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影操師 ―絶対の血―  作者: 伯灼ろこ
第一章 吸血鬼の村
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 7節 死刑執行

 霖がシャドウ・システム総本部――ヴェル・ド・シャトーへ戻ってから3日後。未だ終わらない臨時の任務に励んでいた。

「ごめんねぇ。この任務に就くはずだったシャドウ・コンダクターがこの前の戦いで死亡しちゃってサ、適任が他にりっちゃんしかいなかったんだよぉ」

 可ノ瀬朧はいつものニヤニヤ顔で、本当に申し訳ないと思ってるのかどうかわからない謝罪の言葉を述べていた。

「僕は別に構いません。確かに、人質を拷問して情報を聞き出すというのは――僕の得意分野ですから」

 霖はそう言って、牢に繋がれた20代の女性を冷たく見下ろした。女性は霖を見るなり怯え、失禁をする。

「うふふっ、りっちゃん怖ぁい。あ、まさかあーちゃんまで怖がらせてないだろうねぇ??」

「杏さんですか? いいえ、任務において護るべき対象を怖がらせるような真似はしませんよ」

「んー。それを聞いて安心したー。あーちゃん、結構ナイーブだからさぁ」

「でしょうね。かなり精神が不安定です」

「弱虫なお姉ちゃんに優しくしてあげてねぇ」

「? 杏さんはおいくつなんですか」

「え、聞いてない? あーちゃんは17だよん。りっちゃんの1個上ー」

「そうだったのですか」

「つまり7歳の頃から、あの洋館で牢獄のような暮らしをしてるのっ」

「…………」

 可ノ瀬が何を言わんとしているのか、まるで分からない。霖は可ノ瀬を無視し、拷問の続きを始めようとした。そんな霖の元へ、花を司るシャドウ・コンダクター、山茶花さくらがやってくる。

「口無さん。総帥が拷問の途中経過を報告しろですって」

「そういえばまだでしたね。今、行きます」

 霖は牢の鍵を閉め、階段を上がろうとした。その時、珍しく可ノ瀬の驚いた声が響く。

「えっ? なんでさくちゃんがここにいるのー?」

「……はい?」

「だって、りっちゃんが不在の間のあーちゃんの世話係……頼んだじゃん」

 霖も「えっ」と後ろを振り返り、さくらを見る。

「ああ、なんか、夏来さんが“俺が代わりに行くから大丈夫だ”って……。夏来さん、朧さんと一緒に吸血鬼の世話係をしてたんでしょ? “要領は俺の方が分かってるから、任せろ”と。……え? 知らなかったんですか?」

「……なっちゃんから、そういう報告は受けてないよ」

 可ノ瀬は笑顔のまま、少し硬直していた。そして霖を呼び止め、こう言った。

「拷問はボクが引き継ぐよ。りっちゃんは洋館に戻ったげて。なっちゃんに会ったらお礼、言っといてー」

「…………」

 あれだけ霖にしか適任がいないと任せていた拷問。それをいとも簡単に代わると言った可ノ瀬。胸騒ぎを覚えた霖は、急いで吸血鬼の村へとマンティコアを飛ばした。


“え……なに、これ。死刑囚たちが洋館に集まってる。いえ、侵入してるわ!”

 時刻は深夜。松明を片手に集まった村人たちは異様な熱気に包まれている。霖は村人の中にマンティコアを降下させ、怪物を見て驚く村人たちを無言で斬り殺してゆく。その手には波動を放つ刀――空破くうはが握られている。

“どうして? こいつらは、杏に危害を加えないよう、操作されてるはずじゃあ――”

 村人を噛み殺し、引き裂き、填魁が悲鳴のような声を上げる。

 玄関扉を占拠していた村人を斬殺し、霖は洋館に飛び入る。

「これはどう見ても――吸血鬼退治という設定だな」

 村人が持つ武器はどれも銀製のものばかりだ。十字架やにんにく、杭までもご丁寧に用意している。

「……退け!」

 霖が両手に念を込めると、廊下にギュウギュウに詰まっていた村人たちが洋館の壁を破壊して外に飛び散る。目に見えない波動が村人たちを襲ったのだ。

 開けた廊下を疾走し、洋館の最奥――寝室へ辿り着く。そこには、杭を打たれた小さなコウモリ、力無く壁に寄りかかる血だらけの杏の姿があった。杏の周囲には、これまた血だらけの十字架や杭が散乱している。杏の身体の至る所に空いた穴が、その理由を物語っている。

