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影操師 ―絶対の血―  作者: 伯灼ろこ
第一章 吸血鬼の村
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 3節 血に秘められたチカラ

 任務2日目、洋館に可ノ瀬朧が訪ねてくる。任務の遂行具合を見に来たらしい。

「任務といっても、次の死刑執行は1ヶ月後ですからね……だから僕がやることといえば、杏さんの身の回りの世話と洋館内の掃除くらいです。ほとんど家政婦ですよ」

 可ノ瀬を居間へ案内し、霖は平穏すぎる任務に対して愚痴ともとれる報告をあげていた。

「え? あーちゃんの身の回りの世話って、具体的になにやってんの?」

「昨夜から眠っていらっしゃるのでまだ何もしてませんが、食事の用意や洗濯、娯楽の提供など考えています」

「あー……それほとんど、必要無いかも」

「? と、言いますと?」

 可ノ瀬は杏について何も知らない霖に対し、苦笑を交えつつ説明をする。

「あーちゃん、1週間のうち6日間は寝たきりだから」

「…………はい?」

「あーちゃん、生け贄の血を飲まなかったでしょ? だから常に重度の貧血状態で起きていられないんだって。つまり、起きてるのは1ヶ月の間で5日間くらいかな? しかも、そのうちの数時間。だから実質、彼女の世話は必要無い」

「では僕は、ただ生け贄を提供する為だけに在るのですか」

 可ノ瀬は首を振る。

「違うよ。今日はね、この任務の詳しい説明に来たんだ」

 可ノ瀬は椅子から立ち上がり、窓際に立って村を見下ろす。霖にも手招きをし、見ろという。

「いい? この吸血鬼の村は、あくまで平穏でなければならないんだ。平穏の中に潜む異質な存在を村人は恐れ、従う。だからそれ以外の異質な存在は排除する必要がある」

「それは、つまり」

「うん。影人のコト」

 鬱蒼と茂った森の中、村へと近付いてくる気配が窓から見える。だがそれは可ノ瀬と霖しか気付けないものだ。

「幽霊が何故か同じ場所に集まるように、何故か自殺者は樹海に引き寄せられる。この世界には、似たものを集めてしまう不思議な磁場があるんだろうねぇ」

「そして、吸血鬼の村は影人を引き寄せる磁場となっているわけですね」

 霖の流すような目つきに、可ノ瀬はニヤニヤと笑う。

「吸血鬼の村に派遣されるシャドウ・コンダクターの任務内容には、あーちゃんに生け贄を提供する他、村を影人から守る仕事がある。というか、後者の方がほぼメインかな。偽りの伝承の中にある、“外敵”というのは唯一の真実と言えるねぇ」

 可ノ瀬は出されたお茶を飲み干すと、「頑張ってね」と言って洋館を出た。

 死刑囚が集められた村、しばらく起きそうにない眠り姫。なんとも厄介な任務を与えられたものだと霖は溜め息を吐く。

“うふふ。霖様が困ってるの、見るの好きだわぁ”

「……はっ」

 霖は吐き捨てるように笑うと、村に接近している気配を始末する為、洋館を出る。しかしすぐに洋館に振り返り、杏が眠っている部屋を見上げる。

“心配なの?”

「まぁ……一応、彼女も護るべき対象であるからね」

 だが、心配は要らないだろう。この村に、杏に危害を加えるような人間はいない。そう操作されている。

 霖は山を下り、村に入る。村では、死刑囚たちが相も変わらず平穏無事に暮らしている。霖はそれらを冷めた目で見渡し、村の入り口で立ち止まった。入り口には、疲労しきった中年男性が立っており、村をぼうっと眺めている。旅人だろうか。しかし旅にスーツ姿とは、あまりにも不釣り合いだ。

「私は……5日ほど前、会社をリストラに遭ったんです……」

 男性は吸い寄せられるように村へ入ろうとする。それを霖が前に立って塞ぐ。

「その通達があった日、家族に会わす顔が無く、こうして当てなく彷徨っていたら……いつの間にか、ここに」

 男性は、一見すると普通のサラリーマンだ。異常に疲労してるとはいえ、病院を勧められる程度でそれ以上の心配は向けられないだろう。だが、霖には分かっていた。

 この男性を、殺さねばならないことを。

(影が無い、な)

 そう。男性には影が無いのだ。影とは、この世に存在するあらゆるものに在るもの。それが無くなる場合は、2通りある。

「1つ、それはお前が影人の場合」

「え……?」

 霖は男性の顔の前に右手の平を翳し、念を込める。すると、見えない波動によって男性は100メートル後方へ吹き飛ばされた。男性の身体は、首をあらぬ方向に曲げ、二度と動くことはなかった。

“まだ、来るわ”

 吹き飛ばされた男性の背後、そこからヒョウが3匹、現れる。だが普通のヒョウでは無い。ヒョウの後頭部には、人間の顔が付いていたのだ。

「……2つ」

 霖は自分の足元にある黒い影を見下ろす。

「それは、シャドウ・コンダクターがシャドウを呼び出している時。――填魁!!」

“はぁい”

 霖がその名を呼ぶと黒い影が激しく揺り動き、あの姿の見えない女性の声がする。黒い影はひとりでに起き上がり、やがて霖の影とは思えないほどの女型悪魔――サキュバスへと変貌する。

“我が名は填魁。気を司るシャドウ・コンダクター、口無霖様の下僕なり!”

