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影操師 ―絶対の血―  作者: 伯灼ろこ
 第三章 血の契約
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 2節 友達になる

「……ちゃん……あーちゃん!」

「!」

 飛び起きた衝動でバランスを崩し、地上へと真っ逆さまに落下する寸前で可ノ瀬が杏の身体を抱きとめた。

「寝ぼけてんのぉ?」

「…………」

 可ノ瀬に指摘された通り、杏は寝ぼけていた。ぼやける視界で周囲を確認するも、見渡せるのは青い空と白い雲だけだ。そう、ここは上空である。杏は可ノ瀬と共にベリアルに跨って、飛行していた。

「……霖は?」

「はっ? いないよ。りっちゃんは別任務じゃん」

 そうだった。自分は今、組織から下された任務――吸血鬼退治に乗り出す途中なのだ。本部ヴェル・ド・シャトーを出立するその時まで一緒だった弟は今、ローマへ戻ってしまっている。

「…………」

 霖がいないのは、とても淋しい。

「まぁまぁ。この任務が完了したら、りっちゃんに逢えるから」

「! なによ、別にそんなこと、どうでも……!」

「んで? あーちゃんはりっちゃんと結婚するの?」

「!!」

 同じくシャドウに跨って飛行している山茶花さくらに聞こえないよう、可ノ瀬が小声で尋ねる。いかにも楽しそうだ。

「なんでそんなこと言うの……」

「あーちゃん、りっちゃんの血、飲んだでしょ? ボクには隠せないよー。だって、あーちゃんとは10年来の付き合いだもんねぇ」

 杏は霖の血を飲んだことを素直に認める。

「人間の血を飲まない、つまり吸血鬼として生きることを止めた時、あーちゃん言ってたよねぇ。『私が今後、人間の血を口にする時は、結婚する相手に限定する』って!」

「声が大きい!」

 しかし杏の声の方が大きく、それは山々の向こうにまで轟く。

「えっ、なに? どうしたの??」

 さくらは耳を塞ぎ、何が起きたのかを尋ねるが、杏は赤面したまま何も答えられなかった。

「うふふふ。良かったね、あーちゃん。願いが叶って」

「……ふん……」

 顔が火照る。でも、心がじんわりと暖かくなる気持ち良い火照り方だ。このような経験は初めてである。

「あ、見えてきたわ」

 本州からかなり離れたところで、山茶花さくらが声を上げる。太平洋にポツンと浮かぶのは、雪に覆われた真っ白な霜蘭島である。ここは人口僅か2万ほどの小さな島であり、しかし一年中雪で覆われている為か、スキー客や雪像祭の観光客などで賑わっている。

 だがこの霜蘭島には数ヶ月前より不吉な噂が流れている。なんと吸血鬼が出現し、夜な夜な地元民や観光客などを襲っては血をすすっているという。血を吸われた人間はそのまま行方不明となり、被害者の死体が発見されていない為に警察の動きも鈍く、地元民が団結して吸血鬼退治を敢行するも結果は芳しくない。

「ねぇ朧。吸血鬼退治にしては……任務の参加人数、多すぎない?」

 吸血鬼とはいえ、たかが影人一体くらいにシャドウ・コンダクターを3人も投入する必要性が理解出来ない。

「おっ。あーちゃん、良いところに気付きましたー」

 雪の上に足をつけ、寒さに少し震えながら可ノ瀬が説明を始める。

「目撃情報があるんだよねぇ」

「吸血鬼の?」

「ううん。行方不明者の」

「それじゃ行方不明じゃないじゃないの」

「そ。行方不明者は、行方不明じゃない。吸血鬼に血を吸われることにより、被害者も吸血鬼になったんだ。これはヒトが影人化する2番目の理由――影人と取引をすること、に当たる。この取引というものの中には様々な種類があるけど、血を吸われることも立派な取引として成立しちゃうんだよねぇ。理不尽だよねぇ」

「なるほど……だから日を追うごとに被害者の数が加速してるのね」

「吸血鬼の数は今や、把握しきれないほどに膨れ上がってる。霜蘭島の全住人が吸血鬼になるのも時間の問題だ。その次は……」

「日本国本土が、狙われる」

「それを防ぐのが僕らの任務。だからそれを考えると、シャドウ・コンダクター3人ってのは……ちょっと少ないかもねぇ」

 ケラケラと笑う可ノ瀬。冗談とは言えない緊迫した事態に、杏は溜め息を吐いた。

「吸血鬼一掃作戦か……これは長期化しそうね。霖の血が保てばいいけど……」

 杏とさくらは可ノ瀬に連れられ、霜蘭島の宿“和雪亭”へ移動する。その中で簡単な作戦会議を開く。内容は本当に簡単なものであり、吸血鬼の活動時間である夜になるのを待ち、各自、目撃談の多い場所にて己の身を囮とすることだ。

