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破壊の御子  作者: 無銘工房
燎原の章
68/540

第67話 決戦7-崩壊(後)

 いくら陣形が乱れているとはいえ、前面への攻撃に特化した重装槍歩兵による密集陣形に正面から挑むのは無謀だ。そのため、敵の陣形が本格的に崩れるまでは、投槍や投石などの投擲武器によって戦うつもりであったが、予想以上に粘る討伐軍に、蒼馬は賭けに出た。

「ドヴァーリンさん、ジャハーンギルさん! このままじゃこっちが先に崩れちゃう。もう、打って出るしかない!」

 その蒼馬の決断に、ジャハーンギルが歓喜の声を上げる。

「おう、おうっ! いよいよか! 石投げ遊びには()いていたのだ!」

 白兵戦に備えて、皆が慌ただしく準備し始める中で、シェムルは蒼馬に声をかけた。

「ソーマは、私とともに下がろう」

 蒼馬の身に何かあれば、一大事だ。シェムルはゾアンの戦士を警護につけ、陣地の奥に下がろうとした。しかし、それを蒼馬は拒否する。

「嫌だ。僕も一緒に行く!」

 それにはシェムルも一瞬言葉を失った。しかし、すぐにそれを埋め合わせるかのように、猛烈な抗議をする。

「何を馬鹿なことを言うっ! 足手まといだ!」

 シェムルの言うとおりだった。

 いまだ直接人に手を下すだけの度胸も力もないばかりか、恩寵によって人を傷つけることすらできないのでは、ただの足手まといにしかならない。

 しかし、蒼馬は必死に抗弁する。

「でも、みんなに命を賭けろといった僕が安全な場所に留まっちゃいけない!」

 それには、シェムルも言葉に詰まる。

 はっきり言ってしまえば蒼馬の発言は、この戦いを引き起こした責任感と自分だけ安全な場所にはいられないという矜持(きょうじ)から出ただけの青臭い言葉だ。

 だが、それは確かにこの時代における戦いの真理の一部を突いていた。

 近代に至るまで突撃に際しては兵士を率いる将校が、まず真っ先に敵へ斬り込むのが当たり前だった。これは、海外の戦争映画などを観ると、敵に突撃する際の台詞が、「follow me(我に続け)」であることからも明らかである。このように、まず将校らが武勇を示すことで、兵士たちもそれにならって勇敢に戦えるのだ。

 それはこの世界でも変わりない。族長として氏族の戦士を率いるガラムとズーグが、真っ先に斬り込んでいるのは、そういうわけなのである。

 もちろん、この場にいる者たちは、恩寵の有無を抜きにしても、蒼馬が武器を持って戦えるとは思ってはいない。しかし、だからと言って、これから命を賭けての戦いに身を投じるという時に、指揮官である蒼馬が安全な場所にいては戦士たちの士気に関わりかねないのも事実である。

 だが、それでも蒼馬を乱戦となる場所に連れて行くのに抵抗を覚えるシェムルは迷った。

「ならば、我の背中に乗れ!」

 そう言って蒼馬に背中を向けて腰を落としたのは、ジャハーンギルであった。

「この戦場において、我の背中ほど安全な場所などありはしない!」

「ありがとうございます!」

 余計なことを言うなとシェムルが怒鳴りつける前に、蒼馬は顔を喜色に輝かせて、ジャハーンギルの背中に飛び乗る。それにシェムルは大きく舌打ちを洩らした。

「ったく! それでは振り落とされるぞ! ――誰か、紐か縄を持って来てくれ!」

 それに応えてゾアンの戦士のひとりが持ってきた縄を受け取ったシェムルは、苛立ちを込めてジャハーンギルの背中に蒼馬を乱暴に縛りつける。背中を踏みつけられながら縛り上げられ、蒼馬は口から内臓が飛び出そうになった。

「イタッ! く、苦しい……!」

「嫌なら、この場に残れ!」

 シェムルは願望もこめて怒鳴りつけたが、蒼馬は苦しさに顔を赤くしながらも、首を横に振る。それに忌々しそうに顔をゆがめたシェムルに、さらに縄を強く締め上げられた蒼馬は、ぐえっと蛙のような悲鳴を上げた。

 自分も一緒に縄で締め上げられているというのに、それを毛ほども感じていないジャハーンギルは、蒼馬の身体が固定されたのを確認すると悠々と立ち上がった。その動きからは、背負っている蒼馬の重さなど、まったく意に介していないようである。

