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破壊の御子  作者: 無銘工房
胎動の章
80/538

序章-6 木精

 太陽が中天に差し掛かろうと言う時分。

 野盗たちが野営している場所に唯一ある天幕の中から、頭をそり上げた大男がのそりと出てきた。

 このいかにも悪党面の大男が、この野盗たちを率いる(かしら)である。

 大きくひとつ伸びをした野盗の頭は、見かけた手下に食い物を持ってくるように命じる。程なくして手下が木の(わん)で持ってきたのは、粗挽きにした大麦を山羊の乳で煮込んだ(かゆ)に塩味をつけただけのものだった。

 添えてあった木の(さじ)を使って粥をかっ込んでいた野盗の頭に、手下は卑屈な笑みを浮かべると、上目づかいになって言う。

「ご機嫌ですね、お頭」

 さしてうまくもない粥なのに、手下が言うように野盗の頭の顔には終始笑みが浮かんでいた。

「俺がご機嫌だと、何か都合が悪いんかい?」

 ごまをすって、おこぼれに(あずか)ろうと言う手下の思惑が見え透いていた野盗の頭は、渋面を作ってすごんで見せる。すると、手下は顔を青くして逃げるように立ち去った。

 根性のない手下を鼻で笑っていた野盗の頭だったが、すぐにまたその顔にはニタニタとした笑みが浮かぶ。

 しかし、それも無理はない。

 街道で旅人の(ふところ)を狙うケチな野盗でしかなかった彼らが、この辺りに根城を移し、逃亡奴隷を獲物にするようになってから久しく経つが、エルフを捕まえたのは今回が初めてであった。

 ただでさえ西域では数が少ないエルフの奴隷だ。飼い主のところへ連れ戻すにしろ、他に売り払うにしろ、かなりの稼ぎになるのは間違いない。

 しかし、それ以上に野盗の頭をご機嫌にさせているのは、ここ数日エルフたちの身体をたっぷりと堪能させてもらったからだ。

 これまで、エルフの女の味は極上だと話には聞いていたが、その噂に(たが)わぬ具合の良さに、野盗の頭はご満悦だったのである。

 せっかく三匹も捕まえたのだから、売り払うのは二匹だけにして、一匹は手許に置いて(たの)しむのも悪くないな。

 そう考えた野盗の頭だったが、すぐにその考えを改める。

 自分ひとりが独占していれば、必ず手下たちの反感を招く。かといって十数人の手下たちの相手までさせてしまえば、すぐに使いつぶしてしまうだろう。何とも惜しいが、すっぱりと未練は捨てて売り払った方が良い。

 そんなことを考えている野盗の頭のところへ、手下のひとりが駆け寄ってきた。

「お頭。たった今、こいつが投げ込まれやした」

 そう言って手下が差し出したのは、布切れが縛りつけられた拳大の石である。野盗の頭は石を手に取ると、縛りつけられていた布を解く。すると、案の定、布には文字が書かれていた。

「おい、キツネ。こいつを読め!」

「へ、へい! お頭」

 狐のように細面の男が、へこへこと頭を下げながら布きれを受け取る。

 このキツネと呼ばれた男は、もとは行商人だったのだが酒と博打で身代(しんだい)をつぶして野盗に落ちぶれてしまった経歴の持ち主だ。荒事は苦手だが、多少の読み書きと計算ができるため、このようなときに重宝している。

「え~と……。『仲間の姿を見せろ。無事なのを確認できたら、今夜ここに来る』って書いてありやす」

「ほう……。そいつは重畳(ちょうじょう)って奴だ」

 野盗の頭は、にやりと笑う。捕まえ損ねたエルフへの伝言は、言うとおりに出てくれば儲け物ぐらいの気持ちで残してきたものだった。期限である今日まで何の音沙汰もなかったため、てっきり捕まった連中を見捨てて逃げ出したのかと諦めていたのだが、思っていたより仲間想いだったらしい。

「よし、野郎ども! 今夜は、お仲間想いのお嬢ちゃんたちをたっぷりと歓迎してやろうじゃねぇか!」


            ◆◇◆◇◆


 野盗たちの野営地に手紙を投げ込んできたエーリカが戻って来ると、キサと少女たちが遊んでいるところだった。

「フォッフォッフォッ。ワレワレハ、宇宙人ダ」

 三人の少女に囲まれたキサが、革の筒を口に当てて意味不明なことを言い、それに少女たちは笑い声を上げていた。

「なに、それ? 変なのぉ~」

「ねえ、ねえ。ウチージンって何?」

「キサって、おかしなことを言うよねぇ~」

 あれほど人間を毛嫌いし、(おび)えていた少女たちが、笑顔でキサとじゃれ合う姿に、エーリカは驚いた。

 いつの間に、あれほど仲良くなったのだろう?

