第201話 管領戦隊ホソカワジャー
全編三人称です。
山城国 堂ノ庭城
丹波・山城国境にある堂ノ庭城。ここに管領・細川晴元は滞在していた。
連日のように京を押さえる六角氏と話し合っていたが、管領本人の入京は『ある条件』を受け容れない限り許されないと六角左京大夫義賢から提示されていた。それは管領の隠居と幕臣・細川藤賢への家督継承だった。
細川藤賢は8年前の戦乱で死んだ細川氏綱の弟で、一応細川典厩家を兄から継いで幕臣として将軍足利義輝に仕えている。彼は氏綱を殺すよう命じた晴元にもつけず、三好の配下にもつきたくないために将軍の側にずっと仕え続けていた。六角氏はそんな彼に目をつけたのである。
左京大夫義賢も今回の京出兵には考えがあった。その最大の一手がこの犬猿の仲といえる典厩家・京兆家の合体であった。典厩家の当主藤賢を京兆家当主晴元の養子とし、両家の統一当主にして晴元の勢力を大人しくさせる。晴元個人を信用せず敵対している三好氏も、彼が当主を降りれば和睦しやすい。そんな考えあっての行動であった。
しかし、交渉が続く中で六角・管領が得たのは阿波守護家の細川持隆が管領就任を宣言したという情報だった。細川持隆は血筋的に管領の晴元の従弟であり、管領になることは十分可能な血筋だ。彼を三好が担ぎ上げたとなると、左京大夫義賢が考えた和睦の構図は水泡に帰すことになる。管領は1人しかいないのだ。六角氏にとって、この情報は最悪のタイミングでもたらされたものといえた。
だが、そんな情勢の中で、堂ノ庭城にいた管領細川晴元は突如左京大夫義賢に連絡を行った。曰く、「其の案を受けたい」と。
既に三好の兵が河内に圧力をかけ始めていた春のある日。左京大夫義賢は細川藤賢と共に細川一門が待つ堂の庭城を訪れた。
「良く来られた左京大夫様。藤賢様も御久しゅう御座いまする」
「おお、淡路守護家を継いだ藤孝殿か。大きゅうなられたな」
「未だ未だ未熟者に御座いますれば。ささっ、此方へ」
養子入りし淡路守護家を継いだ細川藤孝が両者を出迎え、一行は晴元が定期的に寝床に使う城内の屋敷に招かれた。
♢♢
屋敷内には、(細川氏的には)錚々たる面々が揃っていた。
正面に座るのは管領・細川晴元で京兆家現当主。側にはまだ幼い彼の嫡子聡明丸もちょこんと座っている。
そして席次に差が出ないよう配慮された形で6人分の席が用意されていた。
和泉守護家の細川晴貞。讃岐守護家の細川氏政。奥州家と呼ばれる細川晴経。
聡明丸の横に用意された席へ2人は誘われる。2人が座るのを合図に全員が座り、最後に最も若い藤孝が奥州家の隣に座る。
最初に口を開いたのはやはり管領・細川晴元だった。
「阿波守護は取り込まれた。怖いのぅ」
「我等細川一族、此処で集まらずして如何すると言うのか」
「然り然り」
小太りな奥州家の晴経が答える。奥州家は陸奥守を代々称しているが、京兆家の家臣化している細川氏である。そして彼の言葉に女性かと勘違いしそうになる甲高い声で頷くのは、同じく京兆家と行動を共にしてきた和泉上守護家の晴貞だ。晴貞は和泉守護の家柄だが、晴元と三好の対立によって守護代の松浦氏に和泉を追われ、晴元に合流している。
「土佐が何とか我等と共に動いておるが、何時まで保つか分からぬ。怖いのぅ怖いのぅ」
「長宗我部なる土豪が一条と手を組んで本山を追い出さんとしているとか」
年明け直後、土佐から阿波へ侵攻を続けていた国人の1人、長宗我部国親が三好方に寝返り、本山氏を攻撃し始めた。これを一条氏が支援し始めたために阿波への攻勢が弱まっており、春の大潮で渦潮が活発な現在の状況が落ち着き次第、三好は四国兵の追加投入を予定していた。
「尼子は?大内は受け容れられぬが、尼子単独なら」
「尼子は先日新宮党の粛清を終え、今は石見を手中に収めたばかり。今は吉見と組んで長門攻めの最中で御座いましょう」
「となれば西から織田を脅かすは厳しい、か」
和泉守護家晴貞の疑問に、最年少である淡路守護家の藤孝が答える。尼子は新宮党粛清から石見攻めまでを実にスムーズに成功させた。新宮党の所領は分割され、新宮党の生き残り尼子氏久と浅井旧臣らによって治められている。浅井は反織田の存在だが、外様のためまずは所領の掌握に手一杯という状況で、細川一族を手助けできる状況ではなかった。
状況を把握すると、三好によって讃岐を追い出されたため危機感が強い讃岐守護家の氏政が立ち上がらんばかりで身を乗り出し、声を張り上げる。
「情勢は何もせぬと三好の利にしかなりませぬ。何とかせねば!」
「其の為に、左京大夫と典厩殿を呼んだのよ」
晴元の声に、全員が一斉に細川藤賢、ではなく六角左京大夫義賢を見た。