「みんな、いったん攻撃の手を止めて!」

 ジャハーンギルの背中で、蒼馬が叫んだ。すると、激しく投げつけられていた投石や投槍がピタリと止まる。

「――?! 敵の攻撃が止んだぞっ! 今が好機だっ! 一気に攻め上がれーっ!!」

 それを好機と見た重装槍歩兵たちは、蒼馬たちに向かって突撃する。

 連隊長であるジュディウスが防御を指示する中で、それは一部の将校らの(いさ)み足であった。しかも、密集陣形の側面はゾアンと激しくもみ合っているため、実際に突撃できたのは中央辺りの一部の兵士たちだけである。

 しかし、それでも千人を超える重装槍歩兵たちが、もはや密集陣形とは名ばかりの統制の取れていない、がむしゃらな突撃ではあったが、すべてを呑み込み砕く津波のように押し寄せて来た。

 その圧力に、槍や石を投げてもいいかと問うような視線が蒼馬に集まる。

「まだまだっ! もっと引き寄せてっ!」

 蒼馬自身も押し寄せる重装槍歩兵たちの圧力に震えながらも、皆を押し留めた。

 そして、攻め寄せて来る重装槍歩兵たちのひとりひとりの顔が識別できるぐらいの距離に達した時、蒼馬は叫んだ。

「今だ! いけーっ!!」

 蒼馬の声とともに、ドワーフの投槍が、ディノサウリアンの投石が、エルフの矢がいっせいに放たれた。満足に盾も構えていなかった重装槍歩兵たちは、それをまともに受け、もんどりうって倒れていく。

「突撃じゃぁー!」

 自らも斧槍を手にしたドヴァーリンの号令とともに、ドワーフたちは柵を蹴倒して重装槍歩兵に向かって突撃した。

 背の低いドワーフたちの下から突き上げるような刺突をさばくのはただでさえ難しいというのに、陣形を乱した重装槍歩兵たちはそれを受け止めきれるはずもなく、わずかな間に数百名の兵士が倒されてしまう。

 しかし、重装槍歩兵たちの本当の不幸は、これが始まりである。

 激しく槍を突き合わせるドワーフたちを飛び越えて、いくつもの巨体が重装槍歩兵たちの間に降り立った。

 次の瞬間、その周囲にいた兵士たちは悲鳴を上げる間もなく、()()のように宙を舞う。まるで喜劇の一幕のような滑稽(こっけい)さすら覚える異常な光景に、重装槍歩兵たちは口をあんぐりと開けて目を見張った。

「血がたぎる。我の血がたぎるぞ! やはり、戦はこうでなくてはっ!!」

 その腕の一振りで兵士を吹き飛ばしたジャハーンギルは、その感触を反芻するように手を握りしめる。それから、周囲にいる重装槍歩兵たちをゆっくりと睥睨すると、カッと牙を剥いた。

「我こそは、偉大なる竜の末裔(すえ)たる、ジャハーンギル・ヘサーム・ジャルージ! 我の怒りを知れ! 我の恐ろしさを知れ!」

 今まで強いられてきた投石などという下らない戦い方から解き放たれたジャハーンギルたちディノサウリアンは、闘争への歓喜と興奮に咽喉を反らして耳障りな甲高い雄叫びを上げた。

 曰く、戦場の暴君。

 曰く、戦いの化身。

 曰く、殺戮の権化。

 そうした数々の異名とともに恐れられるディノサウリアンの中でも、最も獰猛と知られるティラノ種を間近にした兵士たちは顔色を失う。

 戦場における彼らディノサウリアンの恐ろしさは、これまで兵舎や酒場で幾度となく話題に上がった。しかし、そのいくつかは誇張だろうと思ってきたが、実際に彼らを目の当たりにすると、それらが誇張どころかその恐ろしさのすべてを伝えきれてはいなかったことを思い知る。

「我に続けっ!」

 ジャハーンギルの号令とともに、ディノサウリアンたちは目の前の重装槍歩兵たちに向かって飛びかかっていった。

 ジャハーンギルが手にしているのは、先端に鉄球がついた太い鎖である。どこかの国の奴隷たちは暴虐な主人に抵抗するために、手足をつなぐ鉄鎖を使った鉄鎖術という武術を編み出したそうだが、ジャハーンギルの場合は単に「ずっとつながれていたので、手になじんだ」という理由で、それを力任せに振るっているだけに過ぎない。