 確かにキサは、怯えるのも馬鹿らしくなるぐらいのお人好しで、人畜無害な奴だ。そればかりか、頼りないところもあって、むしろこちらがキサの方を心配になってくる。それで、ついつい世話を焼いたり、手伝ったりしているうちに、気づけばこちらの(ふところ)奥深くに入り込まれてしまっている。そんな奴なのだ。

 しかも、それが何故か嫌ではないから、困ったものである。

 これでは彼の身近にいる人は大変な苦労だろうな、と考えていたエーリカの耳に、どこか遠くから盛大なくしゃみが聞こえたような気がした。

 しばらく微笑ましくキサと少女らを見やっていたエーリカだったが、何だかだんだん腹が立ってきた。そのため、わざと足音を荒げて近づいてやる。

「エーリカ姉が戻って来たから、あたしたち行くね!」

「雑草を抜いて来ればいいのね?」

「みんなで行こう!」

 なぜだか不機嫌そうなエーリカに身の危険を感じた少女たちは、さっさとキサを置いて逃げ出した。ひとり残されたキサは、理由は分からないが、眉間にしわを寄せてこちらを(にら)むエーリカに、冷や汗をたらりと流す。

「……えっと、どうだった?」

「ちゃんと手紙は投げ込んできた。――あと、おまえを拾った河岸を見てきたが、特に変わった様子はなかったぞ」

「そうか……」

 それに、キサは落胆のため息を漏らした。

 自分を捜索に来る人たちを期待していたのだが、やはり間に合わなかったようだ。野盗たちを追い払う算段はついたが、それでも危ない橋を渡るのに変わりない。出来ることならば、自分を捜索に来る人たちの力を借りたかった。

 しかし、間に合わないものは仕方がない。キサは腹をくくった。

「よし。予定通り、やろう。――それで、夜は雨が降りそうなんだよね?」

 エーリカは髪をかき上げ、エルフ特有の長い耳を露出させた。

「ああ。空気が湿っぽい。たぶん、夕方から空がぐずつきそうだ」

 エーリカの言うように、生暖かい風が西の空から黒い雲を運び込もうとしていた。


            ◆◇◆◇◆


 野営地の真ん中に打ちこまれた杭に腰を下ろした野盗の頭は、不機嫌さを隠そうともせずに悪態をついた。

「ったく! エルフのガキどもは、何をぐずぐずしてやがんだ!」

 悪態をつく野盗の頭が尻に敷いている杭には、太い縄が結わえられ、その先にはさんざん(もてあそ)ばれて息も絶え絶えと言った様子の三人のエルフの女性たちがつながれている。

「土壇場になって、怖気づきやがったのか?」

 すでに陽は西の山の向こうに沈み、篝火(かがりび)が燃える野営地から少し離れれば、そこはどっぷりとした闇に覆われていた。しかも、空を見上げれば、どんよりとした雲が垂れこみ、今にも雨が降り出しそうだ。

 この俺に待ちぼうけを食わせやがったな、と野盗の頭は舌打ちを洩らす。この苛立ちをどのエルフの女にぶつけてやろうかと品定めしていると、見張りに立たせていた手下が声を上げた。

