第1.5話:新しい家族
チクタク、チクタクと、時計の針が進む音が聞こえる。
何の変哲も無い振り子時計が壁に掛けてあり、
長針が12の数字を指し、短針が6の数字を指した頃、ボーンと鈍い音が鳴り出した。
客間のソファーに座っていた俺は、あたり全体を見渡す。
光源は蝋燭、床には熊の皮の絨毯、テーブルは大理石を使ったもの。
そして今座っているソファーは、横になればすぐ眠れそうなくらい柔らかい。
ソファーの居心地が良く、ウトウトし始めた頃、
向こうのキッチンから、一風変わった女の子が紅茶を運んできてくれた。
髪の色は桃色で、肌は綿のような白色、目の色は紅茶の様に綺麗な茶色。
髪型はハーフアップ、身長は160cmくらいで、スタイルは普通で健康そうだ。
若そうな見た目から年齢は12~14歳と推定。
女の子「紅茶をどうぞ。」
俺「あ、どうも。」
あれ……俺って、
女の子に紅茶を出してもらった事って、今までで一度でもあったっけ?
それどころか、話しかけられた事もあったか分からない。
そんな事を考えていると、
だんだん意識し出してしまい、恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
心臓も高鳴ってしまっている。
もっと人とコミュニケーションをとっておくべきだった。
そんなこんなでモヤモヤしていると、
女の子は微笑んだ後、背を向けキッチンの方へと姿を消した。
そして代わりに薄桃色の白髪の老人、村長が入れ違いでキッチンから歩いてきた。
手にはお菓子の入ったカゴを持っている。
村長が向かいのソファーに腰をかけ、
お菓子のカゴをテーブルに置いて話しかけてきた。
村長「さて、お主が……
堕とし子だと言う話を聞いたのだが、それは間違いないのかね?」
俺「分かりません。
そもそも堕とし子自体、よく分かりません。」
知らんがな。
……まぁ、俺が村長の立場なら同じような事を聞くな。
知らない人を家に住まわせたくは無いし……。
村長「ふむ~……。
じゃあ、今から三つの質問をしよう。
出来る限り答えてくれ。」
俺「はい。」
村長は軽く咳払いをし、
"目元とこめかみの間に指を当てて"、俺の顔をマジマジと見ながら質問する。
そんなに見られると、面接の時を思い出して少し緊張する。
村長「魔法を使えるか? 」
俺「使えません、使えるはずがありません。」
……何言ってんだこの爺さん。
人間が魔法なんて使えるはずが無いだろ。
それともなんだ?
童貞を貫き通せば本当に使えちゃうのか?
冗談もほどほどに……。
村長「そうか、じゃあ次の質問だ。
魔生物や魔物を知っているか? 」
俺「……この目(肉眼)で実際に見たことが無いです。」
なんなんだ? 魔生物? 魔物??
生きてて動く植物とかドラゴンとかか?
