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第203話 歴史がもたらす難敵 その2 二者択一の如来

 美濃国 稲葉山城


 梅雨に入る直前、京より一報が届いた。やって来たのは松永久秀。報告兼ねて我が斎藤と協力したいということらしい。


「延暦寺の僧兵と三井寺の僧兵、そして管領の兵が坂本で激突した、か」

「六角に焼かれた坂本が更なる被害で、町の中心は焼野原で御座いました」


 もともと、延暦寺と三井寺は仲が悪い。同じ天台宗ながら派閥が違うらしく、昔から焼き焼かれし合っている。そんな両寺院の何度目か分からない対立が続く中、幕府と良好な関係をもつ三井寺側が管領細川晴元に唆されて僧兵を動員し坂本に向かった。これに激怒した延暦寺の覚永大僧正は比叡山中の僧兵4000近くを坂本に集結させ対決姿勢をとったそうだ。そして両者が睨み合う地に管領が兵を率いて現れ、三井寺側がその助力で勝利したそうだ。


「比叡山を守れるだけの力は残っているのか?」

「三井寺も相当な被害だった様で、追撃はなく山奥に逃げ込んだ比叡山の者たちは無事だとか。とは言えもう大名に逆らう力は無いでしょう」


 結果的に比叡山延暦寺という不確定要素の強い戦力を排除できた管領だったが、比叡山延暦寺は座主の応胤おういん法親王の名で六角・細川晴元の討伐を依頼する檄文を飛ばした。以前の焼き討ちもあって両者がひとまとめに『仏敵』呼ばわりされることとなったわけだ。


「織田には此の事はもう?」

「既に近江に居た織田の大殿には御伝え致しました。早速動くとの事に御座います!」


 近江介信秀殿は早速強力な大義名分を得たと動き出したらしい。信長に早馬を出したらしく、伊勢に18000を率いて入った信長を動かす気なのだろう。


「しかし、其方は此処に来て大丈夫なのか?」

「長宗我部や小寺を動かせたので、摂津と阿波が一息つけたのが大きゅう御座いますな。御心配頂き恐悦至極に御座います!」


 久秀は相変わらずブンブンと振られた尻尾を幻視してしまう雰囲気をもっている。年上なんだぜ、この人。信じられる?


「しかし、兵は居ても金が足りず。重ね重ね苦しゅう御座いまするが」

「証文か。此度は幾らだ?」

「足軽へ米を渡す為、米の現物があれば有り難く」

「安心しろ、米なら売る程ある」

「では八千石ばかり」

「多いな」

「四国の兵を摂津に上げました故、彼等の分が含まれておりまする」


 こうして定期的に銭を流しているために畿内のデフレが深刻にならずに済んでいるわけだが。

 証文の中身を確認する。そこには「京での神職商売自由」が、そして「安居あんごの頭役」に任ずるという大山崎の書状が添えられていた。


「此れは?」

「大山崎より、宮内大輔様にと」


 大山崎の油座は石清水八幡宮と密接に結びついている油の元締めだ。以前施餓鬼でも世話になったが、幕府との関係を利用して油の売買で独占的立場を築いてきた座といえる。ところが現在幕府は六角の影響下にあり、治安維持から徴税まで様々な幕府のやるべき事が滞っている。このあおりを受けたのが大山崎で、幕府の公認で京の油市場を独占していたのに、幕府が混乱して収入が入らない状況になっているのだ。


 そんな困窮する石清水八幡宮だが、7月に行われている安居会あんごえという独特のお祭りをしている。この安居会の費用を集める責任者が頭役だ。こう書くとお金を集める役では出費ばかりに見えるが、実際は真逆だ。頭役は費用をつくるために関銭などを免除される特権をもち、金融業などでかなり儲けているのだ。更に言うとこの安居会、鎌倉幕府初代の源頼朝の支援によって安定的に行われるようになったものなので武家としての名誉が大きい。まぁ斎藤氏は藤原北家から分かれた(実は富樫とルーツは一緒らしい。最近富樫泰俊殿家臣の山川やまごう某が教えてくれた)武家なので源氏ではないのだが、母の深芳野みよしのが一色出身で一色は源氏なので名誉は名誉といえる。


「つまり、遠回しに山城・摂津・和泉・河内での関銭免除という事か」

「左様に御座いまする。我が殿が八幡宮と話をし、纏めまして御座います」


 これでうちの商売は実質畿内で免税されるわけだ。なんというか、関税自主権の喪失に近い。不平等条約を三好におしつけたと考えると、いかに今回の申し出が大きいかわかるだろうか。


「其れと、石清水より提案が」

「ほう」

「祠官家の田中が、嗣子産まれず跡継ぎ不在にて斎藤御一族より養子を頂きたいと」


 祠官はつまり神主だが、石清水八幡宮の神主をうちで出さないか、ということになる。田中教清という当代に子供がいないのだそうだ。一族の東竹家から出すという話もあるそうだが、そうすると東竹家の跡継ぎがいなくなってしまうらしい。