「お頭ぁ! あそこに灯が見えやすぜ!」

 その手下の言うとおり、麓の方から松明のものらしい灯がひとつ、こちらに向かって登ってくるのが見えた。

「待たせやがって! こいつは、ちょっとお仕置きが必要だな」

 下卑(げび)た笑いを含めて野盗の頭が言うと、手下たちの顔にも似た笑みが浮かぶ。

 やって来るエルフをどう(もてあそ)んでやろうかと、期待と興奮に舌なめずりしながら待ち構えていた野盗の頭だったが、なかなかエルフたちはたどり着かない。

 そのうち、空からは小雨がパラパラと落ち始めた。待ちくたびれていた野盗の頭は、しびれを切らす。

「何をちんたらやってんだ。――おい、誰か迎えに行ってやれ!」

 その言葉を受けて、数人の男たちが迎えに行った。

 しばらくして男たちが戻って来ると、その脇には荷物のようにして三人の幼いエルフの少女が抱えられていた。

「とろ臭えと思ったら、こんなガキどもでしたぜ」

 地面に投げ出された少女たちを見下ろした野盗の頭は、はてと眉根を寄せる。先日、このエルフたちを取り囲んだとき、もう一匹いたのを思い出したからだ。

「こら、ガキ! まだ一匹いただろ? そいつはどうした?」

 野盗の頭は、強面(こわもて)を作って問い詰める。

 それに三人の少女のうち、一番気弱そうな少女が震える声で言った。

「逃げた……」

「どういうこった?」

 脅しを込めてドスの利いた声で問い質すと、気の強そうな少女が他のふたりをかばうように前に出て答えた。

「もう、人間に捕まるのは嫌だからって、ひとりで逃げた!」

 こいつは嘘だな、と野盗の頭は思った。おそらくは、この少女らに注目を引きつけておいて、隠れている奴が奇襲をかける算段なのだろう。

 そうは問屋が(おろ)すか、と野盗の頭はニヤリと笑う。

「おう、隠れているエルフ! こいつらの首は、このぶっとい縄で杭につないであンだぞ! 逃げられやしねぇ! もし、てめえが俺の手下のひとりでも、ぶっ殺してみやがれ! おまえのより先に、このガキどもの血を見ることになるぜっ!」

 野盗の頭の恫喝(どうかつ)が、夜の山の中にこだまする。

 しかし、しばらく待っても何の反応もない。

 てっきり自暴自棄になって突っ込んでくるか、諦めて出て来るのかと思っていたのだが、少女たちの言うとおり本当に逃げてしまったのかも知れない。

 エルフの卑怯な(たくら)みを見抜いてやったと得意げに声を張り上げたと言うのに、手下の手前で良い恥さらしをしてしまった。その苛立ちを野盗の頭は、少女たちにぶつける。

「へっ! 可哀想な、ガキどもだ。仲間に見捨てられちまうとはな!」

 周囲の手下たちも、頭に追従(ついしょう)して笑い声を上げた。

 それに気の強そうな少女が、頬を紅潮させた憤慨する。

「外道っ! あんたたちには、きっと木の精霊様が(ばち)を与えてくださるんだから!」

 その少女の叫びに、一拍の沈黙の後に野盗の頭は吹き出した。

「こいつは笑わしてくれる、お嬢ちゃんだ。ああ、俺たちは罰当たりどもの集まりだ。だけど、なぁ。これまで、一回たりともその罰って奴に当たったこたぁないぜ。――なあ、みんな?!」

 野盗の頭の言葉を受け、手下たちもいっせいに同意する。

「そ、それなら今からあたしたちが木の精霊様に頼んで、罰を下してもらうんだから!」

 そう言うなり、エルフの少女たちは野盗たちには理解できない言語――おそらくはエルフ語で、祈りのような言葉を唱え始めた。

「ほらほら、お嬢ちゃんたち。早くしないと、怖いおじちゃんたちに、お仕置きされちゃうぞぉ」

 野盗の頭がおどけた口調でからかうと、手下たちもそれに乗って(はや)し立てた。

「精霊様の罰が下るより先に、お嬢ちゃんたちに俺らの股間の罰が下りちまうぜ!」

「はっ! てめえの貧相なものなら、お嬢ちゃんたちにちょうどいいな!」

「そりゃ、(ちげ)ぇねえ!」

 野盗たちの下卑た笑いが巻き起こる。

 しかし、いくら囃し立てても少女たちは必死に祈りを続けるだけだった。からかっても反応がなくては面白くない。それに雨脚もだんだんと強くなってきたため、そろそろおしまいにしてやろうと野盗の頭は思った。