「愚かな……私は、お前たちが思うような……吸血鬼ではないというのに……そんな小道具では……私は……殺せない……」

 口から血を吐き出しながらも村人たちをギロリと睨む杏。

「そんなこと、やってみなくちゃわからないわ! これを心臓に突き立てれば!」

 村人の女性が、手にした杭で杏に襲いかかろうとした。しかし走り出した直後、霖の波動が女性を寝室の奥へと吹き飛ばす。女性の身体は、壁に衝突する、べちゃっ、という鈍い音と共に飛散した。

「誰だ?!」

 吸血鬼退治の場に突如として現れた少年、口無霖を見て村人たちが再び騒ぎ始める。杏も霖の存在に気付き、しかし安堵している様子は一切、見受けられなかった。むしろ、何故この場にいるのかという驚きがあったようだ。

「霖……」

 霖はあくまで無表情である。狂気に満ちた死刑囚に今にも殺されそうになっている少女という構図を見渡し、静かに、しかしハッキリと宣告した。

「死刑囚の皆さん、予定が変更されました。今から全員同時に死刑を執行させて頂きます」

 寝室の窓が一斉に割れ、壁にヒビが入る。霖から発せられた波動が、目に見えない攻撃として村人に襲う。ある者は外まで吹き飛ばされ、ある者は体内から破裂する。

「杏さん、無事ですか」

 死刑囚の死体を踏み台にし、霖が杏の元へ走り寄る。杭に打たれ、動かなくなったシャドウを抱きかかえる杏もまた、死の淵に立たされていた。

「ここはもうダメです。何故こんなことになったのかは知りませんが、一度、総本部ヴェル・ド・シャトーへ戻りましょう」

「…………」

 しかし、杏の視線は怪我を負った霖の腕へと注がれている。波動を放った際、飛び散ったガラス片や瓦礫で肉をえぐったのだろう。赤い血が、艶やかな色味を帯びて流れている。

「……飲みますか」

 杏の視線に気付いた霖が、誘惑の言葉を囁く。杏は慌てて首を振る。

「ですが今の杏さんの様態では、本部へ辿り着く前に死ぬかもしれない。仮に杏さんが死なずとも、ベリアルは確実に死にますよ。こんな小さな身体に、大きな杭を打たれて……可哀想に」

「…………」

 ベリアルは、杏を庇って杭に打たれたのだ。力の弱い自分は、主人の盾になるくらいしか役に立てないと、ベリアルはそう言っていたそうだ。杏はベリアルの頭を指で撫で、下唇を噛む。

「吸血鬼め! 仲間まで呼びやがって!!」

 まだ生き残っている大勢の村人たちが寝室へ突入してくる。まだ迷う杏に対し、霖は自分の手の平を刀で斬りつけて溢れた血を差し出す。

「貴女は吸血鬼などではない。わかっていますよ、僕は。これはただの栄養剤だ――」

「霖……」

 杏は霖の手を両手で掴み、ゆっくりと顔を近付ける。そして遠慮がちに出された舌が、やがて貪るように霖の血を吸い上げてゆく。

(――――)

 このとき霖は、自分の血を杏に吸われるという、言いようのないゾクゾクとした感覚を覚える。血を吸う杏の姿があまりに美しかったこと、その餌となっている自分――。

“力が……漲る。これは、シャドウ・コンダクターの血か……”

(?!)

 死んだように動かなかったベリアルがカッと目を見開き、その姿を徐々に変化させてゆく。杏が霖の手の平の傷痕を舐め終わる頃には、ベリアルの姿は小さなコウモリなどではなく、身の丈3メートルの夜王――ドラキュラへ変貌していた。全身は鱗に覆われており、羽ばたくと地響きと轟音を起こす翼を持ち、先端に針を持つ尾を生やした怪物だ。

 ベリアルは太い足を床に着け、腹に刺さっていた杭を引き抜いては村人へ投げつける。運悪くその杭に当たった男性は、寝室の壁に磔となった。

“――我が名はベリアル。血を司るシャドウ・コンダクター、杏様の下僕なり! 貴様ら、我が主人にこのような仕打ちをして……生きて村から出られると思うでないぞ!”

 轟くベリアルの怒声。弱きコウモリだった頃とは比べものにならないくらいおぞましく、誰もが平伏してしまう。杏が吸ったシャドウ・コンダクターの血は、ベリアルにまで力を与えたようだ。

「霖……ありがとう」

 杏は着ていたネグリジェの裾を千切り、包帯代わりにして霖の手を覆う。

「逃げられますか」

「……いいえ」

「?」

「まず、この死刑囚たちを掃除してから戻るわ」

 シャドウ・コンダクターの血を得た杏は、誰が見てもわかるほど力に溢れていた。ベリアルほどの変貌は無いにせよ、あの弱々しい少女は――。

「我が名は杏……血を司るシャドウ・コンダクター。私が責任を持って、死刑を執行します」

 杏が寝室の床を蹴ると、小さな地震と共に床に亀裂が入り、裂ける。その裂け目から赤く輝く剣――吸血剣ヴォレミアが勢いよく飛び上がってくる。杏は剣をしっかりと掴み取り、構えた。