 しかし、ディノサウリアンの怪力をもってすれば、それだけで十分だった。

 振り回されて遠心力がつけられた鉄球は、盾ごと重装槍歩兵を吹き飛ばし、その太い鎖は、身体にかすめるだけで、その部分の肉をごっそりと抉り取る。瞬く間にジャハーンギルの周囲には、「殺された」と言うより、「壊された」と言った方が良い兵士たちの骸が積み上げられた。

 それにいよいよ興奮したジャハーンギルは、自らディノサウリアンたちの先頭に立って暴れまくる。

 その背中では、振り回される鉄球や鉄鎖が髪をかすめたり、血しぶきと肉片が降りかかったりするたびに蒼馬が泣きそうな顔で悲鳴を押し殺しているというのに、ジャハーンギルはまったく頓着する様子がない。

 蒼馬は、もはや生きた心地がしなかった。

 シェムルに力任せに縛り付けられ縄には一切の余裕がなく、ジャハーンギルの動きが直接蒼馬の身体に伝わってくるのだ。これに比べたら、友達と一緒に乗ったレジャーランドのジェットコースターなど子供だましにすぎない。

「見よ! ソーマ殿が自ら先陣を切っておるぞ!」

 後ろから聞こえたドヴァーリンの声に、蒼馬は否定する余裕すらなかった。

 よくよく聞けばその声がわずかに笑いを堪えるように震えていたのに気づいただろう。当然、ドヴァーリンも蒼馬の実情を察していた。

 しかし、実情はどうあれ、それが他人にどう見えるかが問題である。

 自分らを指揮する人間が、しかも彼らから見れば取るに足りない弱い人間の子供である蒼馬が先陣を切って敵に突撃しているのだ。これに奮い立たない戦士はいなかった。

「うおぉー! ソーマ殿に続けぇー!!」

 種族を問わず、すべての者が雄叫びを上げて突撃していく。

 これはいろいろと早まったかもしれないと思うが、後の祭りである。せめて振り落とされないようにジャハーンギルにしがみつくしか蒼馬にできることはなかった。

 その代わりに、ようやくジャハーンギルに追いついたシェムルが罵声を上げる。

「この馬鹿トカゲっ! ソーマを背負ったまま最前線に出る馬鹿がどこにいるんだっ!」

 しかし、ジャハーンギルは嬉々として戦いに集中し、シェムルに気づく気配がない。ジャハーンギルに半ば本気で殺意を抱いたシェムルだったが、自分に向けられた剣呑な気配に、そちらへ顔を向ける。

 そこにいたのは、ジャハーンギルをやや小さくしたようなディノサウリアンだった。シャムシールのような湾曲した片刃の剣を二刀流にしたそのディノサウリアンは、シェムルの右隣を併走しながら怒声を上げる。

「獣の娘ごときが、親父のやることに文句を言うな!」

 その言葉から、このディノサウリアンはジャハーンギルの息子なのかとシェムルは驚きに目を見張った。それが伝わったのか、そのディノサウリアンは不機嫌そうに、勢いよく鼻息を吹き出す。

「俺の名は、メフルザード・ヘサーム・ジャルージだ! そっちにいるのは弟のニユーシャー! 後ろにいるのは末の弟のパールシャーだ!」

 メフルザードと名乗ったディノサウリアンの言葉に釣られて左側を見ると、そこには無数の突起がついた太い鉄棍を振り回すディノサウリアンがいた。さらに真後ろには、これまた長大な斧槍を振り回すディノサウリアンがいて、シェムルと目が合うと、小さくお辞儀をする。

「俺たちティラノ種が背中を預けるのは、王族種(ナガラジャ)のみ! それを分不相応にも、あのような貧弱な人間が乗っているというだけでも業腹だと言うのに、それに文句をつけるな!」