 そのときである。

 突如、ボフッと、膨らませた皮袋から一気に空気を抜いたような音がした。さらに、二度三度と、同じような音が立て続けに起こる。

「お、おい! 煙が変だぞ!」

 野盗のひとりが、近くの篝火(かがりび)を指差しながら叫んだ。油をかけられて雨の中でも消えずにいた篝火から、何とモウモウと赤い煙が立ち上っていたのである。

「な、何だ?! 誰か、変なもんでも燃やしたのか?!」

 そうは言ってはみたものの、このように燃やすと赤い煙を出すようなものは誰も聞いたことがない。今まで自分らが体験したことがない現象に、野盗たちは動揺する。

「やっぱり、もう一匹いやがったな!」

 しかし、野盗の頭だけは、これが逃げたと言っていたエルフの仕業だと断定した。

「ビビるんじゃねぇ、てめえら! たかが煙に色がついただけだ。(てえ)したことは、ねえ! どこかに隠れて、おかしなものでも火に投げ入れたに決まってる!」

 この野盗の頭の一喝に、おたついていた手下たちも落ち着きを取り戻した。野盗の頭は、手下たちに剣や弓を取らせて襲撃に備えると、どこかに姿を隠しているであろうエルフに向けて声高に言い放った。

「もう、てめえらの企みはお見通しだ! とっとと諦めて、出てきやがれ!」

 ところが、先程と同様に何の反応も返って来ない。

 そればかりか、とっくに企みは見破られたはずのエルフの少女たちが、口々に叫びながら降りしきる雨が作る水たまりも(いと)わずに、そこに膝をついてひれ伏した。

「精霊様だ! 木の精霊様のお怒りだ!」

 野盗たちは、このエルフの少女たちの狂態に驚いた。

「いったい何だってンだ、このガキども……?」

 自分の思い通りにならなければ子供だろうと容赦なく鉄拳を食らわす野盗の頭も、これにはさすがに驚いて、とっさには手が出せなかった。どうしたものかと迷っていると、その肩を軽く叩かれる。

「か、(かしら)ぁ……」

 それは、いつも自分におべんちゃらを使う()せぎすな男だった。度胸も根性もないが、多少悪知恵が働くので身近に置いていた男である。

「なんでぇ? その口から魂が抜けちまっているような声は?!」

 いつもなら怒声のひとつでも浴びせれば、卑屈な笑みを浮かべて自分にへつらう男が、このときばかりは様子が違っていた。視線を天幕の方へ張り付けたまま、全身を震わせている。

「頭ぁ、あ、あ、あれ……!」

 激しく震えていて、どこを指差しているかも定まらない様子だが、どうやら自分の後ろを示しているらしい。いったい何だと苛立ちながら野盗の頭は、振り返る。

 そして、あんぐりと口を開いて固まってしまった。

 野盗の頭は、今自分が目にしている光景が理解できなかった。

 自分が寝泊まりしている天幕の布の上に、ぼんやりと明るい光の輪ができている。

 そして、その光の中には、一本の樹が浮かんでいた。

 濃い緑色の葉をしげらせて、天に伸ばされた枝。それとは逆に下に広がるのは、針のように鋭く細い根。

 しかし、何よりも目を引くのは、白く太い幹に浮かぶ、(したた)る血のように赤い色をした、吊り上ったふたつの目と裂けるように開いた口だった。

『我は、偉大なる木の精霊なるぞ!』

 こもるような陰々とした響きを帯びた声に、茫然自失としていた野盗たちは打たれたように身体を震わせて悲鳴を上げた。

「ばばばばば、化け物だぁ!」

「樹の化け物だぁ!!」

「木の精霊だぁ!!」

 野盗の頭も腰が抜けそうなくらい驚いたが、これまで踏んだ数々の命がけの場数が逃げ出しそうになる足を踏み留めた。

「て、てめえら、ビビるんじゃねぇ! 矢だ! 矢を喰らわせろ!」

 恐怖に舌がうまく回らないが、それでも野盗の頭は声を振り絞って命令した。

 すると、数人の野盗たちが怒声を上げながら手にした弓矢を射かける。しかし、それは、怒声も恐怖に裏返り、青ざめさせた顔を引きつらせての、やけっぱちの攻撃でしかない。そんな力の入らぬヒョロヒョロとした矢では、ほとんどが木の精霊に届く前に失速し、手前の地面に落ちてしまう。それでも、何本かは木の精霊を名乗る化け物に当たった。

 ブツブツと天幕の布を突き破る音を立て、矢は木の精霊の身体にも黒い穴を穿(うが)った。

 それに歓声を上げかけた野盗たちだったが、それよりも先に木の精霊の笑い声が響き渡る。

『ふははははっ! 木の精霊に、矢など通じぬわ!』

 身体に穴が空けられたと言うのに、まったく痛痒(つうよう)を感じさせない笑い声を上げながら、木の精霊は天幕の上を左右にふらふらと揺れ動く。その重力を感じさせない異様な動きに、さらに野盗たちは恐怖する。