「ベリアル、食事の時間よ。今回は制限無し。好きなだけ、血を貪りなさい!」

 ベリアルははしゃぐ子供のように死刑囚の群れに飛び入り、首や腕、足を引きちぎっては溢れる血を飲む。事態の変化に死刑囚たちは明らかに恐怖を覚え、逃げる。

「待ちなさい。吸血鬼の村という鎖から解き放たれた今――お前たちを村から出すわけにはいかない」

 杏は逃げる死刑囚を捕まえ、斬り裂く。人間とは思えない腕力で死刑囚の頭を壁に叩きつける。全ての攻撃に容赦は無く、彼女もやはりシャドウ・コンダクターなのだと痛感させられる。

(なにが自分は吸血鬼じゃない……だ)

 それ以上に冷酷な、化け物に成り果てている。でも。

(弱々しかった頃と比べると、こちらの方が好みだな――僕は)

 霖はほくそ笑んでしまう自分を止められず、笑い声を上げながら死刑囚を殺してゆく。

“霖様。なにが面白いの?”

 館内に侵入していた死刑囚を皆殺しにし、外へ出てきた霖に対して填魁が問い掛ける。

「いや、別に。ただ、とても気分が高揚する出来事があってね」

“ふうん……あの子のこと?”

 填魁は、無数の死体の山の上に立つ杏を見て言う。漆黒の髪は血で染まり、不健康なほどに白い肌も赤く血濡れている。それでも彼女は決して、霖以外の血は口にしていなかった。

 霖は、崇めるべき対象を見つけたかのように胸に手を当てている。

「そうだよ。……美しいだろう」

“はぁ。霖様の趣味、わかんない”

 霖は杏のもとへゆっくりと近付く。

「杏さん」

 名を呼ぶと、杏はビクッと肩を震わせる。どうやら、霖に見せたくない自分をついに見せてしまったことに恐怖を抱いているようだ。先程まで、あれほど化け物の如く死刑囚を殺していた少女は、我に返ったかのように怯えていた。

「血の使い手として、お手並み拝見させて頂きました。素晴らしいですね」

「素晴らしい? 私はただの吸血鬼よ……」

 あれほど自分を吸血鬼だと呼ばれることに嫌悪感を示していた杏は、自暴自棄になったように己を吸血鬼だと言う。

「何故、そう思うのですか」

「だって、貴男の血を、貰ってしまった。いくら助かる為だといっても、人間の血を飲んでしまったことに変わりはないわ……。そして得た力。これを吸血鬼以外の、何だと言うの?」

「確かに、人間の生き血を飲まねば通常の生活すら送れない人を普通の人間とは呼べないですね。しかし血を断つと死に至るのなら、飲むしかないのも事実でしょう」

「…………」

「僕の血の効果は、どれほど持続するのですか」

「……保って、1週間……くらい」

「なるほど。しかしあの程度の血液量でこれほどまで強くなれるなら、僕は血の提供を惜しみませんよ」

「?! 霖っ、なにを……」

「その代わり、杏さんには僕の妻になって頂きますが」

「……え?」

「冗談です、気にしないで下さい。――そもそも、餌場が壊滅した今、貴女は何を頼りに生きるつもりですか。自分で狩りも出来ない、またする気も無いなら死を選ぶ他ない。ここでベストな選択肢は、飲む血を僕のものに限定することです。僕は別に貴女を吸血鬼だと軽蔑していませんし、貴女が人間の生き血を吸ったと知っているのは僕だけだ。それに、血を吸われたところで直ぐに回復します。僕はシャドウ・コンダクターですから」

「でも……」

「それとも、組織が新たな餌場を用意してくれるのを待ちますか。僕は別にそれでも構いませんよ。選ぶ権利を持ってるのは貴女だ――しかし、また自由を手放すことになりますが」

 霖がスラスラと喋る内容は尤もであり、杏にとって都合の良すぎる提案だ。シャドウ・コンダクターの血を定期的に摂取出来れば、これほど自由に生きれることはない。しかし、なんだか霖の思惑通りになっている気がしてならない。

「貴男って……意地悪なのね」

「そうでしょうか」

 杏は、会ったばかりのこの少年を見つめ、本当に信じてよいのか迷う。だが、信じるしか残された道が無いのもまた事実。

「そうね……またあいつが現れても、今度こそは対抗出来るように……ならなくちゃ」

「?」

「いいわ。私はこれから、霖の血だけを貰う。妻云々の話は、また今度ね」

 杏は差し出された霖の手に自らの手を重ねた。

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