 そう言うメルフザードをたしなめたのは、後ろを走る末っ子のパールシャーだった。

「兄者。それは親父がソーマ殿を認めたからだろ。それに文句を言う方が、失礼ってもんだ」

 それに次男のニユーシャーが鉄棍を振り回しながら、無言のままうなずいて同意を示す。

「獣の娘さん、安心してくれ。敵に斬り込む親父の背中を守るのが、俺たち兄弟の役目なんだ。親父が言ったように、今この戦場で親父の背中ほど安全な場所はないよ」

 パールシャーに言われてみれば、シェムルは自分の周囲に敵の姿が一切ないのに気づいた。

 この時、上空からその場を見下ろせば、敵味方が入り乱れて戦う戦場に、ジャハーンギルと三人の兄弟によって作られた凧形の空白地帯が見えただろう。

 それを可能とするディノサウリアンの強さに、シェムルは驚嘆せずにはいられなかった。


                 ◆◇◆◇◆


「ここで、ディノサウリアンを投入するか」

 ダリウスもディノサウリアンたちの恐ろしさは十分心得ていた。あの種族の白兵戦における戦闘力は、もはや次元が違うと言ってもいい。あれは、いわば生きた暴力のようなものだ。あんなものに真っ向から立ち向かって勝てるわけがない。

 本来ならば弓矢で遠くから射殺すか、槍の穂先を揃えて近づかせないようにして戦わなければならないのに、いきなり白兵戦に持ち込まれたのは痛かった。

 そのダリウスの懸念どおり、暴れるディノサウリアンたちによって重装槍歩兵の列がいくつも食い破られる。

 しかし、それにダリウスは獰猛な笑みを浮かべた。

「勝ちを焦ったな、反徒どもめ」

 自分が率いる部隊が到着すれば、それでこの戦の勝敗は決する。その前に何としてでも密集陣形を崩したかったのだろう。

 確かに前面からドワーフとディノサウリアンが白兵戦を仕掛けたことで密集陣形への圧力は高まった。

 しかし、見る限りではディノサウリアンたちの数は五十人程度だ。あのくらいの数ならば、いくらディノサウリアンだろうと、突出した者から兵士たちで取り囲み、槍で突いてやれば倒すのは難しくはない。

 むしろ、反徒が陣地という防御を捨てた今こそ、起死回生の好機だ。

 ホルメア最高の将軍と讃えられたダリウスは、蒼馬の焦りがもたらした、このわずかな好機を見逃さない。

「大太鼓を叩け! 『前進せよ』と『攻撃せよ』を交互にだ!」

 正面からの削り合いこそが、重装槍歩兵による密集陣形の真骨頂だ。前から数列までは食い破られたが、まだまだ密集陣形の層は厚い。そのすべてを前方に差し向ければ、いかにディノサウリアンとドワーフたちが強かろうとも必ず打ち破れるはずだ。

 そのダリウスの期待に応える様に、重装槍歩兵連隊の中に大きな流れが生まれる。

 それまでは前から左右からと攻め立てられ、重装槍歩兵たちはどちらに矛先を定めればいいか迷っていた。しかし、ここに来てついに向かうべき方向を示された重装槍歩兵たちからは迷いが消え、皆がひとつの方向へと動き始めたのだ。

 それは遠目から見ると、周りを叩かれて液面が激しく不規則に波打っていた樽の中の水が、栓を抜かれたことで一筋の流れとなって一気に噴き出したかのような光景である。

 ホルメア最高の将軍の一手が、戦場の流れを変えようとしていた。


                 ◆◇◆◇◆


 ディノサウリアンの突撃は凄まじく、瞬く間に重装槍歩兵連隊の前列が一気に二十歩ほど後方に押しやられた。しかし、さすがに重装槍歩兵連隊の層は厚く、そこからは激しい抵抗に遭い、さすがのディノサウリアンたちも押し切れずに、一進一退の状況になってしまう。

 もはや、戦場は意地の張り合いか我慢比べの様相を呈して来た。

 そんな中で、ジャハーンギルの背中に揺らされながら、ダリウス将軍の率いる部隊から聞こえていた太鼓の拍子が変わったのに気づいた蒼馬は、何だか嫌な予感を覚える。

 不意に、それまでひたすら前へ前へ押していたジャハーンギルが、わずか数歩とはいえ下がった。悔しげなうめき声を洩らしたジャハーンギルは、すぐに強引に前に出ようとするが、かえって後ろに押しやられてしまう。

 何が起きたのかと首を伸ばし、ジャハーンギルの肩越しに顔を出した蒼馬が見たのは、先程までとは打って変わり、整然と穂先を並べ、盾を構えた重装槍歩兵たちの姿であった。

 それに、蒼馬は悔やむ。やはりまだ白兵戦に持ち込むのは早すぎたのだ。

 このままでは密集陣形の前面にいるドワーフとディノサウリアンたちは突き崩されてしまう。そればかりか、正面を突破した重装槍歩兵が取って返せば、密集陣形の左右を攻め立てているゾアンたちが、今度は側面や後方を突かれる形になる。

