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破壊の御子  作者: 無銘工房
胎動の章
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序章-3 野盗

 イルザたち三人の少女を残して、エーリカがキサを連れてやって来たのは、木々が生い茂る山の尾根であった。

 エーリカに着いたぞ、と言われたところが草木以外は何もない場所だったのに、キサは(いぶか)しげな顔を作る。ここにいったい何があるのかと、キサは周囲を見回そうと頭を上げようとした。

「勝手に頭を上げるな! 見つかる!」

 とたんにエーリカに押し殺した声で叱責され、キサは慌てて頭を下げた。それにエーリカは舌打ちをひとつ洩らしてから言う。

「あそこを見ろ。いいか! 茂みを揺らさないようにしろよ」

 触れただけでポッキリと折れてしまいそうなぐらい細いエーリカの指の先をキサは目で追った。

 すると、小さな谷を挟んだ向かいにある尾根の中腹辺りに、白いものが見えた。しかし、キサの目では、それは遠すぎて何なのかはっきりとは見えない。

「あれは、何?」

「見てわからないのか?」

 エーリカの見えていて当然という態度に、キサは小さく口を尖らせる。

「現代人だった僕の視力を当てにしないでよ」

 キサ自身は独り言のつもりだったのだろうが、風のささやきすらも聞き逃さないと言われるほど耳が良いエルフであるエーリカには丸聞こえであった。

 しかし、「ゲンダイジン」という単語の意味が分からず、エーリカはどう反応していいのかわからず、困惑してしまう。

 その間にもキサは、あまり知らない人の前では使いたくないのに、とブツブツと文句を言いながら、腰に吊るしていた袋を開くと、そこから柔らかい布で幾重にも(くる)んだものを取り出した。

「割れてなきゃいいけど」

 そう言いながら、キサは布をほどいていく。

 いったい何を取り出すのかと気になってキサの手許を覗いていたエーリカだったが、ほどかれた布の中から出てきたものを見た途端、あっと小さな驚きの声を上げてしまう。

 布に包まれていたのは、大小二個の水晶だった。どちらも扁平な形だが、大きい方は中央がやや膨らんでいるのに対して、小さい方は逆に中央が(くぼ)んでいる。しかし、どちらも一切の曇りも歪みも見当たらず、宝石に詳しいわけではないエーリカにでも、かなり高価なものだと分かった。

 次に、キサは袋の中から厚手の革を取り出すと、手慣れた手つきで革をクルクルと丸めて筒を作る。そして、その筒の一方に大きめの水晶をはめ込み、ついで反対側にも小さめの水晶をはめると、革に取り付けられていた紐を縛って固定した。

「おまえ、それは何なんだ……?」

「ん~。ちょっとした、おまじない? みたいなものかな」

 そう言うとキサは、小さな水晶をはめた方から筒の中を覗き込み始めた。

 こんなときに水晶の品定めでもするつもりなのだろうか? 

 場をわきまえないキサの奇妙な行動に、エーリカはその整った眉をしかめさせる。

 しかし、そんな彼女の苛立ちには、キサはまったく気づいていない様子だった。

「……あれは、天幕か」

 キサの言うとおり、それは陽に焼けて黄ばんだ布地で作られた天幕だった。

 その天幕が建っているのは、鬱蒼(うっそう)と木々が茂る急勾配な斜面の中で、そこだけ平坦に近いなだらかになった場所である。天幕があるということは人が生活しているだろうに、膝丈ほどもある雑草が生い茂ったままなのを見ると、ごく最近建てられたばかりのようだ。

 さらに、その天幕の周囲には、地面に立てた四本の棒の先端に、広げた大きな布の四隅を()わえて日除けにした簡易テントがいくつかあった。そのテントの下では、いかにも荒くれ者と言った風体の男たちが、地べたに敷いた毛皮や布の上で、思い思いの格好で腰を下ろしたり寝そべったりしている。

 その数は、ざっと数えて十人を少し上回るぐらいだろうか。

「あいつらが野盗……?」

 いまだに水晶の品定めをしながら、その片手間に問いかけるキサの態度に不愉快になりつつも、エーリカは(うなず)いて答えた。

「あそこに三人の姉さんたちが捕まっているんだ」

 キサは、「姉さん?」とおうむ返しに尋ねる。

「血のつながりはない。だけど、あたしにとっては本当の姉さんよりも大事な人たちだ」

 そうエーリカが答えたのに合わせるように、野盗たちの野営地から女性の悲鳴が聞こえて来た。

 その途端、エーリカの顔からは見るからに血の気が引く。

 悲鳴を上げたのは、捕まっているというエルフの女性だろう。キサは野営地の中にエルフの女性を探したが、その姿は見つけられなかった。となると、彼女らが囚われているのは、あの中心にある天幕の中だろう。野営地にたったひとつしかない天幕ならば、そこにいるのは野盗たちを率いる連中に決まっている。野盗のような荒くれ者を率いる奴が、天幕の中で美しいエルフの女性といれば、自ずとそこで何が起きているかは察しがつく。

