第16話 美人計(中)
「あの人が、援助を申し出た商人?」
控えの間に留めてある商人の姿を物陰から確認した蒼馬は、隣に立つエラディアに訊いた。
「御意にございます、ソーマ様。――あのロブナスと名乗る商人は、ソーマ様の志に共感した、とある豪商の遣いとしてやって来たと申しております」
エラディアの説明を受けた蒼馬は、ガラムにあの商人がどう見えるか尋ねた。
「ふむ。確かに身のこなしなどから、商人などではなく、それなりに戦いを学んだ者のようにも見えるな」
その動作の端々に武技を嗜んでいる者に特有の切れが見受けられると言うガラムに、ズーグが異論を唱えた。
「このご時世だ。商人でも、それなりに使える奴もいるだろう?」
街から街へと荷物を運ぶ商人たちの中には、野盗や山賊たちから荷物と自分の命を守るために、武装する者も珍しくはない。また、そうした商人は商談がうまくまとまらないと、一転して野盗に早変わりするのもままあることだった。
それを考えれば、多少武技を学んだ商人がいてもおかしくはない。
そのズーグの意見ももっともなだけに、蒼馬は困ってしまった。
「エラディアさんは、どうしてあの人が商人じゃないと思ったんですか?」
「勘、でしょうか?」
エラディアの答えに、皆の顔に拍子抜けしたような表情が浮かぶ。しかし、それに対してエラディアは気を悪くするどころか、くすりと小さく笑いを洩らした。
「あら。これでも男を見定める目には自信はありますのよ。そうでなければ、生き延びられませんでしたから」
さらりと重いことを言う。
蒼馬は、えへんと空咳をひとつして気まずくなってしまった空気を吹き飛ばす。
「と、とにかく、問題はあの人の正体と目的だね」
蒼馬は指を二本立てた。
「考えられる可能性は、ふたつ。ひとつは、援助を口実に僕たちの内情を探ろうとしている。もうひとつは、本当に僕たちへ援助をしようとしている」
「俺たちの内情を探ろうとしている奴らとなると、ホルメアの連中か?」
眉根をしかめてガラムが尋ねると、蒼馬は小さく首を横に振った。
「それは分からないよ。もしかしたら、ホルメア以外の勢力かもしれない。特に今はジェボアの商人とももめているしね」
「だが、ソーマ。こちらの内情を探ろうとするのなら話はわかるが、私たちを本当に援助しようなんて人間がいるとは思えないぞ?」
そんなわけあるかとばかりに言うシェムルに、蒼馬は苦笑して見せる。
「ただの善意からの援助は、そりゃあり得ないだろうと僕も思うよ。でも、もしかしたら僕たちを援助することで、何らかの利益を得られると考えれば、ないとは言い切れないさ」
蒼馬たちによって交易路を遮断された形となっている今、それを持続させてジェボアの商人ギルドの力を弱めようと考える勢力がないとは限らない。
もし、そんな勢力があるのならば、現状を打破できる糸口になる可能性がある。
そう考えると、何としてでもあの男の正体と目的を探らなければならない。
「何とか、あの人の狙いを探れないかな?」
蒼馬は皆に、何か良い考えがないか尋ねた。
「よし、我に任せろ!」
すると、真っ先に名乗りを上げたのは、ジャハーンギルである。
「我が、首をちょっとひねってやれば、あいつも正直になってくれるだろう!」
そう言うや否や尻尾を振り振り、ご機嫌な様子で文字通り男の首をひねりに行こうとする。それに慌てた蒼馬は、ジャハーンギルの腰帯を引っ掴んで制止した。
「ちょ、ちょっと待って! ダメです! ダメだって!」
しかし、そう言われても急には止まらないジャハーンギルは、そのまま蒼馬をずるずると引きずってから、ようやく足を止めた。自分の肩越しに蒼馬を見下ろしながら、
「駄目なのか?」
「ダメに決まっているでしょ!」
「……そうか」
表情が読みにくいディノサウリアンの顔だったが、心なしかしょんぼりとしているような気がする。
せっかくジャハーンギルなりに事態の打開を図ろうとしてくれたのにと思うと、悪い気もするが、さすがに今の時点で直接的手段に出るのは早計だ。
「私にお任せいただけないでしょうか?」
そこに名乗りを上げたのは、エラディアだった。
まさか、彼女ならばジャハーンギルのような直接的手段に出るとは思わなかったが、念のためにどのようにしてやるかを尋ねる。すると、エラディアは艶然と微笑むと、とんでもないことをさらりと告げた。