 素早く左右を見回すが、ガラムとズーグが率いるゾアンたちもここに来て重装槍歩兵たちの激しい抵抗に遭い、あとほんの少しのところで攻めきれていない様子だ。

 そうしている間にも、凄まじい圧力となって押し寄せる重装槍歩兵たちに、ジャハーンギルはさらに後退を余儀なくされていた。

 もはや蒼馬に切れる手札はない。

 やはり、多勢を相手に無謀な戦いだったんだ。みんな死んでしまう。僕のせいで、みんなが死んでしまう。

 そんな罪悪感と恐怖に、蒼馬は全身の血液が凍りついた。

 その時、蒼馬の耳に懐かしい声が甦る。

『そう怖がってちゃ、できるもんもできなくなるぞ、蒼馬』

 それは死んだ祖父の声だった。

 蒼馬がまだ小さかった頃、自転車に乗る練習をしていた時である。初めて補助輪を外しての練習に、転んでしまうのが怖くてぐずった蒼馬に、祖父はそう言った。

『怖いのか? んなら、大きな声を出してみろ。ん? 何だっていいぞ。大きな声を出せば、怖いのなんか吹っ飛んじまう。さあ、やってみろ。おまえはできる子だ。じいちゃんの自慢の孫なんだからな』

 その言葉とともに自分の肩に置かれた祖父の手の温もりを思い出す。その温もりに押されるように、蒼馬は声を張り上げていた。

「みんな、声を出してっ! 大きな声で叫ぶんだっ!!」

 それを受けて、必死に戦っていたドワーフやディノサウリアンたちも一緒になって声を上げる。その後に続き、密集陣形を左右から攻め立てていたゾアンたちからも声が上がるのが聞こえて来た。

「「うおおぉぉぉーっ!!」」

 ひとつに重なり合った声は、天地を揺るがすような大音声となった。

 蒼馬もまた、声の限り叫んだ。

「崩れろぉーっ!」

 そして、ついにその時が訪れた。

 それが始まったのは、密集陣形の中央とその後方に当たる場所にいた兵士たちである。彼らは味方同士で肩が触れ合うような過密な陣形の中心にいたため、いまだに敵の姿を直接には見ていない。ただ、聞こえてくる激しい剣戟の音や怒号などによって、敵の存在を推し量るしかなかった。

 そして、それがあらぬ想像を生んだ。

 戦いが始まる前は、反徒たちの数は自分らよりはるかに少なく、簡単に蹴散らせると教えられていた。ところが、いざ戦いが始まってみれば、前ばかりか左右からも敵の恐ろしい雄叫びが聞こえて来るではないか。事前に聞かされていたのと、まったく異なる状況に彼らは困惑し、恐怖していたのである。

 反徒は少数だと聞かされていたのは、誤りであったのではないか?

 こちらを包囲できるぐらい、敵は多勢だったのではないか?

 もしかしたら、数で劣っていたのは反徒ではなく、自分らの方だったのではないか?

 自分らが多勢であるという優位に支えられていた兵士たちの士気に、じわじわと黒い不安と恐怖が侵食を始めていた。

 実際に前線で刃を交えていれば、そんなことを考えている余裕もなかったのだろう。だが、いまだ敵を前にしていない兵士たちは、考える余裕があるだけに、かえってありもしない想像に怯えてしまったのである。