 今にも野営地に向かって飛び出して行ってしまいそうなほど深刻な顔をしたエーリカが心配になったキサは、彼女を制止しようとその手を掴む。

 すると、エーリカは唇まで青くして、びくっと身体を震わせた。しかし、すぐに自分の手を掴んでいるのがキサだとわかると、今度は怒りに頬を赤くして、腕を乱暴に振り払う。

 怒らせてしまったが、それでも先程よりかは冷静になったようだ。エーリカは掴まれた手を忌々しそうにさすりながら、野営地から離れるようにキサへ顎をしゃくってみせる。

 野盗たちの野営地から十分に離れた場所まで来ると、エーリカは口を開いた。

「おまえを拾った、あの晩だ……」

 エーリカたちは追っ手の目を避けるために、雨が降る中を渡河しようとした。できるだけ人目につかず、かつ渡りやすそうな場所を事前に選んでおいたが、それでも雨によって増水した河を渡るのは命がけだった。何度も何度も激流に身体をもっていかれそうになりながらも、互いの腰を結んだ縄を頼りに必死で河を渡ったのだ。

 何とか皆無事に河を渡り切った時には、誰もが言葉も発せられなくなるぐらい疲労(ひろう)困憊(こんぱい)といった状態だった。

「だから、あいつらがあたしたちに近づいて来るのに気づけなかった」

 疲労で感覚が鈍っていたのに加えて、激しく振り続ける雨音が野盗たちの忍び寄る気配と音を打ち消してしまっていた。エーリカたちが野盗たちに気づいた時には、すでに周りを取り囲まれていた。

「最初に気づいた姉さんは、あたしたちに『逃げろ』と言って、もうひとりの姉さんと、わざと野盗たちの方に」

 その時の光景を思い浮かべるエーリカの声は、小さく震えていた。

「あたしたちは、最後に残った姉さんに連れられて、とにかく逃げて。でも、目の前に野盗が、そしたら、姉さんが、組みついて、逃げろって……」

 ついに、エーリカは咽喉からこみ上げる激情に言葉を詰まらせてしまう。

 言っている内容は支離滅裂だが、キサにもおおよそのことは理解できた。

 おそらくはふたりの女性は囮となり、残った三人目の女性もエーリカたちを逃がすために必死に身体を張って野盗たちを食い止めたのだろう。エーリカもそんな姉たちを置いて逃げたくはなかったはずだ。それでも、一緒にいた幼いイルザたちを逃がすために、断腸の思いで逃げたのだろう。

 無言で肩を震わせるエーリカの姿が、あまりに痛々しすぎて見てはいられなくなったキサは、やや強引に話を振った。

「この辺りに野盗が出るって聞いていたけど、こんなところに隠れ家があったんだ」

「あいつらを知っているのか?」

「うん。最近、この辺りに野盗が出るって噂は聞いていたよ」

 国境付近に、こうした(やから)が出没するのは、ままあることだ。

 隣国を無用に刺激してしまう恐れから、おいそれと警邏(けいら)の兵ですら動かせないため、どうしても治安が悪くなってしまう。また、野盗たちも国境を越えれば捕吏(ほり)の手が及ばないのを知っているので、何かあればすぐに隣国領内に逃げ込んでしまうため、その討伐も容易ではない。

 おそらく、野盗たちが隠れ家に天幕しか建てていないのも、短期間のうちに転々と拠点を移しているからだろう。

「あいつら、ボルニスの噂を聞いて逃亡してきた奴隷だった人たちを狙っているんだ」

 キサの言葉に、エーリカは舌打ちをすると近くの樹を拳の脇で叩いた。

 ホルメア国からボルニスの街に行くには、南の平野に架けられた橋を使って河を渡るのが一般的な行路である。しかし、平野は見通しも良く、また近くにはホルメア国軍が駐屯している砦もあるため、人目を避けなくてはならない逃亡奴隷たちには危険な行路だ。そのため、逃亡奴隷たちは(おの)ずと森などの身を隠す場所もあり、橋がなくても川幅が狭くて渡りやすい北の山寄りの道を選ぶことになる。

