表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影操師 ―絶対の血―  作者: 伯灼ろこ
第一章 吸血鬼の村
6/24

 6節 書き換え

 杏が次に起きたのは、3日後だ。通常の人間は、どんなに疲れていようが3日間も眠り通すことはないが、杏にとって3日後に目覚めることはかなり早い出来事だった。3日前に大量に摂取した動物の血のお陰だろう。

 しかし杏は、目覚めてみて愕然とする。冷蔵庫に入れておいたはずの動物の血が、霖が用意した血が全てなくなっていたのだ。

「血はナマモノだ。腐りやすいから、捨てておいた」

 夏来が言うことは一見、真っ当のように聞こえる。

「……私は、血を司るシャドウ・コンダクターよ。たとえ腐ってる血でも私の体内に入れば新鮮なものになる。それくらい、ご存知でしょ」

「ああ……そうだったか。悪い、忘れていた」

 杏はあからさまに顔を歪め、夏来の傍から離れる。

「待て、杏。飲むなら動物の血ではなく、俺の血にしておけ」

 夏来は杏の腕を掴み、離さない。

「動物よりも人間、人間の中でもシャドウ・コンダクターの血は良く効くんだろう?」

「私は吸血鬼じゃないって言ってるでしょ! もう最低! 出てってよ。霖に戻って来てもらって!」

 眠ってばかりではなく、自由に動ける自分がとても嬉しかった。それをどうして、杏の苦しみを知っているはずの夏来がそんなことをするのだ。

「杏。俺たちは5年もの間、一緒に暮らしてきただろう? 来たばかりの男よりも俺を頼りにした方がいい」

「そうね。でもこれからの5年間は気の使い手、口無霖で結構です」

「杏!!」

「?!」

 夏来は杏を廊下の冷たい床に押し倒し、乱暴に唇を奪った。暴れようにも、普通の人間すら殺す力の無い杏に、シャドウ・コンダクターの男を相手に抗えるはずがなかった。

 杏の口内に夏来の舌が滑り込み、奥へと逃げる杏の舌を絡め取る。

「いや! なにすんのよ!!」

 やっと唇を解放され、杏は喚く。

「杏……好きだ、愛してる。ずっと、こうしたかった。ここに派遣されていた5年間、ずっと我慢していた。杏は寝てばかりだからいくらでもチャンスはあったと思うだろ? 違う。派遣は2人だ。もう1人のシャドウ・コンダクターがいたせいで、俺は我慢せざるを得なかった……なのに、どうして俺の後任から派遣は1人になったんだ。口無が憎い……」

「は……?」

「どうだ? 口無とはもう済ませたのか? お前はこんなに綺麗だからな。1つ屋根の下で暮らしていて、口無が我慢出来るはずがない」

「お前……」

 夏来の右手が、杏の頬から首筋、更にその下へと移動する。杏は身を強張らせ、誰でもいいから助けてほしいと切に願った。

「ベリアル! 助けて!!」

 名を呼ばれたコウモリが、杏の影から飛び出して夏来の顔面を引っ掻く。夏来は思わず顔を両手で覆い、杏はその隙に逃げる。

「この……吸血鬼の下僕如きが!!」

“ぐっ”

 ベリアルの翼を掴み、廊下に叩きつける夏来。杏はハッとして走り戻り、夏来からベリアルを奪い返す。

「やめて!」

 同じく血が欠乏しているベリアルも本来の力を出せず、夏来には掠り傷を負わせる程度の攻撃しか出来ない。杏はベリアルを抱きかかえ、寝室に逃げ込む。

“杏……すまない。我の力が、もっと強ければ”

「違う。お前のせいじゃない。お前は、私の単なるワガママに付き合わされてるだけなの……」

 寝室でガタガタと震える杏。杏たちシャドウ・コンダクターが恐れるべき相手は影人のはずなのに、どうして同族を――しかも組織の仲間を恐れなくてはならないのか。

 コツ、コツと近付いてくる夏来の足音。意志とは関係なく悲鳴が漏れる口を押さえ、杏は必死に打開策を考えていた。

(このままでは、あいつのものにされちゃうか、殺されるかだわ……)

 コツ。足音が、寝室の扉の前で止まる。杏は、一か八か大声を張り上げる。

「来ないで! その扉を開けるなら、私の血をあんたに飲ませて絶対命令拘束を発動させるわよ! 命令内容は、自害かあるいは謀反を起こして組織に処罰されるか――どちらが良いかしらね!!」

 かなり震えた大声だった。これが夏来に通じるかわからないが、杏の血に絶対的命令拘束力があるのは事実だ。

(さぁ、どうなる……?)

 杏はベリアルをギュッと抱き締め、異常なくらいに流れる冷や汗を感じていた。

「――杏」

 扉の向こうから聞こえるのは、意外にも落ち着いた夏来の声だった。

「お前の気持ちはよく分かったよ。本当は、こんなことしたくないが……気をつけろよ」

「……なにが?」

 それっきり、夏来の声は聞こえなくなった。気配で、夏来がこの館にいないのが分かる。杏は拍子抜けしたように寝室から廊下に出て様子を窺う。誰もいない。

「なにを気をつけろっていうの……」

 意味がわからない。

“杏。これはまずいことになったぞ”

 ベリアルが外を見ろと言う。何気になしに玄関扉を開いた杏の瞳に写ったのは、種々様々な武器を携帯して館へ向かってくる――死刑囚たちの姿であった。その数、約5000。

「…………」

“やりやがった。村人たちの思考を操作し、吸血鬼退治に出向かせるとは”

「…………」

“あの男、女を手に入れられないなら殺してしまえと考える糞野郎だったぞ……何が気をつけろだ!!”

「…………」

 杏は静かに扉を閉め、俯いた。


  *

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