『愚かな人間どもよ! 我の民を(しいた)げた、その(むく)いを受けるがいい! 我が死の呪い喰らえ!』

 その声とともに野盗のひとりが、いきなり低いうめき声を上げて倒れた。

 この突然の出来事に、野盗たちは驚きのあまり倒れた仲間を取り囲んだまま、立ちすくんでしまう。

 水たまりの中に突っ伏したまま、いつまで経ってもピクリとも動かないのに、本当に仲間が死んでしまったのに気づいた野盗たちは、悲鳴を上げて大きく飛び退いた。

「し、死んでるぞっ?!」

「呪いだ! 呪いで殺されちまったぁ!!」

「木の精霊の呪いだぁ!!」

 目の前で仲間を呪い殺された野盗たちから、恐怖の悲鳴が上がる。

「死んだよ! 木の精霊様の死の呪いだよ!」

「みんな殺されちゃうよぉ。木の精霊様の死の呪いだよ!」

「逃げないと、みんな殺されちゃうよ!」

 さらにエルフの少女たちの声が、野盗たちの恐怖を煽る。

『ふははははっ! 次は、貴様だぁーっ!』

 そう木の精霊が叫ぶと、またひとり野盗が倒れる。

『さあ、次は誰だぁ?! 我が、死の呪いを受けたい者は、誰だぁ?!』

 次の獲物を探す木の精霊の言葉に、ついに野盗たちの恐怖は限界に達した。

「逃げろ! 逃げないと、死ぬぞ!」

 誰が叫んだのか、その声をきっかけに野盗たちはいっせいに悲鳴を上げて逃げ出した。そこにはもはや仲間意識は存在しない。誰も彼もが他人を押しのけ、自分だけでも助かろうとする。

「て、てめえら! 俺を置いて逃げるな!」

 野盗の頭も逃げ出そうと振り返る。しかし、右足を踏み出したところに、たまたま地面から顔を覗かせていた石を踏みつけてしまった。たっぷりと水を含んだ泥を張りつけていた靴裏はズルッと滑り、野盗の頭は体勢を崩してしまう。

 その瞬間である。

 どんっと言う衝撃をともなって、右肩に激痛が走った。

 この激痛に、体勢を立て直そうとして踏み出した足がもつれ、野盗の頭は泥水を跳ね上げて盛大に転んでしまう。

 しかし、手下たちの中で、転んだお頭を助け起こそうとする者はいなかった。むしろ、お頭まで死んだと思った彼らは、より恐怖に急き立てられるように逃げ足を速める。

「痛ぇ! 痛ぇ! いってぇ何だってンだ?!」

 ひとり取り残された野盗の頭は、水たまりの中を転げ回りながら、激痛を訴える右肩の付け根辺りに手を当てて驚いた。その指先に、あふれ出る血の生暖かく、ぬめるような感触とともに、何か固いものが感じられたのだ。

 首をひねって見てみれば、あふれる血の中に、煤か炭で真っ黒に塗られた人差し指ほどの太さの棒が、指の第二関節程度の長さで頭を出していた。

「こ、こりゃ……!」

 羽もなく、いくら深く突き刺さったにしても体外に出ている部分が指の先程しかないと言う異様に短い軸だが、これは明らかに矢だ。

 とにかく、これは木の精霊の呪いではない。何者かによる狙撃だと気づいた野盗の頭は、水たまりの中を転げながら、狙撃手の姿を探した。

 そのとき、赤い煙を上げる篝火(かがりび)から、一本の薪が燃え落ちた。落ちたところにちょうど石でもあったのか、薪は大きく跳ね上がる。そして、(おき)となった部分が宙でパッと砕け散ると、新鮮な空気に触れた部分がひと際明るく燃え上がり、周囲を照らした。

「……! 木が動いた?!」

 照らし出されたのは、揺れているのではなく、明らかに形を変えて動く木の姿だった。

 本当に、これは木の精霊の呪いだったのか? それとも、それを(かた)るエルフの仕業だったのか?

 そう混乱する野盗の頭の眉間を黒塗りの矢が貫いた。

(; ゜Д゜) 木の精です

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気のせいとかけてる?笑
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