③
そんなものに縋ろうとするのが間違っている。
「…そうですか」
どうでもいいと明言しているかのような声のトーンで発するのは、適当な相槌。
「そう、正にそれよ!興味なさげに同意されるのにも腹が立つわ。少しぐらい反抗してみせなさいよ」
主人がガミガミうるさかろうと、それすらシェリエにとってはどうでもいい事でしかない。買われてしまったこの身、これから先の生涯はこの人に飼われて生きていくしかないのだから反抗心など起きようもなかった。
「シェリエ様、旦那様がお呼びです」
扉の向こうから主人についているメイドの凛とした声がかかった。
旦那様というのは主人を愛人にしている貴族様。シェリエはまだその姿を目にしたことはないが、きっとその貴族様も主人同様ろくでもない人間だと思っている。だって、愛人を堂々と囲うような性格をしている人物が誠実であるはずがないからだ。
「今行くわ」
主人はメイドの声にそう返すと、窓のそばから離れ姿見の前で衣服を整えた。自らの手で服装をただすその姿を不思議に思ったシェリエは
「そういうことはメイドの仕事じゃないの?」
と、主人に声を掛けた。
「それとも、それも買われた私の仕事なのかしら?」
それならば仕事を覚えなくてはならないと、シェリエは主人の一挙一動をすべて記憶つもりで観察し始めたがすぐに主人から否定の声が入る。
「違うわ」
髪にきらきらと光るたくさんの宝石が埋め込まれた髪飾りを刺しながら、主人はこう続けた。
「ここに居る女は皆、愛人の座を狙っている人間ばかりなの。来たばかりの頃はそれを知らずに随分と痛い目にあったわ。だからシェリエ、あなたもあの子たちを信用たらだめよ」
それは忠告なのか命令なのか分からない言葉だが、どちらにせよその言葉に従うことが賢明だと思ったシェリエはその言葉にコクリと頷いておいた。
「そうそう、くれぐれもあの子たちをここに入れないであげてね」
そして小さく開けたドアの隙間から、身を滑らせるようにして主人は外へと出かけていったのだった。