「目撃談の多い場所は、中央通り、スキー場のペンション、墓場、だね」

「墓場……?」

 杏はその墓場の担当を任される。墓場には吸えそうな血など無い気がするが、とにかく任された限りは立派に囮になるしかない。

「可ノ瀬さん。自分を囮にするなんてまどろっこしい方法じゃなくて、吸血鬼の巣を見つけて殴り込んだ方が早くないですか?」

 山茶花さくらは見た目の可憐さとは違い、なかなか血の気の多い発言をする。

「そりゃあそれが一番手っ取り早いけど、吸血鬼たちのレベルがどれほどのものか調べてからでないと、返り討ちに遭っちゃうよ。数もわからないし」

 さらに可ノ瀬は続ける。

「あと、吸血鬼の始祖っていうか、今回の任務の大元となる吸血鬼は探す必要無いよ。何故なら、吸血鬼は全部始末するから。――じゃ、吸血鬼が活動し始める日没まで情報集めでも観光でもしよっか」

 杏は自室として割り振られた部屋に入り、一息つく。

“この町で忌み嫌われている吸血鬼がお前でなくて良かったな”

「はっ。全くよ。行く先々で恐れられ続けたら、たまったもんじゃないわ。今回私は、霜蘭島ひいては日本の救い主になるのよ」

「ねーえ、杏!」

 ベッドに腰を降ろした時、さくらが訪ねてくる。

「なに?」

「んー、大丈夫かなって」

「なにが?」

「ほら、この島って極寒の地の割に日差しが強いじゃない? だから杏には厳しいかなって」

 さくらの心配事は、杏が吸血鬼だという前提からくるものだ。

「私には、太陽光も、十字架も、杭も、にんにくも、銀製の武器も何も効かないわ。平気」

「へぇー、そうなんだ。皆が話してることとは全然違うのね」

「何を噂してるのか知らないけど、私は吸血鬼なんかじゃないのよ。でも……心配してくれて、ありがとう」

 ツンとした表情をしていた杏は、最後に少し微笑む。その笑顔に安心したのか、さくらは杏に近寄って手を握る。

「日差しが平気なら……ちょっと散歩しない?」

「それは勿論、調査も兼ねてよね?」

 杏の少し嫌みったらしい言い方に、さくらは苦笑する。どうやら、ただ観光をしたいだけだったらしい。

「いいわよ。私も雪国ってのは初めてだし、色々見てみたいわ」

 宿から一歩外に出ると、照らしつける太陽光よりもあまりの寒さに後退ってしまう。

「うー……今、猛烈に火の使い手を派遣してもらいたいわ……」

 火を司るシャドウ・コンダクターを焚き火代わりにしたい、とさくらは言う。

「火の使い手って誰なの?」

「知らなーい」

「え?」

「というか、組織にはいないわ。世界のどこかにはいるんだろうけど……。闇炎の使い手なら知ってるんだけど、その子も組織人じゃないのよねぇ」

 世界には、組織に属さないシャドウ・コンダクターも大勢いるようだ。

「ねっ、杏。友達になりましょうよ」

「私と?」

「杏以外、誰がいるっていうの? えへへ、私さぁ、吸血鬼の友達が欲しかったんだよねぇ」

「とんだ物好きね」

「でしょ? よく言われる」

 さくらは周囲に誰もいないことを確認すると、おもむろに左手を寒空に翳す。何かをしようとしているようだ。杏が何気なしに左手を見上げた時、さくらは手をくるりと回して手品のように花束を出してみせた。

「あっ」

 小さな花束の中には、名前の知らないような花が数多く含まれている。さくらは花束を杏に差し出し、

「友達になった記念に。この中にはスイカズラやマリーゴールド、ライラック、アイビー、日々草などがあるの。なんと、“友情”が花言葉にある花を集めてみましたぁ!」

 と言った。押しつけられるように受け取った花束を見下ろし、杏はキョトンとする。

「あれ、忘れた? 私は花を司るシャドウ・コンダクターなのよ」

「あ……そうだったわね」

 なんと可憐な属性なのだろう。さくらは花束と同様に花のシャドウを呼び出す。さくらの足元からは桜や向日葵、コスモスなど季節様々な花びらが吹き乱れ、鉄製の人形が顔を出す。女性を象った人形は、全身を薔薇の蔦に縛られている。前方に扉があって開くようにつくられいるが、ナカに何が潜んでいるのかはわからない。