「女だからこそ、男の秘密を探る方法というものがありますのよ」
言外に、自分の身体を使って男をたぶらかし、その正体を探ろうと言っているのだ。
それに蒼馬たちは、一様に顔をしかめる。
特に、彼女たちを性奴隷から一度は解放しておきながら、また同じことを強いるような真似をするのに、蒼馬は激しい抵抗を覚えた。
「それは、ちょっと……。他に方法は――」
蒼馬がエラディアの提案を退けようとした途端、それまで柔和な笑みを浮かべていた彼女の表情が一変した。唇を固く引き結び、その柳眉を逆立て、静かな怒りを表現する。
「ソーマ様は、私どもの覚悟を軽んじられていらっしゃるのですか?」
決して声を荒げているわけではないが、それは聞く者を緊張させずにはいられない鋭い声だった。
普段は穏やかな微笑みを浮かべているエラディアが初めて見せた怒りに、蒼馬は驚きに固まってしまう。
「すべての種族が、平等に暮らせる。そのための国を興す。そう、あなた様はおっしゃいました。しかし、その道のりは険しく、それには大きな犠牲を払わねばならないとも」
エラディアは自分の胸に、そっと手を添える。
「私どもは、その大義を信じ、その犠牲を覚悟した上で、あなた様に従ったのです。それをたかがエルフの女ひとりに、何を躊躇われているのですか? ソーマ様は、私どもの覚悟が、その程度のものだと侮辱されているのでしょうか?」
それは頭を殴りつけられたような衝撃をともなって蒼馬の心を打った。
今さらながら、自分の吐いた言葉の重さを痛感し、言葉を失う。
そして、それは他の者も同様であった。
エラディアの過去を考えれば、それがいかに彼女自身を傷つける行いだと言うことは誰の目にも明らかである。
しかし、あえてそれをやると言い出したのは彼女自身だ。
蒼馬のために、この場にいる皆のために、再びその身を汚濁の中に落とす。
そのエラディアの覚悟に、誰もが言葉を失った。
ここで、やめろと言うのは容易い。しかし、何の打開策や代替手段を示せずに言えば、それはただの憐みに過ぎない。
皆のために、自分の心を殺すと覚悟を決めた彼女に憐みをかける。
これほどの侮辱があるであろうか?
だからこそ、その場にいる誰もが口を閉ざすしかなかったのだ。
しばしの沈黙の後に、ようやく蒼馬は口を開いた。
「エラディアさん……」
蒼馬の顔から、彼の覚悟を見て取ったエラディアは、再び柔らかい微笑みを浮かべ、「はい」と応えた。
「僕が命じます」
任せてほしいと言ったエラディアに、あえて蒼馬はそう言った。
「あの人の正体と目的をいかなる手段を用いてでも暴いてください」
「ソーマ様の御意のままに」
改めて、自分の言葉を信じて従ってくれた人たちのためならば、泥水をすすり、汚濁にまみれる覚悟を決めた蒼馬だったが、それでも譲れないものはある。
「ですが、たかが、という言い方は、好きではありません。誰であろうと、僕は大事な仲間だと思っています。今後は、そのような言い方はしないでください」
その言葉に、エラディアはただ深く深く頭を下げたのだった。
◆◇◆◇◆
さて、このとき蒼馬たちに援助を申し出た、ロブナスと名乗る商人。
正しくその姓名を言えば、ロブナス・ファビウスと言う。
姓があることからもわかるように、この男はただの商人ではない。
実は、ロマニア国の将軍のひとりだったのである。
今よりひと月ほど前、彼は国王ドルデアに密かに召し出され、まずはこう切り出された。
「ロブナスよ。貴公は、ボルニスという街を存じておるか?」
ロマニアの国王ドルデアは、今年で御歳六十九になる老人である。枯れ木に皺だらけの皮を張り付けたようなやせ細った肉体とは裏腹に、その目はギラギラとした生気に満ち溢れている。とっくに王位を譲り渡していてもおかしくない年齢であったが、今なお王としてロマニアに君臨していた。
「ホルメア国の西にある街だと記憶しております」
そう答えたロブナスに、ドルデア王はさらに問いかけた。
「では、先頃その街において亜人類の反乱が起こり、それを鎮圧に向かった、あのダリウスめが惨敗を喫したというのは?」
「今や王都で、それを知らぬ者はいないと存じ上げます」
