対別所で出陣していることを理由に黒田を派遣してきた。本来なら黒田が軍の指揮をしているはずだが、今回の話し合いの重要性を黒田が理解している、ということだろう。
全体を見渡し、順番に話を聞くことやこちらの許可なく話し始めない事を求める。ごちゃごちゃした罵り合いになれば事実が見えなくなる。
俺が最初に発言を求めたのは当主の赤松晴政。当主であり、事の発端はこの人物だ。
「儂は此の儘では我が子に殺されると思った。置塩にいれば何時襲われても逃げられぬ。家臣も多くは三好を頼るべしと言うし」
最近の畿内情勢に関心が高い家臣は軒並み若当主の味方らしい。続いて今にも反論したげだったが黒田に必死に抑えられていた息子の赤松義祐が口を開く。
「抑々昨今の情勢を鑑みれば、畿内と共に歩むは必然と言えましょう。織田様と斎藤様の武力と豊かな国には誰も敵いませぬ」
「だが、何故父が城を出た時我等に伝えなかった?」
「別所攻めの為、加古川に陣を張っておりまして。父の出奔を知るのが遅れたので御座います」
必死の形相で自分の潔白を訴える義祐。そしてその様子を横目で真剣に見える眼差しで見つめる宇喜多直家。
嫌な雰囲気だ。前回会った時よりほんの少しだが視線に粘っこさを感じる。
朝倉景鏡退場。武田晴信とでは器が違いました。晴信の言う通り、歴史が変わったことで景鏡はこれ以上生きる道はどこにもなかったということになります。
そして赤松の分裂。史実でも親子で揉めるのが赤松なのですが、宇喜多という劇薬が赤松内部にいるために盛大に揉める事に。というわけで、裁判というか仲裁というかそういったもので次回は宇喜多と対峙します。




