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第224話 檄文

最後だけ♢♢以降3人称です。

 山城国 粟田口


 細川晴元は許されなかった。

 一部には幕府の要職を務めた人物だから剃髪させて幽閉するのが良いという意見もあったが、幕府なき時代を示すためにも討つべきとなった。最後にその主張をしたのが、意外にも三好の義兄殿だったのは後世に伝えてもいいだろう。


 粟田口に処刑場があるため、晴元の打ち首はここで行われた。

 俺としては人を殺す現場とか居たくないのだが、管領の最期を見届けるのも仕事と言われてしまうと断りきれない。憂鬱な中での参加だった。これが終われば冬で美濃に戻れるのも俺のモチベーションをギリギリで保たせてくれた。帰ったらお満の胸で存分に癒されてやる。


 晴元は縄で縛られて刑場に連れて来られるまでずっと何かをブツブツと呟いていた。あぐらでゴザの上に座ったところで呟くのを突然やめたが、正直気でも触れたのかと眉をひそめてしまった。


「筑前守(長慶)、息災か」


 晴元が良く通る声で叫んだ。今まで聞いたことのない大きな声に、俺の隣にいて呼ばれた義兄殿も驚いていた。


「其方を見誤ったが我が不明か。幕府無き今は道無き道を歩くが如しぞ」


 晴元は義兄にだけ語りかける。義兄はじっと目を閉じ、黙っている。


「我が天命は尽きた。然れど其方の天命は尽きぬ。其の天命を生かす道を選べ」


 義兄は最後まで一言も発さなかった。義兄の後ろにいた松永弾正が「宜しいでしょうか?」と尋ねたのに、小さく頷いただけだった。

 義兄の反対の信長の側に中腰で歩み寄った松永弾正が信長の側にいた池田恒興に「御願い致す」と伝えると、池田は信長を見上げる。あごを振って早くやれといった仕草の信長を見た上で池田は「始めよ」と叫んだ。

 晴元はなおも何かを言おうとしていたようだが、その前に執行人の刀が彼の首に振り下ろされた。綺麗に頭と胴が分かたれ、頭が地面に2,3度転がると鮮血が胴側の首から湧き出した。テレビドラマなんかで見る程勢いがなかったのは頸動脈を綺麗に切ったからだろう。ホースの出口付近を軽く抑えると水流が強くなるのと一緒だ。なんて冷静に見られたのもある意味現実感がなかったからだろう。普通あそこまで綺麗に首が切れないだろうし。達人だな。


「管領だった男の死にざまが無様というのもな。せめてもと思って呼んでおいた」


 義兄がそう言うのでよく見ると、そこで刀をしまうべく手入れをしていたのは以前木沢長政の乱の終わりに会った柳生の者だった。成程。


「首は晒さぬ。早々に焼く」

「体が残っていると又動き出しそうだしな」

「確かに、執着も未練も強いでしょうから」


 燃料の都合もあって、この時代あまり火葬はしない地域も多い。特に戦場で多数の死者が出た場合、死体の処理が追いつかないので土葬で済ませることが多い。俺としては衛生面を考えれば火葬したいのだが、このあたりは今後の宿題の1つだ。


 刑場の一角に穴が掘られており、穴の中に手早く燃料と共に彼の体が運び込まれた。油がまかれ、火が付く。黒い煙が上空に上るのを見ながら、姿をくらませた朝倉景鏡と細川晴元の息子たちについて俺はなんとなく考えていたのだった。


