①
とある女が貴族の愛人に買われた。
その事実は村中に一夜にして広まった。飢餓で毎日何十もの人間が死んでいる村。そんなところの人間が貴族に買われることなど滅多にないことだからだ。
だがそれは幸せな事だとは限らない。
生死をさまよう毎日よりも苦しい世界に放り込まれる事もあるのだ。だからこそ噂になる。
彼女はどうなったのかと。
一方、買われた女は頬に傷を作っていた。
「ケイ語なんて言葉、誰も教えてくれなかったんだから仕方ないじゃない」
ガーゼに包まれた左頬を抑えながら、彼女はまだ見ぬ主人に悪態をつく。
鬱血痕と痣が目立つ、今にも折れてしまいそうなほど細い手足を体に引き寄せ、広すぎる部屋の片隅で体を縮こませるのがここに来てからの彼女の毎日だった。
シェリエ・クラウス。
見たことも聞いたこともない彼女の買主に会うためには、それ相応の躾が必要らしい。その為、彼女の体には毎日生傷が絶えない。教育と言う名の暴力を、ただ無情に受け流すのが日課となっていた。
そんなある日、彼女の元に客人が訪れた。みすぼらしい買われた時のままの彼女とは対象的に、煌びやかな衣装をその身にまとった本の中のお姫様のような人物が。
「あなたがシェリエ?」
挨拶よりも先に女が口にしたのは、主人の名。
「ええ、そうよ」
そして、それは買われた彼女の名でもあった。
「そういう貴方は?」
彼女の名がシェリエだと知っているのは、少数人しか存在しない。そして、その中でも目の前の女の容姿に当てはまるのは一人しかいなかった。
「シェリエよ」
これがシェリエと主人との初対面であった。




