002「そこからの未来、今からの昔」
「そこからの未来、今からの昔」
・・・朱色の世界で私は、赤く染まっている・・・・
『「朱に交われば赤くなる」のだそうです
私の愛しい人、貴方は…私以外の人と交わって赤くなってしまったのですか?』
・・・私の愛しい人は、目を見開き黙ったまま返事をしてくれなかった。・・・
『私を「愛してくれた」貴方はまだ、貴方の中に存在するのでしょうか?』
・・・私の目から一筋の涙が零れる・・・
『それとも、最初から…存在していませんでしたか?』
・・・私は愛しい人からの返事を待てず、短い沈黙にも耐えられずに
愛しい人を残して、その場を逃げ出してしまった。・・・
この世界には「ヴァンパイア」と呼ばれる
「人間の体液を全て奪い尽くし、干乾びさせ殺す魔物」と
それにある程度、対抗できる力を持った「マーフォーク人種」と、言う
標準より綺麗で優しい人魚達が存在していた
人間から突然変異で枝分かれし、隔世遺伝の如く生まれた
そして、今でも人間から生まれる事のあるマーフォーク達は
人間達の手の届く存在だった。
狡賢い人間達は・・・
そんな、マーフォーク達にちょっと「不公平なギブ&テイク」を持ち出す。
出来るだけマーフォークの要望に応じた「住む場所を提供する」代わりに
自分達と一緒に「要塞都市を護って欲しい」と、言うモノだ
人恋しさを抱えていたマーフォーク達は、その条件で了承し
人間達は、人魚の庇護の下にある安全でそれなりに快適な生活を喜んだ。
そこからの未来、今からの昔
小さな要塞都市がヴァンパイアの群れの襲撃を受け、火を掛けられ
燃え盛る炎に焼かれて、炭と灰と煤だらけ残骸となった。
そこを護っていた筈のマーフォーク達は食べられでもしてしまったのか?
存在していた証を何一つ残さず、全員が姿を消し
その小さな要塞都市で生き残った人は、片手で数えられる程度の人数・・・
その後ショック死した者と、火傷の治療虚しく命を落とした者を省くと
幼い2人の兄妹が残るのみとなる
保護された2人の子供は、運よく一緒に学園要塞都市へと迎え入れられ
その学園都市の英才プログラムの中で暮らす事となった。
その時から、9年程度が経過し…その時に保護された子供の一人
高校受験を控えた中3の「小林 故春」は
2段ベットの下の段で、保護されるずっと前の夢を見ていた。
自分の父親と、自分、自分を産んで死んだと言う
自分の名前の語源、顔さえ知らぬ「春」と言う名前の母親
その3人での、幸せな未来の夢
『無いわぁ~マジでソレ!無いわぁ~』と、故春が呟くと
記憶に無い事は無い事柄、故春が父の再婚を喜んだ頃に夢見た・・・
父親と自分、継母と継母が産んだ父との子「桜」との
4人での幸せな未来の夢に切り替わる
両方、共に存在しなかった、叶う事も無い幸せの夢なだったが
『んなモノ、誰も求めてねぇ~し…』と、故春は目を覚ます。
そして、もう一人の保護された子供「故春の妹」は
その2段ベットの上の段・・・
小学6年生の「小林 桜」も、保護される前の夢を見ていた。
今は顔も名前も思い出せない…兄の故春から話を聞いてもしっくりこない
優しい母親と一緒に遊園地に行った時の夢の様子なのだが
兄の故春曰く、その時は親子4人で行った筈なのに
何時も夢の中での桜は、自分と自分の母親との2人きりで行った事になっている
その頃の記憶が曖昧で・・・その前の記憶が全く無い桜は、夢に恐怖する
『逃げなくちゃ!また、今日も赤い色が襲って来る』
桜は夢の中で母親の手を振り払い、振り切り走る
桜の背後で幼い自分が、母親と手を繋いだまま
『駄目だよ、思い出してみて』と、桜に向かって言った
桜は怖くなって夢中に走り、夢の中で転倒して
『何処へ行くの?』と腕を母親のに掴まれ、目を覚ました。
『大丈夫か?魘されてたぞ?』
夢から覚めた桜の視界に一番最初に入ったのは
自分の腕を掴む兄の故春の姿だった…桜から安堵の吐息と涙が漏れる
故春は、桜の涙を手近にあった箱に入ったティッシュで拭い
『また、怖い夢を見たんだろ?』
保護された頃、恐怖で真っ白になってしまった桜の髪に
優しく触れ大切そうに撫で、恋人の様に唇で触れる
『傍に居てやるから、今度は安心して眠れよ…
それとも、眠りたくないか?一緒に起きててやっても良いけど…』
とても心配する故春に悪い気がして、桜は『一緒に寝てよ』と呟いた。
『まだまだ、子供だな』
故春は軽く笑い、桜の布団に潜り込んで桜を抱き締めた
桜は安心感のある心地良い故春の体温に包まれ
再び夢の世界へ、今度は幸せなだけの夢の中へと落ちて行く
3人で使っている寮の一室、この4人部屋の同居人
故春の同級生で親友の「アブサン・スミス」は、一部始終を見ていて
桜が完全に寝落ちした頃を見計らい、向かいの2段ベットの下の段から出てきて
『おいコラ!!成績だけ特待生!シスコン拗らせるのも程々にしろよ』と
小声で突っ込みを入れ
『いい加減にしないと、ロリコン犯罪で通報するぞ』と言う
アブサンの言葉に、故春は気にする様子も少なく
『これくらい、いぃ~だろ?減るもんじゃ無し…』と、笑った。
アブサンは『減る減らないの問題かよ…妹の人権ってヤツはどうなるよ』
と、苦笑いを浮かべる
『それにしても、不思議だよな…お前等って
3年保育の幼稚園の最後の年の半分までと、飛んで
中学に入ってから、今までの事しか知らない俺としては…
お前等、兄妹が孤児になってから何があって
兄嫌いな妹と、妹嫌いな兄にどんな心境の変化があったか知りてぇ~よ
嫌い合ってたのに…どうして今、好き合っちゃってんだよ』
故春はアブサンに向けて自嘲気味に微笑む
『俺の場合は、目の前で死ぬの見て…で、抗えない現実を知って
なんだかんだで孤児になったから…かもな』
『ざっくりした返答だな』
アブサンは素直な感想を述べ溜息を吐いた。
故春は・・・
『子供の頃の事は昔過ぎて、細かく説明するの難しいんだよ』と、前置きして
『んで、桜の場合は…記憶が無くて俺以外にいなかったからだろうよ
他にもいたら、そっちに行ってたかも…そう思うと辛いな』
暗い表情を見せる
『じゃ、思うなよ…つぅ~か、何でソコでネガティブ入るかな?
突っ込み辛いじゃないか』
故春の様子アブサンは困り、頬を指で掻く
『本当に、このまま…この御姫様の記憶が一生戻らなければ良いのに』
追い打ちの様な、故春の独白の様な呟きにアブサンは
『その願いが叶うと良いな』としか、言えなかった。