ホルメア国のダリウス将軍と言えば、ロマニアの天敵とも呼ばれた名将だ。戦場で幾度も苦汁を舐めさせられたドルデア王によって、その首には金貨千枚の恩賞が掛けられるほどの人物である。
そのダリウスが、反乱を起こした奴隷に敗れたという報せは、ある意味においてホルメア国以上の衝撃をロマニア国にもたらしていた。
「ボルニスの街の反徒どもか……。なかなかに、面白い」
最近、王都の裏町にある酒場で、亜人類の反乱を実際に目にしたと言う行商人の語る戦いの様子が話題となっていた。長年の戦いで恨み募っているホルメア国の兵士が、亜人類の奴隷に蹴散らされる内容に、酔客たちはやんやの喝采を上げているらしい。
その噂に興味を覚え、ひそかにその行商人を宮廷に招いて語らせてみると、やや亜人類の強さに誇張が感じられるものの、彼らに蹴散らされるホルメア国兵士の軟弱ぶりは、ドルデア王にとっても痛快な内容だった。
それを思い出したドルデア王は、皺に覆われた顔に笑みを浮かべる。
「ホルメア国を討ち滅ぼして西域制覇を成し遂げるのが、我がロマニアの宿願」
ロマニアとホルメアの確執は、遠く建国のときまでさかのぼる。かつては、ひとつの大国として隆盛を誇っていたが、ふたりの王子の継承権争いから国が真っ二つに割れたのが、ロマニアとホルメアの始まりであった。そのため、両国は互いに相手を平定し、もとの大国を復興するのを宿願としていたのである。
「あのダリウスが失脚した今こそが、その好機と余は考える。――そこで、貴公に頼みたい」
何なりと、とかしずくロブナスに、満足げにひとつ頷いてから、ドルデア王は言った。
「ボルニスの街へ赴き、亜人類の奴隷どもをその目で確かめてきてもらいたいのだ」
かくしてドルデア王に命じられたロブナスは、わずかな護衛の者たちだけをともない、大胆にもホルメア国を通り抜け、ボルニスの街へとやってきたのである。
「私の主人が、是非ともあなた方に力を貸したいと申しております」
ロブナスが援助を申し出た豪商の使いの者に扮したのは、道すがら集めた情報からジェボアの商人ギルドとの確執によって、蒼馬たちが資金不足に悩んでいるであろうという推測からである。
まずは、この亜人類の奴隷たちが、どれほどの力を持っているか調べるためにも、その懐深くに潜り込まなければならない。そのためには、今もっとも彼らが求めているものを餌として使うのが最良という判断からである。
しかし、そうまでしたというのに、肝心なソーマとかいう奴隷たちの頭目は不在だと言う。こうしてわざわざ自分が援助してやると言って来ているのに、それを不在とは無礼な奴だ。本来なら、平身低頭して出迎えるべきではないか、とロブナスは身勝手な不満を抱いていた。
そして、その不満に拍車をかけていたのが、その夜に催された歓迎の酒宴である。
不在のソーマに代わって饗応役を務めたのはマルクロニスと言う男だ。だが、この男はいくらこちらから話を振っても乗って来ないため、まったく盛り上がりに欠ける酒宴であった。
そればかりか、こいつらが本当に利用できるかどうか、いろいろと探りを入れたが、いずれの問いにも「それは、ソーマ様に尋ねていただきたい」と同じ返答を繰り返すばかりで、まったく要領を得なかった。
あれでは、そのとき隣に寄り添って酌をしてくれたエラディアと言う名のエルフと話していた時間の方が長かったくらいである。
そして、何の収穫もないまま酒宴はお開きとなり、こうして領主官邸の一室に宿泊することになってしまったのだ。
「まったく。無駄な時間だったな……」
これは早々に帰国した方が良いかも知れないと、ロブナスが思い始めていたとき、部屋の扉が叩かれた。それにロブナスが、誰だ? と誰何すると、扉が小さく開く。
「お酒が足りなかったのではないかと思い、こうして持ってまいりました」
それは、先程の酒宴のときにいたエラディアと言うエルフだった。その手には、酒瓶と食べ物が入った手提げの籠が下げられている。
来客が彼女だとわかるとロブナスは、やにさがった顔で、いそいそとエラディアを招き入れた。
「いやぁ、これはありがたい。実は、少し飲み足りないと思っていたところだ」