そんなのが本当にいたら世界が終わるだろ。
駄目だ、頭がおかしくなりそうだ。
村長「じゃあ次、
……お主がここに来る前は、どんな世界にいた? 」
この質問を聞いたとき、俺は何も答えられなかった。
ただ、その時に頭を過ぎったのは、ここに来る前の出来事。
正義ぶって騙されて"落ちた"。
村長「……そうか、おぬしが見た世界は、
"自分にとって都合の良い幻想"と、
"考えたくも無かった悲痛の連鎖"か……。」
俺「……ッ! 」
村長「すまんの、ちょっとばかり
頭の中を覗かせてもらった。」
俺「は!? どうやって!? 」
村長「信じないやも知れんが、
ワシは相手の思考を見ることができる、
……魔眼を使うことができるんだ。」
俺「う、嘘だ! 嘘に決まっている! 」
俺『そんな話がありえるか! 』
村長『そんな話がありえるか。』
俺『真似をするな!! 』
村長『真似をするな。』
俺『嘘だ! ありえない!! 』
村長『嘘だ、ありえない。』
――――俺は愕然とした。
そもそもあり得るはずがないのだ。
超能力とか宇宙人とか、何の根拠も無い非現実的な存在が……。
だが、今それが目の前で起こっている。
この現実で……。
村長「そんなに頑固になるな。信じろとは言わないが、
もう少し柔軟な思考を持って考え方を変えるんだ。」
何も言い返せる言葉が無い、図星だからだ。
村長「ワシは説教くさいのは嫌いだ、これ以上のことは言わん。
それに、お主が"堕とし子"だという事に納得したわい。」
俺「……その、"堕とし子"って何ですか? 」
村長「ゴードンの言ったことを思い出せ。」
《500年前に、
この世界を救ったあの伝説の~"》
俺「その伝説って言うのは? 」
村長「……時は遡り、グラン記154年の戦乱の世。
遥か東の未踏の孤島に"天世の使者達"が降り立った。
その使者達は、戦狂の国に蝕まれた国の皇女を救い、
孤島を目指した狂人達と、戦狂の国を打ち滅ぼした。
後に英知を掲げ技量を尽くし、孤島に小さな城を築き、
この世に終焉を齎すとされる古の龍と決戦し、龍を滅した。
その後、使者達は忽然と姿を消し、
孤島には、先の決戦の犠牲者の墓石と、壊滅した城だけが残された。
そして我ら人類は、この世に降り立った天世の使者達を、
"天ノ神"に棄てられた"堕とし子"と呼び讃えた。」
……なんだこの話は、
聞く限り普通の人には出来ない芸当だ。
それ以前に、"龍を滅した"ってのがよく分からない。
村長「まぁあくまで伝説、
500年前の話なんて本当にあったか知らんからのぉ。フォホホ」
ここで全否定するのか。
……まぁ所詮は噂、
明確な資料とか写真があるわけじゃなさそうだ。
――――――――
それからしばらく、村長とこの世界についての会話をした。
・人も魔物も魔法を使える
・魔法は全16属性【火水風土 炎氷雷地 熱音木金 光影聖闇】
・魔道具の利便性
・魔導列車や魔導船、(魔導動力)飛空挺の乗り物
・魔物の脅威
・魔物の種類【人族系 獣族系 水族系 空族系 竜族系】
・人種の共存【亜人 獣人etc.】
・人種による身体や体充魔力量の違い
大きく分ければ8つ、この話を簡単に聞いた。
分かりやすく言うなら、
世界観はゲームのドラ○エ風で、乗り物や魔物はファ○ナルファ○タジー風。
人種関連は複雑だが、そのうち慣れていくと思う。
魔法に関しては分からない事が多いが、
魔法を使える人は(魔法陣を書く)"書陣"や"詠唱"を使い、
(手で作る)"印""や"短詠唱"や"無詠唱"だと威力が下がるらしい。
ただ、"俺の体は体充魔力(※)が凄く少ない"し、
"今は使い方も分からない"と村長が言っていた。
キッチンの方から再び桃色の髪の女の子が歩いてきて、
飲み干した後のティーカップに、静かに紅茶を注いでくれる。
俺の位置からは女の子の横顔が見え、
その紅茶を注ぐ姿が、凛としていて美しかった。
紅茶を注ぎ終わった後、
なぜか女の子は顔を赤くしてキッチンの方に戻っていった。
(か、可愛い……。)
村長「今のはワシの孫娘、名前はエリーだ。
今年で15、成人する歳。
歳を取ると時間が早く感じるのぉ。」
俺「え!? 15で成人するの!? 」
村長「こっちでは当たり前だ。
そうだ、すっかりお喋りに夢中になっていたのぉ。
言い忘れていたが、お主はもうワシらの家族だ。」
俺「あ、えと、これからよろしくお願いします。」
村長「そう堅くなるな。家族じゃろ? 」
俺「すみませn……ありがとうございます。」
しばらくの間、微笑ましい気の流れを感じた。
これからは、この世界の新しい家族と共に生活していくんだ。
もう、過去のようにはならないし、させない。
体充魔力:体に蓄える事ができる魔力。"魔力容量"とも言う。