“我が名は煉華れんか。花を司るシャドウ・コンダクター、山茶花さくら様の下僕なり”

 人形のナカから声が響く。

「これは……」

「“アイアンメイデン”――鉄の処女よ。うふ、花を司るからって、可憐で華奢だと思われちゃあ困るわね。それでも、シャドウの姿を拷問器具にしちゃうのは、さすがにやりすぎたかしら」

 シャドウは本来、主人であるシャドウ・コンダクターと同じ姿をしている。これは当然のことである。しかしシャドウ・コンダクターは自らの影を好きな姿に変化させることが可能なのだ。かと言っても、司る属性からあまりにもかけ離れすぎているとシャドウ本来の力を出せなくなるので、姿選びには慎重を要する。

「そう……アイアンメイデンが、貴女の力に相応しい姿だってのね……」

 この娘は、なかなか侮れない。

「さ、煉華、戻っていいわよ」

“はい”

 アイアンメイデンはさくらの足元に吸い込まれるように戻り、そこには何の変哲もない黒い影が出来上がっていた。

「じゃあ私、この花束を部屋の花瓶に差してくるから待ってて」

「おっけー。ちゃんとお水あげてね」

 花瓶に花束を差すと、部屋がパッと明るくなったような気がする。水を注ぎ、杏はさくらの元へ走る。それから2人は、聞き込みを兼ねた観光へと出向いた。

「そういえば杏はいくつなの?」

「17」

「あっ、同い年だ!」

「偶然ね」

「可ノ瀬さんと夏来さんが23歳、他に思い浮かぶ子が15、20、21……かな。私の周りって、なかなか同い年の子がいなかったんだよね」

「でも霖とは歳が1つしか違わないじゃないの」

 しかし霖の話題を振ると、さくらは目に見えて怯える。

「口無さん……すごく綺麗で格好良くて、能力も超エリートなんだけど……なんだか怖くて。話す時も、どうしても敬語になっちゃう」

「……ふうん?」

「杏は見たことないでしょ。口無さんが敵を拷問してる様は、そりゃ恐ろしいの一言よ。敵が哀れに思えてしまうほどのね」

 意外だ。さくらは霖と仲良くしているように思えたが、本心では恐れていたらしい。だが言われてみれば、初めて会った時の霖の死刑囚の扱い方や実の両親を平気で実験台にしてしまうあたり、かなりの鬼畜思考の持ち主だ。言葉遣いは丁寧だが、だからこそ怖さが際立つ。

「でも……優しいところもいっぱいあるわよ、霖は」

 しかしこの程度のフォローでは、さくらの中に根付いた霖への恐怖は拭い去れなかった。

 杏とさくらはレストランで昼食をとりながら、そこのシェフに吸血鬼の情報を聞き出していた。もちろんすぐに聞き出せたわけではない。それでなくても噂のせいで観光客が減っている中、地元民はそう簡単には口を割らない。だがさくらの執念深い粘り強さが功を奏したのだ。

「先日は、うちの店員がやられちゃってね……あれだけ夜は出歩くなと言ったのに」

「逆に言えば、出歩かなければ大丈夫なの?」

「ああ。吸血鬼やつらは、招かれなければその家の中には入れないんだ。だから、一度招いてしまった家は、吸血鬼の出入り自由という、目に見えない印が付けられてしまう」

「招くって、例えばどんな?」

「吸血鬼が親族や客のフリをして言うんだ。『お邪魔します』と。それに対して『どうぞ』や『はい』と言ってはいけない」

「へぇー。なんだか民話みたい」

「だろ? だが信じられないとは思うけど……事実なんだよ。私も家族の安全を優先する為、本土に引っ越そうかと考えているよ」

「ちなみにさ、和雪亭は吸血鬼に開かれた家になるかな?」

「あー……宿は危ないね。吸血鬼が人間のフリして、『泊まりたいんですが』と言ったら、そりゃ『いらっしゃいませ』と言うだろう」

 杏とさくらは顔を見合わせ、力無く笑った。注文していたシチューをさっさとたいらげ、勘定を済まして出ていく寸前でシェフに声を掛けられる。

「そうそう。お嬢さん方はこの島に何をしに来たんだい? 見たところ、観光客ってわけでもなさそうだが」

 さくらは先に外に出てしまい、質問の対象が自分だけになった杏は、意味深に微笑んでみせる。

「私たち、吸血鬼退治に来たの」

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