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第一話・プロローグ

「ハローハロー、新聞部、どうだい新作特ダネいらんかね?」

 ガラリと、ノックもなしに部室の扉が開いた。

 取材の旅に出た部員ちゃんたちは、少なくともあと一時間は戻ってこないはず。

 となると、ここを訪れてくるようなやつはもう一人しかいない。

「いらない、知らない、書く気ない。ついでにも一つ、お前のことは呼んでない」

 俺は、顔も上げずにそう言い捨てる。どうせろくでもない情報を持ってきたに違いない。それ以外の可能性なんて、そもそもからして存在しないのだ。

 だから俺は彼に対してまともに取り合わない。取り合ってまともな結果に落ち着いたことはあまりないから、経験的にそうしない方が得策だと知っている。

「ノーバッドなライムだ。but、ノーグッドなニュースがある」

 ぎ…、とパイプ椅子が鳴る。どうも帰ってくれるつもりはないらしい。

 頼むから帰ってくれ、俺は週末に発行する最新号の記事を書かないといけないんだ。今週は残念ながらネタ不足で、一つ一つの記事を充実させなくては紙面のクオリティを保つことが出来ない。

 お前のために使っている時間はない、本当に頼む、帰ってくれ。

「聞く気ないって、言ってない? 用はないんで、帰ってくんない?」

 バチバチとキーを撃ち込みながら、学校で起きた瑣末な出来事を大仰に書き連ねていく。

 俺たちの新聞、『白石週報』はゴシップだ。正確な情報を正確に伝えることも大事だが、俺らがつくってるのはなにより面白いと思われてなんぼの紙っぺらである。

 それでも適当に書いてウケるかと言えばそんなことはない。全身全霊を賭けて、身を削り命を削り書かねばならぬ。だからお前に構っている時間は、今は、びた一文としてないのだ。

「ヘイ、you men、聞いておいても損はない。聞かずにあとで文句言わない?」

 珍しく、粘る。俺が聞かないと言ったら潔く引き下がるのが奴だった。なぜなら奴は、ここにはただ仕事をサボりにきているだけだから。

 サボりにきてまで苦言を呈されるなんて、奴としても本意ではないのだ。ただでさえ職場である生徒会室は、鬼の副長様のおかげで想像もつかないほどギスギスしているそうなのだから、せめてサボりにきた先でくらい心安らかに過ごしたいというのが本音らしい。

 だから、粘るからにはそれなりの理由がある。これまでも、けっきょくはそうだった。

 どうしても伝えないといけないことがあるとか、どうしても聞いてほしいことがあるとか、今までもそういうことが多かった。

「…、ったよ、そこまでいうなら聞いてやるよ、エリック・マクダウェル」

「Good boy、だ。聞き分けのいいスマートさが好きだよ、僕は」

 もちろん、だからといって、それが奴の、マックのただの気まぐれじゃないなんて言い切れはしないわけだけれど。

「ユキ、部長会からのultimatum、最後通牒ネ。新聞部は、今週末をもって今度こそ廃部、オーケー?」

 マックが吐き出した言葉に、俺の指が止まる。チカチカと、テキストエディター上で黒いバーが明滅する。ちょうど校正用のPCに繋げたプリンターが紙を吐き出し終わったようで、ピーと間の抜けた音が鳴る。

「ヘイ、ヘイヘイ、オーケーなわけないだろマック。聞いてないぞそんなこと。ファックオフだ、そんな前触れもない告知は」

「前触れがない? そりゃそう、of courseよ、ユキ、だってユー、昨日の部長会サボったネ?」

「…、サボったんじゃない、寝過ごしたんだ」 

「んなこと知らんよ、そういうことは僕じゃなくて牧師様にでも告解するんだね」

 身体に半分流れるアメリカの血がそうさせるのか、マックは大仰に肩をすくめると無慈悲に笑ってそう言った。

「冷たいこというなよマック、お前さん、お偉いさんじゃねぇか。助けてくれよ」

「それこそ、I have no idea、知ったことじゃない、僕に出来ることなんてないさ。僕の権限なんてものは、副長氏に根こそぎ取り上げられてるんだから、何が出来るってんだ。ま、こういう場合どうしたらいいかなんて、君の方がよく知ってるじゃないか、経験者氏よ」

 懐から取り出した書類を二枚、マックは手近な机に放った。ひらりと舞ったそれは、おそらく部長会からの廃部通知書類に違いない、前にもそれを見たことがある。

 誇れることではないが、こういうことは慣れたものだ。慣れたいと思ったことは一度もないが、いつもこういうことになってしまうのだ。

「どうしようもないにしても、よかったじゃない、最後にパッと派手に散れる。大見出しは、『新聞部・完!』とか、愉快なので頼むよ、ユキ?」

 月曜には部室を空けてくれよ。生徒会長、エリック・マクダウェルはかんらかんらと笑いながら、愉快そうに俺の目の前から姿を消した。

 これは参った、俺はそんなことを考えながら頬を掻く。これまでどうやって廃部宣告をくぐり抜けてきたかと記憶を巡らせてみても、今回ばかりはさすがに『そういう』寝技も使えそうにない

「入部したばっかの後輩ちゃんもいるわけだし、潰させるわけにはいかねぇんだよなぁ……」

 ふと、彼女の定位置でもある部室隅の仮眠用ベッドに目を遣った。今はさすがに無人のお布団セットが、片付けられちゃうの? と不安そうな声をあげた、気がした。

 そうだな、俺だってお前らとのお別れは辛いし、命の次に大切なこの新聞部がなくなるなんて受け入れられない。また、なんとかするしかないってことか……。

 俺はそっと、小さく小さくため息を吐いた。


…………

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