こんな時分に、大事な客である自分のところへ女がひとりやってきたのだ。これがどういう意味か分からぬロブナスではない。
持ってきた料理と酒を卓の上に並べるエラディアの尻が艶めかしく動くのに、ロブナスは、ごくりと唾を呑んだ。
ロマニアの王宮や有力諸侯の邸宅などで目にするたびに、自分もいつかあのような美しいエルフの奴隷を飼いたいとは思っていた。
だが、このエラディアと言うエルフの奴隷を知ってしまえば、これまで見たエルフの奴隷たちなどせいぜい野暮ったい村娘がいいところである。
「ロブナス様。まずは一杯」
そんな美しいエルフから勧められる酒の味は格別だった。
しかも、このエラディアと言うエルフは、ただ美しいだけではない。会話の合間に入れられる相槌の絶妙さと良い、また何を言ってもすぐさま応じられるだけの見識の広さと良い、いずれをとってみてもただのエルフとは思えない。
はるか大陸中央から流れてきた高級奴隷と言われれば、これが、と納得である。
そうして、勧められるままに酒杯を重ねるロブナスだったが、時折見せつけられるエラディアの扇情的な首筋や胸元に、むらむらと劣情を催してきた。
ロブナスは、さりげなくその手をエラディアに伸ばす。
しかし、その手が触れる寸前で、エラディアの身体がするりと逃げた。獲物を捕らえ損ねた手を戻すと、またエラディアは身を寄せるように身体を近づけて来る。
先程から、これの繰り返しであった。
こちらが手を伸ばせば、するりと逃げる。しかし、遠くに逃げるのではない。後、ほんのちょっと。後ほんのちょっとだけ手を伸ばせば届く距離を保つ。そして、こちらが手をひっこめれば、またするっとこちらの間合いに入ってくる。そこがまた小憎らしい。
なるほど。これが高級娼婦との遊びと言う奴か、とさらにロブナスは劣情を煽られる。
しかし、ついに我慢できなくなったロブナスは強引に間を詰めて、エラディアの肩を抱いた。
「あ……」
エラディアの薔薇の花弁を思わせる赤い唇から吐息とともに洩れた声に、さらにロブナスは鼻息を荒くする。
そして、ふたりはもつれるように寝台に倒れ込んだ。
◆◇◆◇◆
ロブナスを泊めた客室から静かに抜け出したエラディアは、その身を洗い清めてから蒼馬の執務室に赴いた。すると、そこでは深夜だと言うのに、煌々(こうこう)と蝋燭の灯りがつけられ、蒼馬のみならず主だった顔ぶれがそろっていた。
「お待たせして申し訳ございませんでした」
そう言って一礼するエラディアに、蒼馬は労をねぎらってから事の首尾を尋ねた。それに答えるより先に、彼女はまずマルクロニスに確認する。
「マルクロニス様。ひとつ質問がございます。――確か、ホルメア国は仇敵と呼ばれるほど対立している国があったと記憶しておりますが?」
「それは、ロマニア国だ。他にもいくつか小国があるが、ホルメアとロマニアの二強国で西域の覇を競っている状態だ」
マルクロニスの答えを聞いたエラディアは、蒼馬に向けて断言した。
「あの男は、ロマニア国の間者に相違ございません。それも、一兵卒などではなく、それなりの地位にある将軍か将校と見受けられます」
皆の口から、「おお」と驚きの声が洩れる。
「ロマニアか……」
その中で、蒼馬はこの街を落とすときに協力してもらったホプキンスと言う名の行商人の顔を思い浮かべていた。
この地を離れなければならなくなったホプキンスに、蒼馬はロマニアの土地でやり直すための元手を与えたが、それとともにひとつ頼みごとをしていたのである。
それは自分らのことをロマニアの王都で大げさに吹聴してもらうことだ。
ホルメアの仇敵と呼ばれるぐらいの国だ。ホルメア国内が乱れていると知れば、いきなり攻めはしないまでも、何らかの行動に出るはず。それが、ホルメア国への牽制となれば儲けもの、ぐらいの軽い気持ちで頼んだのだが、思わぬ結果が飛び出したようである。
「やっぱり商人じゃなかったんですね」
蒼馬が改めて確認すると、エラディアは小さくうなずいた。
「はい。――まずは、手が違います」
エラディアの言葉に、蒼馬はつい自分の手を見下ろした。
「手?」
「はい。手は、その人の生き方によって変わるものです。たとえば農民ならば皮膚のしわや爪の間に、洗っても落ちない土の汚れが残ります。学士ならば、ペンが当たる指の皮膚が固く盛り上がります。ですが、あの男の手は、剣や槍を扱う者の手でした」
