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破壊の御子  作者: 無銘工房
胎動の章
81/538

序章-終 その名は

 野盗がひとり残らず逃げ去り、後にはイルザたちと杭につながれたエルフの女性たちだけが残された。

 野盗たちの姿がなくなったのを確認したイルザたちは、頬を雨だけではなく感涙に濡らしながら、囚われていた姉たちに駆け寄る。

「姉さんたち! 助けに来たよ!」

 天幕に浮かび上がる木の精霊を恐怖で固まったまま食い入るように見つめていた女性たちは、イルザの声で我に返る。

「みんな! 私たちは良いから、早く逃げて!」

 木の精霊を名乗ってはいるが、このような怪物は見たことも聞いたこともないエルフの女性たちは、イルザたちに危害が及んではと必死に叫ぶ。それをイルザたちがなだめるが、姉たちの恐慌はおさまらない。

「みんな、大丈夫か?」

 さらに、そう言いながら、ガサガサと葉擦(はず)れの音を立てながら駆け寄ってきたものを目にした女性たちは、失神せんばかりに驚き、悲鳴を上げた。

 それは大量の葉を茂らせた、人の背丈ほどの小さな木のようなものだった。

 また別の木の精霊が出てきたと恐怖するエルフの女性たちに向かって、その木は人の腕のような白く太い枝を二本突き出して、妙に人間臭い動作で、わたわたと振る。

「姉さんたち、落ち着いて! あたし! エーリカだから!」

 恐慌状態に陥っていた女性たちも、聞き知った人の声と名前に、さすがに平静さを取り戻した。よくよく見れば、腕のような白く太い枝と見えていたものも、本当に人の腕だ。

「エ、エーリカ? エーリカなの?」

 その木の精霊が頭の辺りの枝葉を掻き分けると、そこからは確かにエーリカの顔が覗いた。木の精霊に見えていたのも、枝葉を差し込んだ縄を身体に巻きつけていただけだとわかり、エルフの女性たちはホッとするのと同時に、その珍妙な格好に目を見張る。

「な、何なの、その格好は?」

 身体中に巻きつけていた縄をほどきながらエーリカは答える。

「これは、ぎりすつ? とか言うものだよ」

「ぎりすつ?」

 姉たちは、聞きなれない単語におうむ返しに()く。

「うん。森に溶け込むためものだって」

 エーリカが言っているのは、正しくはギリースーツである。雑草や小枝などの自然物か、またはそれらに似た糸や短冊を衣服に縫い付けることで、周囲の風景の中に溶け込んで敵から発見されにくくするための装備だ。

「あれも、怖がらなくて大丈夫。あれは、姉さんたちを助けてくれた奴が呼び出したものなんだ」

 そう言ってエーリカは、今も天幕の上に浮かんでいる木の精霊を指差す。

「あ、あんなものを呼び出せるなんて……。まさか、風の神が私たちを憐れんで、()使(つか)いを?!」

 恐慌から立ち直った反動からか、今度は感涙を浮かべて、その場で祈り出しそうな姉たちを手振りで制止する。

「いや。おかしな人間だよ」

 姉たちが御使いと讃えたのが、あのお人好しな人間だと思うと、つい口許が緩んでしまう。

「キサも、もう出てきて良いよ!」

 エーリカが呼びかけたが、返事がない。

 もしかしたらキサの身に何かあったのかと心配になったエーリカは、天幕の方へと小走りに駆けて行った。その途中で、水の入った革袋を踏んだような感触がし、慌ててエーリカは足を退ける。それから腰をかがめて地面に手を当てたかと思うと、いきなり地面を引っぺがした。

「こんなところにいたのか。いったいどうしたんだ?」

 エーリカが引っぺがしたのは地面ではなかった。それは、泥を塗りたくり、雑草を縫い付けた大きな毛皮である。これもまたギリースーツの一種だ。その下では、箱が詰め込まれた兜を抱えていたキサが虫のように()いつくばっていた。