 そんなところへ蒼馬の号令によって起きた大音声は、不安に揺れていた兵士の心を激しく揺さぶった。

 そして、それによって唯一包囲されていない密集陣形の後方にいた兵士の一部が、隊列を乱して後ろに下がり始めたのである。

 それは、最初はひとりかふたりだった。しかし、それに釣られて、またひとりふたりと後ろに下がる。その数は十人、二十人としだいに増えていく。

 それをいち早く見つけた蒼馬は、とっさに叫んだ。

「見て! 敵の後ろが崩れたっ!」

 蒼馬の声を聞いた周囲の者たちが敵の後方に目を向けるが、あえて言うほどには大きく崩れていないのに落胆する。だが、蒼馬はさらに叫ぶ。

「敵の後方が崩れているっ! みんな、大きな声でそれを伝えてっ!!」

「お、おう! わかった!」

 耳元で叫ばれたジャハーンギルは戸惑いながらも、蒼馬の言葉を繰り返す。

「敵の後方が崩れたぞっ!」

 さらに、それを受けて、周囲にいた者たちが口々に叫び始めた。

「敵が崩れたぞっ!」

「敵の後方が崩れ始めているぞ!」

 その声がだんだん広がるに従い、相対している重装槍歩兵たちの間にもどよめきが巻き起こる。必死に戦っていた前列の兵士たちは、後方が見えないため、その真偽を計りかねて、その場でたたらを踏んで自分の周囲をうかがった。

 そのため、ほんのわずかの間だが敵からの圧力が止まったのに、蒼馬はさらに叫んだ。

「僕たちの勝ちだっ! 勝鬨(かちどき)を上げろーっ!」

 蒼馬たちは、それぞれ手にした武器を天に突き上げて、勝鬨を上げた。

 そんな蒼馬たちを前にし、兵士たちは攻撃するのも忘れて、茫然としてしまう。

 今まさに、自分らは反撃に打って出たところだ。それなのに、相手がいきなり勝鬨を上げ始めるのが理解できなかった。

 しかし、相手の勝鬨を嘘だと言い切ることもできない。何しろ、当初は勝って当たり前だった戦いが、蓋を開けてみれば自慢の密集陣形は横合いを突かれてボロボロにされ、小勢と聞かされていた敵に包囲を仕掛けられているのだ。

 兵士たちの心の中には、もしかしたら、という疑念が沸いたのも無理はない。

「……負けたのか?」

 そして、密集陣形のどこからか洩れた、その言葉を皮切りにし、兵士たちはいっせいに悲鳴にも似た声を上げ始めた。

「負けたっ?!」

「本当かよっ?! 負けちまったのか?」

 兵士たちの不安の声に、ジュディウスら将校たちは、今まさに敵を押し返し始めているところだというのに、なぜそのようなことを言い出したのかわからず困惑する。とにかく、ジュディウスたちは、必死になってそれを否定したが、もはや手遅れであった。

 その声は、瞬く間に密集陣形全体へと広がってしまう。

 さらに、後方を振り返っていた兵士のひとりが、ダリウス将軍が率いる部隊の頭上をせわしなく飛ぶハーピュアンたちの姿に気づいた。それはハーピュアンたちの方が攻めあぐねている光景だったのだが、その兵士はそうは取らなかった。

「見ろ! 将軍が鳥どもに襲われているぞ!」

 そして、それが止めとなった。

「に、逃げろーっ! 俺たちは負けちまったんだ!」

「もう駄目だ! 逃げろぉ!」

「殺されるぞっ!」

 討伐軍の兵士たちは、口々にそう叫びながら武器を捨て、背中を向けて逃げ出し始めた。

 それはもはや止めようのない奔流となり、兵士が逃げ出した密集陣形は崩れていく。

 その光景に、蒼馬は歓喜をもって、ダリウスは絶望をもって、ふたりの口からまったく同じ言葉が洩れた。

「崩れたっ!」


挿絵(By みてみん)

 ついに重装槍歩兵連隊の密集陣形が崩れた。

 一度崩れてしまった討伐軍は大軍であるだけに、もはやそれを止めることは誰にもできない。

 しかし、それでも数で勝る討伐軍を蒼馬は追撃によって徹底的に叩くことを指示する。

 自らの軍を蹴散らす反徒たちの姿に、ダリウスはあるものに気づく。


次話「決戦8-最強」

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 ディノサウリアンの新キャラ3名が登場。いずれもジャハーンギルの息子たちです。

 ディノサウリアンの名前は、「本人の名前+種族姓+地域姓」となっております。

 ジャハーンギル・ヘサーム・ジャルージでは、ジャハーンギルが本人の名前で、ヘサームがティラノ種であることを示す姓、ジャルージは「ジャルーザ」という地域の出身であると言うことを示しています。


 いろいろと登場人物も増えたので、現在の章が終わった時点で人物紹介をしようと思っています。

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― 新着の感想 ―
[一言]  今までで最大規模の人員への制御能力がキャパオーバーしたのかな。  下手に多いから、敵前逃亡しても上官に殺されることはないと思うけど、どうだろう?
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