皆は、なるほどとうなずいた。しかし、それではただの一兵卒や密偵などではなく、将軍や将校などの地位あるものと判断した理由を尋ねる。
「内股の皮膚が、硬くなっておりました」
すると、エラディアはそう答えた。
「商人ならば、行商の馬車の御者台や帳簿をつける机の椅子に長時間座るため、お尻の皮が厚くなるでしょう。ですが、あの男はそれよりも内股の皮が厚くなっておりました」
いまだ馬具が発達していないこの世界では、乗馬するときには両足で馬の胴体を締めるようにしなければならない。そのため、馬の背と接する内股がこすれ、その部分の皮が硬くなってしまうのだ。
エラディアは、そこでマルクロニスに尋ねた。
「この辺りでも、馬は貴重なのでしょう?」
それだけでマルクロニスは、なるほどと納得した。
ただ移動のために馬に乗る程度ならば、マルクロニスにもできる。しかし、荒れ狂う馬を御し、混乱する戦場を駆けさせるとなると話は別だ。それには、幼い頃から馬にまたがり、それこそ内股の皮が厚くなるほど乗りなれていなければ無理な話だろう。
だが、貴重な馬を子供の頃から与えられるとなると、それは貴族などの財力がある家に限られると言うわけだ。
他にもエラディアは、ロブナスが商人らの良く使う隠語が理解できていなかったのに対し、この辺りでも知られる戦記や戦術書から引用した言葉を知っていたことなどを上げる。
「後は、ホルメア国に対して嘘偽りのない敵意を感じました。それらを照らし合わせると、ロマニア国の者だと考えるのが、妥当ではないでしょうか?」
エラディアの言うことは、いずれも納得がいくものだった。
「そうなると、あの男の狙いは読めた。ホルメアを攻めるときに俺たちと共闘するために、まずはこちらの内情を探りに来た、というところだろう」
このガラムの意見に、蒼馬も同感だった。
「敵の敵は味方って言葉もありますからね」
しかし、陰から観察したロブナスの態度を思い浮かべ、蒼馬は顔をしかめた。
「でも、気になるのは、あの人の態度です。どう見ても、僕たちを見下しているように思えます」
「私も、それが気になったぞ」そう言ったのは、シェムルである。「あれは友として力を貸そうと言う奴の態度ではない!」
ロブナスの尊大な態度は、誇り高い彼女の癇に障っていたようだ。吐き捨てる様に言う彼女をなだめながらも、蒼馬も同じ意見である。
「たぶん、共闘と言うより、僕たちを利用するつもりだろうね」
せいぜい奴隷からの解放を認め、小さな領地を与えるぐらいの条件で、ホルメア国を攻めるときの陽動に使おうと言う考えなのだろう。
「私も、そのように思います。――あの男は、ソーマ様を地方領主ぐらいにしかなれない男と言い、それよりも自分の方がすごいなどと妄言を吐いておりました」
エラディアは相変わらず顔には穏やかな微笑みを浮かべ、口調も荒げているわけではないが、その場に居合わせた誰もが何か触れてはいけない恐ろしさを感じた。
「おそらくは、ロマニアに降れば地方領主として認めると言うロマニア王の意向があり、そう口を滑らせたのではないでしょうか?」
そのエラディアの読みは的中していた。
交渉する際に、蒼馬へ提示する条件として、ロマニアに降れば奴隷からの解放を認め、さらにボルニスの街とその近郊を領地として認めても良いと言うドルデア王の内諾をロブナスは携えていたのである。
「ならば、断ってしまった方が得策だろうな。そいつらとホルメアが勝手に食い合ってくれれば、俺たちにも好都合ではないか?」
そのガラムの意見は、もっともだった。他のみんなも同じ意見のようである。
しかし、蒼馬だけは違っていた。
「僕に、ちょっと考えがあるんだ」
蒼馬は、とっておきの悪戯を披露する悪ガキのような顔になると、みんなに自分の考えを述べてみた。
すると、それを聞いたみんなの顔にも、似たような笑みが浮かんだ。
「それは面白うございます」
エラディアもまた上品に口許を隠しながら、クスクスと笑い声を上げる。それから蒼馬の耳元に口を寄せると、こう言った。
「ソーマ様。私が、ちょうど良い逸話を存じております。このようなお話は、いかがでしょうか?」
11/2 描写を加筆修正