 あの野盗たちは、それを見越してこの辺りに網を張って獲物を待ち構えているのだろう。

 自分たちは、まんまと毒蜘蛛が張った巣の中に飛び込んでしまっていたのだ。

 そんな悔恨(かいこん)に身を震わせるエーリカを見かねて、慌ててキサは言葉をつなげる。

「で、でも、大丈夫だよ! 急いでボルニスの街に行こう。隠れ家の場所がわかったんだから、あいつらひとり残さずやっつけられる!」

 キサは自信満々に胸を張り、そこを叩いて見せる。

「僕に任せて。これでも多少は街で顔が利くんだ」

 そんな頼れる男には見えないキサが、それでも必死に自分を励まそうとしている姿にエーリカは、ふっと悲しげな微笑みを浮かべた。

「それができれば、どんなにいいか……」

 エーリカが何を言いたいのかわからず戸惑っていたキサだったが、次の言葉でその微笑みの意味を理解する。

「襲われたところに戻ると、姉さんが着ていた服の切れ端と、そこにあたしたち宛ての伝言があった――」

 そこでいったん言葉を切ってから、さらにエーリカは続けて言った。

「――三日後までに、あいつらのところに来いって。そうしなければ、捕えた仲間を殺すってね」

 ご丁寧にも、近くの樹の幹にはあの隠れ家の位置を示す地図まで掘り込まれていたのを思い出し、エーリカは唇を噛んだ。

「そんなの嘘だ」

 キサは断言した。

 野盗たちにとってみれば、エルフの逃亡奴隷は大事な獲物だ。

 これが人間やドワーフの逃亡奴隷ならば、殺しても首を逃亡元へ持っていけば懸賞金なり謝礼がもらえる。だが、エルフの逃亡奴隷となれば、謝礼をもらうにしろ、他へ売り払うにしろ、生かしておいた方が儲けは大きい。

「そんなの分かっている!」

 エーリカは激情を言葉にして吐き出した。

「でも! だからと言って、ここまで一緒に逃げてきた姉さんたちを見捨てて逃げられるかっ!」

 怒声の余韻が消えると、痛々しいほどの沈黙が辺りを支配した。

「……ごめん」

 ゆっくりと十を数える時間の後に、ようやくキサが絞り出したのは、ありきたりな謝罪の言葉でしかなかった。しかし、それでもエーリカはいくぶん冷静さを取り戻した。

「すまない。あたしも言い過ぎた」

 エーリカは何かを(こら)えるように、一度唇を固く結んでから言葉を続けた。

「でも、嘘だとわかっていても、あたしは見捨てられないんだ。万が一、あたしたちが逃げた腹いせに姉さんたちの誰かが野盗に傷つけられるかと思うと、とても我慢できない」

 自分たちを助けるために、犠牲になってくれた恩からだけではない。

 同じ奴隷として悪夢のような日々をともに支え合ってきた仲間なのだ。

 自分ひとりだけだったなら、とっくに気がおかしくなるか、自ら命を絶っていただろう。そうならなかったのは、ともに人間の奴隷として辛酸を舐めつくしてきた仲間がいたからだ。自分と同じ境遇の仲間がいるというだけで、わずかなりとも心が救われた。身体に染みつくおぞましい感触に涙を流しているとき、やさしく肩に触れる手の感触が、どれほど嬉しかったかは言葉では言い尽くせない。

 それなのに、おめおめと自分たちだけが自由になって良いわけがない。

「お願いがあるんだ」

 エーリカは、淡い微笑みを浮かべて言った。

「どうか、あの子たちをボルニスに連れて行って欲しい」

 エーリカが「自分たち」ではなく、あえて「あの子たち」と言ったのにキサは気づいた。

「まさか、君は……?!」

「あたしは、野盗のところに行く」

 エーリカはわずかなためらいも見せずに言う。

「でも、そんなことをしたら!」

「分かってる。――でも、誰も行かなければ、本当に姉さんの誰かを殺すかも知れない。せめて、あたしだけでも行けば……」

 キサは、それが馬鹿なことだとは責められなかった。

 エーリカだって、そんなことはとっくに分かっている。それでもなお、囚われた仲間を見捨てて自分たちだけボルニスに行けないのだ。

「だから、おまえに――いえ、あなたにお願いします。どうか、せめてあの子たちだけでもボルニスに連れて行ってあげてください」

 なぜ彼女が自分を助けてくれたのか、キサはようやく理解した。

 エーリカの境遇を考えれば、人間の男など目にすらしたくなかっただろう。ましてや、その命を助けるなど苦痛でしかなかったはずである。それなのに自分を助けてくれたのは、子供たちを預けるためだったのだ。最初から彼女は、その身を野盗たちに差し出すつもりだったのだ。