 エーリカに声をかけられたキサは、まるで油が切れたロボットのような動作で首だけ振り返る。

「め、目の前に矢がザクッて降って来て。本気で死ぬかと思った……」

 どうやら腰を抜かしていたらしい。

 実は、身体までは達していなかったようだが、キサのかぶっていた毛皮には数本の矢が突き刺さっていたのをエーリカは黙っていようと思った。

「矢が降って来たぐらいで、そんなに驚くな。それで、もし野盗たちがこっちに突っ込んで来たら、どうするつもりだったんだ?」

 呆れながら言うエーリカに、キサは目を大きく見張った。それから引きつった笑いを浮かべると、ぽつりと言う。

「全然考えてなかった……」

 唖然とするエーリカの目の前でキサの手から、箱が詰められた兜が落ちる。地面に落ちた衝撃でバイザーの部分が開くと、そこから火のついた紐が差し込まれた陶器の小瓶がゴロリと転がり出た。


             ◆◇◆◇◆


 冷静になった野盗たちが戻ってくる懸念もあったが、夜の山を歩くのは危険と判断したキサたちは、野営地で夜を明かした。もちろん、助けた女性たちと交代で見張りを立て、安全を確保するのは忘れない。そして、陽が昇るのと同時に、野盗たちの天幕に火を放つと、そこから少し離れた森の中に移動した。

「ねえ。もっと離れた方がいいんじゃない?」

 木々の向こうで、燃える天幕から立ち上る黒煙を見つめていたキサに、エーリカはそう声をかけた。

「ん~。……もしかしたら、僕を探している人がこれを見てくれるかもしれないと思ってね」

 キサは煙を見上げたまま、気のない返事をする。

「そうか」

 エーリカは、言葉に詰まってしまう。

 いろいろとキサと話したかったのだが、いろいろがありすぎて何から話せば良いのか見当もつかなかった。しばらく悩んでいたが、とりあえず姉やイルザたちが代わりに()いて来てくれと言われていたことを尋ねてみる。

「しかし、いまだに信じられない。いったい、どうやったらあの怪物を呼び出せたんだ?」

「あれは、呼び出したんじゃなくて、影を映しただけだよ」

 木の精霊の正体は、エーリカが持っていた水晶片の影であった。

 エーリカの「神でも現れない限り」という言葉から、キサは風の神を呼び出す代わりに、水晶片の中にある木を映し出す幻灯機を作ることを思いついたのである。

 幻灯機とは、ガラス片などに描いた絵をランプの光とレンズを使って幕などに映し出すスライド映写機の原型となった装置だ。

 キサが木の精霊を偽って野盗たちを驚かせたように、この幻灯機を使って幽霊や骸骨を映し出して観客を驚かせるファンタズマゴリーと言うショーが、十八世紀末のヨーロッパで実際に行われていた。

 キサにとって幸運だったのは、エーリカの持っていた水晶片、望遠鏡のレンズ、アルコールランプとなる蒸留酒の入った小瓶が、手元に揃っていたことだ。これらを組み合わせるだけで簡易的な幻灯機ができたのである。

 しかし、それでも困難はあった。一番の問題は、小さなアルコールランプでは光が弱く、明確な像が映せなかったことだ。しかし、それもナールのかぶっていた兜をランプの灯の後ろに置き、無駄になっていた後ろへの光を反射させることで何とか(おぎな)わせられた。

 それほど苦労して作られた幻灯機でも、映し出された映像は現代日本の映像技術に親しんだ者から見れば、ひどいものだった。何しろ暗闇の中にあって、ようやくおぼろげな影として見える程度のものだったのである。

 これだけでは、とうてい野盗たちも何が何だかわからなかっただろう。子供たちの迫真の演技と、「木の精霊」という言葉が暗示となり、想像力が映像を補完することで、何とか野盗たちに「木の精霊」と信じ込ませられたのだ。

 そうしたことをキサは説明したのだが、エーリカにはとうてい理解できない内容の話だった。

 キサが語り終えると、またエーリカは話題に困ってしまう。

 しばらく無意味に口を開閉していたが、何か決心したように小さく拳を握ると、キサに話しかけた。

「キサは、ボルニスに戻るんでしょ?」

 そんなエーリカの様子には気づいていないキサは、短く「ああ」とだけ返事する。

「もし、キサの友達が見つからないようなら、一緒にボルニスに行かない? ほら、まだ野盗たちがいるかも知れないし、みんなと一緒の方が安全でしょ?!」

 やけに焦ったようにまくし立てるエーリカの頬は、ほんのり赤くなっていた。

「そうだねぇ……」

 変わらず気のない返事をしていたキサだったが、不意に目を輝かせる。

「来たっ!」

 キサの言葉に、エーリカは慌てて周囲を見回した。しかし、彼が言うように誰かが姿を現した気配はない。

 それに、よく見れば、キサの視線は空に向けられたままである。

「おぉーいっ!」

 いきなりキサは掛け声を上げると、伸ばした両腕を大きく振った。

 キサの視線を追って空を見上げたエーリカだったが、そこには黒い煙が立ち上るばかりで、何も見い出せない。せいぜい一羽の鳥が飛んでいるだけだ。

 そのとき、エーリカは奇妙な違和感を覚えた。

 大きく旋回しながら空を飛ぶ一羽の鳥だが、鳥にしては形が少しおかしい気がしたのだ。それに鳥との距離感も変だ。何だか、鳥がとてつもなく大きく感じる。あのような巨大な鳥など、見たことはない。

