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ある患者

作者: 霜月あやと

彼がここに来てから一週間は経つ。


彼は男にしてはとても美しい容姿を持つ青年だった。


真っ白な肌に真っ黒な髪。線も細く最初は女かと思ったほどだ。


彼はいつも、真っ白の病室で独りで鏡をずっと眺めていた。


そして、鏡の中の自分に話しかけていた。


彼は無表情だったが、私にはとても嬉しそうに見えた。


私は彼を鉄格子から眺め、ノートに彼の名前を探し、今日の日付に異常なし。っと書いた。


彼は家族から見捨てられたのだろう。


いや、ここに来る患者は皆、見捨てられている。


家族すら気味悪がって、皆、この病院に捨てていく。


家族が見舞いに来るなんて、滅多に無い。


あるとすれば、息を引き取った時だ。


誰も生きて欲しいと願っていない。


もっとも彼もここにいる患者はそんな事気づいていないが。


私は彼の部屋に入った。


彼はベッドに横になっていた。私に気づき、身体を起こした。


私は彼のベッドの横にある椅子に座った。


「やぁ、気分はどうだい?」


彼は答える代わりに、私に微笑んだ。


どうやら今日は気分がいいらしい。私は彼に何故気分がいいか、尋ねた。


「先生、彼女が俺の話を沢山聞いてくれたんです。また聞きたいって言ってました」


成る程、彼女との会話が弾んだのか。


彼は、『鏡の中の彼』を彼女と呼ぶ。彼は彼女に恋をしているのだ。


私は微笑みながら、彼の話を聞く。


彼も楽しそうに彼女のことを話す。


微笑みながら、彼が私から不意に視線を外した。


彼は鏡を見た。鏡に映っていたのは、私と微笑んでいる彼だ。


彼の笑みが凍った。凍ったまま鏡を食い入るように見つめている。


私は彼の名を呼んだ。けれど、彼は凍ったままだ。


私は彼の名を呼び、揺さぶった。


彼は正気に戻ったのか、私にしがみつき、泣いた。


何度彼に尋ねても彼は泣くだけで答えなかった。


子供のように泣きじゃくる彼から何も聞くことは出来ないと悟った私は、彼をなだめた。


彼は一時間程泣くと、疲れて眠った。頬は涙で濡れていた。


私はため息一つ吐き、他の患者を見に行った。


患者を見回るのも医師の仕事の一つだと私は思っている。


全ての患者を見回り、私は自分の部屋に戻った。


看護婦に後のことを頼み、私は白衣を脱いで、仮眠をとる事にした。



叫び声に近い看護婦の声で私は目覚めた。


どうやら彼が目覚めて、暴れているようだ。


彼は一度も暴れたりすることは無かったから、看護婦も驚いているようだ。


私は急いで白衣を着、看護婦と一緒に彼の病室に向かった。


彼は鏡に頭を打ち付けていた。鏡は割れ、彼の足元に落ちる。


彼の頭は血で赤くなっていた。


彼は私に気づくと微笑み、彼女のことを嬉しそうに話した。


正気の人間の目ではなかった。私はただ呆然と聞くことしかできなかった。


彼女の事を嬉々として語り終わると、彼は床に目を落とす。


床に散らばった鏡の欠片を不思議そうに眺め、彼は頭を抱え「うわぁーーー!!!」と叫んだ。


叫ぶ事に力を使い果たしたのか、床に倒れそうになった彼を私は支えた。


私の白衣は彼の血で汚れた。


彼の目は虚ろで、私の顔を見ると彼は笑った。

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