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第一巻・第一章-03

「思ったより遅かったね、ユキ」

 カーテンを閉め切って照明を落とした生徒会室。その暗がりに潜むように、奴は悠々と立派な椅子に腰かけ、鷹揚な態度で俺たちを迎え入れた。

「それとも、僕の期待値が高すぎた?」

 にやにやと嫌らしい笑みを浮かべているのが、見えずともその口調からわかる。室内を見渡してみると、どうやら他の人影はないようで、人払いは既に済んでいるということなのだろう。

 まったく、用意の良いことだ。

「勝手に期待して勝手に失望するなら、俺はお前さんに付き合ってやる必要はないな。そもそも俺は、お前さんの期待に応えるために動くわけじゃないからな」

「ヘイヘイ、don' say、連れないことは言いっこ無しだろ? ちょっとしたお茶目さ、こんな些細なことで気分を害さないでくれよ」

 Com'in。諸悪の根源、エリック・マクダウェルは短くそう言うと、ちょいちょいと小さく手招きをする。

 扉を閉じながら、生徒会室の闇の深さをより高めながら、俺と数寄屋すみれは室内へと足を踏み入れる。かちりと、後ろ手に扉の錠を落とした。

「あー、そうだな、何から始めよう、ユキ。まずは、自己紹介からした方がいいのかな? お初のお嬢さんもいらっしゃることだし、ねぇ?」

「新聞部の後輩だ、知ってるだろ、生徒会長様?」

「もちろん、知ってはいるさ。ただね、紙に書かれた情報なんて一側面でしかない、僕はそう言ってるんだよ。maybe、ユキ、君がもし雑誌のグラビアを見ただけでその娘のことを『知ることが出来た』と思うんなら、こんな話は馬鹿馬鹿しいと思うだろうけどね」

 へらへらと、マックは笑う。すらすらと、まるで書き上げられた原稿を読み下すように、滑らかに言葉が吐き出される。

「名門、私立東峰台中学校出身、かつては全国大会優勝経験もある新聞部の一員にして、歩く百科全書。全国中学生模試では九期連続で五指に数えられた才女、知っていることなら何でも知っている『忘れない女』。etc. etc. 僕が知っていることな、まだまだまだまだある。それは、君が有名人だから」

「それだけ知ってるなら」

「でも僕は。目の前の彼女のことを何も知りはしない。名前くらいか、僕の知っている中で確証に足る情報は。ねぇ、数寄屋すみれ女史? 君は何者だい? 僕はね、that's all、それだけなんだ、それだけのために生きているような人間なんだよ」

 悪い癖だ。カーテンの隙間から漏れる光を背に受けて、細かい表情までは読み取れないが、愉快そうに笑っていることだけは、歪んだ笑みを浮かべていることだけは理解される。

 こうして人の内心を抉るのが好きなのだ。歪な愉悦だ、吐き気がする。

「マック、いい加減にしろ。さっさと本題に入らないなら、俺らは降りるぞ」

 マックの視線を遮るように、俺はすみれと奴との間に身体を割り込ませる。いつもの巫山戯たほどの自由な振る舞いも、実のところこいつにしてみたら猫を被っているのだ。おそらくそれを理解しているのは、この学校には副会長殿と俺との二人しかいないだろうが、それは間違いない。

 素のこいつ、ストッパーのいないこいつは、毒だ。薄めずに用いた薬が毒に変わるように、触れるだけで侵される強い毒だ。

「いいのかい、そうなれば、新聞部は」

「上等だ、廃部だろうが何だろう、したいならしろ。お前がそれでいいなら、してみろ」

「っは、I kid you not、まったく本当に。冗談、冗談、ちょっとした掴みのJokeだろう、ユキ。そんな目くじらを立てないでおくれよ、お茶目だろう? 僕と君とは、お互いにメリットのある関係じゃないか、こんなところでけんか別れなんて不本意だ」

 ぱっと。切り替わるように、笑顔の質が変わる。即座に猫を被り直したのだ、まったく器用なものだ。

 だが、冗談冗句で話を終わらせてくれるなら、まだましな方かもしれない。ひどいときは関係が破綻するまで直進することしかしないから、そうならなかっただけ重畳というものか。

「それなら、さっさと本題に入れ。俺の大事な後輩に粉かけようなんて許さねぇぞ。こいつのことなんて、俺のかわいい、優秀な後輩ってだけで十分なはずだろ」

「you say、そう言うなら、今はそういうことでいいよ。僕は少し楽しくないけど、ユキがそれを望むってんなら、僕はガマンするさ、今はね」

「未来永劫我慢してろ。で、今回は俺に、…、俺たちに、何しろって?」

「簡単なことだよ、it's easy job、難しいことなんて何もない。新聞部なら慣れっこなはずだよ」

 少し大げさな仕草。ゆったりとした声音。優し気に緩められた表情。奴という存在のすべてが、安心だ、心配ない、イエスと言えと叫んでいた。

 ほぼ間違いなく、何かしら危険なことか、あるいはヤバいことをやらせようとしている。俺はそんな態度に騙されはしない。

「ちょっとね、体験取材でも、してきてもらおうかと思ってさ」

 そう言って、生徒会長殿はにこりと穏やかに笑う。背中に、『なんだそんなことか』というような、数寄屋すみれの安堵の気配を感じた。本当に慣れ親しんだことを挙げられて、もう心配ないとでも思っているのかもしれない。

 だが、その穏やかな笑顔こそが、俺にとってみたら最大の不安要素に違いなかった。こいつはむしろ、にこやかな笑顔で友人を背中から刺すようなやつなんだから。そもそもからして、信用することのできる相手ではないのだから。


…………


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