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ひとり部屋に取り残されてしまったシェリエはどうするべきなのか悩んでいた。ここに来るまでは今日を生きるために必死に働いていたため、暇を持て余した経験がないのだ。そんな彼女が一人、主人の命もなくおいてけぼりにされてしまった。掃除をしたり、片付けをしたりというような気のきいたことができればいいのだが、敬語同様そんなことは今までのシェリエの人生において知ることはなかった。
呆然と立ち尽くし、次の行動を思案するシェリエ。
まず、この場から移動をしていいのかが彼女にとって大きな問題であった。動くことも留まることも良いとは言われていない今、どちらの選択が正しいのかを考えなければならないのだ。シェリエを置いていった主人としては、今まで彼女のもとに買われてきた人間の行動から言わずともわかるだろうと高を括ってのことだったが、シェリエはそのどれとも違う環境で生きてきた。だからこんなことすら自由に選択できないのだ。選択する余地すらなかったシェリエには。
主人が出ていった時のまま微動だにしないシェリエ。その姿をはたから見れば、ただの置物に相違ないだろう。
そして、直立したまま物音ひとつたてなかったからなのかシェリエが取り残された部屋には見知らぬ客人が侵入してきた。
「ここがあの女の部屋ね!」
ばんっとドアを破壊する勢いで入ってきたのは主人によく似たドレスをまとった女だった。これが主人が口にしていたあの子たちなのだろうか?と冷静に思考を巡らせていたシェリエだったが、侵入者と目が合ったとたん間違えたと察した。
何を間違えたのか。それは今までの行動とその選択をで、問題が発生してしまったであろう今、後悔しても仕方がないのだが解決策を生み出すにしたって時間を要することは間違いないだろう。
コツンコツンと踵の高い靴が床をけるたび、シェリエの視界では女の姿が大きくなっていく。女の目的が何かは分からないがこれ以上自分自身に近づかせない為女と同じペースで一歩一歩後ろへ下がっていたシェリエだったが、シェリエの後ろにあった空間はそんなに広いものではなかったためすぐに背中は壁についてしまった。もう逃げ場はない。
「あの女はどこ?かばったって無駄よ、どうせあの女は死ぬんだから」
眼前に迫るかっと開ききった狂気的な瞳をシェリエは今まで見てきたどんな猛獣よりも恐ろしいと感じた。森の奥を徘徊する飢えた肉食獣に襲われた時でさえも、背中をぐっしょりと濡らすことはなかったのだから。