 しばらく頭上を旋回していた鳥だったが、縦と横に8の字を描いたかと思うと、そのまま南へ飛び去って行ってしまった。

「行こう! あっちだ!」

 そして、キサもまた鳥が向かった方へと駆け出して行く。

 慌てて姉とイルザたちを連れて追いかけると、すでにキサは山の麓まで下りていた。

 鳥が飛び去った方を見つめるキサの視線を追うと、地平線の彼方から土煙を上げてこちらに向かってくる集団の影が見えた。

 野盗たちが仲間を引き連れて報復にやって来たのではないかとエーリカは警戒したが、逆にキサは満面に喜色をあらわにし、必死に手を大きく振る。

「大丈夫! きっと、みんなだ!」

 土煙を上げて、こちらに向かってきたのは、獣を連れた騎馬の一団だった。その一糸乱れぬ動きは、野盗のものではなく、よく訓練された軍隊のようである。

 もしや、自分らを捕まえに来たホルメアの巡察兵かも知れないと不安になったが、すでに向こうからもこちらを視認されているようで、今から逃げるには遅い。

 エーリカが不安と警戒の目で見ていると、一団の中から一匹の獣が飛び出してきた。それは他のものを置き去りにして、ぐんぐんと距離を詰めて来る。

 しだいにその姿が大きく見えるようになると、エーリカはそれが獣ではないことに気づいた。

 全身を明るい栗色の毛に覆われ、四つ足で大地を駆けているが、その身体には胴鎧を着け、腰には独特の反りが入った山刀が差されている。

「あれは、ゾアン……?」

 平原の覇者と呼ばれる種族の姿を初めて目にして驚くエーリカの前で、そのゾアンは押し倒して咽喉笛に食らいつかんばかりの勢いでキサに飛びかかってきた。

 しかし、実際には押し倒すようなことはなく、そのゾアンはキサの両肩をがっしりと掴むと、喜びに打ち震えた声で叫んだ。

「良かった! 必ず生きていると信じていたぞ!」

 色鮮やかに染め上げられた(つた)で編んだ胴鎧の胸の部分が大きく盛り上がっているところから、そのゾアンは女性なのだろう。声もやや甲高い大人の女性の声だ。

「偉大なる獣の神よ、感謝いたします! ああ! おまえが河に落ちたと聞いて、私は心臓が止まるかと思ったぞ!」

 ゾアンは、近くにいるエルフたちなど眼中にないと言った様子で、ひたすらキサに話しかける。

「大丈夫か? 怪我はないのか? どこか痛くないか? 腹は空いてないか?」

「大丈夫だよ。本当に、大丈夫!」

 くすぐったそうに身をよじるキサに、ようやくゾアンは、ほっと胸を撫で下ろす。

「しかし、持たせてあった狼煙(のろし)の色とは違うが、念のために確認に来て良かった。本当に、良かった!」

「ごめん。ちょっと狼煙のタネは使い切っちゃったから、しょうがなくて野盗たちの天幕を焼いて代用したんだ」

 それまで喜びに打ち震えていたゾアンだったが、そのキサの言葉に、毛で覆われた頬が引きつるようにピクリと動く。

「……野盗だと?」

「大丈夫だよ。もう追い払ったから」

「……追い払った?」

 あっけらかんと答えたキサに、ゾアンの全身の毛が、ぶわっと逆立った。それから身体をプルプルと小さく震わせながら、大きく息を吸って胸を膨らませたかと思うと、吸い込んだ大量の空気とともに、大きな怒声を放つ。

