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影操師 ―絶対の血―  作者: 伯灼ろこ
 第三章 血の契約
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 7節 私の分まで

「ちょっと……杏。顔が真っ青よ、大丈夫?」

 吸血鬼退治を休んだ翌日、杏はラウンジにてさくらと出会う。さくらは杏の顔を見るなり、駆け寄ってきたのだ。

「まだ具合が良くならないなら、今日も休んだら?」

「ううん。今日はやる。これ以上、迷惑はかけられないし」

「杏は墓場の死体を焼き払ってくれただけでもかなりの功績を上げてるのよ? これで吸血鬼の爆発的な増殖は防げてるんだし」

「だからこそ、吸血鬼は生きてる人間を襲う回数が増えてしまったわ。やつらは仲間を増やし、日本国本土へ乗り込むことを目標に掲げている。その為の軍隊を霜蘭島で集めてるんだから」

 血の気のない杏を、さくらはかなり心配していた。

「わかった。でも、ヤバくなったら遠慮なく私に言ってね! 友達だし!」

「うふふ、ありがとう」

 しかし、気を抜いた瞬間に倒れそうになるのは事実だ。杏はかなり慎重に行動をせねばならない。

「そうそう。これあげる」

 さくらは右手をくるりと回し、1輪のオレンジ色の花を杏に手渡す。

「カレンデュラ。綺麗なオレンジ色でしょー。オレンジ色には血行を促進して、体を温め各機能を活性化させる力があるのよ」

「あら。さくらは花言葉だけじゃなく、カラーセラピーにも詳しいの?」

「嗜む程度にはねっ」

 杏は軍服の胸ポケットにカレンデュラを差し、いつでも目が届くようにした。

「危ない!」

 足取りが覚束なく、壁にぶつかりそうになった杏を、誰かが腕を掴んで助ける。その瞬間に杏はゾワッとした嫌な感覚を全身に覚えた。

「放し――っ」

「その手を放して下さい」

 静かな、しかし威圧感のある声が被さる。杏の腕を掴んでいた夏来の手を、霖が振り払っていた。夏来はフフンと笑い、最大限の皮肉を言い放つ。

「血が足りなくなってきたようだな」

「貴男の呪いは僕が断ちますので、ご期待下さい」

「さて、俺の期待に添えるかな」

 霖と夏来のこのやり取りを見て、さくらはオドオドとしていた。

「もしかして口無さんと夏来さん、仲悪いの……?」

 レストランにて、さくらはこっそりと杏に尋ねる。

「うん。水と油」

「わわ、知らなかったぁー」

「でも、水と油の関係にしてしまったのは私だけどね」

 プチトマトを頬張り、杏は不満げに視線を落とした。

「それで、今日の作戦は?」

「吸血鬼退治? えっとね、ほぼ大詰めよ。地下水路を巣としている吸血鬼の出入り口となるマンホールをね、2ヶ所を除いて全て封鎖したのよ。つまり、その2ヶ所を張っていれば出てきた吸血鬼をモグラ叩きのように始末可能」

 吸血鬼がマンホールから顔を出した瞬間にピコピコハンマーで叩かれる場面を想像し、杏は少し吹き出す。

「夏来さんが来てくれたからさ、かなりスムーズに進んでるよね、吸血鬼退治。感謝感謝」

「……そうね」

 部屋に戻り、杏は血の研究具合を尋ねる。

「今のところは何も。血の性質に変化はありません。ただそこに夏来さんの血が混ざってるといった感じでしょうか」

 この何気ない表現。杏は口を押さえて洗面台に駆け込み、食べてきたものを全て吐く。

「ご、ごめんなさい……。私のナカにあいつの一部が入り込んでるところを見せつけられて、気分が……」

 この数日の間で杏はかなりナイーブになっていた。

「すみません。刺激が強すぎましたね」

 夜の戦いに備え、少しでも力を蓄える為に杏はベッドに横になる。自分を助ける為に研究を続ける霖の後ろ姿を眺めながら、重い瞼を閉じた。

(私の血に宿る、絶対的命令拘束力……これを破るには、どうしたらいいのだろう……)


“杏、そろそろ時間だぞ”

 深い眠りにあった杏を、脳に響く声が呼び覚ます。時計を見ると、眠りに落ちてから6時間は経過している。これは昼寝レベルの睡眠ではない。

(…………)

 机を見る。眼鏡をかけた霖が、難しい表情をしながら杏の血を睨んでいた。

――研究が難航している。

 一目で、わかった。

「霖、私そろそろ行くわね」

「え? ああ、もうそんな時間でしたか」

 霖は慌てて笑顔を取り繕い、自らも席を立つ。

「大丈夫よ、霖は研究を続けてて」

「しかしっ」

「今日はさくらとペアでの戦いなの。夏来は可ノ瀬と離れた場所で戦うから、心配はご無用よ」

「……杏さんが、そう言うなら」

 確実に異変が起き始めている身体のことは伏せ、杏は可能な限りの笑顔で部屋を出た。

“杏”

「…………」

“あまり無理はするなよ”

「…………」

 封鎖されていない2ヶ所のマンホールは、共に郊外にある。その方が広くて戦いやすい上に、人目にもつきにくいからだ。そのうちの1ヶ所であるスキー山の麓のマンホールを杏とさくらは任されていた。

