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影操師 ―絶対の血―  作者: 伯灼ろこ
第一章 吸血鬼の村
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 5節 前任者

 霖が本部へ戻った日の夜、杏は珍しく夜更かしをしていた。夜更かしとはいっても、起きていることすら珍しい杏にとって、それが夜更かしと表現して良いのかわからない。ただ霖が用意してくれた血が切れない間は、人並み以上の生活時間が可能のようだ。

「村の死刑囚たちは……もう眠ったかしら」

 明かりの消えた村を見下ろし、杏は呟く。

“山奥の村人たちは早寝早起きという設定が常識だ。もう眠ってるだろう。……まさか人間を狩りに行くのか”

「馬鹿? 私は吸血鬼じゃないわ。それに、生け贄の日はきちんと定めてあるのだから必要ありません」

“それまでは待てないな”

「じゃあ、霖が用意してくれた動物の血で我慢なさいな」

 杏は自分の右肩に乗るコウモリへ血液入りのグラスを差し出す。コウモリは溜め息を吐き、小さな舌を出してチロチロと血を舐める。

“どこへ行く?”

 グラスをテーブルに置き、寝室ではない方向へ向かう主人に対し、コウモリは疑問を投げかける。

「うん……私、ほとんど寝てばかりだったから、ここ数年、外の世界に出てないのよ。村人たちが寝ている時間なら、外に出ても大丈夫かなって」

“止めておけ。やつらは記憶を操作されてるとはいえ、凶悪犯罪者ばかりだ。いつ、脳の奥底に眠る狂気が目覚めるとも限らん”

「大丈夫よ。確かに今の私の力じゃ、第三者にすら適わない。でも、少しだけなら」

“杏!”

「お願い。組織の監視者がいない今がチャンスなのよ。私は吸血鬼じゃない――こんな、洋館に押し込められるだけの人生は嫌」

“なにを戯れ言を。自ら監獄のような暮らしを望んだクセに……”

「違うわ。こんなことになるなんて、想像してなかっただけ」

 杏はコウモリの制止を振り切り、洋館を出る。久しく嗅いでいない外界の空気を吸い込み、深呼吸をする。満天の星空、その中でも一際美しく輝く月。それらを見上げ、やはり外の世界は素晴らしいと思う。

“いいか、少しだけだぞ”

 杏を追って外へ飛んできたコウモリが右肩に着地し、そう忠告をする。杏はにっこりと笑い、「ありがとう、ベリアル」と言った。

 山を下り、村に入る。正式名称など無く、組織からは吸血鬼の村と呼ばれているこの場所は、杏の為に用意された巨大な餌場だ。洋館で10年以上過ごしながらも、今まで村へ降りることがなかったのには、理由がある。それは村へ行く時間がなかったこと。杏は1週間のうちでほんの2時間ほどしか起きていない。その2時間の間に、次に目覚めるまでの栄養――動物の血を体内に取り入れなければならないのだ。

「村って、こうなってたのね! 本当に日本の田舎町そのものだわ」

 作り物とはいえ、その再現力はこの土地の歴史さえ改竄する。異人のアイデアにより栄えた町だと言われると、そう信じざるを得ない。

「私が生まれた町は、どんなところだったのかしら……」

 まだ記憶があやふやな幼い頃に捨てられ、世界を転々とした後にシャドウ・システムに拾われた。例え自分を利用することだけが目的だったとはいえ、組織には感謝している。

「両親の顔、知らないわ。私は天涯孤独の身ね……」

 小さな商店の前に設置されているベンチに座り、杏は夜空をぼんやりと見上げた。

“杏!”

「え?」

 突然、焦ったようなベリアルの声が耳打ちされる。

「どうしたんだ、お嬢さん。こんな夜中に……」

「!」

 村人の男性が1人、杏を発見してしまったらしい。男性は杏に近付き、漆黒の長い髪、血のように真っ赤な目、真っ白な肌を見て何かを悟る。

「見なれない様相だ……村ではなく、世界的に。まさか」

(まずい。気付かれた……?!)

 逃げるべきか、なんとか誤魔化すべきか。どうしようと迷っていた時、男性は口から泡を吹いて地面に倒れた。

「え……?」

 倒れた男性の背中には、大きな針が突き刺さっていた。

「不用意に村へ降りるな。総帥からそう言われているだろう」

「……夏来!」

 夏来と呼ばれた青年は、倒れた男性の身体を折り畳んで袋の中に投げ入れた。その際、関節を無視して折り畳んだ為に血が溢れ、地面を濡らしていた。杏の視線は、自然とそこへと注がれる。

「……飲みたいか?」

 杏は夏来を睨み付け、声を低くして言う。

「ベリアルにあげて。予定外の食事だけど」

 樫八夏来かしやなつきは口無霖の先任だ。少し前まで可ノ瀬朧と共に杏の世話係兼監視役を任されていた。

「夏来、あなた別任務があるんじゃなかったの? どうして戻って来たのよ」

「仕事が一段落着いたんだ。口無が組織に呼び戻された際、非常勤として派遣された」

「ふうん……」

(なるほど。私が勝手なこと出来ないように、監視者の不在は発生しないようにしてるわけね)

 ベリアルは思わぬ食事に喜び、男性の血を貪っている。

「……この男の執行日は?」

「そいつは……」

 夏来は書類をパラパラと捲り、殺した男性の顔写真を探す。

「まだまだ先だ。5年後くらいの予定だった」

「そう。なら、殺す必要なかったんじゃないの? 私を見た記憶を消すなり……」

「騒がれる前の迅速な行動が必要だった。あの場合は薬を飲ませるより先に殺した方が確実であったからな」

 ベリアルに血を一滴残すことなく吸われた男性の死体はミイラのように骨と皮だけになっていた。夏来はそれを再び折り畳み、袋に入れて肩に担ぐ。

「館に戻るぞ」

 せっかく村へ降りて来れたのに……と杏は不服そうに頷き、夏来の後を追って洋館へ戻った。

「なんだ? 妙に館内が血生臭いな……」

 夏来は鼻を鳴らし、顔をしかめる。

「あ、霖が用意してくた動物の血の臭いよ」

 杏はそう言って、業務用の大きな冷蔵庫を開け、所狭しと並べられた血液入りのワイングラスを見せた。

「ほう。これのお陰で村まで降りられたわけか。道理で珍しいと思ったんだ……杏が起きていることが。しかし」

 夏来はワイングラスを取り、臭いを嗅ぐ。

「通常、杏の世話係には2名が派遣されるはずなんだが……何故か今回から1名だけになったようだな」

「ああ……そういえば、そうね。組織も人材に余裕がなくなったんじゃないの? 影人との戦いが激化してると聞くし」

 杏はソファに座り込み、少し気分が悪そうに呼吸をする。

「動物の血液の効果が切れかかっているようだな。飲むか? それとも休むか?」

「ん……休むわ。10年ぶりくらいに長時間起きてたから、疲れてしまった……」

 重くなった瞼を支えきれず、杏は目を閉じる。

「無防備だな……」

 夏来はスヤスヤと眠る杏を抱きかかえ、寝室へ向かう。ベッドに降ろし、月明かりに照らされた杏の綺麗な顔を見つめる。

「おやすみ、お姫様」

 そして杏の頬に唇を落とした。

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