「おまえは、何をやっているっ!!」

 近くにいたエーリカが耳鳴りするような大音声である。

「またか?! また、何か騒動に自分から首を突っ込んだなっ!」

 思わず耳を塞いでしまったキサだったが、ゾアンは無理やり耳をつまみ上げて、なおも怒鳴り散らす。

「おまえは、いつも、いつも! いつも、だ!! 普段は臆病なくせして、いざとなると危険も考えず飛び込む! その追い詰められると、とんでもない方に吹っ切れて暴走する性格は直せと、私に何度言わせるつもりだ!」

「ご、ごめんなさい!」

「この馬鹿! 私に心配ばかりかけて! おまえは私を心労で殺すつもりかっ?!」

 今にもキサの胸倉を掴んで吊し上げかねないほど怒りをあらわにするゾアンだったが、いきなりその頭に黒い毛で覆われた拳が落ちた。聞いているだけで、こちらの頭が痛くなりそうなほど大きな音を立てて殴られたゾアンは、その場に頭を抱えてうずくまる。

「馬鹿は、おまえだ!」

 そう怒鳴ったのは、見事な体躯(たいく)の黒毛のゾアンだった。黒毛のゾアンは、眉間から鼻筋をとおって右頬に一筋の刀傷が走った顔に怒りをみなぎらせて吠える。

臍下(さいか)(きみ)を人前で怒鳴りつけるなど言語道断だ! おまえは自らの臍下の君の威信を失わせるつもりか?!」

「だ、だけど、《(たけ)き牙》よ……」

 殴られた頭を手で押さえながら情けない声で言い訳しようとしたゾアンの女性に、その黒毛のゾアンはクワッと牙を剥いて黙らせる。

「おい、ガラムよ。兄妹漫才もほどほどにしておけ」

 そのゾアンの喧嘩に割って入ったのは、これまた見事な体躯の赤毛のゾアンだった。醜い傷で潰れた左目が異彩(いさい)を放つ顔には、今は呆れたような雰囲気を漂わせている。

「ズーグよ。こいつには、これぐらい言わんと通じんのだ」

 ガラムと呼んだ黒毛のゾアンの反論に、ズーグと呼ばれた赤毛のゾアンは人差し指を空に向ける。その先には、あの大きな鳥がゆっくりと旋回しながら飛んでいた。

「ピピが、ああして警戒してくれてはいるが、ここはホルメアどもの勢力圏に近い。面倒になる前に、とっとと立ち去った方が良いんじゃないか?」

 正論に、ガラムは悔しげに低く唸った。

 突如、目の前で始まったゾアンたちの漫才に、どう反応していいのかわからず固まっていたエーリカたちの前に、ゾアンに遅れてやって来た数騎の騎馬が土煙を上げて制止する。

「こいつらは、いったい何者じゃい?」

 そう言ったのは、人間が操る騎馬の後ろに乗っていたドワーフであった。

 ゾアンが漫才を演じている間に、こっそりと逃げ出していたキサが、ドワーフに答える。

「ドヴァーリンさん。彼女たちは、僕の恩人です。それと、僕を守るために命を落としたナールさんを埋葬してくれました」

「……ナールは、死におったか」

 ドヴァーリンと呼ばれたドワーフは、ため息とともに呟いた。

「あいつは自分の務めを果たしたわけじゃな?」

 キサが力強く(うなず)くと、ドヴァーリンは腰につけていた革の水袋の栓を抜き、その口を傾ける。すると、そこから褐色の液体が地面に(こぼ)れ落ち、辺りに酒の匂いが漂う。

