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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

習作置場。

習作:『全自動選別機 ひかりセンサー えんたま』後半のみバージョン

作者: 楪羽 聡

 カシャン……



 カシャン……カシャン……




 遠くで、何かが鳴っている。なんの音だろう――聴き覚えがあるが、随分昔に聴いた音なのだろう。すぐには思い出せない。




「今日は何人通るんだい?」

「――ざっと八十九人ってとこかな」



「少ねぇなぁ」

「――この辺は田舎だからね」



 どこからか会話が聞こえる。


 横から、いや上から? 予想外の方向から聞こえていた。歩きながら見上げたが、真っ白な天井には何も見えない。




「では次の方――」


 そんな声が聞こえた。ここは病院で、健康診断か何かなのだろう。



 * * *



 僕は、やたら大きな部屋を六つも通り抜けてここまで来たのだ。

 そしてこの七つ目の部屋でやっと人の列を見付け、あと少しで追い付くところだった。



 どうしてここにいるのかわからないが、連れて来られたからにはこれを済ませなければいけない、という強迫観念に近い思いが芽生えていた。


 非常に空腹だったが、一通りの検査が終ってから腹いっぱい好きな物を食べればいいだけの話だ。



 ぐぅぅ~~



 はっとして腹を押さえる。が、遅かった。

 列の最後尾の数人が振り返り、急に現れた僕を見てぎょっとしている。


 ぱたぱたぱたとサンダルのような足音と、カツカツカツカツと足早なヒールのような靴音が、前方から近づいて来た。




「――あらぁ? さっきのアレで、まだ食べ足りないっていうんです? 随分な欲張りさんですこと」

 僕の左側からヒールの靴音の主が、僕を見下ろして怪訝そうな声を出した。



 ――え、っと……ここ、ちゃんとした病院だよね?


 なんでこの人こんな――ハイヒールのミニスカナースなんだろう?



 * * *



「『流離(さすら)()ヒデキ』さま?」

 ミニスカナースがカルテを指でなぞりながら声を張る。


 流離井ヒデキ――今呼ばれたのは僕だ。その高圧的な声に、思わずびくりと肩を震わせる。

 周囲の白い目がなんか怖い。


「こんな所にいたんですかぁ、流離井さまぁ。あなたの場所はこちらですよ?」


 反対側から、ちょっと鼻に掛かった甘えたような声で僕を呼ぶのは、カルテを見ている厚化粧のミニスカナースとは対照的な人物だった。

 と思った途端に、がしりと僕の腕を掴んだ。というかしがみついた。


 こちらのナースは背が小さい。顔もふっくらと丸く幼く、体型もストンとつるぺ……いや、成長の途上にある、その、まぁ平たくいえば子どものようだ。

 ぱたぱたサンダルはこの人だったんだ。



「もぉ~失礼だなぁ」



「え」


「あたしたちナースには、()()が付いてますからぁ」


 そう言うと、ロリナースはキャップをひょいと持ち上げる。

 と、目の前に巨大な蝶が舞った――かのように見えた。



「わ、わ、看護婦さん、あなた勤務中にアクセサリーなんて、いいんですか?」

 僕は現状を忘れ、ロリナースを咎めるような口調になる。


「アクセサリーじゃなくてぇ、これ、あたしたちの耳なんです。これをね、ひらひらってさせると聞こえて――あ、そうそう。看護婦じゃなくて、今は『看護師』っていうんですよぉ?」



 ロリナースの頭よりも大きい、ひらひらと揺れるそれは、蝶の(はね)よりも柔らかそうだ。むしろ蝶よりは金魚の尾びれに似ているかもしれない。あの、水の中にゆらゆらとたゆたう(うす)(ぎぬ)



 縁日の金魚すくいの目玉商品。彼女にいいとこ見せたくて、勇んで挑んだ僕だけど、ポイが何本破れてもすくえなかった、苦い思い出……



 ロリナースの話は半分も理解できないし、そもそも聞き流して、僕は感傷に浸っていた。


 だがロリナースの耳についてるそれは、金魚とは違う物を模しているらしい。先端に向かって徐々に水色に染まっているのだ。金魚ならばやはり赤だろう?