「左京大夫。我等は最早共に戦う他生き残る道は無い。既に筑前守(長慶)は織田や斎藤の支援で戦っている。今戦うと決めねば、我等が各個に討たれるのみぞ」
「し、しかし」
「其れとも、既に己だけ助かるべく話は進めているのか?其方の妹が典薬頭の室に居たな。怖いのぅ怖いのぅ」
「そ、其の様な事は断じて無い!」
魑魅魍魎渦巻く畿内で長年戦ってきた管領と、ここ数年で促成栽培された戦国大名では格が違う。話のペースを握られながら、それでも左京大夫義賢は声をあげる。
「此度の提案は幕府を取り戻す為の一手でなければならぬ!既に此の数年で幕府は何度も危機に瀕し、今の儘では鎌倉の如く崩壊し何者かに潰されかねない!」
「其の幕府を壊す者こそ三好であろう。怖いのぅ」
「いや、筑前守は幕府の中で成り上がろうとしているだけ。本人も守護職か、相伴衆を認めて頂ければと前々から言っておりました!」
「違うのぅ。彼奴は気づかぬ内に幕府を壊すのだ。自覚無く」
そう語った瞬間、管領細川晴元の目は天井を向く。室内故に見えない空を見上げるように。
「幕府を壊すのは斎藤だ。典薬頭を初めて見た時、気付いた。彼れは、幕府なぞ毛ほども敬っておらぬ」
管領が肩を揺らしながら身震いをする。それは普段の猜疑心からの不安を超える、本気で恐怖を感じた相手と相対した時だけ見せる動き。それを知っている者たちは『まさか』という表情をする。
「左京大夫、其方彼の男が公方様に『義』の字を頂いた時の表情を見たか?」
「い、いえ」
「珍しい物を貰えた、という程度であった。彼れの中で、もう幕府は存在しておらぬ」
そして、誰よりも猜疑心と恐怖心が強いからこそ、彼は斎藤義龍という男を見抜いていた。
「自らに邪魔になるなら何の感慨も無く幕府を潰せる男ぞ、彼の男は」
怖いのぅ怖いのぅ、という声がその場で木霊のように響いていた。
♢♢
淡路守護家の細川藤孝は、決定的な決断は何もされなかった話し合いが終わると自身に宛がわれた部屋へ向かった。廊下を歩きつつつい出てしまったため息を振り払うように重い足を動かそうとした時、背後から声をかけられた。
声をかけたのは米田源三郎貞能。先日美濃へ送り込まれた幕臣である。
「御疲れの様で」
「あぁ、まぁ」
曖昧な返事をする藤孝に、米田は鋭い言葉で切り込んでいく。
「此処に居るのが御辛いですか?」
「褒められた物言いでは無いぞ」
空気が一瞬で緊張感をまとう。
「管領様に従って大丈夫か。そう、淡路様も御考えでしょう?」
「さて、何の事やら」
「某、先日御役目を外されました。土岐の御子息の件が理由で御座いましたが、斎藤の家に何か唆されたのかと疑われている様で」
藤孝の脳裏を、先程の本気で斎藤宮内大輔義龍を畏れる管領晴元の言動が過る。
「まぁ、唆された事など何も御座いませぬが。只、聞かれた事はありましたが」
「聞かれた事?」
好奇心は猫を殺す。
「管領に先はあるのか、と」
藤孝の中に、それまでなかった「幕府が終わるかもしれない、誰かに潰されるかもしれない」という考えが生まれた瞬間だった。
♢♢
大潮を過ぎた頃、四国兵の一部が堺に上陸した頃、石山本願寺から急報が各地を巡った。
本願寺証如、死す。
昨年、1度体調が悪化したもののなんとか復調した証如だったが、気温の上がらない春のある日その生涯を閉じた。享年40歳。
遺された嫡子顕如は昨年の得度もあって後を継ぐ体裁は整っていたものの、証如が主導していた和平不戦路線に不満を持っていた者も多く燻っており、しかも未だ顕如の正室となる人物が決まっていないこともあってその体制は大きく揺らいでいた。親族で顕如を支える予定だった吉野の本善寺証祐は昨年若くして死去し、蓮如の13男である順興寺実従以外顕如を支えられる人材もいなくなっていた。
この報に管領細川晴元は自らと繋がりのある本願寺の人間との連絡頻度を増やし始め、そして越中にいる娘婿の本願寺派勝興寺顕栄へ連絡を行うのだった。
「使える手駒が増えるかのぅ。しかし死とは真に怖いのぅ怖いのぅ」
5人そろって戦隊みたいな感じ。合体しても巨大ロボにはなりません。
本当は野州家とか他にもいるのですが、話の流れ的に出てきそうな細川氏が5家になったので。
本作では細川幽斎(予定)さんは淡路守護家継承という異説を採用しております。
尼子・長宗我部あたりがボチボチ動き出しています。陶とか本山あたりはピンチです。既に史実と同じ動きをしている地域はないと思います。なので同じ年に同じ合戦が起こるみたいな歴史先読みは不可能となるかな、と。
シミュレートには構想段階から時間をかけてきたのですが、これ以後は「史実ではこうなのに?」みたいなことも多々あるかもしれませんが、もう歴史は斜め上に変わっているせいだ、ということでご理解いただければ幸いです。