「ナールの(ひげ)(いさお)(ほま)れあれ!」

 それからドヴァーリンは、エーリカらに目を向けると、

「森の(ともがら)よ。同胞ナールを丁重に弔ってくれたことに感謝する」

 それにエーリカらは、面食らってしまう。

 まさかエルフの仇敵であるドワーフに、このような礼を尽くされるとは思っても見なかったからだ。

「エラディアさん」

「はい。ここに、我が君」

 キサの呼びかけに応えて進み出て来たのは、同じエルフのエーリカでさえ目を見張るほどの美しいエルフの女性だった。

「彼女たちは、ボルニスに来るつもりだったそうです。僕の命の恩人ですので、街での便宜(べんぎ)を図ってもらえますか?」

「承知いたしましたわ」

 ただ会釈をし、承諾の意を示しただけだと言うのに、誰もが目を奪われてしまうような気品が、そのエルフの女性にはあった。

 思わず見とれてしまっていたエーリカの腕を不意にゾアンの女性が両手で掴み取る。

「おお! おまえたちが命の恩人だったのか! ならば、私にとっても命の恩人だ!」

 感謝の言葉とともに、ゾアンの女性は掴み取ったエーリカの腕を激しく上下に振り回す。その激しい感謝の表し方に、エーリカは目を白黒させた。

「だが、我らはすぐに街へ戻らねばならないのだ。後日改めて、この恩義に報いるので、今は無礼を許して欲しい」

 そのゾアンの言葉に、キサは小さく首を傾げる。

「すぐに戻らないといけないって、何かあったの?」

「ああ。ホルメアとジェボアが、妙な動きをしている。――あと、ジャハーンギルの奴が、つまらないと騒いでいる。マルクロニスが何とか押さえているが、いつまで持つかわからんぞ」

「うわぁ。尻尾を振り回している姿が思い浮かびそうだ」

 冗談めかして言ったキサは、兵隊のひとりが差し出した馬の手綱を手に取ると、(あぶみ)に足をかけ、ひらりと馬の背に乗った。

 すると、一陣の風が吹き、キサの顔をなぶる。

 その風に、ここ数日ずっと額に鉢金(はちがね)をつけたままだったのを思い出したキサは、久しぶりに鉢金を外した。久々に額で感じる風の感触は気持ちよく、キサは目を細める。

 キサを見上げていていたイルザが、驚いたようにポツリと言った。

「あれ、あたしが河原で描いて来た絵に、そっくり……」

 (あら)わになったキサの額に、エーリカたちは数字の8と∞を組み合わせたような刻印を見つけた。

「こ…刻印……? まさか、御子?」

 すでに立て続けに起こる事態に理解が追いついていないエーリカたちにとって、それは止めの一撃となる。魂が抜けたように茫然となってしまった彼女たちを尻目にし、キサは隣に寄り添うように立ったゾアンの女性に向けて、馬上から微笑みかけた。

「さあ。行こうか、シェムル」

「ああ。行くぞ、ソーマ」

 片や馬に乗り、片や四つ足となって、ふたりはボルニスの街がある方へ向けて駆けて行った。他の者たちも、エラディアと少数の兵だけ残し、ふたりを追いかける。

 残されたエーリカたちは、しばらく茫然とキサたちを見送っていたが、その背中にエラディアが声をかけた。

「さて、私たちもボルニスに向かいましょう。あなたたちがどこから来たかなど、道すがら聞かせていただけますか?」

 それに、エーリカは「あの」とエラディアに尋ねた。

「もしかして、あいつ――じゃなく、あの方は、まさか……?」

 その白い(おとがい)にほっそりとした指を当てて、しばらく考えたエラディアは、それが自分の主君のことを言っているのだと気づき、「ああ」と納得する。

「あの方は、自分が誰なのか隠していらっしゃったのね。――我が君に代わり、謝罪いたします。あの方は、とても重要な立場にいらっしゃるのです。護衛が(そば)にいなくては、おいそれと見ず知らずの方に、ご自分の素性を明かすことができなかったのでしょう」

「それでは、やっぱり……!」

「はい。ご想像の通りだと思います」

 この場にいたゾアン、ドワーフ、ハーピュアン、エルフ、人間。そして、話の内容からしてディノサウリアンまで、彼は従えているようだった。

 七種族がいがみ合い、殺し合う、現在(いま)のセルデアス大陸において、それらを暴力ではなく心服させて従える者など、たったひとりしかいない。

 今、大陸全土を席巻しようとしている聖教と人間種族に対し、公然と反旗を翻した男。

 この大陸の西域における騒乱の中心。

 救世主とも破壊者とも呼ばれ、畏怖される人物。

 エーリカは、その人の名前を口にした。


「あの人が、破壊の御子ソーマ・キサキ……!」

 物語は、ボルニス決戦直後に戻る。

 ボルニス決戦により名実ともにボルニスの街の支配者となった蒼馬。

 まず彼が手を付けたのは、街の官吏たちの掌握であった。


胎動編 第1話「統治」

***************************************

ようやく序章部分が終わりました。

さすがに、だらだらやりすぎたと反省しております。

予定外の変更と、それに伴う確認実験が痛かったです。

そのあたりの失敗談は、お目汚しになるので詳しくは活動報告にでも書かせてもらいます。

では、次話から始まる内政編をお楽しみにしていてください。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ボルニス決戦は戦況が次々と変わっていくところと最後は士気の違いで決着が付くのが良かったです。 [一言] さすがに序章が長すぎてびっくりです
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