 僕はロリナースに腕を引っ張られて、列の最前のグループへ連れて来られた。


 列の前には大きな丸い皿にしか見えない物体があった。それも真っ白だ。床は皿の手前ですっぱり切れているように見える。

 皿の向こう側がどうなっているのかは、よく見えない。




「はいこっち、そこに服を脱いで、手荷物――? あら、コレいらないですよって説明したのに、持って来ちゃったんですか? まあいいや、それはこっちのカゴに入れて」

 ミニスカナースの(あか)い口が無感情の平坦な声で指示を出す。


 僕が来る途中で見付けた布は、二枚とも取り上げられてしまった。ひどい。


 ひとりで心細い時、柔らかい毛布のような肌触りのよさに、僕がどれだけ救われたことか――といっても、ほんの数十分くらいの間の話だけど。




 着ていた物を脱ぎ、パンツ一丁になったところで「あの……」とナースに振り向く。が、無情にもナースは「それも」とだけ告げる。



 ――うぅ、なんか屈辱的……



 銭湯や温泉なら平気なのに、他の人たちが着衣の状況で自分だけ脱がされるのがこんなに恥ずかしいものだとは知らなかった。しかも、看護婦――看護師とはいえ、女性が見ている前で、全裸。


 ともあれ、僕は生まれたままの姿になり、大きな丸い皿に向かう列につく。





 カシャン……



 カシャン……




 音は頭上で響いた。こちらでカシャンと鳴ると、続けて柱の向こうでもカシャン、と同じ音がする。

 音が鳴るたびに皿が揺れる。ああそうだ、これって、まるで――



「これはなんの装置なんですか?」


 僕は両手で前を隠し前屈み気味になりながら、傍らのロリナースに問う。

 遅れて来たのが心配なのか、彼女はずっと僕の右腕を掴んで離さないのだ。


 できれば離れていてくれた方がありがたいんだけど。



「あなたの重さを量りますぅ」

 にっこりと微笑みながらロリナースは答える。


 やはり体重計だったのか。それにしては随分大袈裟な。


 全裸の列が目の前にあるため、乗った人がどんな大きさに見えるのかは確認できないけど、二、三十人は一度に乗れそうだ。距離感がおかしくなる。

 皿の(ふち)の高さだって、よじ登らなきゃいけないんじゃないのか。


 ひょっとしたら、象が乗っても壊れない体重計だったりして――でもそんなんで、人ひとり分の重さを量って正確な数値が出るんだろうか?



 カシャン……カシャン……



 音は絶え間なく続く。

 人が乗り降りしているらしい多少の揺れがある以外、大皿に変化は見られない。


「向こうでも同時に計量しているのですね?」

 キョロキョロしているだけでは間が持たず、相変わらず離してくれないロリナースに、僕はまた話し掛ける。



「いいえ、あちらもあなたを量るのですぅ」



「よく……わからない」



 大きな柱の向こう側に見えるのは、皿の端の一部だ。

 あんなに離れていて、というか、実際どのくらいかわからないけど数メートルは確実に離れていて、どうやって僕を量るんだろう?



 僕の困惑を見て取ったのか、ロリナースはまた口を開いた。


「わかりやすくいうとぉ、あなたの魂の――命の重さを量っているんですよぉ」



 ――全然わかりやすくない。


「命の重さは平等なのでは?」



 暇つぶしにからかわれているのか、ナースジョークなのか……ってか、ナースジョークってなんだよ。そんなジャンルあんのかよ聞いたことないよ。



「道徳の教科書じゃないんですからぁ」

 ロリナースは苦笑した。


「つまりですねぇ、あなたはこれから、どこに進むのかを決められるんですぅ。でも閻魔様もご多忙な故、我が国と彼の国の精鋭が集まって造り上げた――その名も『全自動選別機 霊光(ひかり)センサー 閻魂(えんたま)』とはこれのこと!」



 ものすごく自信満々で胸張って――張っても平らだけど――彼女渾身のナースジョークだったんだろうけど……ごめん。残念ながら僕には合わないようだ。


 っていうか、まず全自動じゃなさそうだし。



「はぁ……全然聞いたこともないですけど――」

「ぬぁんですってぇ?」


 傍らのロリナースじゃなく、反対側の後方から割り込んで来た声。

 と、共に、スパコーン! 頭を横殴りに殴られた。


「ぃいった……っ!」


 咄嗟に頭を押さえ、振り返る。首が飛んでくかと思ったじゃん。



 ミニスカナースが怒りで顔を真っ赤にして僕を睨んでいた。なんで?