「では今揖斐(いび)の華厳寺で修行している我が弟は如何でしょう?」

「宮内大輔様の弟君という事は、貞覚じょうかく様で御座いますね?」

「あぁ。天台宗が是非にというのでな」


 俺の弟は2人出家している。これは父道三の方針で、祖父正利の世話になった日運様という御坊様のいた常在寺を継がせる為に日饒にちじょうが日蓮宗に入った。そしてもう1人も日蓮宗で世話になるところを、天台宗が是非にということで揖斐の華厳寺に貞覚を入れたのだ。宗教面でも美濃を支配したい父の思惑がこのあたりに強く出ている。

 石清水八幡宮と比叡山延暦寺はいわゆる神仏習合で密接な結びつきがある。出すならここから、と考えたのだ。


「大変良いかと。可能であれば宮内大輔様の御子を一人天台宗に入れて頂ければ」

「うーん、息子の信仰は自由であって欲しいのだが」

「?」


 まぁ、お満が次男子を産んだら考えよう。今のところ彼女との子供は男2女3だし。

 あまり家督争いとか起きる要素がない方が嬉しいのだけれど、歴史上枚挙に暇がないわけで。というかうち史実で家督争いが起きた可能性高いし。

 1人は出家というのもアリなのかもしれない。徳川家ですら家督争いがあったのだから、うちで起きないなどと楽観はできない。ここは俺のアドバンテージである歴史に学ばないといけない。


 ♢


 姉小路氏の事や摂津・堺に逃げた公家の話で山科言継様が美濃に来た。相変わらずの日焼けした顔は元気そのものだが、話す内容は景気のよくない話が多い。


「三条の娘も御身危うしと思うてな、此方に連れて来た」

「忝い。嫁入り前とはいえ、今は安全を第一とすべき事態に御座います」

「三井寺と延暦寺が争い始めたら京を焼くのも畏れぬ故な」


 三条の娘さんはこんな形でうちに来たくはなかっただろうが、婚約しているとなれば管領が何をするかわからない。今までは六角が中立を標榜する証としてきちんと邸宅を守っていたらしいが、情勢の変化で屋敷も危ういとのことで六角側から山科様に連絡が入ったそうだ。


「左京大夫(六角義賢)はまだ和睦を諦めておらぬが、もう無理であろう」

「管領は無理矢理三井寺と延暦寺を巻き込むことで六角を自らに肩入れせざるを得なくした」

「其れが実態よな。だが六角内部にも管領と共に戦うべしという輩が多過ぎた」

「山岡・三雲・蒲生らですな」

「後藤・進藤の両藤が説いても聞かぬ輩故な。幕府と近い領主が多過ぎるのよ」


 山岡氏など、幕府と六角氏に両属している国人領主が相当数いる六角ではどうしても管領の意見に引っ張られやすい。管領代だった亡き六角定頼ほどの人物ならばそれも何とかできただろうが、代替わり後不安定な周辺情勢の続く左京大夫義賢殿では厳しいだろう。伊勢で織田が活発に動いているのもあり、伊勢と関わりの深い蒲生氏や伊賀甲賀と交流の深い三雲氏も反織田に動くのも無理はない。


「関氏が織田を敵視している以上、娘を嫁がせた蒲生が敵対するのは避けられませぬか」

「此の儘いけば左京大夫は伊勢の為に織田と戦う事になろう。三好と筒井は河内に兵を集めつつあるし、愈愈いよいよ畿内の東西で大戦おおいくさになりそうよな」


 信長は大河内おかわち御所方面に九鬼・木造と庶兄の織田信広を残し、14000で北上し長野氏と合流したそうだ。一方近江介信秀殿は管領と波多野晴通・そして高島七頭が率いる琵琶湖西岸からの兵8000に対応すべく近江・若狭の兵を動員した。観音寺に攻め込まれないよう先手を打って来たようだ。丹後の一色が丹波向けに兵を動員しているらしいが丹波は守れると判断しているらしい。


「其方も動くのか?」

「事此処に至れば仕方ないかと。美濃で動かせる兵8000を尾張から桑名に向かわせます」

「名将にして名医にして名君。其方は何故公方に産まれなんだか」

「公方様の方が俺より身動きが取れなさそうですが」

「違い無い」


 肩をすくめる山科様。「武運を」と言って渡した献金を懐にしまうと用意した宴会の部屋に向かっていった。貰うものはきっちり貰っていくあたり流石の一言である。




 ちなみに、初めて会った三条の御姫様に俺の嫡男・新九郎龍和はすっかり舞い上がっていた。話しかけると上品な返事がくるのにすっかりメロメロになっていた。どもりながらも相手が笑えば顔を真っ赤にしていて、童貞丸出しどころか全く女慣れしていないのがバレバレだった。

 お満の人見知りな部分を女性相手に受け継いでいたらしく、これまで親族以外とまともに話してこなかったのが響いた形だ。相手が嫌がる素振りもないし、女性陣も大丈夫と言っているのでとりあえず様子見だが、ハニトラ対策を子供たちにもしておくべきなのだろうか、と本気で悩む出来事だった。

三井寺と比叡山の対立を管領がうまく利用した形。六角氏は国人の影響力が強い分こういう外圧に意思決定を左右されやすいのが欠点だなと感じます。


貞覚は史実での日覚です。本来なら彼も日蓮宗系なのですが、主人公の行動の結果天台宗への影響力が増しているのでこういう結果に。

嫡男の婚約相手も美濃に来て、主人公も次話から伊勢に入る事になります。

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