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影操師 ―絶対の血―  作者: 伯灼ろこ
第一章 吸血鬼の村
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 1節 吸血鬼退治に出向く青年は

 日本国のどこかに、その村はある。

 深い森の、そのまた奥深く。太陽の光が射さず、誰も近寄らない、近寄れないところに在る村。名前は無い。ただ、関係者からは『吸血鬼の村』と呼ばれ、忌み嫌われている。

 人口は僅か5000人ほどの小さな村だ。村の中心部には小高い山があり、頂には雰囲気に似つかわしくない洋館がそびえ立っている。その洋館に吸血鬼が住みつき、村を外敵から守ってもらう代わりに、1ヶ月毎に村から1人の生け贄が出されているという。この風習は、もう100年以上前から続いている。

「外敵って、なんだ。吸血鬼の方が、よほど俺たちの敵じゃねぇか」

 そんな考えが芽生え始めるのも、ごく自然なことだった。

 先月の生け贄は金物屋の若いお嬢さん、先々月は隣人だった。青年が記憶する限りでも、かなりの人数が犠牲になっている。今月の生け贄はまだ決まっていないが、こんな呪われた風習は誰かが終わらせなければならない。

「吸血鬼は俺が殺し、この村を解放してやる」

 この村で生まれ育った20歳の青年はある伝承を頼りに、吸血鬼に効くという銀の剣、銀の杭、十字架や聖水、にんにくなどを所持し、準備万端の状態で洋館へと続く山道を歩いていた。

(俺は父さんと母さんに約束したんだ。必ずや吸血鬼を倒し、ちゃんとお天道様を拝める土地に引っ越すんだ、って)

 吸血鬼が住まう洋館は明治時代の初期に建てられたという。まだ交通網が発達していない時代、この地域は行き交う旅人や商人で栄えていた。そんな状況を見た異人が良い商売方法を思いつく。――通行料を取れば、儲かると。代わりに宿や食事処を充実させ、旅人が十分に休息を取れる町をつくろうとした。

 異人のアイデアにより、発展する町。異人は儲けた金で洋館を建て、住んだ。しかし列車が日本列島を縦断するようになると、見る間に町は廃れ、見切りをつけた異人も洋館を引き払って国へ帰った。

 残ったのは、無様な栄華の瓦礫のみ。長年、廃墟となっていた洋館には吸血鬼が住み着き、残された人々は外敵からも吸血鬼からも怯える暮らしを余儀無くされていた。

(ここか……。来るのは初めてだが、かなりヤバそうなところだ)

 洋館は周囲を鉄格子で囲われ、これまた鉄格子の扉は、生け贄が捧げられる時にしか開かない。青年は十字架を握り締め、鉄格子の扉に手を掛ける。すると扉はすんなりと開く。

「けっ。来いってか?」

 これは吸血鬼からの挑戦状だ――そう受け取った青年は、押し寄せる不安を振り払い、洋館の中に足を踏み入れる。

 手入れのされていない庭は雑草が伸び放題で、荒れている。次は玄関扉だ。インターホンのようなものはなく、おそらくドアノブについてるこの鉄の輪っかでコン、コンと扉を叩いて呼び掛けるのだろう。

(吸血鬼に対して、お邪魔します、も変だよな)

 青年は鉄の輪っかを無視し、ドアノブを回す。呆気なく開くのは想定内だ。何故なら、自分は招かれているから。

(けど吸血鬼め。余裕ぶっこいてられるのは今だけだぜ)

 開いた扉の隙間からは、ひんやりとした冷たい風が流れてくる。冷気は頬を撫で、ほくそ笑むように森の中に消えてゆく。

 洋館の中は真っ暗だ。陽の光すら届かない村だというのに、洋館の窓という窓が黒いカーテンで覆われていたのだ。まるで、一切の光の侵入を許さないように。

(…………)

 歩くと、コツ、コツという自分の靴音が静かな廊下に響く。薄暗いが、この洋館の装飾は目を見張るものがあった。ヨーロッパの技術をふんだんに使った建築様式、高そうな絵、坪、家具の全て。

(あれ? なんか、おかしいぞ)

 青年は歩みを止め、考える。

(この村、この洋館……吸血鬼が住むには、相応しすぎないか?)

 そうだ。そもそも、最初の疑問であった外敵とは何だ? 吸血鬼に守ってもらわねばならないほどの敵なんて、聞いたことも見たこともない。それに、生け贄だって何を基準に選んでいる? 年齢順だとか、名前順だとか、そういった規則性が無く、村人の中から無作為に選出されてる気がする。それは誰が選んでいる? 

(いや、まず)

「俺、誰だっけ……」

 名前はある。あるはずだ。両親に名付けてもらい、家を出る直前まで呼ばれていた名前。だが、それがどうしても思い出せないのだ。

 コツ、コツ。

 廊下の奥から、ひどくゆったりとした足取りで誰かが現れる。吸血鬼ではない。見たことのない男性、2人だ。

「誰だ……?」

 男性2人は白色の光沢のある服を着用しており、田舎に似合わないブーツを履いている。一見すると軍人のようであるが、こんな近未来的な軍服を着用している軍人など、世界のどこにもいないはずだ。

「キミ、気付くの早いねー」

 男性の1人が、全くもって緊張感の無い口調でそう言う。

「何の話だ……」

 何の話かわからない。なのに、足が自然と震えてくる。

「薬が足りなかった? それとも暗示かなぁ?」

 間延びした口調でニヤニヤと笑う男性は、隣りにいるもう1人の男性に意見を求める。

「いや、こいつは吸血鬼退治という名目の元、<自らの意志のつもり>でここまで来たのだから、十分に効果は発揮されている。後は我々があのお姫様の元へこいつを連れて行けばいい。村に影響はない」

「おい! お前ら誰だよ?! 薬って……暗示って何だ?!」

「貴様に教える必要は無い。所詮、利用されて捨てられるだけの罪人だからな」

「はぁ?!」

 村の為に吸血鬼退治に来た青年は、突如として起きた出来事に戸惑いを隠せない。混乱し、錯乱してゆく精神を抑えられず、こともあろうことか手にしていた銀製の剣で男性に斬りかかったのだ。

「可ノ瀬。そいつを押さえといてくれ」

「はい、ハーイ」

 可ノ瀬と呼ばれた笑顔の男性は、青年からいとも簡単に剣を奪い取ると、目にも止まらぬ速さで手足を縛っていく。

「おい……頼む、教えてくれ。ワケがわからないんだ。俺は、誰なんだ。確か、吸血鬼退治を、両親と約束をして……」

「なに言ってんの?」

 笑顔の男性は、その微笑みを邪悪なものに変えてゆく。

「キミに両親はいないよ。何故なら、自分で殺したもんねぇ」

「え……」

「キミの名前は付東政範。両親と親戚合わせて8人を殺した罪で裁判所から死刑判決が下された、立派な犯罪者!」

「…………あ……」

「どう? 思い出したかなぁ? もっと教えてあげたいけど、残念。時間切れだ」

 笑顔の男性の視線は、廊下の奥に向けられている。奥からは、もう1人の男性に連れられた少女のような影がうっすらと見えた。

「…………」

「あ、そうそう。最期にこれだけ教えてあげる」

 まさか、あの少女が吸血鬼だというのか。伝承とは全く違う。

「今月の生け贄は、キミだよん」

 それが、青年が聞いた最期の音だった。


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