「さっき待機所で最後の晩餐を配ってる最中、ずっと説明映像流してたじゃないですか。あんなに何回も何回も何回も何回も繰り返してたの覚えてないって、あんたの頭はカボチャかピーマンでできてんじゃないのぉっ?」



 ロリナースがオロオロしながらミニスカナースをなだめているのを眺め、僕はため息をつく。



 なんかえらい剣幕だが、僕はその時必死で部屋を通り抜けていた最中だったので、聞いてなくても仕方ないんだよ。

 ってゆーか、なんだよ最後の晩餐って、縁起でもない。




 と、急に二人のナースがそろってきょとんとした。


「どういうことですかぁ?」

「え? あんたあの場にいなかったの? 迷ってたって?」



「え、な、なんでそれ――」

 お前、エスパーかよ、と僕は一瞬驚いたけど、そういえばさっきのひらひらでわかるとかなんとかほざいてたっけ。ほんとなんだすげー。



「いや、うちらの耳のことはどうでもよくて、あんたどこにいたの? みんなと一緒にここまで来たんじゃないの?」


「あぁ、それなんですけど――」



 そこでようやく、僕はここまでのいきさつをナースな二人に話して聞かせた。



 * * *



 カシャン……カシャン……



 話している間にも列は進み続け、僕の前には三人ほどになった。


 ふと、大皿の方に視線を向ける。


 真っ赤なロン毛のひょろ高い男が皿の方へ向かって行くところだ。

 それと同時に、柱の向こうの皿の前にも、誰かが立っている。女性のようだ。

 あの人が一般的な身長だ仮定すると、皿の中心から中心までの距離は、一般的な体育館の長辺の端から端まで……いや、それよりももう少し遠いかも知れない。


 皿の間には皿より更に太い直径であろう、巨大な柱がそびえている。



「さらよりさらに、だって。うぷぷ」


 ミニスカナースが、プクスーって顔で僕を見る。



 ジョークのつもりじゃなかったのに、そんなとこ拾って莫迦にしなくてもいいじゃないか。



「――で、通路を見つけて、五つ目の部屋へ――」とミニスカナースをスルーしながら、なんの気なしに柱がどこまでそびえているのか目で追い、見上げ過ぎてめまいを起こしそうになった。



「それにしてもでかいですね、この柱……っていうか、あれ? あの皿って上から鎖になってるんですか? てっきり、下に計測器があるのかと」


 問いつつ、変な日本語だったなぁと自分でも思う。上から鎖になってる、って。



「そりゃ当たり前でしょ。上から――――が見てるんだから――――なのは」

 ミニスカナースが呆れながら言うが、


「今、なんて?」

 僕には途中の言葉が理解できなくて訊き返す。



「あなたはぁ、みんなと一緒にいなかったので大事な説明を聴けなかったのね」

 ロリナースが同情的な表情で僕に言う。



「つまりですねぇ、『最後の晩餐』は食べたいだけ食べてもいいのですけどぉ、食べれば食べるだけ俗世とは離れ軽くなり、戻れなくなるのです。そしてあなたが脱いだ服は向こうで(ひた)されてぇ、ゴクちゃんたちが――」



 ――ごめん、やっぱり何を言ってるのか……って、ええ?



「あんた相変わらず説明下手よね、ダツエ」


 ミニスカナースがため息をつく。

「だからわかりやすい説明ビデオを作ったってのにさぁ……」



「あの、俗世と離れるって?」

 と、僕は問うたが、ロリナースは傍らでぷうっと膨れる。



「相変わらずって、ひどいよぉケンエぇ」


 ――聞いてねえし……ってか、ダツエってのは随分変わった名前だな。ってか苗字かも。



「まぁ、このええっと――流離(さすら)()さんが、何故アレをふたつも抱えていたのかも、これで判明したわ。この人きっと、あの食べ物も食べてない。重さ変わってないっぽいし。どうしよっか――あぁもう次だ、流離井さん」