 サキュバスは、霖の肉を喰い千切ろうと接近するヒョウへ向けて気の塊を投げつけ、地面に大きな穴を空ける。ヒョウの姿は、どこにもない。

“あらぁ、弱い弱い。つまらないわ。1体のヒューマン型と3体のヒョウ型。私たちの前では虫ケラ当然ね”

「填魁、やりすぎだ。少しは手加減をしてやれ」

“え、でもぉ”

「……さっきの爆音に、村人たちが反応している」

“……あ”

 爆音の原因を探る為、村の入り口に集まってくる人々。填魁は隠れるように霖の影に戻る。霖は溜め息を吐きつつ、胸ポケットからスプレー状の液体瓶を取り出した。


「……おかえりなさい」

「?!」

 目撃者は結構な数に上っていた。それ故に記憶操作に時間が掛かり、霖が洋館に戻ったのは3時間後であった。その自分をまさか待っている者がいるとは思わず、霖はしばし呆気に取られていた。

「……起きていて、大丈夫なのですか」

 洋館で霖の帰りを迎えたのは、眠ってしばらく起きないはずの杏だった。杏は力無く微笑み、居間のテーブルに目配せをする。そこには、ぐったりと横たわる猫の死体があった。

「ベリアルがね、時々……狩ってくるのよ、私の為に」

 杏の肩に鎮座するコウモリ。名はベリアルと言って、血を司るシャドウ・コンダクター、杏の下僕だ。

「猫の血を吸ったわけですか。人間の代わりに」

 だから今は起きていられるようだ。

「また影人が、村に来ていたの?」

「はい。僕はここへ派遣されてきたばかりなのでわかりませんが、それが頻発しているようですね」

 猫の死体を片付けながら、霖は報告をする。杏は具合が悪そうに下を向いている。

「猫の血では、万全とはいかないようですね」

 杏の様子を見た霖の少し皮肉った言い方。杏は苦笑する。

「ええ……やはり、人間の血ほど効力はないわ。でも、一番の特効薬はシャドウ・コンダクターの血ね」

「え?」

 杏は自分の口が滑ってしまったことに気付き、両手で唇を覆う。

「動物よりも人間、その中でもシャドウ・コンダクターの血が良く効くということですか」

「…………」

 杏は溜め息を吐き、まぁいいか、と諦めたように話し始める。

「私はシャドウ・コンダクターよ。同族の血が効くのは当たり前のこと。でも、飲まない。私は吸血鬼じゃないし」

 杏は吸血鬼呼ばわりされることをひどく嫌っていた。

「へぇ……。でも今のままだと、貴女は一生、村という檻の中で生活するハメになる。もし、コンダクターの血を得て脱走出来るとするなら、貴女はどちらを選ぶのですか」

「……無理よ。組織からは、逃れられない」

 地の果てまで追いかけられ、処罰されるだろう。

「そもそも、杏さんは何故、組織に従っているのですか? 組織に属す属さないは、あくまで本人の意志に委ねられる。つまり、属すことを拒否することだって出来たはずです」

 漆黒の髪、肌は病的なまでに白く、如何にも不健康そうな霖の身体。杏はどことなく自分と似た雰囲気を持つ霖に、少しだけ、打ち明けてみることにした。

「私は生まれてからずっと、忌み嫌われてきたの。幼い頃に親に捨てられ、この身1つで生きるには、あまりに過酷な世の中だった。そんな私にとって、唯一身を寄せることが可能だったのは、組織だけよ。組織は、私の能力を見て“使える”と判断した。何故だと思う?」

「想像もつきません」

「ふふ、そうよね」

 杏は食器棚からナイフを取り出し、人差し指の肉を切る。ナカからは赤い血が滲み出る。

「私の血はね、絶対的命令拘束力を有している。つまり、私の血を体内に入れた者に対して命令を下すと、その命令には絶対に逆らえなくなるの」

 霖は感嘆の声を漏らす。

「道理で、組織が貴女を厳重に保護するわけだ」

「お陰様で私は、安定した衣食住を手に入れたけど、代わりに自由を手放してしまったわ」

 自嘲気味に笑い出る声。だがすぐに杏はソファに倒れ込んでしまう。猫の血の効果が切れかかっているらしい。霖は杏を抱きかかえ、奥の部屋へ向かう。その部屋は昼間だというのにカーテンに閉ざされ、相変わらず暗い。これは洋館に吸血鬼が住んでいるぞということを村人たちに強調する為らしい。

「霖……」

「はい」

 杏をベッドにゆっくりと下ろし、布団を被せる。

「もう1つ、私の血に隠された秘密を教えてあげましょうか……これは……組織も知らないこと……」

「………はい」

 杏は緋色の目を閉じ、消え入りそうなほど小さな声で話す。

「私の血が……相手に対し、絶対的命令拘束力……持つように……相手の血が……私の体内に侵入する……ことによっても……絶対的命令拘束力が等しく……働……く」

「――――……」

 杏が次に目を覚ますのは、それから9日後のことだった。

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