「そろそろ陽が落ちるわね」

 さくらは武器を握り、マンホールを睨む。花を司る山茶花さくらの武器は、棘が無数に生えたバラの茎のようなもの。それが長く伸びて敵を巻き殺す、棘の鞭――リヒャルト・フルスタだ。可憐な姿の彼女からは想像も出来ない惨たらしい殺し方は、可ノ瀬の口から感嘆の声が漏れるほど。

 西に傾いた太陽は、やけに眩しい。哀愁漂う夕空を演出してくれるけども、それは夜の怪物共を呼び覚ます合図のようにも思える。

 杏も吸血剣ヴォレミアを握り、沈む太陽からの始まりの合図を待った。

「…………」

 太陽が山に隠れる。一気に薄暗くなる山の麓。杏とさくらが一点集中するマンホール、その蓋が僅かにガタ、と浮いた。

「来たわ!!」

 マンホールの蓋が爆発したように吹き飛ばされ、水路から生き血に飢えた怪物共が這い上がる。

「行くわよ――煉華!」

“承知しました”

 さくらの影から出現した鉄の処女――アイアンメイデンの煉華が、開いた拘束具の中に吸血鬼数体を閉じ込めては死体にしてから吐き出す。

「私たちも。――ベリアル!」

“了解した”

 杏の影から出現した夜王ドラキュラは、影人の吸血鬼型との格の違いを見せつける。

「ベリアル! あんたは思う存分、血を吸いなさい。私の分までね!」

「え? それどういうこと――杏?」

 ベリアルの殺し方は少し違う。他の者が影人を少しでも早く仕留める為に心臓や首を狙うのに対し、ベリアルは影人を捕まえ、死なない程度に肢体を引きちぎる。そして空いた<穴>から生き血を飲むのだ。生きている血は新鮮であり、死体の血とは旨みが違うのだという――常人には決して理解しえない趣向だ。だからベリアルが行った殺戮現場には、ほとんど血が無いのが特徴である。


「ただいま」

 戦いは、陽が昇り始める直前まで続いた。吸血鬼の数はだいぶ減ったが、それでも巣にまだどれほどの数が残っているのかわからない。次の戦いではいよいよ、巣に乗り込むことが視野に入れられている。

 宿の部屋へ戻ると、机に突っ伏すように眠っている霖の姿がある。出来ることなら、布団を被せてあげたい。でも、部屋に戻ることだけで精一杯であった杏には、意識を保つことすら不可能であった。杏は床に倒れ込み、深い、深い、眠りに落ちた。

 次に杏が目覚めたのは11時間後の午後5時だ。戦いが開始される2時間前ということになる。

「しまった……寝過ぎたわ」

 杏はうっすらと目を開け、自分が床ではなくベッドの上に寝かされていることに気付く。

(霖が運んでくれたのね)

 その霖が部屋のどこにもいない。出掛けているのだろう。

 起き上がると同時に酷い頭痛が杏を襲う。杏は声にならない悲鳴を上げ、ベッドに頭を押しつけるように倒れる。

“杏”

 心配そうで、悲しげなベリアルの声が室内に響く。その声に応えられないまま杏は頭痛に耐え、やっと治まった頃にゆっくりと立ち上がる。そして机まで這いずるように歩き、霖の研究器材を眺める。

(私が夏来の血を飲まされてから、10日以上が経過。そろそろ、限界かもしれない――)

 戦いの最中に意識を失うかもしれない。それでも、あいつの血だけは絶対に飲みたくない。

(あんなやつの施しを受けるくらいなら、いっそのこと……)

 窓辺には、任務前に霖から受け付った血液入りの小瓶が3本、並べられている。霜蘭島へ派遣されてきた日に杏が並べたものだ。

「…………」

 杏は小瓶のコルクを抜き、中で揺らめく霖の血を覗く。――美しさの極み。杏にとってその血はこの世に存在するどんな血液よりも崇高で、ルビーの輝きを放っている。味といえば最高級ワインの如く、一気に飲んでしまうのが勿体ないほどだ。

「……うっ!!」

 全身の血が起こす拒否反応をねじ伏せ、小瓶の口を喉に流し込む。しかし崇高なる血は食道を通る前に全て吐き出された。

「げほっ、げほっ」

――どうして。

(どうして、この愛しき血を吐き出さねばならないの……)

 どうしても受け付けない。霖の血が胃に到達し、そこから全ての身体機能を司る部位へ流れることを。

「ち……ちくしょう……」

 絶対なる武器。呪われた武器。その効果は絶大で、身をもって実感している。

 杏は絨毯に倒れ込み、床をドンドンと叩いた。

“杏。せめて、食事を”

 どうやってレストランまで辿り着いたかはわからない。杏は出された料理を見下ろし、ただ無心に胃の中に詰め込んだ。腹などすいていないが、力を蓄えなくてはならない。その時、胸ポケットにささっているオレンジ色の花、カレンデュラが視界に入り、少し正気を取り戻す。

(さくらがくれた花。そういえばあの子は、私を吸血鬼だと言うクセに仲良くしてくれる。友達だと……)

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