 ミニスカナースことケンエの言葉に誘導されて前方に目を向けると、僕の前に並んでいた猫背の中年男性が皿に乗る所だった。



「あいつ、他人(ひと)の分まで奪ってがっついてたからなー。本当なら流離井さんが食べる分のトレーも余ってたはずなんだけど」


 ミニスカケンエがニヤリとする。

「お陰で、あたしらでも今じゃ滅多に見られない()()()()()が見られるよ」


 ケンエの言葉で僕の後ろの列からもざわめきが起こる。

 そんなことは露知らず、猫背の中年はよたよたと皿によじ登る。やっぱりあの皿は莫迦でかい。




 と、途端に――――ガシャンッ――――大皿が、がくんと急上昇した。




「えっ?」


 僕だけじゃなく、列からもどよめきが起こる。



「あ、あのっ。あれあんなに上がるもんなんですか? ちょっと揺れる程度だと思ってたのに。僕、高い所苦手で……」



「まぁ見ててくださいですよぅ」


 ロリダツエが僕の腕にしがみついたまま、楽しそうな声を出す。

 僕はといえば、悪友たちに騙されてジェットコースターに乗せられた時の恐怖を思い出してガクブルして来る。


 皿の上では中年がなにやら喚いている。騙されたとかなんとか――皿の縁に掴まって、こちらを見下ろしながら。



「ゴクちゃんたちが向こうのお皿に載せるのですぅ」

 ダツエの指さす方を見ると、病院着らしきものを持ったナースが、反対側の皿に向かっていた。


「あのおじさんはぁ、長袖を着てたのです。なのに寒い寒いと言って、自分の部下っぽい人から上着を奪って重ね着したのでぇ、他の人よりたくさん着ていたのですぅ」



「はぁ――そう? ここ、寒いかなあ?」



 そういえば、列の中には僕みたいな半袖やハーフパンツだけではなく、長袖の人や浴衣のように裾が長いものを着ていた人や重ね着をしていた人もいた。

 ぼくは半袖でも――今のこの全裸でさえ、特に寒くもないんだけど。



「重たそうですね?」


 ゴクちゃんと呼ばれていたナースがよたよたと歩いて、ようやく皿に荷物を載せている様子を見ながら、僕は感想を述べる。



「重いだろうねぇ」

 くくくとケンエが笑う――と、同時に、



 ガシャッ



 中年男性の乗った皿が、またぐぐんと上がる。

 首が痛くなるほど見上げる高さに皿が上がり、中年男性の悲鳴とも罵声ともつかない声が遠くで聞こえる。



 呆然と眺めていると――




「え、な、なにあれえっ?」



 遥か上方からぬうっと降りて来た()()を目にして、僕は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。






 巨大な手、というか、指が二本――ゴマ粒大の中年男性の上半身から予想すると、爪から関節までが旅客機くらいの大きさという、とんでもなく巨大な指――が、繊細なまでに器用に中年男をつまみ上げたのだ。



「アゴ、はずれそうですよぅ?」


 ダツエがのんびりと僕に話し掛けていた。



 * * *



「いいいいいやだいやだいやだ。あんな怖いの絶叫マシーンの方がまだましだっつのぉぉっ!」



 自分の理解の範疇を越えた現象を目の当たりにして、というより単に高所恐怖症を発症して、僕は喚き散らす。


 さっきの中年は断末魔の悲鳴を上げながら、あのまま上方へ消えて行ったのだ。高所恐怖症の僕は、下からそれを見ているだけで、もうチビりそうだった。

 あんな巨大な指に全裸でつままれて、更に空高く持ち上げられるなんて、僕は死んでも御免だ。



 だが僕の両腕はそれぞれダツエとケンエがしっかり抱え込み、ずるずると皿まで引き摺られてしまう。

 よくよく考えたら、僕の両腕は捕まえられてるんだから僕のアレはナニな状況だったわけだが、その時はそんなことを考える余裕はなかった。



「ぎゃーぎゃーうっさいんだよ!」

 ケンエは一喝して、嫌がる僕を皿に押し込む。


 悪あがきでじたばた暴れる人間をひとりで持ち上げてんだから、ケンエはすごい腕力だ。だがもちろん、その時はそんなことを考える余裕もなかった。



「じゃあねぇ。ぼんぼやじゅーですぅ」

 ダツエは変な挨拶を僕にして、「あ、これ、どうぞ」と、先ほど別のカゴに入れられた布を渡してくれる。僕は混乱しながらも受け取り、一枚はそのまま抱えて、もう一枚ざっと広げて身体(からだ)を覆う。


 全裸が恥ずかしかったとかよりも、とにかく何か安心するものが欲しかったのだ。全身を包む、なんとも言えない安堵感。更にこれをぎゅっと抱きしめると、その柔らかい肌触りが僕を徐々に落ち着かせてくれる。