 エーリカは自分の首にかけてあったネックレスを外すと、驚きで何も言えなくなってしまったキサに差し出して見せる。

 それはネックレスと言っても、穴を空けた水晶片に紐を通しただけの、いかにも素人の手作りと言った簡素な作りのものだ。

 良く見れば、水晶片も不純物が入った粗悪なものである。水晶の中央には無数の白い針状の結晶が寄り集まってできた、縦に細長い(かたまり)があった。その塊の上下は扇状に広がっていて、上に広がる扇の部分には藻のように見える緑色の結晶の粒がいくつも散っている。

 変わり種の水晶には違いないが、決して高価なものではない。

「水晶の中にあるのが、まるで樹みたいに見えませんか?」

 そう言われて、改めて水晶片を見たキサは、なるほどと納得した。

 白い針状の結晶の束が樹の幹で、下に広がった部分は根で、緑色の結晶が散る上に広がった部分は枝葉に見えなくもない。

「あたしが小さいとき、河原で遊んでいて見つけたんです。水晶の中に樹があるって、珍しくて。それで、持って帰ったら父さんが紐をつけてくれて、ネックレスにしてくれたんです」

 その時の思い出を(なつ)かしむように、エーリカは目を細めて水晶片を見つめていた。それから、涙を堪えるように固く目をつむると、うつむいてしまう。

「これは、あたしの宝物です」

 エーリカはキサの手を取ると、そのネックレスを手の平の上に落とし、握らせた。

「今のあたしに差し出せるものは、これしかありません。どうか、お願いです。子供たちを助けてください」

 それはエーリカにとっては宝物でも、他人から見ればただの変わり種の水晶に過ぎない。ましてやキサは、これよりもはるかに高価な水晶をふたつも持っているのだ。それなのに、こんなものしか差し出せない恥ずかしさと(みじ)めさに、エーリカはまともにキサの顔を見ることもできず、黙って顔を伏せるしかできなかった。

 しかし、キサはそれを笑うような真似はしなかった。

 彼は十分に、そのネックレスの価値を理解していたのである。

 確かに、そのネックレスは宝飾品としては、それほど価値はないであろう。

 だが、彼女は奴隷だったのだ。

 その身すら他人の所有物として扱われる奴隷が、自分の持ち物を持てるわけがない。捨てられそうになったこともあるだろう。面白半分に取り上げた人間もいただろう。

 それでも、彼女は必死にこのネックレスだけは守り通したのだ。

 キサは手の中の小さなネックレスが、ずしりと重く感じられた。

 どうする? 僕は、どうすればいい?

 キサは、心の中で自分に問いかけた。

 どう考えても状況は最悪だ。

 心情的にはエーリカたちを助けたいとは思う。自分の力が必要ならば、いくらでも力を貸そう。

 だが、囚われたエルフの女性たちを助けようとすれば、おそらくは――いや、確実にエーリカたちばかりか、自分の身まで危険に晒すことになる。エルフの女性の救出に失敗して、かえってエーリカたちまで捕まってしまえば本末転倒も良いところだ。

 それに、そもそも自分は部外者である。エーリカも自分たちを助けて欲しいと言ったのではない。少女たちをボルニスに連れて行ってくれと言ったのだ。自分は言われたとおりにしたからと言って、感謝されこそすれ責められる(いわ)れはない。

 キサの心が弱い方へと傾きかけた。

 そのときである。

「お願いです。あの子たちだけでも行かせてやりたいんです。ボルニスの街が掲げている、すべての種族が共存できる国――」

 いつまでも答えを返さないキサの沈黙に耐えきれなかったエーリカが、さらに言葉を重ねた。

「――そこに行くのが、あたしたちの夢なんです」

 その言葉の効果は劇的だった。

 キサは限界一杯まで目を見開いて驚いたかと思うと、次に顔を真っ赤にさせて、全身をプルプルと震わせる。それをしばらく続けてから大きく肩を落とすと、それまで止めていた息を盛大なため息にして吐き出した。

「ああ、ちくしょう! ちくしょう! それ言われたら、逃げられないじゃないか! ああ! やってやる! やってやるとも!」

 ガシガシと自分の頭をかきむしりながらキサは叫ぶ。

「あの子たちだけじゃない! みんなだ! みんな、ボルニスに連れて行ってやる!」

 キサの言葉に、今度はエーリカが目を丸くした。

作中、キサが使っていた望遠鏡について。

この世界では、ドワーフによってガラスは製作されていますが、透明度の高いクリスタルガラスは存在しません。そのためレンズはガラスではなく、天然の水晶が使われています。エーリカが水晶だと思ったのは勘違いではありません。

望遠鏡の構造や展開は、映画「ロビンフッド(1991年)」において、望遠鏡を知らなかったロビンフッドがムーア人の望遠鏡に驚くシーンなどを参考にいたしました。

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