 ♢


 山城国 京


 細川晴元の火葬が終わった翌日。

 高野山と根来寺から使者が来た。美濃に帰る準備をしていた俺としてはとても嫌だったが、会わないわけにもいかない。

 信長と義兄と3人で応対した。


「前管領の討伐、祝着至極に御座います」


 根来寺の代表は亡き遊佐長教の弟である松坊。高野山は祐尊という僧を派遣してきた。一通りの祝辞やらお世辞やら色々と聞かされた後、本題を急かす。


「何用か?」

「畿内の戦乱の芽は残り僅かに御座います」

「そうだな」


 その1つは君たちだぞ、というのは流石に彼らなら理解しているか。


「寺領平穏を御守り頂け、本願寺が武を抱えぬならば、我等も修行の道に帰りたく」

「本気か?」


 僧兵を手放す気があると自分たちから言って来るとは思わなかった。


「火縄は宮内大輔様の物に及びませぬが、手練れ多く皆様の天下泰平に尽力させて頂きたく」

「山も三好・斎藤・織田の皆様に御力添えしたく」


 高野山も無理に争う気はないらしい。だが、高野山には畠山高政の子供と弟が逃げ込んでいることを義兄は把握している。


「高野山には畠山の方々が逃げ込んでおりましたな、確か」

「山にも多くの院がありますれば、誰が居るか迄把握はしておりませぬ」


 はたしてとぼけているのか、本当に知らされていないのか。とはいえ反応自体は想定の範囲内だ。


「内内に調べて頂きたく」

「畏まりました。諸寺に連絡致しましょう」

「其れと、根来の皆様は歓迎致しましょう。世俗の物で申し訳ないが、可能な限り禄等で報いさせて頂きまする」


 松坊はほっとした様子でこちらに頭を下げる。


「天下万民の安寧の為、精進させて頂きまする」


 その日は終始和やかに終わった。だが高野山側に透けて見える『自分たちは侵されない』という傲慢さは信長にも義兄にも鼻についたようだった。穏便に終わればいいのだけれど、ね。


 ♢♢


 紀伊国 熊野


 顔の半分が爛れた男が山道を降りていた。息は荒く、ほぼ休みなく歩き続けたことがわかる。その後ろには10歳に満たない男の子をおぶった男含む10名ほどの集団。

 朝倉景鏡と細川晴元の遺児を抱えた晴元の家臣たちである。


「式部(景鏡)殿、急ぎ過ぎでは?」

「大和迄は貴殿の伝手で何とか出来たが、此処からは織田の力が強く及ぶ。人相が知られていては困るのだ、畠山殿」


 景鏡は剃髪し網代笠を被っている。身形は完全に熊野の山道を案内する僧である。

 畠山尚誠ら細川晴元に従っていた総州畠山氏の面々からすれば、一番人相が知られそうなのは景鏡なのだが、間一髪で生き延びたのは景鏡に従ったからという事情もあり、彼らは文句を口に出さなかった。


「熊野より船で駿河に出る。其処から様子を見て上野の上杉に向かうか、戦乱続く信濃に紛れるか」

「畿内とは此れで今生の別れになりかねませぬな」


 畠山尚誠はため息をつくが、三好との戦などで領地を失い没落したのは間違いなく彼らの見る目のなさが故である。


「此処を生き延びれば必ず戻れる、と先ずは念ずる事よ」

「御仏も名家を蔑ろにしないで頂きたいがな」


 景鏡の手には細川晴元が準備していた書状が4つ。上杉に織田や三好、斎藤を討てと幕府として命じ、関東管領職と計11か国にも及ぶ守護職を与える檄文。古河公方に将軍就任を依頼する書状。そして。


「此れがあれば、彼の男から越前は奪い返せる筈だ」


 残り2つの1つには、武田大膳大夫晴信を宛名とした書状が含まれていた。

細川晴元、死亡。

最期まで生き足掻く姿勢を貫きつつ、散っていきました。

そして少し前に動いていた根来寺とともに高野山も接触開始。史実でも敗れた畠山高政の一族が逃げ込んだ高野山。今回も不可侵の名の下で動いております。今後は高野山と主人公たちの交渉次第となるでしょう。

そして逃げる朝倉景鏡。どこまで行くのか、何をするのか、それは景鏡が生き残る選択肢だけを選ぶので何とも言えません。

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― 新着の感想 ―
細川晴元、本作の戦乱の世の元凶の一角にして主人公が頼みの幕府を潰すのを予見しながらも、最期の言葉は因縁ある三好長慶に向けるのみ。つくづく物語の主人公でも歴史の脇役でしかない斎藤義龍の姿に無情感を覚える…
[気になる点] 朝倉景鏡 [一言] 逃がし続けるのもしつこく感じる 晴元もようやく退場したが、逃げ続けさせるのも冗長に過ぎる
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