 急に飛び上がるかも知れないという恐怖に反して、皿はカシャンと揺れただけだった。むしろ徐々に下がって行く。

 他の人たちは下がることもなかったので、この布の分、僕は重いのだろうか。



 カシャン……


 軽い振動が来て、僕の着ていた病院着が向こうの皿に載せられたのだと察する。

 飛び上がるような衝撃は来なかった――と、ホッとしていると、ダツエの顔が僕の目線より高い。



「――え?」



 僕の皿は、さっきの中年とは逆に、ゆっくりゆっくり沈んでいるのだ。


 床から上はまばゆく白いのに、床から下は墨をこぼしたかのように真っ暗だ。


 暗闇に沈んで行く恐怖なんて、経験してみないとわからないと思うが――とにかく、下までの距離がわからないこの状況は、僕にとっては高所にいるのと同じ感覚なのだが。



「あーあ、やっぱりか」

 頭上でケンエの声がする。


 見上げると、床の縁から僕を覗き込んでいる。隣にはダツエの顔も見える。



「あの、これ、どういう状態なんですか? ここから急に逆バンジーとかいう罰ゲームはないですよね?」

 震える声で、僕は問う。



 列に並んでいる最中に、こちら側の皿はずっと視界に入っていた。こんなに沈んでいるのも見たことがない。



「んー、それはだね。逆バンジーはないけど、そのまま()()まで下りちゃうんじゃないかなぁ」

 ケンエはニヤニヤしている。



「またお会いしましょうねぇ。ぼんぼやじゅー」

 ダツエは何が楽しいんだか、僕に向かって手を振っている。



 下まで下りる、ということは下の階があるのだろうか……と、勇気を振り絞ってこわごわ皿の縁から外を見ようとした途端――




「ぅ ひ や あ ぁ ぁ ぁ ぁぁぁ――!」




 僕の情けない悲鳴とともに、皿が急降下、いや、自由落下を始めた――




 * * *  * * *  * * *




 ――非常に情けない話だが、あまりの恐怖に気絶していたらしい。



 周囲がまた白く眩しいことに気付き、僕はゆっくり目を開ける。


 眩し過ぎて、薄目に手をかざそうと右手を上げる――が、なんか思ってたよりも自分の手が重い。

 うんうん唸りつつようやく持ち上げると、ホータイぐるぐる巻きだ。



 ――いや、これどういう状況?



 結局、落下時にどこかひねったのか、それとも気絶している僕をおもちゃにしてダツエとケンエがふざけたのか――そんな風に考えながら、よく見ようと右手を近づける。だがなんだか痺れている。

 やたら重く感じたのは、ホータイぐるぐる巻きなせいだけじゃなかったらしい。


 これはひどい。さすがにやり過ぎだ。





「ヒデキ!」


流離(さすら)()くん!」



 左右から声が掛かった。



「あー……()()()()()()()ぇ、()()()……これひょ(ちょ)()()()()()()(じゃ)()?」

 苦笑しながら一応文句を言ってみるが、なんだか呂律が回らない。



「大丈夫? わかる? ヒデキ!」

 右側からケンエ――は、いつの間に着替えたのか、OL風のスーツになっている。

 退勤時間なのかな?



「流離井くぅん、あたし、あたしぃ……」

 何故か泣きそうになってるダツエは、僕らの学校の制服姿で――え、制服?



 ――あれれ?


 何かがおかしい。



「もぉ~、目を覚ましたんだからもう泣かなくていいでしょナツエぇ」


「だってぇせんせぇ。もう流離井くんに会えないんじゃないかと思ってぇ~」




 ――これは一体何の冗談なんだろう……?


「――ぼふ()……()()()()()()()()()?」



「お前なぁ……いくら彼女が好きだからって、代わりに撥ねられるこたあないだろ? うっかり死ぬところだったんだぞ?」



 ――え?



「ごめんねぇ流離井くん、あたしが流離井くんのこと死なせちゃうのかと思ったらぁ、もう悲しくて悲しくてぇ……生き返ってよかったよぉ!」


「修学旅行一週間前だっつーのにうっかりで生徒に死なれたんじゃ、その後一生夢見が悪いだろうが、まったく……」




 ――あぁ。


 そうだったのか――




 僕はダツエの最後の挨拶を思い返す。


「聞いてんのか? ヒデキ。お医者さんの話だと、あと三日くらいは入院してなきゃいけないらしいから――」



Bon Voyage(よい旅を)』か……じゃあそれまでに治さなきゃな。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまで思い切った習作を書いたのですから、会員へ宣伝しても良いのに〜。もったいないと思いました。 [一言] すみません。昨夜書いた感想に誤りを見つけてしまいました。修正後再度投稿しました。…
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